ベトナムのお話
kokkiの海外旅行記第4段!
東南アジア・ベトナムです!
とっても楽しかった〜ぁ(^^)


 kokkiの4カ国目!ベトナム

2005年1月3日〜10日まで、ベトナムに行って来ちゃい
ました!正式には、ベトナム社会主義共和国、人口は約8,206万人、面積32万9,241ku、首都はハノイ。
日本と同じく南北に長く、中国の南に位置する社会主義国です。今回もロシアと同じように高校生の引率として行って来ました。

秋田空港から羽田空港、ここで荷物がなかなか出てこ
なく、成田空港へ到着したのはなんと!出発30分前!
国際便では約3時間前に空港に到着しててくださいと
言われるのに・・・・秋田空港でもう1本早い飛行機に乗
れば良かったなぁ(>_<)
おかげで、参加者全員、成田空港の職員に先導されて
空港内を走りました!!ですから、最初の写真は、ハノイの空港に到着したところから始まります・・・・

写真は、真夜中のハノイ空港と、バスに乗り込む参加
者たち


 二日目の朝

いよいよベトナムでの朝を迎えました。首都ハノイは政治の中心地、経済の中心地は元南ベトナムの首都ホーチミン(旧サイゴン)です。ベトナムといえば、皆さんは何を想像しますか?kokkiは、バイクとフォーとアオザイです。

バイクは、写真でもごらんのとおり!すごい数です、信号待ちなんかだと、横一列にバイクがずらり!道路を横断するのがとても怖い(T_T)バスに乗っての移動でした、前に乗ってると、バスにバイクがすれすれの隙間を通って追い越していきます。何回左足であるはずの無いブレーキを踏んだことか・・・・

フォーの写真は、ハノイに泊まったホテルの朝食に出てたフォーです。鶏の出汁がきいてて本当においしかった!麺はそうめんと稲庭うどんのちょうど中間って感じの麺。香草と、すだちを垂らして朝から2杯!フォーはハノイがおいしかった。ハノイでおいしかったといえば、フランスパン。フランス統治時代のなごりらしく、本場フランスよりおいしいと評判のフランスパン。あんなに柔らかいフランスパンは初めてでした!


 首都ハノイ

首都ハノイは政治の中心地。そして、南北ベトナム統一後の初代大統領、ホーチミンが今も眠っている都市なんです。平日の午前中にホーチミンの姿は見ることができます。ハノイにあるホーチミン廟には、ホーチミンの遺体がそのままの姿で今も保存されています。とても厳重なセキュリティチェックを受け、自動小銃を持った衛兵がいる教室より一回り大きいくらいの部屋の真ん中に、ホーチミンは眠っています。約2mくらい離れた通路を歩きながらしか見ることができませんので、まるで博物館の展示物の様です。中では私語は禁止!すごく静かです。

ホーチミンは、ベトナム国民に愛されていたようです、南北に分断さえていたベトナムを統一し、初代大統領となり、亡くなった今でも、その遺体が厳重に保存されている。すごいね。国民からいかにホーチミンが愛されていたか、それは、国民が「ホーおじさん」とホーチミンを呼んでいた(いる)ことで証明できると思います。

左:ホーチミン廟の敷地内にある、迎賓館。VIPがお酒を飲むところ。
右:ホーチミン廟。ホーチミンが眠っています。


 ホーチミンの夜

ハノイで2泊した後、ホーチミンへ向かいました。
ハノイ空港でホーチミン行きの国内線で向かうのですが、なかなか案内が無い。やっと「ホーチミン行きが遅れる」という内容のアナウンスが入りました。
しかし、どのくらいの時間遅れるのか?ってことが、全然アナウンスしてくれない・・・・インフォメーションの掲示板を見る限り、定刻出発のまま!
結局2時間ほど遅れてホーチミン到着!
そのホーチミンが、「あつい」とにかく暑い!ガイドのユンさんに聞いたら、「冬だから涼しいですよ」だって、30℃は超えていました。ベトナムでも北にあるハノイに比べ、赤道まで後少しのホーチミンは、日差しも強く、真夏には絶対に行けないなと思いました。
そのホーチミンの夜は、さすがに「冬」だけあって、日中よりはだいぶ過ごしやすくなりました。泊まったホテルの近くにシェルトンホテルがあり、その最上階のバーに行って、大人4人でホーチミン初日の夜を楽しみました(^^)
写真はシェルトンホテルの最上階のバーからの、ホーチミン市内の夜景


 クチトンネル

ベトナム戦争、皆さんはどれくらい知っていますか?1960年代初頭から1975年4月30日まで北ベトナムと南ベトナムとの武力衝突のことをいいます。そう、ちょうど今年(2005年)の4月30日(今日は4月23日)で、ベトナム戦争終結30周年にあたります。
 戦争の実体は、南ベトナムを支援したアメリカ。それに、北ベトナムを支援したソ連(現在はロシア)と中国。このアメリカ対ソ連・中国の戦争というのが実体だったようです。
 写真は、クチトンネルの入り口とその敷地内にあった戦車。クチトンネルは、アメリカ軍を苦しめた南ベトナム解放民族戦線、通称「ベトコン」が南ベトナムの領土に張り巡らした「地下トンネル」です。ベトナム人は、かなり小柄です。もちろんトンネルの入り口だけではなく、中もかなり狭い。しかし、そのトンネル内で戦時中は生活をしていたとのこと・・・病院まであったらしいです。



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