歩く、ということ(2001.9)

 「最近嬉しかったこと」を書いた今年の4月の時点では、ふうちゃんは歩くことが大嫌いでした。
 昨年の5月に心臓の手術をする前は、ふうちゃんはお散歩が大好きで、私も「運動制限は全くありません」という医師の言葉を信じて彼女のペースで2時間くらいお散歩する、ということをしばしばやっていました。
 ところが手術で入院し、寝たきり生活を2週間、さらに病室内での生活が長かったせいか、退院後ふうちゃんは外を歩くのが大嫌いになってしまいました。

 もともとふうちゃんは「人を見る」眼が鋭く(笑)、私となら歩くのに、じいじやばあば、パパとはあまり歩かない、ということも多かったです。ま、この手の「ズル」はみんなやることなので全然気にしていませんでしたが、退院後は外に出るときはベビーカー、と決め込んでしまって、私と外出する時すら一歩たりとも歩こうとしませんでした。
 私としても、ふうちゃんは壮絶な体験をしてきたばかりだし、入院生活中全然運動していないので体力もガタ落ちだし、数ヶ月はこんなものだろう、と思っていました。
 ところが何ヶ月経っても、ふうちゃんの「歩かない病」は治りません。それどころか、抱っこしていて辛くなったのでちょっと手を下の方にずらしただけで「降ろされる!」と思って大きな声で喚くようになってしまいました。本当に降ろそうものなら、もう、大変。涙と鼻水をボロボロ出して泣き、大声で喚きます。私が怒ると、(コワイので)声のトーンを低くしおとなしくなりますが、その後もずっとグチャグチャと言葉にならない不平不満を言い続けながら歩きます。こんな態度では散歩も全く楽しくないし、スーパーなどに連れて行った日にはもう周囲の視線を一身に集めてしまいます(ふうちゃんはスーパーの子供を乗せるカートが嫌いで絶対に乗らないのです)。
 同じ年のお子さんと比べれば痩せていて体重も軽い方だけど、それでも13キロ近くありましたから、いつも抱っこでは私の腰も限界に達していて、外でボリュームを絞らずに発される金切り声には、もうウンザリ。
 さらに、私以外とは一歩だって歩くものか、と徹底抗戦の構えです。昨年の秋頃、動物園に行った時も、パパは最初から最後まで、3時間ほどずっと抱っこさせられました。ふうちゃんにはメロメロのパパも、さすがに参ったようでした。

 冬のある日、音楽教室の帰り道、同じクラスの自閉症の女の子のお母さんと一緒になりました。ふうちゃんより2学年上で、いつもニコニコしている女の子です。お母さんと手をつないで歩いているのが羨ましくて、愚痴をこぼしました。
 するとそのお母さんは「うちも4歳になるまでは全然歩かなかったよ。そのうち自然と歩くようになるから、大丈夫。本人が歩きたいと思う以外はずっと抱っこしていて、腰を痛めて接骨院に通ったりしてたわ。無理矢理歩かせることは全然しなかったけど、なんでかなぁ、いつの間にか歩いてたよ」と言うのです。
 教室で見ていると、その女の子とお母さんはほんとに「良い関係」なのです。知的障害を伴った中度の自閉症のようですが、教室でパニックになったところを見たことは一度もありません。いつも穏やかで大人しく、落ち着いています。彼女より一学年上の子も何人かいたのですが、クラスのリーダー的存在でした。
 自閉の程度は決して軽くはないのにこんなに穏やかなのは、お母さんが本当にこの子を大切にしているからだなぁ、といつも感じていたので、私も歩くことに関してはそのお母さんのアドバイスどおりにやってみることにしました。といってもそのお母さんのようにはなりきれず、忍耐力や腰の状態が限界だと思ったときはさっさと降ろして泣き喚かれていましたが。

 数ヶ月続けてみたら、何となくふうちゃんの態度が変わってきたように思えました。抱っこして欲しいときは抱っこしてもらえる、ということがわかって、機嫌の良いときは結構歩いてくれるようになり、歩く距離は依然として少ないものの、外で金切り声を上げたり泣き喚いたりすることは減ってきました。

 そして、いつの間にか、きっかけも全く覚えていないのですが、4歳のお誕生日を迎えた今年の6月頃には、抱っこすることが全くといっていいほどなくなりました。歩くにはちょうど良い季節だったこともあるかもしれません。そのお母さんが言ったとおり、4歳ちょうどでふうちゃんは自発的に歩き始めたのです。気がついたら最近抱っこしてないわー、という感じです。
 夏にそのお母さんとまた帰り道一緒になったので、「4歳のお誕生日くらいから歩くようになったのよ」と言うと、「私、ふうちゃんが道路歩いてるとこ、今日初めて見たかも」と言われてしまいました。音楽教室に通って1年以上・・・。長かったわ。

 今では(私に関しては)抱っこをせがまれることは全くと言っていいほどありません。逆に抱っこしたくて無理矢理抱っこすると、嫌がって降りられてしまい「く、くぅぅぅ!」と思ったり。ほんの数ヶ月前のことなのに「あの頃は毎日抱っこして保育園に行っていたんだなぁ」なんて懐かしく思い出してます。
 パパやじいじだと態度は全然違って、抱っこをねだることも多いですが、重くなって降ろそうとすると素直に降り、異議を唱えることは少なくなりました。

 よく「歩きたくない子は、歩かせれば歩くようになる」と言われます。確かにそれも一理あるし、多くの人の体験から出てきた言葉だとも思うのですが、「歩きたい、歩くのが楽しい」という本人の自発的な気持ちを待ってあげるのもいいのかなぁ、という気が今はしています。歩けるにもかかわらず、小学校に上がってもベビーカーを使ったり親に抱っこばかりされている子は見たことないし。
 ふうちゃんの場合、健常児との根本的な違いは「何でもやってみよう、手を出してみよう」という自発性・積極性がとても少ないことだ、と感じています。健常児が本能的に行っている、“まずやってみる”→“失敗する”→“学ぶ”というプロセスが圧倒的に少ないために、本来持っている能力すらも十分引き出せていないような気がするのです。

 発達に何らかの心配を持つお子さんで、歩くのが嫌いな子は多いです。親の腰が限界に達してくる3歳以降は本当に悩みも深いですが、きっとそんなに遠くない将来、自分でズンズン歩く日が来ると思います。その日を信じて、もうすこし、頑張ってみてくださいね。