2000年4月に書いた文章です。

こくっぱの今

なんかおかしい
予定より1ヶ月近く早く生まれました。でも、とっても元気。
赤ちゃんの頃は、ほとんど手のかからないよい子でした。
なんかおかしい・・・そう思い始めたのは2才のころでした。
  言葉が出ない。
  落ち着きがない。
  ものすごい偏食。
なにより悲しかったのは「母がいてもいなくても関係ない」事でした。
1才から保育所に通っていました。ところが送っていっても泣かない。
迎えに行っても出てこない。
年少さんになるとき「ひとつ下のクラスに置いといてもらえませんか?」と
半分冗談、半分真剣に保育者に頼んでいました。
親の目からも、それくらい発達の遅れが見えていました。

『3歳児検診』
保健婦さんからは「心配ないわよ」
「おかあさんがもっとしっかり関わってあげたら」
「もう少し様子を見て」と言われました。
けれども小児科医師から
「いくらなんでも言葉が遅すぎます。発達相談にきたほうがいいです」と言われました。
半月後の児童相談所での発達相談の日。
「ぜったいに遅れている」と知りながらも、
「遅れていると言われたらどうしようか」・・・なんともいえない気持でした。
結果は、「それなりの療育が必要なので、施設を紹介しましょう。」というものでした。
ついに、こくっぱに障害があることを指摘された日でした。
そして、母の心がすっきり晴れた日でした。

劣等感
保育所ではできないことだらけでした。
朝の会に出る。給食を食べる。歌をうたう。手遊びをする。終わりの会に出る。・・・
かわいそうなことをしました。
保育所はとても理解のあるところで、
加配の先生をつけてくださり、ありとあらゆる手立てを尽くしてくださいました。
それでもこくっぱには、つらいところでした。
「クラスメートと自分が違う・・・。」
何も話さないこくっぱなのに、理解できたのです。
そして日々、劣等感にさいなまれる。
退所してもしばらく、保育所の門をくぐることはできませんでした。
本当に、つらい思い出を作ってしまいました。

居場所
2000年4月から、療育施設に通園しています。
こくっぱは3日目で気づきました。
「ここは、しゃべれなくてもいいんだ!」
毎日大好きな通園バスに載って、泣かずに通えるようになりました。
しゃべらなくても許されることに気づいてから、
ものすごくしゃべるようになりました。(まだまだ普通ではありませんが)
自分の居場所をみつけたのです。

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