残照
―――宵闇に、ふと男の名前を思い出す。
月も翳り(かげり)、星々の光が微かに夜露を光らせる。
そんな夜。
あれから幾つの夜を越えただろうか。
中央アジアの荒蕪地。
辺境に居を構えていた死徒を滅ぼした後、暫くこの地に留まっていた。
特に理由はない。次の情報が入らなかっただけ。
そう。次の標的の。
淡々と。
年経た木を伐るように狩っていく。
以前は二十を数えた使徒達を、まるで古いカレンダーをめくるように。
否応なく金色の瞳に対峙させられたものは、理由のない破滅に怒り、嘆いた。
当然だ。最初から行為に意味など無いのだから。
断末魔の中、熱を宿さない金色の瞳は映るその全てを滅ぼしていく。
残る死徒の数は14。
ちょうど7で割り切れることに気がついて少し笑った。
完全数の座をほしいままにした敵対者。
空―――という意味の名だったろうか。固有名詞を忘れて久しい。
流砂のような時の中で、それでも意識の片隅に残っているのならば、何かしら意味のあるものだったのだろう。
―――遠く、遠く響く遠吠え。
崩れた岩山の上で繰り返し狼が啼く。
その声に何か響くものがあったのだろうか。
静かな灰の中から、シキ、と名付けられた熾火のような感情が転がり落ちた。
ただ、熱くて素手では触っていられないような、そんな。
数百年を経た死徒に不死と言わしめたこの身を、たやすく17のカタマリにしてくれた。
永劫に続いた負の輪廻の輪を断ち切って見せた。
初めて覚えた感情と共に心も体も奪いきったあの男―――。
トオノ シキ
一瞬の白夜の後、赤い夕日の中、笑って別れた。
旧い血さえも絶えたと伝え聞く。今はもう胸に面影が残るばかり。
初めて心に渇きを覚えた。
足の赴くまま使徒を滅ぼし、彷徨い歩いた。
残る使徒の数は14。
絶対者達を滅ぼし尽くしたとき、この胸に覚えるものがあるだろうか。
あるいは役目を終えたこの身に終焉が訪れてくれることがあるだろうか。
「シ、キ」
瞑った目から一粒の銀砂が零れ落ちる。
一瞬だけ星々の光を宿し、乾いた赤土に落ちて消えた。
fin 02.06.12