「ふー……いい話だったなぁ」


 オレは熱中しすぎて痛くなった目尻を押さえながら本を閉じた。
 鬼の前世に悩まされる青年と従姉妹の四姉妹の数奇な物語なんだが、その姉妹がすご
く魅力的なのだ。
 厳密には3人+1みたいなものだが。扱い的に。


「こーすけ? なに読んでるの」
「おお、おかえり美緒」
「なになに、……うーん、タイトル難しくて読めないのだー」
「ちょーっと美緒には早いかな。おっ知佳もおかえり」
「あ、お兄ちゃん、ただいまー。ふー美緒ちゃん早いよー」
「ちかぼーが遅すぎるのだけなのだ」
「ただいま帰りました、耕介さん」
「お帰り、薫。何だ、3人揃ってご帰還か」
「うん、ちょうどそこで一緒になったの。じゃあ集まったところでお茶にしよっか。
他のみんなは帰り遅くなるしね。みんな、紅茶で良い?」
「あたしミルクの入ったやつがいい!」
「ほい、美緒ちゃんはロイヤルミルクティね、お兄ちゃんと薫さんは?」
「じゃ、わたしはストレートでお願いする」
「オレは美緒につきあおっかな」
「了解! ちょっと待っててね」


 知佳がぱたぱたと準備に取りかかった。ホントはオレの仕事なんだけど「休むとき
はお兄ちゃんも一緒じゃなきゃ駄目だよ」ということで交代でやってもらっている。
 有り難いんだが少々照れくさい。


「薫も県大会が終わって早く帰ってこられるようになったな」
「はい、近頃は仕事の方も静かなものですし……耕介さんは本日は何を?」
「十六夜さんもことらと散歩行っちゃったんで珍しく読書。さっき読み終わったとこ」
「へぇ……。どんな内容なんですか?」


 オレはテーブルに置いた本を薫に渡して大まかなあらすじを聞かせた。


「……でね、その末妹の子なんだけど知佳にそっくりなんだ。設定では同じ高校生なん
だけど、性格もさることながら特に」

「おまたせー、用意できたよ!」


 お盆を手に知佳が戻ってきたのでオレはとっさに口を閉じた。
 ……まさか小学生レベルの発育途上人物に瓜二つだと言えるはずもない。


「特に、なんですか?」
「ん? 何の話?」
「いやいやいやいや何でも無いッスよ知佳くん」
「お、お兄ちゃん、何か口調が変だよ?」


 カップを差し出しながら知佳が尋ねてくる。

「ありがとう知佳ちゃん。耕介さんが今日読んでた本の内容聞いてたんだよ」
「へー。どんな本なの?」
「どんな本ー?」


 美緒まで加わって三人の視線がオレ一人に集まる。


 たり。

 大きな汗が背中を伝う。

「そ、そうだな。まず、冒頭で主人公が夢を見るところから……」




 再度核心に触れない程度に紹介し終えると、よくわからない顔をしている美緒はとも
かく、2人にはどうにか納得してもらえたようだ。

「……と。後は本編を読んでのお楽しみ。何となく判った?」
「はい、ありがとうございました。面白そうですね、耕介さん」
「ちょうど読み終わったから、よかったら貸すよ」
「うん、何だかすごいよ、わたしも薫さんの後で良いから貸してね」

 オレは頷きながら胸をなで下ろした。
 ほっとして一息ついたせいか、ぽろっと口を滑らせた。

「で、本編とは全然関係ないんだけどオマケシナリオがあってね、変なキノコを食べて
みんな性格がまるっきり変わっちゃうんだよ。コレがまた面白いんだ、普段おとなしい
末妹が暴れ出したり、いつもは乱暴な二女が急におとなしくなっちゃったり」

「そんなキノコがあるなら薫と真雪にいつも食べさせればいいのだ。そーすれば薫はう
るさくなくなるし、真雪はセクハラをしなくなるのだ」
「ぷっ、だ、駄目だよ美緒ちゃんそんなこと言ったら」

 美緒の突っ込みを知佳が笑いながら取りなす。薫は済ました顔でとりあおうとしない
が口元に運んだカップがちょっと震えてる。
 気にはしているらしい。

「あはは、でもその二女の人ってなんかお姉ちゃんみたいだよねー」


 おまえが言うか仁村知佳ー!!

 オレは吹き出しそうなミルクティーをこらえ心中絶叫したが、口には出さずに済ませ
ることができた。それが女だらけのこのさざなみ寮で上手くやっていくための処世術な
のだ。
 ちなみにさりげなく横目で見た薫は案の定むせていた。
 どうやら知佳の直撃に耐えられなかったらしい。

「あはは、そーなのだ」

 笑う美緒に迎合してオレも形だけ笑ってみたが、はたと気がつくと確かに多少の共通
点は見受けられる。がさつなところやナイスバディなところだ。あ、でも料理はあっち
のほうが出来たな。というかこっちの該当者は料理をしている姿さえ見たことがない。
セクハラもするし……。

「そ、そんなこと言ったら真雪さんに悪いよ、知佳ちゃん」

 薫もフォローしつつ口元が綻んでいるところを見ると内心は俺と似たようなものだろ
う。

「でもヒロインの中で一人だけがさつだし四姉妹のなかでも扱いが違うよねー」
「なのだー」
「その上女の子には言い寄られちゃうしー」
「なのだー」

 どんどん突っ走る知佳と追従する美緒。
 珍しい知佳の暴言にオレは思い当る節があった。
 知佳が大事にとって置いたマンゴープリンを真雪さんが風呂上がりに食べてしまった
のだ。昨晩のソレを知佳はまだ腹に据えかねているらしい。
 食い物の恨みは恐ろしい。

 しかし、二人ともあの本読んでないのにえらい詳しくつっこむ。
 ……さっきのオレの説明そんなに良かったかな?



「なーかなか楽しそうな話じゃねぇかおまえらぁ」

 のっそりとした声とともに仁村真雪悠然と登場。

「お、お姉ちゃん!!?」
「ままま真雪さん!! いつのまに!? 今日は打ち合わせで出てたんじゃ」

 3人が帰ってきた後に玄関を開ける音はしていないはず。いつもの騒ぎの中、来客を
迎える管理人のオレが言うんだから間違いない。
 思わず立ち上がったオレの横では薫が再び派手にむせてる最中。美緒は飛び出たしっ
ぽを爆発させたままおたおたと逃げだす算段。

「ネームが早く決まってさっさと帰ってきたらアンタが掃除器ガーガーやってたんで、
上に引っ込んで今まで寝てたんだよ」

 そうですか。
 オレは声もなく彼女の様子をうかがってると、テーブルに近づいてきた真雪さんは例
の本に気が付き、オーラをまとわせたままニヤリと笑った。
 ちょっと前から薫に鍛えてもらってるせいで、多少はオレも霊とかオーラとかそこら
へんが分かるようになったのだ。

「へぇ……この本かい、あたしにそっくりなのが出てるってのは。今度映画化されるっ
てんであたしも駆け足で読んだんだけどさ、
 へぇーぇ、こんなかのねぇ……ふーん、そんなに似てるんだぁ」

 どうやら内容を知ってるらしい真雪さんは誰と対比されていたか察したらしい。
 口調は変わらないが真雪さんを取り巻くオーラがひときわ大きくなるのがわかった。
 知らないままでいたかったのに。
 真雪さんは顔が引きつったオレをねめつけると、笑いという形容詞の枠にかろうじて
引っかかった表情を知佳に向けた。

「や、やだなーお姉ちゃんったら……ほんの軽い冗談じゃない、ねっ」

 そそそとオレに近寄って同意を求める知佳。
 実の妹とてあの視線に耐えるのはつらかろう。

 眼前には目つきそのままで口元だけゆがませて笑う真雪さん。
 カエルを狙うときのヘビってこういう目つきなんだろうか。

「いやいや知佳、おまえの指摘はよーく当たってるよ。多少がさつなところと『ナイス
バディ』なところなんかそっくりだ」

 『ナイスバディ』を強調する真雪さん。

「(がさつなのは多少じゃないと思うのだー)」
「(ばかっ、今そげんこつ言ったら殺される、黙らんね!)」

 ごくりとつばを飲み込む音さえ聞こえそうな静寂のなか、いらんこと言いの二人の
声。

「……美緒、薫、おまえら後でお仕置き」

 押さえられた低い声に美緒半泣き。薫は意識を失ってぱたっとソファに倒れ込んだ。
 どんなお仕置きなんだ一体。

「たださぁ……知佳、さざなみ寮の住人で登場人物に似てる奴って言ったら、二女じゃ
なくてもっと似てるのがいるだろう? たとえば…………四女とか」

 意味ありげに笑う真雪さんの台詞に知佳がぴくっと反応した。

「末妹なとこも一緒だし小さいのも一緒だし、何よりスタイルが『控えめ』なところも
さぁ」

 ごまかし笑みを凍らせる知佳。

「…………それ、誰のこと?」
「いやぁ〜〜高校生になっても縦笛とランドセルが似合いそうなところなんかそっくり
だよな」

 ごりごりっという音が聞こえてきそうな台詞にオレは震え上がった。
 ああ真雪さん、実はワタクシもそう思っていたところです。
 とても口には出せませんが。

「ふぅん……」

 はっと気が付くと知佳は笑みを浮かべたまま……ああ!こめかみに典型的なお怒り
マークが!

「そうだよね、お姉ちゃんはあんまり似てないよね。家事は全滅だしタバコは吸うしお
兄ちゃんより年上だもん。お兄ちゃんだってがさつな年上なんか、のしが付いたってノ
ーサンキューだよねー」
「……ほほう、いいたいコトはそれだけか、知佳、耕介ぇ」

 火に油を注ぐ真似まで! っていうか全然関係ないオレまでなぜ渦中に!? 
 ふと気がつくと知佳の手がオレの肩に掛かっている。

「接触テレパスですか!?」

 オレは即座に理解した。

「そー。さっきお兄ちゃんが思ってたこともぜーんぶ筒抜け。ふーん、お兄ちゃんまで
そう思ってたんだ、『小学生』みたいだって!」

 強調されたその単語とともに知佳の背中から展開される光り輝く透明の羽。
 舞い上がる金髪と半ば無意識にピアスをもてあそぶ知佳を見るオレの眼差しは、既に
暴走中のダンプカーを見るソレだ。

「い、いやちょっと待て知佳、おれがあの話で似てると思ったのは姉妹なのに1人だけ
髪金色なところとか電波も受信できるアンテナみたいなくせっ毛とか」
「フォローになってないよお兄ちゃん」

 笑ったままの知佳が余計に怖い。こんなところは姉妹そっくり。

「ば、馬鹿、そうやってお兄ちゃんと呼んでくれるところとか気だての優しいところと
か、他にも似てるところは一杯あるんだって」
「知佳が持ってる背負うタイプの鞄を見て最初にどう思った?」
「もちろんランドセルかと思いました」


 横から真雪さんの容赦ないネタ振りに思わず突っ込むオレ。
 チェシャキャットの笑みを浮かべる真雪さんに、オレは自分の血の気が引いていくのが
わかった。
 ……ああ、このごろゆうひと鍛えてたからなぁ。
 ごめんゆうひ、約束してたノリ突っ込みの講義受けられそうにないや……。

「……お姉ちゃん、お兄ちゃん。覚悟はいい?」
「おう、受けてやるぜ」

 既に白く燃え尽きたオレをよそに仁村姉妹は熱く盛り上がっていく。
 このままだと応接間は崩壊、いや住人を巻き込んでさざなみ寮半壊の憂き目に。
 神様、仏様……。



「はーい、ただいま帰りましたよー」

 愛様!!

「あら、みんなで何してるんですか?」
「あいー!!」
「きゃっ、どうしたの美緒ちゃん、あらましっぽ爆発。やだこっちは薫さんが倒れて
る。一体何があったんです耕介さん?」
「いや、その……」

 オレが言葉を濁していると、仁村姉妹はお互いを見据えたまま

「おにーちゃん(耕介)はだまってて(な)!!」

 怒鳴られた。

「あう……」
「何です真雪さんモップなんか持ち出して、知佳ちゃんはピアスまで外してるし……。
こらー二人ともやめなさーい!」
「愛、怪我したくなかったら離れてな」
「ごめんねー愛さん、すぐカタを付けちゃうから」
「そーいうことじゃないです!」

 二人とも全く取り合おうとしない。それどころか二人の闘気というかオーラが部屋中
を駆けめぐりまるで台風のようだ。照明が揺れ、ゴミ箱が倒れて中のゴミが舞い散る。

がしゃーん。

テレビの上の花瓶が耐えきれずに派手な音を立てた。

「……ん? な、なんねこの有様は」

 花瓶が割れる音で気がついた薫。こんな時まで間の悪いやつめ、せめてもーちょっと
気を失ったままでいれば良かったのに。
 また何か割れたようだ。あ、愛さんが大事にしてたマイセンの飾り皿、こっぱみじん。

ぶちっ

「……もう怒りました」

 妙な音にぎょっとして声の主を振り返ると、しかめっ面の愛さんが仁王立ちで二人を
にらんでいる。


「知〜佳ちゃ〜ん!! いい加減にしないとあのこと耕介さんにばらしちゃいますよ!」


 台詞の内容と声の剣呑さに驚いた知佳が我に返る。

「え?あ、な、何のこと?」
「知佳ちゃんがこっち(さざなみ寮)にきて間もない頃、真雪さんが3日ほど寮を空ける
ときがあったわよね」
「う、うん……」
「知佳ちゃん、隠れてジュースを飲み過ぎて翌朝おね「わー!! ちょちょっと待っ
てー!!」
「神奈さんにこっそり頼んでおふと「わー!」干し「わーわー!!」のよね」
「神奈さんに言われて記念にお二人の写真取ったんだけど、知佳ちゃん、あのときのこと
覚えてます?」
「うそ……」


 知佳の放心をよそにくるりと振り返った愛さんは、正面の真雪さんへ一転してにこっ
と笑みを浮かべてみせた。

「真雪さん?」
「な、何だよ……」

 知佳に対したときとは一変して普段と変わりない、いやむしろ得体の知れない愛さん
の様子にさすがの真雪さんも押されてる様子。

「年末に部屋の掃除を頼まれて段ボールいっぱい書類ゴミが出ましたよねー」
「あ、ああ」
「庭で落ち葉と一緒に処分してたら、古いラフやボツ原稿の中から偶然見つけちゃった
んですよー、くすくすくす」
「な、何をだよ」
「真雪さんの、中学生のときの、My詩集ー」
「なぁっ!?」

 驚愕と共に見る見るうちに耳たぶまで真っ赤に染まっていく真雪さん。

「最初は悪いかなーと思って一緒に焼いちゃおうとしたんですけど、焚き火の合間に読
んでたらあんまり可愛いんで大事にとっておきました。乙女ちっくだけど、すっごく繊
細でじーんときちゃういい詩なんですよー。
 きゃー思い出しちゃった、耕介さんよかったらご覧になりますー?」
「た、頼む愛……それだけは……それだけは勘弁してくれ……」

 へたれこんだ真雪さんは真っ赤な顔を覆ってしまった。
 膝を崩してへちゃっと座り込んだ姿がみょーに可愛い。

「知佳ちゃん」
「はい!!」
「真雪さん」
「……はい」
「後の始末、よろしくお願いしますね」
「「はい……」」

 がっくりと頭を垂れる仁村姉妹。

 満足そうに鼻を鳴らした愛さんは仁王立ちのまま高らかに勝利宣言。
 鮮やかな手際にオレたちは声も出なかった。


「情報を制するものはすべてを制すっていうんですよ」


 まさに!



00.11.12

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