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これを書いているのは2001年12月。ふうちゃんが保育園に入園してから満一年が過ぎました。
時系列の話の方は「りんご組」(3歳児クラス)に進級したところで止まってしまっているのですが(汗)、ちょうど満一年になった現在の気持ちを書いておきたいと思いました。これから徐々に「りんご組」でのふうちゃんの様子もアップしていきますので、時間的に前後してしまいますが、その辺はご了承ください。
昨年の12月は、私もふうちゃんもずいぶん緊張していたように思います。園長先生は正直な方で(笑)、最初に見学という形で園を訪れた時から“歓迎してないモード”を隠しませんでしたし、保育課とのやりとりの中でS保育園はここ十年くらい障害児が在籍したことがない、という事がわかりました。公務員ですから異動もあるので、中には障害児と接した経験のある先生もいらしたでしょうが、やはり不安でした。12月1日、入園した日はやはり先生方も大変構えていらっしゃるように見受けられました。
保育時間も普通のお子さんなら数日で慣らし保育が終わるところ、ふうちゃんの場合は約1ヶ月かかり、それでもお迎えは0歳児より短い3時30分でした。先生と交換日記のような形でふうちゃんのことを良く知ってもらおうと、私の方から連絡帳とは別に連絡ノートを提案したら、「こちらからの連絡は連絡帳で十分です。お母さんから連絡帳に書ききれないことがあるというなら、ノートをつけてください」と言われてしまいました。しつこく続けていたらこちらの気持ちも伝わるかな、と思っていたのですが、しばらくして「連絡帳以外の連絡はお母さん大変でしょうから、もういいです」。淋しかった・・・。
この頃は信頼関係などあるわけもなく、意志の疎通が上手く行っていなかったと思います。100人くらいの“健常児”の集団のなかにたった一人の“障害児”として交じることで萎縮もしていた私は、心細く、猜疑心が強くなっていて、ふうちゃんのお尻に大きく残っていた蒙古斑やイチゴ状血管腫について質問されると「保育園は虐待を疑っているのではないか・・・」とイヤな気分になったりしました。また入園してしばらく夕食のメニューを書くように言われて提出していたのですが、「(意外と)ちゃんとしたものを食べさせてるのねぇ」と言われたりすると、「ふうちゃんの摂食の問題は私がひどいものばかり食べさせているからだと思っているのではないか・・・」と疑ってみたり。
最初の一ヶ月はこんな状態で、精神的にとても辛かったのを覚えています。
2歳児クラス(ばなな組)の時ふうちゃんを担当してくれたS先生は本当に素晴らしい保育士さんでしたが、3歳児クラスになって担任を外れてしまいました。
3歳児クラス(りんご組)の担任はH先生とT先生。H先生はばなな組からの持ち上がりではありましたが、あまりお話したこともなく、信頼関係づくりはまたゼロからやり直しになりました。
6月くらいまではお互いに結構ぎこちなかったかな、と思います。先生方はふうちゃんをワレモノみたいに気を遣って扱っていたような感じがしますし、私はりんご組になってからお願いしたいくつかのことについて保育園がまともに対応してくれなかったことで逆に不信感を強めていました。この頃は保育園には慣れてきたのですが、信頼関係は最悪でした。
ところがこの壁をうち破ったのは、何とふうちゃんでした。
6月頃、ふうちゃんは「センセイ」という言葉を覚えました。つたない言葉で「センセイ、センセイ」と呼びに来るふうちゃんに、H先生もT先生もさらには園長先生など担任以外の先生も「カワイイっ!」という気持ちが芽生えたようです。また、ふうちゃんはH先生とT先生に心を許し、他の先生が近づいて来ると「この先生は私の先生じゃないわ」というような態度を取ったり、お昼寝の時間になかなか寝られない時側にいてくれるH先生やT先生をからかうような仕草をしたりするようになりました。
先生方がふうちゃんのことを心から「カワイイ」と感じてくれだしたことは、私にはすぐにわかりました。送迎時の立ち話の内容が変わってきましたし、何よりふうちゃんがH先生やT先生に甘えて良い笑顔を見せるようになっていたからです。
7月下旬に大好きなプール、9月からは運動会の練習が始まり、みんなと同じようには出来ないけれど担任の先生に導かれてふうちゃんは確実に成長していきました。H先生とT先生の間で二人揃っているときには主にT先生がふうちゃんを担当するという役割分担がされていたようで、運動会ではT先生と手をつないでリレーを走り、出し物でもT先生と一緒に行動していました。迎えに行くとT先生の背中におんぶされて甘えながらニコニコ笑っていたり・・・。
H先生とT先生がふうちゃんのことを「カワイイ」と思ってくれている気持ち、さらにふうちゃんが先生方を心から大好きで信頼していることが十分に伝わってくると、もう親なんてイチコロです。6月頃には不信感でいっぱいだったのに、運動会の頃にはH先生とT先生のことが私も大好きになっていました。現金なようですが、人間って不思議です・・・。
今考えると入園してから6月頃までの半年間は、必要以上に萎縮したり緊張して構えてしまって、自分で自分の精神状態を悪くしていたかなぁ、と思うところもあります。ふうちゃだけでなく私自身もそれまで常に“温室状態”の中にあって、“社会の風”に当たったのはほとんど初めてだったんですね。
保育園に入るまで通っていた療育センターや「つぼみの会」はぬくぬくして居心地のいいところです。集まっているのは何かしら発達に問題のある子ばかり。先生方はどんな子供でも暖かく迎えてくれ、優しい声をかけてくれます。
私はその雰囲気に慣れすぎていたかもしれません。保育園だってプロであり、障害児枠での入園を認めている以上、暖かく迎え入れるのは当然でしょう、というような気持ちがありました。ですからしょっぱなから“歓迎してないモード”を露わにされて、やはり社会は冷たい、と構えてしまったのです。
でも一年経った今振り返ってみると、少し違う感じがします。確かに暖かく迎え入れてくれたらホントに嬉しい。でも療育センターみたいに、初対面の時からどんな子でも分け隔てなく優しく迎え入れるというのも、何か偽善的なような気がする・・・。
保育士さんは確かにプロだし、子供が好きで選んだ職業なんだろうけど、初めて会う他人の子を無条件にカワイイなんてやっぱり思えないんじゃないか。日々長い時間をかけて接していくなかで、カワイイという感情も芽生え、育ってくるんだろう・・・。
先生との信頼関係って、親と先生という大人だけで作れるものじゃない。真ん中に子供がいて、子供が先生を大好きになって、先生も子供が可愛くなって、その気持ちが親に伝わって、その三角形が全部上手くいって初めて出来てくるものなんだ・・・。
最初の頃は私が精神的にめげてしまって、保育園を辞めようか、と思ったこともありました。引っ越したばかりでしたし、近所に同じような状況の障害児の親の知り合いもなく、孤軍奮闘している感じでとっても心細かったのです。
もちろん何人かの方には愚痴を聞いてもらったり、相談に乗ってもらったりしました。特に今通っている療育センターの係長さんは、立場を超えて丁寧に相談に乗ってくださり、保育園を続ける決心をさせて下さいました。
あの時お世話になった全ての方に、心からの感謝を伝えたいなぁ、と思います。辛いときもあったけど、保育園を頑張って続けて本当に良かった。ふうちゃんがH先生とT先生のことを大好きで毎日保育園が見えると歓声をあげて走り出すこと、そして私がお迎えに行くととろけるような笑顔で迎えてくれること。今はそれだけで十分な気がしています。
H先生、T先生、今年一年、どうもありがとうございました。そして来年もふうちゃんを宜しくお願いします。
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