―――ときに西暦1980年。




 80年代後半。本田技研(株)は車輪を必要としない移動機械の開発に着手した。
多足歩行制御理論を軸とするこのプロジェクトは、特殊車両においても運用不能
とされた特殊箇所での工作、主に急坂路の岩場といった運用を想定、後に宇宙開
発への転用を考慮して開始された。

 当初はバブル時代の鬼子と呼ばれ膨大な予算を傾注して進められたが、主軸で
あるオートバランサーの開発に行き詰まり難航の一途を辿る。そしてバブル崩壊。
 試作品は完成間際までこぎ着けるものの、プロジェクトは最盛期の1/20に縮小
された。しかし、細々と続けられた研究によりプロジェクトはバランサーを完成
させる。宇宙事業用の新型マニピュレータ、スパゲティの如く接続されたファイ
バー、剥き出しの基盤で形作られた試作ロボットの完成。組み込まれたバランサー
は有線動力ながらロボットに初めて自立歩行を許す。
 テレビ以来第2の産業革命と評されるメイドロボ黎明期の瞬間である。


 90年代後半。SONY(株)が愛玩用として犬型ロボットを販売。ユーザーの指示
により一定の反応を返すルーチンを組み込んだこのロボットは、高価格にもかか
わらず好評を博し相当数のユーザーに販売された。購買層の広さに反応した各社
は各々類似品を販売するが、基本コンセプトに於いて前記ロボットと似て非なる
ものであった。そうした中、ホンダが人型ロボットを販売。一千万という法人向
けに設定された価格帯にも関わらずその話題性から大反響を呼び、今日のメイド
ロボ全盛における精神的インフラの一波となった。

 こうした中、ついにロボット開発の火蓋が切って落とされた。ホンダ、SONYに
続き、まず日立製作所、三洋電機、東芝等の家電メーカー。次に凋落の激しい三
菱重工、石川島播磨重工といった重工系。続いて新規路線を狙う日産、富士通が
加わった。
 各社方向性は違えど無線化、軽量化に重点を置き、さらに時代の趨勢としてエ
コロジーを主眼に据えたため、一部メーカーを除き動力はハイブリッド、または
バッテリーのみを使用。携帯電話に代表される蓄電池の縮小化、集積化もこの流
れに拍車をかけた。
 各社しのぎを削る中、IBMが識語率99.99%をうたった音声認識ソフトのチップ
化を発表。その直後に開発参入に後れをとっていたトヨタと松下が日本IBMをま
きこんだ三社合同の提携を発表した。突如躍り出たダークホースに業界は一時大
混乱となる。
 この提携に危機感を抱いたホンダ、SONYはロボット部門を切り離し、2社で新
会社「フェイス」を設立。トヨタ松下IBM(JV名:TMI)に真っ向から対立した。


 一方、Intel、AMDに代表されるMPUメーカーはMPUの高クロック化の頭打ちに息
詰まる。演算能力を上げる手段として高クロック化と同時に並列処理が上げられ
たが、並列処理を効率化させるニューロテクノロジーは50年代から研究が進め
られてきたにもかかわらず、皮肉にもそのパフォーマンスを上げたのはMPUの高
クロック化によるものだった。脳の神経節をモデルにしたニューロ効果を期待す
るには従来では1500〜数万単位のCPUが必要なこともネックだった。しかし近年
最小16単位で構成できる新説が発表され、市販ベースにニューロシステムを構成
することが俄に現実味を帯びてきた。新たな道を示唆された各メーカーは並列化
へ足並みを揃えることとなるが、その中で高クロック化においてIntel、AMDの後
塵を拝していたVIAは早くも1チップ(シリコンウェハー)に4台のCPUを構成する
ことに成功。並列化において他メーカーを一息に突き放す。

 各社から発表されるロボットの運用環境は多岐にわたった。活火山火口近辺、
オゾンホール拡大時の極地屋外、深深度海底の大陸間ケーブル調査等、人間活動
に不向きと思われる環境にはいち早く導入された。
 建築工事の補助、イベントの案内、スーパーのレジ、畜舎の清掃等といった広
範な展開。「より正確に、より丈夫に」を合い言葉にさらなるヘビーデューティ
化が施されるが、その一端としてロボットの外面被覆の改良が施される。当初は
高価な機体を守るものとしてケプラー、アラミドの新素材を使用した複合繊維を
使用していたが、コスト高の原因となっていた為次第に衰退。新たに積水化学が
医療用に開発していた新素材をベースに皮膜を開発。強度とともに質感を重視し
つつあった市場にマッチしたため、先のアラミドタイプを一掃した。東レ、旭化
成がこれに続く。防水、防塵、高周波遮断、消音に著しい向上を果たす。


新10年代

 老人問題に圧迫された政府の指示により医療福祉用のロボット製作が許可され
る。世論の非難は未だ高かったが、政府案に代わる具体的な代替案が提出されな
かったため沈静化、次年度、初めて厚生省認可の医療用ロボット「さくら」
(TMI発売)がリリースされる。このリリースは当時の同業他社に於いて文字通り
トップを誇示するもので、ライバルと評されたフェイスはSONY会長急逝後の
ゴタゴタでTMIの後塵を拝していた。
 しかし、当初から懸念されていたとおり、国産第1号の医療用ロボットとなる
「さくら」の評判は散々たるものだった。ロボットの信頼性に対する疑心もさる
ことながら、ロボットの機械然とした外観も忌避感を煽った。
 既に各社のフラッグシップモデルは一様にヒューマノイド型を採用していたが、
これはヒューマノイド型が最も高性能・汎用性をアピールしやすい事由による。
 導入された「さくら」もヒューマノイド型をとってはいたが、依然忌避感を回
避するまでには至らなかった。トップ争いに気をせいて先走りしたTMIの失敗で
ある。これを由とした各社はウィークポイントを潰すべくさらなるヒューマノイ
ド化を追求した。

 ここでついにフェイスが台頭する。既に経営母体をホンダ、SONYから切り離し
ていたフェイスは旧イメージを払拭すべく社名を変更。プロジェクトリーダーの
来栖明(くるす・あきら)、吉川誠(よしかわ・まこと)の名から「Kurusugawa」と
命名。同時に、同社のラインナップであるホームメイド型9式の後継機種として、
当時としても革命的であった自律型疑似思考回路を搭載した、HM-10「ウィズ」
を発売。
 造形こそマネキン以上、それ以上のものではなかったが、ハード担当の旧ホン
ダ陣は多段制御ベアリングとSS-CVTの組み合わせで格段に滑らかな人間らしい動
作を再現。ソフト担当の旧SONY陣は、表情筋を主に四肢制御を統括してユーザの
広範囲(あいまい)指示から適当な指示を引き出すCommand-Again機能を実装。看
護服を着せて歩く後ろ姿を撮影したキャンペーンCMは大反響を呼び、発表から
一夜にして「ウィズ」は業界のデファクトスタンダードの地位をもぎ取った。
メイドロボの誕生である。

そしてHMX-11
    :
    :
   HMX-12―――
    :
―――HMX-13。





セリオ、君の声が聞こえる。


00.10.23