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引越後一週間。すこし落ちついて来たので、ふうちゃんの療育等の手続きを始めることにしました。
まず、10月から通うことにした、障害児専門の保育施設「つぼみの会」への見学の予約。この「つぼみの会」は、区の助成を受けた民間運営で、母親が就労していなくても火曜日から土曜日まで毎日保育してくれます。パパの通勤の都合とこの「つぼみの会」があることが、新居の場所を決定した大きな理由でした。
そして区立の療育センターに見学の予約。そして保健所の地区担当保健婦さんに面談の予約。
それから・・・・。“療育手帳”の申請。
療育手帳とは、要するに知的障害者であることを公に証明する手帳のことです。色々呼び方があり、東京都では「愛の手帳」という名前です。手帳の交付を受けていると、その人の状況(障害の種類や軽重、保護者の所得等)に応じて福祉サービスが受けられるのです。
以前住んでいたところでもふうちゃんが2歳半になったときに申請しようとしたのですが、地区担当のケースワーカーさんが反対して、結局その時は申請しませんでした。
なぜ反対するのか聞いてみたのですが、ケースワーカーさんは理由は言わず、“僕はオススメしません”の一点張り。ケースワーカーさんを無視して児童相談所に申請すれば交付はされたと思うのですが、その時はまだ引越が具体的には決まっておらず、ずっと住むとすれば就学の時などそのケースワーカーさんにお世話にならなくてはならないので、その人の機嫌を損ねてまで取るメリットもないか、と考えたのです。近所に住んでいらした小学生の障害児を持つお母さんからも「ケースワーカーさんとは仲良くね」と言われていましたし。
もちろん、理由を言わないので不信感は募りました。そこでいろいろ調べてみたところ、手帳は申請主義なので、障害者本人もしくは保護者が申請して医師等の面談を受け、障害者であると認定されれば交付されるのです。ところが、手帳によって、所得制限はあるものの手当や費用のかかるサービスが受けられるようになる人もいるので、不況で福祉予算が厳しくなっている折、自治体としては取得をなるべく後らせたいというのが本音のようです。
特に知的障害児の手帳取得は3歳以降に、という“暗黙の了解”がある地域は多いらしく、ふうちゃんの住んでいた場所に限らず保護者が療育センターなどに相談してしまうとだいたいストップをかけられるとか。早期に問題が見つかっている子供はたいてい療育センターに通っているのですから、なんか理不尽な話ですよね。
・・・というのはさておいて。
児童相談所に電話をすると、地区担当の児童福祉司さんがさっそく面談の予約を受けてくれました。しかも、児童相談所は区外の遠いところにあるので、まずは近くでお話を聞きましょう、と、近所の福祉事務所まで来てくださいました。その福祉事務所までは歩いて1分なんです。本当に助かりました。
そこで今までの経緯について話して、ふうちゃんとも軽く面談。その日に判定の日にちまで決定してしまいました。
判定は児童相談所まで行かなければなりません。電車とバスを乗り継いで片道一時間ほどかかるのですが、ふうちゃんは終始ゴキゲン。心理の先生の発達診断の時も、いつもは見向きもしない形はめパズルや積み木を喜んでやってみたり、初対面なのに甘えてみたり。形はめパズルは「できません」、積み木は「やりません」と先生に言ってしまったママは冷や汗たらたら。
医師の診察時も部屋の中をクマのようにウロウロ歩き回ってはいましたが、わりとゴキゲンでした。先生に「何かお困りのことはありますか」と言われ、とっさには思いつかず「そうですねー、ワガママなことでしょうか」と言ったら、診断書の「性格特徴」という欄に“ワガママ”と書かれてしまいました。まあ、その通りなんですけどね(^_^;。
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ナイショの話。
手帳に貼るために写真が必要だったんですけど、ママは判定の3日前までコロッとそのことを忘れていました。今年の4月に撮影した、パスポート用の写真を使うつもりでいたんだけど、引越の時捨てちゃったのか、家中探しても出てこないの。
それで仕方なく、デジカメで撮った写真の中からかわいいの(滅多にないんだ、これが・・・)を探して、大きさ調整して、家のプリンターで打ち出し、平気な顔をして提出したんです。それがコレ。
でも、ばれなかった。結構ドットが見え見えなんだけどね・・・。良かったぁ。ま、写真は写真だもんね。 |
11月始め、郵送で手帳が届きました。
これでふうちゃんを公式に“障害児”にしてしまったと思うと、一抹の寂しさを感じます。でも、手帳を取ることで、ふうちゃんの障害を真正面から直視して、一生障害とつき合っていくのだ、という心構えもできたように思います。
さすがに実家のじいじ、ばあばは悲しがっていましたが、「手帳はね、何年か毎に判定の見直しがあるから、その時までにみんなに追いついていれば返さなくちゃいけないのよ」というと、「そうだよね、きっと次の時には返しなさいって言われるよ」と言い聞かせるように呟いていました。
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