今日の一番
・2000/7/1〜2000/7/31
2000年7月31日(月)
こくっぱの通園施設で、7月半ばから「当番活動」が始まりました。
朝の会でお当番さんが、簡単な役割をするらしいのですが。
これが始まってから、突然朝の会に参加しなくなったこくっぱ。
連絡帳より(先生)
「・・・当番活動に自信がないのだと思うのですが、いまいち、はっきりわかりません・・(略)・・
ロッカーに入って出てこなかったり、イスの下にもぐったり・・・・・カーテンのすみからから見ていたりします。
でも、えらいのは、教室には必ず入っていることです。・・・」
連絡帳より(母)
「お当番は前の保育所で、何より嫌いなことでした。名前を言ったり、人数を数えたり、みんなの前でうたったり。
それができなかった。できないこくっぱの代わりに、みんなが名前を言ってくれたり、でも、余計にそれもイヤだったと思います。・・・」
連絡帳より(先生)
「・・・他にもいろいろ自信をなくす場面があったのでしょうね。お当番でも何でも、学園では個々のレベルに合ったことをします。
そして慣れてくると、少しレベルアップして、ちょっと頑張ればできそうなことを取り入れます。
まずは自信をつけたいから、しっかり褒めて、自分でも「あー!! できた!!」と思えるところを目指します。・・(略)・・
この4ヶ月間をみていると、きっと乗り越えられるから、無理にさせたりなどしません。
まずは、人がしているのを見れるようになったので、一歩進んだこくっぱ君ですよ。・・・」
あと1年半でどれだけ『自信』を取り戻せるのかはわかりません。
いずれにしても、「小学校でまた『自信』を失わないよう、母がしっかりしないと。」と思った出来事でした。
2000年7月30日(日)
毎年恒例の、小学校の納涼会。
全家庭(といっても20数軒)が学校に集まって、焼きそばや焼肉を食べたり、飲んだり。
もちろん作るのも、片付けるのも親全員で。先生も一緒。
子ども達も、サッカーをしたりして思いっきり遊んでました。
ハカセも、大きなお兄ちゃんたちに混じって遊んでいました。
小さな学校のいいところ。
上級生が下級生の面倒をよく見ます。人数が少ない分、子ども同士のつながりが強いです。
とにかくみんな楽しそうで、ハカセもとっても楽しそうで、なんだかホッとした夜でした。
2000年7月29日(土)
こくっぱが児童相談所との面接で、「障害児」だと言われたのは昨年の6月。
いつのまにか、丸一年過ぎていました。
この1年間は、何もかもがひっくり返ったような1年間でした。
でも、1年経ってみると、なんだかたいしたことは無かったような気もします。
そして、着実にこくっぱは成長してきました。
1年前は「かあちゃん」と「だめ」くらいしかしゃべれなかったのに、
今はもう、数え切れないほどの単語を使っています。
パニックや行方不明事件もなくなってきました。
こんな風に考えてみると、子どもの成長ってスゴイと思います。
来年、どうなっているか、なんだか今から楽しみです。
2000年7月28日(金)
現在23:40。
こくっぱ、まだ起きています。
実は、お迎えに行ったら車の中で寝てしまいました。
14:30でした。起こしても起きない。やっと目を覚ましたのが17:00。
「今日もやばいなあ」と思っていましたが・・・。
なかなか生活リズムができません。
昼寝をすれば夜更かしになる。しないと夕方に寝てしまい、夜中や明け方に起きて遊ぶ。
体力勝負の毎日です。
2000年7月27日(木)
ももちゃん、ののちゃんが北海道旅行から帰ってきました。
「お土産いっぱい買ってきたよ〜」
「これはももちゃん」
「これはののちゃん」
・・・???
「ハカセのはこれ」(北海道のお花畑で拾ってきた石)
「こくっぱはこれ」(飛行機でもらった飛行機の模型)
娘ふたりは、オルゴール・ネックレス・ブレスレット・オカリナ・・・いったいいくらお金を使ったのやら。
う〜ん。石ころをもらって狂喜乱舞しているハカセっていったい????
2000年7月26日(水)
生まれて始めての第2段!
こくっぱがお泊り保育から帰って来ました。
もちろん、お泊りは初めての経験。「大丈夫だろうか」と心配しましたが、(でもぐっすり寝たかあちゃん)
お迎えに行くと、平気な顔して出てきました。「どうだった?」と聞いても答えないし、謎の一泊2日です。
ただ、先生の連絡帳から楽しかった様子が伝わってきました。
特に、夜の花火は楽しかったようです。
「・・・打ちあがると、とてもうれしそう。元気にガッツポーズしたり、隣の友達が立って見始めると
自分も立って、手をつなぎにいっていました。とってもかわいい風景でした。・・・」(連絡帳より抜粋)
自分から、手をつなぎにいくなんて、よほどうれしかったんでしょう。
連絡帳を読みながら、「子どもって、親が思うより成長しているのかもしれない」と思ったかあちゃんです。
(こくっぱも、まったく目を覚まさず、朝までぐっすり寝たそうです。・・・家でも寝て欲しい・・・)
2000年7月25日(火)
生まれて始めて、ハカセだけが家にいる日です。(ののちゃん、ももちゃんは北海道。こくっぱはお泊り保育)
「何したい?」「ボウリング!」
と言うわけで、これまた生まれて初めてのボウリングに、かあちゃんとふたりで行きました。
なんと、「子供用ガーターの無いレーン」と言うのがあって、思いっきり楽しんだハカセ。
また行きたいそうです。かあちゃんもボウリング場が気に入りました。
どんなにハカセがしゃべくろうが、ボウリング場の音(ほとんど騒音)にかき消されてめだたない!
また行こっと。ちなみに、子供用のボウルは5本指が入るよう、5個穴があけてありました。←これもびっくり。
2000年7月24日(月)
ハカセとこくっぱとかあちゃんだけの晩御飯。
何を見せても、「できない」と食べないこくっぱ。
カレーパンを食べておしまいのハカセ。
かあちゃんは残り物を食べておしまい。
・・・パパは残業で夕食は要らない。
なんだか、むなしい夕ご飯。
2000年7月23日(日)
こくっぱ、随分言葉が増えました。
TVにたまたま花火が映し出されました。それを見た、花火が大好きなこくっぱ。
「かあちゃん はなび どーん みて いこう」
こんな調子です。
言ってる事はよ〜くわかるんですが、TVに映っている花火をそう簡単に見に行くことはできない。
自分の思いを伝えることができるようにはなりましたが、まだまだです。
こういう時は、見に行けない事を説明するのに苦労します。
やれやれ。
2000年7月22日(土)
今日も一日暑かったです。
ただ、アスファルトの照り返しなんか無い田舎ですから、それなりに過ごしやすいですが。
子どもたち4人と、かあちゃんで小学校のプールへ泳ぎに行きました。
保育園児は保護者同伴と言う決まりなので、一緒に泳ぎます。
で、かあちゃんが我が子をプールの中で投げ飛ばしたり、引っ張って歩いたりしていると、
よその子達も集まってくる・・・。結局まとめて面倒見る羽目になります。
おかげさまでくたくたです。日焼けもかゆいし。
全国のおとうさん、おかあさん。小学生になっても低学年のうちは一緒に遊びましょう。
みんな遊んで欲しがってます。
2000年7月21日(金)
ももちゃんとこくっぱを連れて、日本脳炎の予防接種に行きました。
ももちゃんはじいちゃんと、こくっぱはかあちゃんが連れて。
予想通り、こくっぱは泣きっぱなしの暴れっぱなし。
小児科が近づくに連れ「ちがう。あっち。」と別の方を指差し、
体温を測るときから「やめて〜」「いや〜」の連続。
問診も、注射もかあちゃんが立って抱いたまま受けることになりました。
とにかく、病院から出る直前まで泣き通しでした。周りにいた人は、あまりのすごさにあきれておりました。
前回の予防接種はちょうど1年前。この1年間に、もちろん風邪を引いたりして小児科に来ているのですが、
そういう時は泣きません。「予防接種」はわかるらしい。すごい記憶力と言うか、敏感と言うか・・・。
ちなみに、ももちゃんは泣きませんでした。「注射でも泣かないお姉ちゃんになった」と自分で大満足したようです。
2000年7月20日(木)
今日から夏休み。さっそく小学校のプールへみんなで行きました。
4人とも大好き!魚のようにおお暴れでした。
2時間の間に、3回5分の休憩があります。
昨年、こくっぱにはこの休憩が理解できなくて、かあちゃんが羽交い絞めにして取り押えておりました。
今日も覚悟して出かけたのですが、なんときちんと待っていることができました。
帰るときも「今日はもうおしまい。」というと、すんなり帰ることができました。
1年でこんなに成長していたんだと思うと・・・もうお祝いです。
2000年7月19日(水)
子ども会で、夜、肝試しと花火をしました。
子ども4人連れて行きました。
ある程度集まったところで、こくっぱが「あーぶくたった、にえたった♪」と歌っていました。
すると、それがきっかけで、本物の「あぶくたった」が始まりました。
もちろんこくっぱも参加。いっちょまえに遊びました。(かあちゃんも最初の何回かは一緒にしました)
すごく楽しそうでした。「ハムハムとぼく」のおかげです。
2000年7月18日(火)
こくっぱの参観日。かあちゃんを見つけると、相変わらず「べったり」引っ付いていたいこくっぱ。
午後は必ず勉強会なので、教室から出ようとすると、泣いて「帰ってはいけない」と訴える。
「後で迎えにくる」と言っても通じない。
で、こくっぱのロッカーにいつも持ち歩いている「かあちゃんのカバン」をいれたままにして、
「だいじょうぶ。カバンがあるでしょ。」と言い残して、別の教室に移動しました。
後で先生に様子を伺うと、
「泣いてましたけど、『ほら、カバンがあるでしょ』と指差すと、カバンを触って落ち着いていました。」
と言うことでした。
居残りカバン作戦は成功でした。
2000年7月17日(月)
小学校の個人懇談。ののちゃんと、ハカセの通知表をいただきまいた。
予想通りのものでした。
ののちゃんはともかく、ハカセの「もうすこし」。
(『よくできる・できる・もうすこし』の3段階評価です。)
国語
かんたんな文を書くことができる。
ひらがなを読んだり書いたりすることができる。
図工
絵や粘土でゆたかに表現することができる。
体育
きまりを守り、みんなとなかよく運動することができる。
生活のようす
きまりや約束を守ることができる。
友達と仲良く遊ぶことができる。
算数は抜群にできるそうです。
計算プリントを最初に渡すと、最後の子に配り終えた頃には、すでに終わっているとか。
で、夏休みにやってきて欲しいことは「ひらがなを覚える事」。
げ・・・どうしよう????
2000年7月16日(日)
じいちゃんが「握り寿司」をお土産に買ってきてくれました。
イクラ・うに・マグロ・・・。
ご馳走だと喜んでいるみんなの横で、永○園の「お茶づけ海苔」でご飯を食べているハカセとこくっぱ。
なんて安上り ―――― 親孝行なんだろうか???
2000年7月15日(土)
ももちゃん、ハカセ、ののちゃんを連れて、「神楽」(かぐら)を見に行きました。
広島県の北部は「神楽」が盛んなところで、昔はたいていの農村で、青年団が演じていたようです。
今回は、コンクールで何度も1位になっている神楽団の講演です。
踊りは派手だけど、台詞が「・・・申す。・・・候。」の世界なので、
会場を走り回るのではないかと思いながら連れて行きました。
ところが、最後(21:00)までちゃんと見る事が出来ました。
帰ってからもパパを捕まえて、興奮したハカセはしゃべりまくり。
時々踊りの真似を入れながら、どんな話だったか一生懸命説明してました。
で、「もうねるで、そうろう」などとしゃべってました。
思い切って連れて出てよかった。
2000年7月14日(金)
いつも行くお店(農協ですが)の入り口に、アイスクリームやたこ焼きを売っている小さなお店があります。
ももちゃんはここの常連。
保育所のお迎えがじいちゃんの時は、必ずソフトクリームを食べて帰ってきます。
・・・じいちゃんは甘い・・・
で、今日も食べながら帰ってきました。
「あ、また食べてる!」とかあちゃんは指摘。
すると、まじめな顔で「ももちゃんはちゃんとがまんしたんよ」
(食べてるじゃん)
「がまんできないこがいて、ないてたけど、ももちゃんはなかなかったから」
(???)
よ〜く聞いてみると、いつものお店が臨時休業で、かわりに100円のアイスクリームを買ってもらったそうです。
確かに、いつも食べているソフトクリームではない。
で、臨時休業のお店の前で「買って〜」と泣いている子がいたらしい。
かあちゃんは思った。(それは我慢したというよりは、要領がいいと言うのではないか)と。
ももちゃんには、「がまんできるなんて、お姉ちゃんだね」といいましたけど。
2000年7月13日(木)
もうすぐ夏休み。
ののちゃんとももちゃんは、おじいちゃんたちと一緒に北海道へ行く予定。
こくっぱは、この間にお泊り保育があります。
ハカセは「おかあちゃんが毎日会いに来てくれない所へは行かない」そうでお留守番。
生まれて初めて、兄弟のいない一人の夜を経験することになります。
まだ、ハカセは気づいていませんが、もう二度と無いかもしれない一晩。
どう過ごそうか、現在思案中です。
ただ、外食でも・・・と思っても食べられるものが限られているし・・・
結局、一緒にゆっくり過ごす夜に落ち着きそうな気がします。
2000年7月12日(水)
おじいちゃんの農作業を手伝っていた?ハカセ。
もうおしまいと言う頃、じいちゃんがハカセに、
「おい、風呂にお湯入れてきてくれ」と頼みました。
ハカセは、「熱いのがいい?冷たいのがいい?」ときき、
じいちゃんは「そりゃあ、熱い方がいい」と答えました。
それはそれは一生懸命のハカセ。
お湯がいっぱいになるまで、お風呂を見つめ続け、「おじいちゃん、いっぱいになった」
と呼びに行きました。
で、一番にお風呂に入ったのはおっちゃん。
感想「手もつけられんほど熱い!」・・・危うくやけどするところでした。
こんどから、温度計を持たせて「42度でお願いします」と頼むことにします。
2000年7月11日(火)
「ハカセ、宿題は?」「ご飯食べてする。」
で、19時すぎにランドセルを開けたハカセ・・・そのまま固まっている。
「べんきょう、全部忘れた!」え〜また〜?(5月30日参照)
「今日は重かったのに」というので、ランドセルの中をのぞいてみると、
借りてきた本3冊と、石ころがいっぱい入っている。
そりゃあ、重かったことでしょう。
「何で石が入ってるの?」
「だって、かっこいいのみつけたから」 ← 母には理解できない趣味。
まったく、ため息が出ます。
しかし、「軽いランドセルはからっぽ」と言うことはわかっていた様ですし、
これで、「たとえ重くても間違っていることもある」を学んだことでしょう。
宿題は、明日学校でするそうです。何考えてんだか???
2000年7月10日(月)
ももちゃんが、「おかあちゃん。ドレスを買ってきて」といいます。
「なんで?」ときくと、
「あたし、K君とケッコンするから!」
・・・・。
突然何を言い出すやら。
「いつ結婚するの?」ってきいたら
「おとなになってから」というので、
「じゃあ、その時に買ってあげるから、教えてね」というと
「はい」ですって。
たぶん、指輪とネックレスに目がくらんでいると見た!
(K君は『時計・めがね、宝石』のお店の跡取息子です。で、時計記念日に見学に言ったももちゃんは、その夜ため息をついてました))
2000年7月9日(日)
夜、たまたまTVで「ドミノ倒し」をやってました。
「もうちょっと!」「やった!」異様に興奮するこくっぱ。・・・いやな予感。
で、番組が終了すると、さっそく「ビデオカセット」でドミノ倒しを再現。
静かーに並べているかと思うと、がしゃん、がしゃんとものすごい音を立てて倒してます。
夜です。うるさいです。ほとんど根競べと申しますか。
1時間続いたのでした。でも、たぶん、当分続くんだろうなあ。
2000年7月8日(土)
ももちゃんの保育所の夏祭りでした。
6月の後半になって、こくっぱは保育所に入れるようになりました。
ももちゃんのお迎えも、ずっと車から降りなかったのに、
ある日突然、車から降りて園庭で少し遊ぶようになりました。
そういうわけで、今日は4人の子どもをつれて参加することができました。
しかし、大好きな「ストラックアウト」や「わなげ」もあったのですが、並んで待てないこくっぱ。
順番がくる頃には、すっかりやる気をなくし逃亡。
それでも花火だけは大喜びで見てました。
大きな音のする花火が始まると、近くにいる人(全然知らない人です)をつかまえては
「やばい」「やばい」と教えてました。・・・だんだんハカセに似て来ています。
2000年7月7日(金)
今日は、講演会に行ってきました。
2時間近い講演でしたが、思い当たることが多くて、あっという間でした。
なかでも、言葉についてのお話にはとても共感しました。
「言葉が遅れていると相談に行くと、たいてい『おかあさん、しっかりお話してあげて』とか、
『もっと関わって』と言われたことがあると思います。」
わたしも検診のたびに、言われた覚えがあります。
「そうすると、たとえば散歩しながら『ほら、お花よ』『ブーブーがきたね』なんて、
おかあさん一人が、一生懸命しゃべりまくりながら歩いているのに、子どもは知らん顔」
はい。そういう時もありました。ほんの何日かですが。(ゆっくり歩く散歩はほとんどできなかったので)
「または、『これなあに?』『これは?』と、物の名前を教えたいがために、子どもを質問攻めにする」
これは、はずれ。だって、ゆっくり座って会話できる落ち着いた生活はありませんでしたので。(・・・情けない)
「大人でも、前後の脈絡無く質問されても、『この人何考えてるんだろう?』と思うでしょ。
子どもだって、話し掛けられたり、質問される必然性がないと、どんなに話し掛けられたとしても・・・」
と、だいたいこんな内容でした。
結論としては、どんな訓練をするにも、それを受け止めるだけのこどもの成長がともなっていないと、
いけない。形を教えると同時に、心も育てないといけない。と言うことだった気がします。
(スミマセン。記憶だけで書いてるもので)
また、多動ひとつとっても、
「大人はすぐ『多動があるか、ないか』と二通りに分けたがるが、
そんな考え方では子どもの成長は見えてこない。
Aちゃんは最初、昼寝をしてる友達がいても、その上を歩いて動き回っていたが、
そのうち、同じ様に動き回っていても、ちゃんと友達を踏まないようによけて歩く様になった。
『多動があるか、ないか』だけで判断すれば、どちらも多動だが、
まったくまわりを無視した多動と、友達の存在に気づいて、ちゃんとよけている多動では、まったく質が違う。」
と言うお話もありました。
以前のこくっぱは、黙って家から出て行ってましたが、最近では「いってきます」と元気に挨拶して出て行きます。
どちらも追いかけないといけないので、大変ではありますが
「大きく成長したんだなあ」と思うことにした、のんきなかあちゃんです。
2000年7月6日(木)
朝、我が家も戦場です。
7:00に仕事に行く3人。
7:30に小学校へ出かける2人。
8:20に保育所と園へ出かける2人。
ついつい、「はやく〜」「いそいで〜」と、いいがち。
ところが、この何日か、ちゃんと準備しているののちゃん。
顔を洗い、髪をとかし、服を着て・・・(あたりまえですけど)
ののちゃんの突然の変化に、好きな人ができたのではないかと、ひとり推理しているかあちゃんです。
う〜ん。ちょっと大人の仲間入り?
2000年7月5日(水)
こくっぱが、数字を読んでいるのを発見。
0〜5くらいまでは完璧らしい。
特にお気に入りは「1」
毎日通っている車に、デジタル時計がついています。
必ず「11:11」か、「10:00」か、「12:12」にされてしまう。
時々、時計を見て「ドキッ」としてしまうかあちゃん。
数秒後には、こくっぱの仕業とわかるんだけど。
2000年7月4日(火)
今日は療育施設の親子スイミングの日。帰り道、ずっと雨と雷でした。
雨はともかく、稲妻が光りつづける中のドライブは冷や汗物でした。
こんなに鮮明な稲妻を見たのは、何年振りでしょうか。
保育所のお迎えも、雨と雷の中。
小学校では、先生が家まで送ってくれていました。(人数少ないもんで・・・)
とにかくすごかった!
ののちゃんは、怖くて涙が出たそうです。
ハカセは「あんまりすごいから、固まったけど、心臓の中で『ぎゃ〜』って叫んでた」そうです。
ももちゃんは、興奮してしゃべりまくるものの、意味不明。
こくっぱは、雷鳴とどろく中、熟睡してました。・・・よって何にも知りません。大物です。
2000年7月3日(月)
ももちゃんは、未熟児で生まれて、2ヶ月ほど入院しました。
そのため、家族からはいつまでたっても「ちいさいももちゃん」と思われがちです。
ところが、保育所ではもう、一番おおきい組なので、
本人はとても真剣に、自分はお姉ちゃんになったと思っています。
そして、お姉ちゃんと言うのは「世話をする人だ」と思っているらしく、
「牛乳取ってきて」「コップとって」などと食事中に誰かが叫ぶと、
「はいはい、ももちゃんがもってきてあげる」
・・・いいように、使われてる。
こくっぱが泣いていると、
「よしよし、だっこしてあげようか?」
・・・体重は一緒!
で、こういう生活は疲れるらしく、母にはめちゃくちゃ甘えてくれます。
2000年7月2日(日)
夜、お休みと電気を消すと、「さむい!」
抗議するこくっぱ。
「だから、『さむい』じゃなくて『くらい』でしょ」
いくら教えても「さむい」。
話ができるようになってくるにつけ、ああ勘違いが出てくる、出てくる。
2000年7月1日(土)
こくっぱはお休み。ももちゃんもつられてお休み。
ふたり仲良く、午前中遊んでいました。
何しているのかと見てみると、
「ももちゃん、はんたい」
「ももちゃん、やって」
と、こくっぱがももちゃんに話し掛けています。
充分、ももちゃんには通じていました。
そして「かあちゃん、あそぼ」
とこくっぱが言ってくれました。
この一言で、今日は一日家事もほっといて遊んだかあちゃんでした。
こくっぱ家の人々(@@) 昔の一番(@@)目次