石畳を濡らす霧雨を傘の縁から見上げる。 明るい曇り空から糸のような雨粒が放射状に拡がっていくのが分かる。 雨の朝を行き交う車はまばらで、街道沿いのこの道を散歩する人影も今は見えない。 静かな日曜の朝。 「――今日はお仕事の方はよろしいのですか?」 いつまでもぼけっと空を見ていたお陰で、傘の陰から出ていた胸元が湿っている。 彼女は僕の持つ傘にさりげなく手を添えて、曇り空から僕たちの姿を覆い隠す。 傍らに立つ彼女は鮮やかなオレンジの髪とモノクロームの瞳を持ち、耳部には丸みを 帯びながらも鋭角的なフォルムの耳カバー。ちょっと目には特殊なインカムのようだ が、その実は全天を巡る七機の軌道衛星から昼夜の別なく最新のサービスを可能にす る、その為のアンテナ。 もはや社会的に自価値を認められて久しい来栖川電工製汎用型メイドロボ、HM-13・ Serio。僕の―――同居人だ。 『雨の日曜日』 今日は朝から雨にたたられて、あらかじめ予定していた目的地は余儀なく変更された。 仕事を押しつけた同僚の恨みが天に届いたのだろうか。 「休出が続いたからね。半分無理矢理に休みを貰ったんだけど……雨になっちゃった なぁ」 「――昨晩も遅くに戻られましたし、本日は家で休まれた方が良かったのでは」 「いいのさ、たまの休みなんだから羽を伸ばさないと息が詰まっちゃうよ。ただなぁ ……昨日は暑かった位なんだけど、運が悪いというか」 「――気象庁によると週末の雨は六週間にさかのぼって連続しています。既に偶然を 通り越して稀有なレベルと言えます」 「……ぷっ」 その「らしい」返答に吹き出した僕を彼女は不思議そうに見つめている。 「ごめん、何でもないんだ。ただ折角デートなのにちょっと残念だなってね」 「――デート、ですか?」 「そ。セリオとデート。やっぱデートにはばっちり晴れてないと」 休みにも関わらず奇跡的に早起きに成功したのだ。雨に落胆しているヒマもなく目的 地を急遽変更。電車に飛び乗り一時間。バスで三〇分。バス停から一五分の小旅行。 途中セリオの肩に寄りかかって寝てしまったのは秘密。 「ホントは初夏の高原でドライブとしゃれ込みたかったんだけどねー。ま、今日行く ところは雨の方が都合が良いし」 「――……本日の目的地は何処なのですか?」 「言ってなかったっけ? 朝バタバタしてそのまま飛び出て来ちゃったから」 「――はい。休日時に****さんが午前7時前に起床されたのは私が****さんの許へ 来て初めてのことです」 「そ、そうか」 「――既に半年になりますから、確率的にはこの週末の雨よりも低いことになります」 畳みかけられてちょっと反論を考えたが、セリオが言うんだから間違いないだろう。 半年前からの己の素行に思いを馳せ、わざとらしくちょっと咳払い。 「――スケジュール上、特に緊急を要する用件は思い当たりません。……本日は、何か 特別なファクターが存在するのですか?」 「ないない、偶然だよぐーぜん」 小首を傾げるセリオに手を振って否定する。本当だ。意識して眠気を振り払ったのは事 実だけど……別に取り立てて言うほどのことでもないし。 「今日行くところは“あじさい寺”さ。雨も降ってるし、丁度いいだろ?」 本当はもっと正式な名前があるんだけど、こっちの方が通りがいいんで元の名前は忘れ てしまった。お寺の人が聞けば苦笑するだろうけど、それだけあじさいの有名な場所な のだ。広い境内を覆い尽くすあじさいは1万株を越えるそうだ。 最盛期には観光客で一杯になるんだけど、今はまだ若干早い時期なんで、人もそんなに 多くはない……と思う。 セリオは「丁度いい」というニュアンスが分からなかったようで首を傾げている。 「ま、折角だから写真を取りに来たのもあるけどね」 僕は苦笑しながら右脇に吊されたジュラルミンの箱をぽんぽんと叩いた。飽きっぽい僕 が珍しく学生自体から続いている趣味だ。腕前の方は下手の横好きというレベルだけど、 長く続けている分それなりには撮れる。継続は力だね。 「――……先程から考えていたのですが」 「うん? 何だい」 「――デートとは男性、または女性が他の異性を対象とするものではありませんか? メイドロボである私は」 「せーりーおー?」 僕は最後まで言わせず、横からちらりと彼女の顔を見る。彼女の名を伸ばして呼ぶのは たしなめるときの癖だ。セリオはそのニュアンスが分かったのか、しゅんと身をすくませ てこちらをうかがっている。別に怒っている訳じゃないんだけど、こんな時彼女は過剰に 反応してしまうのでちょっと可哀想に思えてしまう。 でも、僕たちの関係を今のままで由とするのはいい事じゃない。 僕は傘を持つ手を替えると彼女の柔らかな髪をくしゃくしゃと撫でた。 「前にも言ったろ? 君たちは確かに人間とは違うけれどそんな事はどうだって良いんだ。 デートってのは好きなひとと一緒にいる事さ」 「――……はい」 撫でられるままに目を瞑っていたセリオは僕の顔を見てそういった。 「よし。じゃデートの続き」 「――はい」 傘を上げると、目の前には古ぼけた山門が立っていた。話しているうちにどうやら目的 地へ到着したようだ。 僕たちは傘をかがめると並んで山門をくぐり抜けた。00.11.30
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