胡弓の歴史
日本の胡弓は今から四百五十年程前琉球から伝えられました。そのことを記す江戸時代の書籍『糸竹初心集』(1664年刊)には文禄の頃、石村検校が琉球に渡り胡弓に出会ったことが述べられています。そして琵琶法師の石村検校は京都に戻って、琵琶をやつしこの三筋の楽器を作ったと言います。また別の書では、永禄年中に琉球国より渡ったとあります。そして琉球の蛇皮の小弓はラヘイカと呼ばれていること等が記されています。ラヘイカは西洋の擦弦楽器で、いわゆるレベックのことです。レベックの名は国によって多少の違いがあり、イタリアではレベカ、イギリスではリベック、フランスではルベク、スペインではレベッカ、ポルトガルではラベカと呼ばれていました。琉球に伝えられたラヘイカはポルトガルのラベカに一番近い名称であることがわかります。一方、安土桃山時代にはキリスト教の伝来に伴い、その音楽が演奏されていて、擦弦楽器のビオールやオルガンが戦国大名の御前で演奏されています。擦弦楽器はペルシアやアラビアに起源をもつもので、西進して今日のヨーロッパのヴァイオリンやチェロやコントラバスとなり、東進したものが、タイのソーサムサイやインドネシアのルバーブや中国のニ胡や朝鮮半島の奚琴となりました。日本の胡弓はタイのソーサムサイやインドネシアのルバーブの系統の楽器で、中国の二胡の系統ではありませんし歴史的なつながりはありません。
江戸時代には俗筝の始祖といわれる八橋検校(1614〜1685)が弓の改良を行ったり、当道の演奏家によって早くから取り入れられ「鶴の巣籠」などは文楽や歌舞伎にも取り入れられました。民俗芸能では人形芝居や麦屋節、越中おわら節、三河漫才などで演奏され、沖縄の胡弓は琉球時代から続く古い形態を受け継ぐものです。
四弦蒔絵胡弓(江戸時代)
江戸時代の蒔絵の三味線
日本の胡弓(三弦)と中国の二胡
日本の胡弓の弓はヴァイオリン等と同じく、弓は楽器本体に装着せずに演奏します。ところがニ胡は二つの弦の間に弓を挟んで演奏するため重音奏法はできないなど楽器によって演奏方法が異なります。また日本の胡弓はヴァイオリンのように弓を動かして演奏するのではなく、移弦にさいしては楽器の方を回転させて演奏するなど楽器によって、さまざまな演奏スタイルが生まれました。
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