本題に入る前に、今回の出産の経緯について是非書いておきたいと思います。
というのも、このページのタイトルにあるように、私が妊娠中毒症になってしまったからです。
妊娠経過は9ヶ月までずっと順調でした。35歳を過ぎていたので「高齢」妊婦でしたが、医師曰く「注意の必要な“高齢”は40歳を過ぎてからだよ。M様より若いし、気にする必要ないよ」。ま、そんなもんだと思っていました。
妊娠8ヶ月の検診では全く異常なし。お正月をはさんで3週間後の妊娠9ヶ月の第一回目の検診で、初めて“蛋白尿”が出ました。程度としては大したことがなく、血圧も正常範囲だったので、お正月に暴飲暴食(お酒は飲んでませんが・・・笑)した結果だろう、ということで助産婦さんに「ちょっと節制してくださいね〜」と言われただけでした。
ところが。成人式の3連休、出産前最後の旅行ということで伊豆に遊びに行ったのですが、中日、起きてみると全身が浮腫んでいたのです。特に顔は自分で見ても別人のよう。脱いだ靴下の痕が2時間経ってもそのまま残っていました。
これはマズイことになっているのでは・・・?と疑いつつ、翌日には顔の浮腫も引いたので、とりあえず次の検診(その時点で約10日後)まで様子を見るつもりでした。ただ、病院でそれまでお世話になっていた外来の助産師さんから「心配なことがあったらいつでも電話してくださいねー」と言われていたので、一応話しておくか、と気軽に電話してみました。
私「前回の検診で蛋白尿が出ちゃった妊娠9ヶ月の者なんですけどぉー」
助産師のHさん「もしかしてMさん?」(う、チェック入ってる・・・)
相談の結果、念のため診察を受けた方がいい、ということになりました。たまたま担当医の外来が次の日にあったので、Hさんが急遽予約を入れてくれました。実はその日はふうちゃんの幼稚園でもちつき大会があり、親も出るべきイベントだったので大変迷いました。ただ幼稚園の先生が「大丈夫。行っていらしてください」と言ってくれたので、ふうちゃんを幼稚園に送った後、そそくさと病院へ向かったのでした。
今回の妊娠は、万全を期したいという思いがあり、最初から大学病院の産科で診察を受けていました。診察を待っている間に自分で行うことになっている検査をしてみると、血圧は上が150、下も100近くまで上がっており、体重は(9ヶ月間で5キロしか増加していなかったのに)一週間前の検診からいきなり2キロも増加し、自分でもハッキリ判る程度の蛋白尿が試験紙に現れていました。
(こ、これは間違いなく中毒症だ・・・)と腹を括りつつ、診察。「前回まで調子よかったのにねー。ま、近いうちに管理入院だね」と担当医のS医師。
「病院で安静にしている間に落ち着いているかもしれないから、もう一度血圧測ってみて。それから20分間、NST(ノンストレステスト)受けてください」。
血圧はやっぱり高いまま。NST(ノンストレステスト)というのは、横になった状態でお腹にモニターを装着して胎児の動きや子宮収縮の間隔などを調べる検査です。20分経ったところで助産師のHさんから「ごめん。あともう20分見ていい?」と言われて結局40分。起きあがって帰る支度をしていると、難しい顔をしたS医師が出口のところに立っていました。
「赤ちゃんの動きが悪いんだよね。出来れば明日、入院した方がいいと思うんだけど」。
ひ、ひえ〜〜!そ、そんな\(ToT) / 。
「あのぉ、ご存じの通り、上の子が障害児なんで・・・。緊急の対応が難しいんですよね。預ける手配等がスムーズに行くかどうかわからないので、今日帰っていろいろやってみないと今はどうとも・・・」。
「じゃ、入院予約はとりあえず保留にしておくので、目途がついたら連絡してください」。
いきなり入院なんて考えてもいなかったので、頭は真っ白。ふうちゃんの幼稚園に向かう電車に乗りながら、やらなければならないことをリストアップしようとするのですが、なかなか頭が回らない状態でした。とりあえずパパと実家のじいじ・ばあばに電話。みんなビックリ(そりゃそうだろうよ・・・)。
ふうちゃんは、翌日幼稚園に私が送りその足で入院、お迎えはじいじが来てくれてそのまま実家で預かってもらうことになりました。出産(予定日)まで入院することを想定すると一ヶ月くらいの長期になります。ふうちゃんが生まれてから、夜、別々に過ごしたのは、私が流産の手術で入院したたった一日だけだったので、いくら大好きなじいじ・ばあばと一緒で、慣れ親しんでいる実家(毎週土曜日の音楽教室の後、ほとんど実家に寄っているので・・・)とはいえ、大変不安でしたが仕方ありません。
以前調べたのですが、母親の入院等の緊急時に子供を預かってくれる施設とサービスを我が家の住んでいる自治体は用意しているのに、障害児は適用外なのです(しかも、条件として「健康な」と明記しています。失礼じゃない?)。ショートステイできる障害者専用施設もあるのですが、未就学児は9時〜17時のデイサービスのみで宿泊はできないことになっています。我が家は実家が比較的近くにあり頼ることができるので公的サービスを利用するには至りませんが、実家が遠かったり色々な事情で頼ることが出来なかったとしたら、ふうちゃんを預けられる場所はどこにもない、というのが現実なのです。子連れで入院するわけにはいかないし、入院しないというわけにもいかないのに。
パパも次の日会社を休んで入院に付き添って来てくれることになりました。病院に連絡を入れ、荷物をまとめていると、時間はアッという間に過ぎていきました。
入院当日。今度は病棟の診察室で超音波とNSTの検査がありました。
「赤ちゃんの動きは昨日ほどは悪くないです。ただ、胎盤の血流が悪いので、赤ちゃんにとってお母さんのお腹の中はもう居心地のいい環境ではなくなっているみたいです。もしかしたら帝王切開で出すことになるかもしれません」と医師。パパと一緒に緊急手術や輸血の同意書にサインしました。ふうちゃんの心臓の手術の時に経験済なので、全然驚きはありませんでしたが(笑)。
入院した翌日の金曜日。病棟のラウンジで同室の人とお昼を食べていると、看護婦さんが顔を出し、「えええ〜!Mさん(←私のこと)、お昼食べちゃったの?」とビックリした顔で一言。
だって「食べるな」なんて誰も言ってなかったぢゃん。。。
でもふうちゃんの時の経験から、“胃の中に物が残っていると麻酔がかけられない”=手術ができない、ということだとはわかっていました。
モシカシテ、キョウ、シュジュツスルツモリダッタノデハ・・・
「手術になるかも」と言われてはいたけど、しばらく管理入院のつもりでいたのでビックリ。
わたしって、そんなに重症なの???
妊娠中毒症がコワイのは、本人に自覚症状がほとんどないところです。私の場合は中毒症だと気づいて改めて鏡を見ると顔がむくんでいるかなぁ、というぐらいです。もちろん元気いっぱいで入院2日目にして暇を持てあましている状況だったので、本人にすらきちんとした予告もなく緊急手術になるくらい重症だなんて、考えてもみませんでした。
その後、医師に説明を求めると、「今日は食べちゃったということなので、手術はしません。明日、明後日も土・日なのでとりあえず手術はしないと思ってもらっていいです。月曜日はもしかしたら手術になるかもしれないから、とりあえず朝食は食べないでおいてもらえるかな〜?」
要するに、土・日にやるほど緊急ではないけれど、もうそれほど遠くないうちに帝王切開で出産、という方針は決定しているようでした。
あああ〜(ToT) 、心の準備が・・・
日曜日、シャワーを浴びて念入りに洗髪し、病棟のコインランドリーで洗濯も済ませました。中毒症は食事の管理も厳しいので本来はいけないのですが、パパが差し入れてくれたレギュラーコーヒーを入れて飲みました。
そして運命の月曜日。朝9時頃に診察があり、予想通りあっけらかんと手術が決まりました。会社のパパに連絡が行き、10時30分からの開始が決まり、手術着に着替え、腕に点滴が刺さり・・・あれよあれよという間に手術室のベッドの上。
そして約1時間後、「ことちゃん」は誕生したのでした。

入院からたった5日目の出産。妊娠中毒症と判明してからは本人も“うそだろー?”というジェットコースター展開でした。
本当に自覚症状がほとんどなかったので、翌週の検診日までのんびり受診していなかったら一体どうなってしまっていたんだろう・・・と今から考えてもコワイです。
妊娠中毒症は肥満気味の人に多く、塩分の多い食事などが問題とも言われています。でも私の場合は標準体型ですし、妊娠中の体重増加も9ヶ月まで5キロと少ない方でした。塩味も強いものは苦手で、お醤油なども普段から減塩醤油を使っている程です。
「本にはそう書いてあるけど、今、食事で中毒症になるなんてあまりないと思うよ。結局は体質なんだよねー」とS医師。ま、「高齢」だしね・・・(-.-)=3
中毒症は一度発症してしまうと良くなることはなく、妊娠を終了させることが最大の治療です。私の場合は、出産後それまでの高血圧がアッという間に平常の血圧に戻りましたし、蛋白尿も出なくなりました。
また、入院してから自分でも少し顔がむくんでいるかな、と思っていましたが、出産後、同室だった人達から「顔がすごく小さくなったね。実はこんな顔だったんだ〜」と言われました。看護婦さん達からも「別人みたい」(笑)と・・・。やはり出産前は相当むくんでいたようなのですが、それもウソのように元に戻りました。毎日少しずつむくんでいくので、本人や周囲の人はそんなにひどくなっていても気づかないんですよね。
妊娠中、一般に妊婦の身体は出産等に備えて「血が固まりやすくなる」という現象があります。ところが中毒症になると逆に「血が固まりにくくなる」という症状が現れます。私の場合、胎内環境が悪く胎児の成長が鈍っていることと、母胎の血液の凝固のバランスがおかしくなっていることが、手術適応と判断されたようです。
血液の凝固のバランスがおかしくなったことで、出産後、後遺症として子宮の上に横20センチ、縦7センチ、深さ8センチほどもある大きい大きい血腫(血の固まり)ができてしまいました。中毒症の人は血腫が出来やすいけれど、ここまで大きい人は珍しいそうです。外見は内出血のようにどす黒いのですが、一時はおへその下の部分が全部真っ黒に見えるほど大きく、触ってみると岩のように固く、感覚がありません。退院後、日常生活で若干無理をして動いてしまったことで血腫がさらに大きくなってしまい、後日分娩室に連行されて部分麻酔をかけ、血液を抜きました(ToT)
。
血腫が蓄えていた血液はその時点で約1リットル。そのせいで医師によれば「男性だったらまっすぐ立っていられないほどの数値」というものすごい貧血にもなりました。おかげさまで現在(2003.4)血腫はかなり小さくなりましたが、触ると固く、やはり感覚はありません(半年くらいで体内に吸収されてなくなるそうです)。
妊娠中毒症という名前は誤解を招きがちですが、実は腎臓に負担がかかって働きが悪くなる病気です。中毒症自体も問題ですが、もっと恐ろしいのは中毒症が引き金となって発生する様々なトラブルです。時には母子ともに生命を脅かすような深刻な事態も起こります。本人に自覚症状がほとんどないために、発見が遅れて大変なことになるケースもあるようです。
私の場合は、助産師のHさんが産科の初診からずっと一貫して対応してくれていたので、ちょっとしたことでも相談しやすかったというのが大きかったと思います。もし相談しにくい環境であったなら、次回の検診を待ってしまい、リスクを高くしてしまったような気がします。
妊娠中は体重管理ばかりに目がいきがちですが、現在妊娠していらっしゃる方、そしてこれから妊娠される方、どうか血圧の推移にも十分気をつけてくださいね。
上の数値が140、下の数値が90を超えたら要注意なのですが、今になって母子手帳を見てみると12月の初めから上が130台、下が80台後半の数値が出ていました。医師が気にするほどの数値ではないけれど、実はじわりじわりと中毒症の兆候は現れていたわけです。家に血圧計のある方は数日おきに測ってみることをおすすめします。検診は2週間おきなので、発症に気づかないで次の検診まで放置してしまうと大変なことになるかもしれないからです。そして何度測り直しても上が140、下が90を超えるようなら、直ちに病院に行きましょう!
|