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HPを立ち上げていつの間にか3年が過ぎました。
この一年、結構忙しくなってしまって更新をほとんど(というか、全く・・・汗)しなかったんだけど、それでも来てくださっている皆様、本当にありがとうございますm(_
_)m。
さて、このHPをご覧になった方から、ご意見やご感想、ご相談のメールをいただくことがあります。なるべくお返事するようにしているのですが(忙しくてお返事が書けなかった事も多々あります・・・ごめんなさいm(_
_)m)、時にはお返事を書くのに困ってしまうメールも。その中で、割と何度も繰り返されている質問があります。それは、
| 障害児のお母さんとおつき合いする場合、どんなことに気をつけて接したらいいですか? |
というものです。
実はこの質問に私はお返事のメールを書いたことは一度もありません。“障害児のお母さん”も“障害児”も一括りにできるものではなく、色々な人がいるわけですから、答えはその人その人によって違うので答えられないと思うからです。
さらに、この質問をされる方は大半が健常児のお母さんなのですが、前段として「私は自分が障害児を育てるなんて想像もつきません。障害児のお母さんって本当に偉いなあ、と思います。障害児を持つってどんな気持ちですか?」(←まぁここまでハッキリとは書いてないにせよ、要約すればこんな感じ)なんて書いてこられることもあるのです。
をいをい、それはいくらなんでも失礼だろうよ・・・
ところが、書いてこられる方は悪意のカケラすら持っているわけではなく、むしろ真剣に障害児の母親の気持ちを知りたくて質問されているんですね。
メールの文面からその純粋さは強く伝わってきて、お返事を書かないことにちょっと罪悪感を覚えたりもします。
そこでお返事の代わりに、この場で私の気持ちを書いてみようと思います。あくまで「私の」気持ちであって、「障害児のお母さん」の気持ちを代弁しているわけではないことを蛇足ながら申し添えておきます。

ふうちゃんは2歳になる前に障害児であることが判明しました。「公園デビュー」もまだの頃です。
2歳頃トコトコ歩けるようになり、私がフルタイムの仕事を辞めて家にいるようになって、公園に行くのに何の支障もなくなりましたが、私は公園には行きませんでした。当時は大きな団地の中に住んでいて、十時半頃からたくさんの母子が集まるとても良い公園が敷地内にありました。我が家から3分の距離でしたが、私は絶対にそのグループに加わりたいとは思いませんでした。
その時の気持ちは現在の気持ちとは全然違います。
当時は私自身がふうちゃんの障害をきちんと受容できていなかったので、「あの子、何か変だ」とということを他の人に知られるのが怖かったのです。その当時のふうちゃんは、指さしも出来ず、言葉もわからず、当然発語は全くなく、ただただ自分の世界にいる怪獣の子供みたいでした。たとえ無理をして公園に連れて行っても、過敏なため砂場の砂を触ることも出来ないし、滑り台も怖くて滑れない(←今でもかなり・・・(^^ゞ)。他人に関心もなかったので、お友達と一緒に遊ぶことも出来ない。親子ともども公園に行くモチベーションに欠けていたのです。
2歳半の時、音楽が大好きだったふうちゃんを、思い切ってK社の音楽教室に入れてみました。
その頃には私はふうちゃんの障害を受容していました。ただ、まだ「もしかしたらそのうち追いつくかもしれない」という一縷の希望は捨てていなかった時期でした。
音楽教室と担任の先生にはふうちゃんが障害児であることを伝えました。「今までも発達に遅れのあるお子さんが来ていたこともあるので大丈夫」とのことでしたが、当然のことながら扱いは他のお子さんと全く一緒で、フォローは全くありません。
それまで健常なお子さんとの接触を避けてきた私にとっては、強気な私の心臓を持ってしても(笑)その場に加わることすら大変勇気のいることで、慣れるまでの数回は前の日から気が重くなってしまうほどでしたが、メンタルトレーニングの場としては恰好でした。
同学年の健常児の発達を間近で観察できるし、公園などと違って仲間はずれになってしまうことはない。同じクラスのお母さん達にふうちゃんの障害のことはお話しなかったので、多分「全然しゃべらない変な子」「発達の遅れた子」と思ったかもしれませんが、まぁその場限りのつき合いだったこともあり、「ほどほどに」おつきあいできました。
半年通って、最後の日。一人の女の子のお母さんが「お茶しない?」と声をかけてきました。それもみんなに声をかけたのではなく、私だけに。ふうちゃんはみんなと遊べないし、私になんか声をかけてくれるはずがない、と頭から思いこんでいたのでちょっとビックリ。近くのミ○ドでお茶することになりました。
そのお母さんの子供が大きなドーナツをパクパク食べているのを横目で見ながら(当時ふうちゃんはミキサー食以外食べられませんでした)、私は初めて他人にふうちゃんの障害を“カミングアウト”しました。
するとそのお母さんは目を丸くして「え〜!ホント?全然気づかなかった!」と言うのです。「だって喋らないでしょ」というと「あ〜、そういえばそうだね。でもこの時期喋ってない子なんてたくさんいるし。大人しい子だな、っていう印象で」
楽しい1時間を過ごしながら、私は自分が意識過剰で萎縮しまくっていたことに気づきました。他のお母さん達は自分の子を中心に見ているので、そんなにふうちゃんに注目しているわけじゃない。既にふうちゃんは明らかにみんなとは「違って」いたけど、それを興味本位で見ているヒマは他のお母さん達にもあまりないのだ、と。
それ以来、健常児のお母さんとおつきあいする時には、みんなとふうちゃんの「違い」を気にしないように心がけてはいます。ただ、「違う」のは事実なので、やはり何歩か引いてしまい、どうしても萎縮してしまう自分がいます。
保育園を経て、現在ふうちゃんは養護学校の幼稚部に通っています。健常児の中にポツネンとふうちゃんが入っていた保育園(一般的な「統合保育」)。現在の幼稚園は障害児の中に少数、健常児が交じっています(「逆統合保育」といいます)。
現在の幼稚園の健常児さんは、ここが“障害児の幼稚園”であることを認識した上で、それでも入りたい、と入園されてこられるので、カミングアウトの必要もないしこちらが萎縮する必要もない。それでも正直、同じ障害児を持つお母さんたちとは分けて、線を引いてつき合っているような気がします。
もちろん障害児のお母さんにもいろいろな個性を持った人がいて、障害の種類も様々だし、この人とはとても分かり合えない、と思う事もあります(笑)。それでもやはりベース(=障害について知っている、ということ)が一緒なので、楽なのだと思います。
例えば去年、雨の日、健常児のお母さんと通園途中に会い、一緒に歩いていたら、「どうしてふうちゃんはこんなに雨が降っているのに長靴を履かないの?」と聞かれたことがありました。
雨の日に長靴を履くのって、健常児は喜ぶ子が多いですよね。ところがふうちゃんはその時点では長靴を絶対に履いてくれませんでした(今は履くようになりましたが)。長靴のちょっとブカブカした感触が苦手だったのだと思います。3歳くらいの時、ミ○ハウスの高い長靴を買ったのに泣いて嫌がり、ピカピカのままお蔵入りした苦い思い出があります(笑)。
長靴の嫌いな障害児は、ふうちゃんに限らず割と多いです(もちろんちゃんと履ける子もたくさんいますが)。ですから、障害児のお母さんといると余計な説明なしに「あ〜、ふうちゃん長靴の感触嫌いなのね〜」で済んでしまう。それが健常児のお母さんだといちいち説明しなくてはいけない、というのが面倒なのかもしれません。
最近、ふうちゃんを育てることの大変さは、実はふうちゃんの知的発達の遅れにあるのではない、ということに気づきました。例えば言葉が遅れていることできちんと会話はできないけれど、彼女の要求ははっきりわかるし、憎まれ口を利かないので(笑)、むしろ可愛いくらいです。
私にとって真の問題は、知的発達の遅れの周辺にあるもの、感覚過敏だったり、変化に弱く不安が強いことだったり、私が理解できない世界があることなのです。長靴を最近まで履けなかったこともその一つですが、そういう“健常者には理解できない世界や行動”がゴマンとあります。一つ一つを取ってみると本当に些細なことかもしれない。でもそれが積み重なるととても大変なんですよね。
ふうちゃんと仲良くしてくれようとしたり、ふうちゃんのことを知ろうとしてくれるのは本当にありがたいと思います。でも正直、“健常者には理解できない世界や行動”を一つ一つ説明するのはタルいし、そこがツーカーだと楽なんです。
結局、面倒なのは“健常児のお母さん”ではなくて“障害について全く知識のない人”なのかもしれません。避けて通っていたらふうちゃんの世界も広がらないし、障害についての理解も進まないことは十分承知しているんですけど・・・。
かといって障害について「ほんの少しだけ」知っている、という人もやっかいだったりします。自閉症児はみんな山下清のように特殊な才能を持っている、と思いこんでしまったり(笑)。同じ障害でも、症状は一人一人全く違うのが障害児の難しいところです。自分の見たことのあるたった一人の障害児のパターンをふうちゃんに当てはめて接してもらっても、それは違うんです。
じゃあどうすればいいの?と聞かれると、答えは出ません。でも障害児を持っていようがいまいが、お母さん同士の気持ちが呼び合えば自然と仲良くはなりますよね。逆に障害児のお母さん同士でもどうしたって気持ちが通じない人はたくさんいます。対等な人間関係なら、まずそこから始まるのが基本ですよね。そして、もし気持ちが呼び合ったとしたら、その人がたとえ“障害について全く知識のない人”だったとしても、たとえ障害について面倒なことを何回聞かれたとしても、それを乗り越えてつき合っていくのだと思います。
「お母さん」という肩書がついてしまうとやっかいになることってたくさんあるけれど、結局は「私」と「あなた」、プラス子どもたち、っていう関係なのだと思います。
・・・長々と書いたにもかかわらず、全然答えになっていませんね・・・m(_
_)m。
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