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半年ほど前、あるカウンセラーの人とお話する機会がありました。その時、その人に「あなたは“良い母親”になろうとしすぎている。もっと肩の力を抜きなさい。あなたのような完全主義の人間は行き過ぎの“グレートマザー”になっちゃう危険があるんだよね」と言われました。
それまでお会いしたこともなかったし、現状についても「知的障害児がいて、毎日どうしてもストレスが溜まります」とごく短時間お話しただけ。そんなわずかな情報で何故私のことを「完全主義」と言い切れるのだろう。多分彼の知っている何人かの障害児の母親に共通する要素を私にも当てはめて言ってみたのだろうと、かなりマユツバっぽい感じもするし、反発も覚えたのですが、家に帰って来てから色々考えてみました。
・・・確かに私はふうちゃんの生活にかなり過干渉な部分を持っている。
「良い母親」であろうと、自分に無理をしている部分も多々ある。
でも、私は完全主義じゃないし、自分が望んで「良い母親」になろうとしているわけじゃない。
もともと私はそんなに完全志向の性格ではなく、むしろだらしなくてズボラな方です(このHPの更新状況やゲストブックの管理状況を見れば頷けるでしょう・・・笑)。そして、ふうちゃんを産む前から「子供」は好きじゃなかったし、ふうちゃんを産んでからも育児に専念するなんてマッピラって感じだったんです。
もしふうちゃんが健常児だったらフルタイムの仕事をずっと続けていたでしょうし、すごーく放任していたでしょう(笑)。
でも残念ながらふうちゃんは障害児でした。それでやむなく仕事を辞め、療育センターや訓練に通うようになりました。
初めて療育センターの門をくぐってから4年ほどが過ぎ、この間に何人もの専門家の先生たちに会い、療育や指導を受けました。内容は様々だったけど、みなさん母子関係をとても重要視されていて、異口同音に「積極的に、子供と真正面から向かい合う、丁寧な育児をしなさい」ってことを言われ続けてきたような気がします。
医師、保健婦さん、保育士さん、訓練士さんなど、立場は変わっても、母親への指導の根本はそこにあるんですよね。
“もっとスキンシップを”
“もっと話しかけを”
“もっと楽しい状況の共有を”
“もっと子供と向かい合って”
“もっと子供に主導権を握らせて”
・・・「もっともっと」のオンパレード。
以前受けていたST(言語療法)訓練で、「ふうちゃんは公園の遊具に興味がないので、公園に行ってもやることがあまりないし、すぐ出ていこうとします。普通のお子さんなら公園に行く=楽しい、だけど、ふうちゃんの場合は楽しさが見つけられない。だから行き場がないし外で遊ぶのが難しいんです」と愚痴ったことがあります。
すると先生は「ある自閉症のお子さんは、エアコンの室外機にこだわりがあったの。決まったエアコンの室外機を順番に巡っていくのが彼とお母さんのお散歩でした。それでいいのよ」と言うのです。
「私ならそんな散歩、ストレスが溜まって3日と我慢できないと思います」と言うと、先生は「大好きな室外機巡りをしているとき、側に必ずお母さんがいてくれた。その時は目に入っていないようでも、後になって大きな力になるものなのよ」と・・・。
つまり、子供が“いかにも障害児的な”そして“とても無意味な”ことを楽しんでいるときに、子供が母親の存在などほとんど気に留めずに自分の世界に入り込んでいても、一緒に楽しむことが出来なくても、自分を殺してとことんつき合え、と言うわけです。
それが出来るお母さんがいることは知っています。でも、私の場合、2日は我慢できたとしても、3日目にはもう耐えられなくなるでしょう。散歩に行くなら、私も散歩を楽しみたいのです。エアコンの室外機巡りなんてまっぴらです。
まぁ、このSTの先生はかなり「完全受容」信者で極端な例を挙げられることが多く、私もこの先生のおっしゃることに限ってはほとんど聞き流してしまいがちだったのですが(←これじゃ訓練受けに行ってる意味ないぢゃん・・・汗)。
でも、上に書いたような「もっともっと」の指導を母親である私にするのは、この先生に限ったことではありませんでした。
本来ズボラでノーテンキでグータラで自分本位な私なんだけど、そうでいちゃいけないような雰囲気がどこに行ってもある・・・。
かといって、先生方の言われるような母親には、正直なれそうにない・・・。
パーフェクトなママにはなれないことを十分知りつつも、先生方の求められている理想の母親像に近づけない自分に強迫的な罪悪感を感じさせられて、無意識に「良い母親」を目指してしまっている、というのが本当のところでしょうか。
もちろん「指導」をわざわざ受けに通っているのですから、先生方が現状より高いことを望まれるのは仕方がないと思います。そして、保育士さんや訓練士さん一人一人がおっしゃることは的を得て正しい答えなのでしょう。
でもその一つ一つのアドバイスが自分の頭の中で統合されてしまうと、非の打ちどころのない素晴らしい母親像が出来上がり、強迫観念になってしまう・・・。
障害児の場合、専門家の先生方の言うことを実践していればもっと子供が良くなってくれるのではないかとどうしても考えてしまうから、その辺で「良い母親」の呪縛が無意識のレベルに働きかけられてしまうのだと思います。
で、自分の心に無理をしてストレスを溜めながら「良い母親」目指して頑張り続けて、ある日いきなりブチッと切れる。子供は怯えて上目づかいに私を見上げ、私は自己嫌悪に陥り、お互いにアンハッピー・・・の繰り返し。
ああ、止めましょう、止めましょう、そんなバカな事。
もっと肩の力を抜きましょう。
ストレスを溜めないように、不完全ながらも親子でハッピーに過ごしましょう。
・・・・わかってはいるんだけど、ね。
・・・・それが出来たら楽なのに、ね。
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