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平成11年11月、療育センターの芋堀り遠足に参加して、近くの公園でお弁当をたべました。
離乳食はそれぞれビンに詰めて保冷バッグに入れ、魔法瓶に熱湯を入れて持っていきその場でビンを熱湯に入れて暖めます。
やはりペースト状の食べ物って冷たいとちょっと食べられませんよね。
ちなみにこの日は鳥の唐揚げ、卵焼き、
さつまいもとリンゴのサラダ、“総合離乳食”(という明治乳業から出ていたベビーフード)、プチダノン。 |
プロフィールでも少し触れましたが、ふうちゃんは未だに離乳食を食べています。それも、中期のはじめくらいの、どろどろのやつです。
トマトなど水分をそれ自体に多く含むものは、固形でも食べられます。でも、とろみが全くついていない固形を受け付けないのです。拒否する=吐く、ということであり、これまで離乳食が原因で吐いたことは数知れません(うちのカーペットはもうボロボロです)。当然のことですが、お菓子などももちろん食べられません。
喉などの機能に問題があって固形を飲むことが不可能なのではありません。機能的には全く問題がないのに、過敏なためか、固形を拒否してしまうのです。
私は勝手にこれを「過敏性摂食障害」と呼んでいますが、結局精神的なものと過敏からくる拒絶反応によるものとが複雑に絡み合って起こっているようです。
昨年、通っている療育センターがふうちゃんの摂食指導に前向きに取り組んで下さらず、私が毎日の離乳食づくりや周囲からの「離乳に失敗した母親」という評価にかなり思い詰めていた時期がありました。
そこで摂食指導をしていただける病院を探し(これがまたとっても少ない)、センターの担当医に紹介状をお願いすると、先生は怒ってしまいました。自分のところで指導できなかった、ということで恥になるのでしょうか。
「はっきり言って、知的障害のあるお子さんには珍しいことじゃないんですよ。私はこういう状態のお子さんを何人も診たことありますから」(それならどーしたら直せるか知っているはずじゃない?)。思い詰めていたのでこちらの態度も悪かったのですが、ほとんど喧嘩状態でした(^_^;)。
現在は信頼できる摂食指導の先生の指示のもと、手探りで進めていっていますが、形態的にはほとんど進歩は見られていない、というのが実状です。
時間はかかりますよ、と言われているので、焦らず、ゆっくり、とは思っているのですが、正直いって離乳食を毎日作るのは疲れます。やはり毎日毎日のことですから。
そして外食ができない(というか、するのは大変)!。旅行するにも「ミルサー」をはじめ、鍋、カセットコンロなど大荷物を持っていかなければなりません。
いまだに離乳食だということをカミングアウトしていないお友達の家に行くときも大変です。出されたおやつを「お腹をこわしているので今日は食べられない」と取り繕って切り抜けたことも。ほんとは隠しても仕方ないんだけど、そのへんママの気持ちは複雑です。
そして、幼稚園。最近はどこの幼稚園でも障害児の受け入れについてはあまり拒まないと聞いています。でも、「身辺自立」(ごはんが一人で食べられる、おむつが取れている)は最低できていないと、先生の数は限られていますから、やはり受け入れてはもらえないようです。
年少さん入園まであと一年。年少さんから幼稚園に入れるかどうかはまた別の問題として、この一年で「身辺自立」ができるか。そのためには、まだいくつものステップがありますが、第一関門がやはり離乳食からの卒業です。
ここでは、ふうちゃんの食事の様子について記録していこうと思っています。
私自身、機能的には問題がないのに離乳食の形態がまったく進まない子がどういうふうに普通食が食べられるようになるか、先輩がいらしたらとても知りたいのです。前にニフティの障害児フォーラムで聞いてみたのですが、克服した方からのレスは全くありませんでした(克服した方いらしたら、メールください!)。
そして、同じ悩みを抱えているマイノリティのお母さんがいらしたら、この場で情報交換しあいましょう!
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