035:髪の長い女

 

 

 

 気怠い眠りから覚めると、雨が降っていた。

 夕べ一緒だった女は、日が変わる頃帰って行った。
 どこに帰るかは知らない。あっちも、こっちがどんな奴かなんて、興味がないだろう。
 酒場で誘われた。
 断らなかったのは、珍しく一人だったのと、相手が好みだったからか。
 近藤が自分を棚に置いて、俺に一人でふらつくなと言うのは、こういう所のせいかも知れない。
 
 夜が明ける前に、屯所に戻らなけりゃならないと思いつつも面倒で、茶屋の窓からまだ薄暗い外を眺めていたら柳の下に、何かが、多分人が、転がってるのが見えた。
 それだけなら放っておいた。
 行き倒れなんざ、この街じゃどこにでもいる。
 食い潰れた男、騙された女、そんなもんの取り締まりは自分の管轄外だった。

 だが、その影が、寝返りを打つように動いた。
 そして、長い黒髪が、流れて道に広がった。

 その下の切れ長の目が、僅かにのぞいて自分を見上げた時点で、彼は立ち上がっていた。

 

 

 目を開けると、窓から差し込む弱い明かりだけの、薄暗い部屋にいた。

 視界の狭いのは嫌なので、
「・・・暗い」
 と文句を言うと、
「贅沢を言うな」
 と返された。

 聞いた事のないようなあるような、微妙な男の声だった。
 ようやく自分が何処に寝かされているのか、疑問が湧いたが、身体がだるくて起き上がれない。

「見えないんだが・・・」
「本当に文句の多い野郎だな」

 不平を言いつつも相手は窓の側に移動した。
 頭を傾けそちらを見た桂は、相手が親切心からでなく、単に自分の反応を見たいが為にそうしてくれたのだと分かった。

「真選組・・・」
「おうよ。覚えていたか、テロリスト」
「その制服だけはな」

 無造作に肩に掛けられている上着は、今更見間違えようもない。
 政府の犬の服だ ――― と言ったらどうなるか、試したい気分を彼はかろうじて抑えた。
 実を言えば、相手の三白眼にも見覚えはあったが、それも黙っている事にした。

「それじゃ此処は牢屋か?」
 当然の質問だったが、相手は否定した。
「何で俺がてめぇと一緒に牢屋に入んなきゃならねえんだよ」
「それもそうだな」
 なら何処なのかと、問う前に、相手の方が聞いてきた。
「気イ失う前んコト覚えているか?」

 アジトにしていた店の一つに、天人が来て無法を働いた。
 その奥で会合を開いていた自分としては、揉め事を起こすつもりはなかったが、店の女が暴行を受けそうになり、止める間もなく一人が動いてしまった。
 どうやら惚れてた相手だったらしい。

 それでも、ただの通りすがりと逃げてしまえれば良かったが、その天人に政府の護衛がついていたらしく、面が割れる前にとその場をしっちゃかめっちゃかにして抜け出したのだ。


 記憶が甦ってくると同時に、胸に引きつるような痛みが走った。そちらを見遣ると白い包帯が巻かれており、自分がその上に女物の緋襦袢を着ているのに気づいた。
 その襟を掴んで尋ねてみる。

「貴様の趣味か?」
 けっ、と返される。
「仕方ねーだろ、野郎の裸なんて見てたくもねーし、此処にはそれっきゃねーんだ。てめーの服はずぶ濡れで、おまけに胸に切れ目、しかも血染めのオプション付だ。質草にもならねーモン、始末してやっただけ有難いと思え」

 成る程と思いつつ、口を開く。

「朝まで茶屋に居候の色男のお陰で助かりました、どうも有難う」
「口の減らねぇ奴だな」
「減ったら困る。一つしかないんだ」

 真面目に言ったつもりだったが、相手の瞳孔がますます開いてきた気がして、彼は黙った。

「・・・ったく、てめぇなんか」
 助けるんじゃなかった、と続けるつもりだった声が不意に止まる。
 桂もその気配に気づいた。
 程なくして下から、そんな!困りますぅ!という女の高い声と、威嚇するような男の太い声が聞こえてきた。

 ちっ、と言う舌打ちと
「・・・まだ命が惜しけりゃ枕に顔伏せてろ」
 という低い声が、桂の耳に届く。
 そして、半乾きの髪を乱された。

 階段を上がってくる複数の足音の後、何の前触れもなしに入り口が引き開けられたのは、そのすぐ後だった。

 

「御用改めである!」

 勢い込んだ声に、緊張感のない声が返される。
「ご苦労さん」
 入ってきた男達は、声を掛けた男の、だらしなく着崩した服と、その上の冷たい三白眼を見てぎょっとする。

「し、真選組の・・・!」
 政府御用達特殊部隊の副長は、酷薄に口元を歪ませた。

「そうだよ。こちとら非番で息抜き中だ、まさか邪魔するつもりはねえよな?」
 ガタイの良い男達のどよめきと戸惑いが、顔を伏せたままの桂まで伝わってくる。

「・・・き、貴殿の休息を邪魔するつもりはないが、こちらも職務遂行中である。天人の要人に大怪我を負わせた、危険極まりない凶悪犯を追っているのだ」
「ほう」
 面白げな土方の相槌を聞きながら、
 怪我を負わされたは、止めに入った自分達の方だと桂は思う。
「要人ねぇ・・・それが歌舞伎町こんなまちに何の用だったんやら」
 独り言のようだったが、狭い部屋にはよく響いた。
「・・・貴殿には関わりない事だ」
「そりゃそうだ」
 土方は笑った。
 『関わりたくもねーよ』という、その後続けられたつぶやきを聞いたのは、今度は桂だけだっただろう。
 彼は懐を探して、タバコをくわえる。
「あいにくこの部屋にゃ、そんなケダモン隠す押入れの一つもねえぜ。他所あたんな」
 言いながら取り出したマッチを擦った。
「すぐ出る。だがその前に、形式上、その場にいる人間全ての顔を改めさせてもらわねばならん」

 桂は、さてどうするか・・・と考えを廻らせた。
 この位の修羅場をくぐり抜けた事など、幾らもあった。
 だが、この場に限って言えば、自分が自分だとバレると困る人間が、自分の他にもう一人いる。

 そう言えば、何で助けたのかと、まだ聞く前だった。

 話していた役人じゃない。
 後から出てきた男が下卑た笑いを浮かべて、布団の上に広がる黒髪に手を伸ばした、その時だった。

「触んな」

 静かな、鞭のような声だった。
 それだけで硬直し、動けなくなっている男達に、彼は
「てめえらの捜しているのは、猛獣のような凶悪犯だろ? 花も手折れない俺の女に用はねえ筈だ」
 と言い放った。

 有無を言わせぬ口調に、役人達は足早に部屋を退散した。
 他の部屋を改めるガタガタとした音もすぐに消え、再び静寂の戻った部屋で、漂うタバコの煙を見上げながら、桂はぽつりとつぶやいた。

「何で助けた?」
「天人嫌いがてめえだけだと思うんじゃねえよ」
「その警護も仕事にしておいてよく言う」
「仕事は仕事だ。好き嫌いで選んじゃいねえ」

 非番で良かったな、と土方がにやっと笑う。
 『好き嫌い』、そんな言葉でくくれる問題じゃないと、真面目な連中なら言うだろう。
 だが結局皆、それで生きているのを桂は知っていた。

 目の前にいる男は、愚かでも卑怯でもない。
 きちんとこの国の政府のやっている事を知っている。そして認めていない。
 それでも、それを仕事にした、それ相応の『事情』があるんだろうと、彼は思った。

 一つ訊いてみた。

「花も手折れない女がいるのか?」
「いたんだよ、もういねえがな」

 桂は肩に掛かる自分の髪をちらと見た。
 それに触れた時の、相手の妙な戸惑いと優しさを思い出す。

「長い髪の・・・?」
「あぁ」
「そうか」
「納得してんなよ」
「そうだな」
「そうだよ」

 何がおかしいのか分からなかったが、二人とも自然に笑っていた。

 

 

 立ち去る背中に、横たわったまま声を掛ける。

「助かった」
「二度はねえ」
「それでいい」

 締められる襖の音を聞きながら、本当にそう思った。
 理由は明快で、これ以上側にいると ―――― きっと、自分は・・・


 

 

 階段を誰かが上ってくる気配がして、桂は目を開け半身を起こす。
 だが戸の外に立った気配には覚えがあり、肩から力を抜きながらも、何故ここに彼が来たのだろうと考えていた。

 今の彼からは想像つかない程、用心深く戸を開けた銀時は、そこにいる相手の姿を目に入れて、ぎょっとした。
 その緋色の襦袢を目に入れないようにして、彼は怒鳴る。

「帰れないから迎えに来てなんて、小学生ですか!お前は!」
「小学生は茶屋の二階に上がらん」
「その二階で、てめーは何の商売やってんだよ、いかがわしー服着やがって」
「好きで着ている訳じゃない。脱いでやるから、さっさとお前も上を脱げ」
「・・・・ヅラ?」

 複雑怪奇な表情で見られ、しかも嬉しくないニックネームで呼ばれ、桂が切れる。

「何の期待をしてるんだ、貴様は!着替えがないから、お前の羽織ってる着物を貸せって言ってるんだ!」
「期待なんかするか!てめーが紛らわしい言い方するからだろう!」
「紛らわしくとも、おかしな想像される程ではないわ!」

 その後胸の包帯に目をひそめ、かすり傷だという桂を無視し、傷を改めて薬を塗りなおし、銀時は気づかれないようにほっと息を吐いた。

「お前もいい歳なんだから、茶屋の二階で客取るような商売は・・」
 桂のこぶしが容赦なく銀時のみぞおちにヒットした。
 身体を折って銀時がぼやく。
「いっ・・・一瞬マジに息が止まったぞ。罪のない冗談じゃねぇかよ・・・」
「品がなさすぎる」
 桂は銀時の着流しを素早く羽織り、帯を締める。
「ちゃんと洗濯してるんだろうな、これ」
「文句言うなら着るな。ちゃんと先月洗ったぞ」
 数秒間、本気で桂はあの襦袢とソレを自分の中で秤に掛けた。

「銀時」
「んー?」
「お前、どうやって此処が分かった?」

 相手が珍しく真顔になった。

「ガキが持ってきたんだよ」
「何を?」

 手渡されたのは、いつも自分の髪を結んでいる細い布だった。
 それには今にも消えそうに滲んだ文字で、この店の場所が記してあった。

「やっぱりてめえの字じゃなかったか」
「・・・らしいな」
 
 桂は薄く笑って、それで元のように髪を一つに結んだ。
 相手はその仕草を黙って眺めているだけで、追及してこなかった。

 

 

 店を出ると、外はもう雨がやんでいて、沈む赤い陽が雲間から見えた。

「ガキに駄賃まで取られたぞ、後でまとめて請求するからな」
「どうせお前の事だ、飴玉一つでごまかしただろう」

 飴玉一つでも貸しは貸しだ、という言葉に、自分はどれだけあの男に『借り』を作ったのかと思う。

 借金のカタに、もう一度この髪を触らせてやれば良かった。
 そんな事を口にしたら、今度こそきっと自分は男娼扱いだろうなと思いつつ、
 桂は、心配そうな表情を隠しきれてない男に笑い掛けた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CAST:副長&テロリスト&万事屋

2004/04/11


 

■場所が場所だし、もっともっとギトギトにいかがわしー話の筈でした(爆) ■少なくとも書き出した段階では、テロリストには紅でも引いてもらい、その紅が副長に移り(どこかは想像任せ)、屯所の誰かに見つかって・・・とゆーオチでした。それが何故チューの一つもない話に・・・自分に取ってこの二人は『受』(これも疑問だ・・・)だからでしょうか? ■今回出せなかった総悟くんは次回で。嫉妬燃やしてもらいたいなーと(・・・誰に)。

 

 

 

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