焦らないで、という言葉(2000.2)

 ふうちゃんに発達上の問題があるとわかってから、何度となく聞いた言葉。

 「焦らないで。ふうちゃんはふうちゃんなりに発達しているんだから、急いでもだめよ。もっとドーンと構えてふうちゃんを受け止めてあげて。」

 療育センターで、病院で、先輩のママから。あるときは優しく、あるときはたしなめるように繰り返されるこの言葉に、私はずっと心の中で反発してきました。

 焦らない親なんか、いるんだろうか。どうして焦ってはいけないんだろうか。焦ることは悪いことなんだろうか。

 例えば発達に全く問題のない子供たちだって、近所の同じ月齢の子が少し早く歩いたり、少し言葉を早く話したり、少し早くオムツが取れれば「焦る」はず。あの子が出来てどうしてうちの子は出来ないの、って思うでしょう。

 ふうちゃんは、もっともっと成長がゆっくりです。みんなの成長がとても早いので、一年前にはあまり気がつかなかったことも、現在はもう歴然とした差として現れています。
 ママ自身も、もうみんなに追いつくことはないのかなあ、なんて弱気になることもしばしばです。「ふうちゃんなりに」の、“なりに”という言葉もマジックワードなんですよね。「焦らないで」という言葉の裏には、「焦ったってふうちゃんはそこまで行けないでしょ」という気持ちがあるような気もします。とっても穿った見方であることはわかっているんですけど・・・。

 それでも、やっぱり諦められない。そして、諦めない。諦めたらそこで終わりです。ふうちゃんがどこまで行けるのか、それはわからないけれど、可能性がある限り伸ばしてあげたい。期待するから焦るんだし、諦められないから焦る。これって、発達遅滞児だろうが、そうじゃない子だろうが、親であれば同じなのではないでしょうか。

 確かに、焦るあまりふうちゃんを追いつめてしまったり、毎日が楽しくなくなったりしてしまったら、何のためにふうちゃんの可能性を伸ばすのかわからなくなりますよね。
 でも、きっと私はこれからも焦って、焦って、焦り続けていくんでしょう。いつか完全降伏する日が来るとしたら、その日まで。

 だから「焦らないで」と言わないで。