フィレンツェ大寺 (フィレンツェ)

サンタ・マリア・デル・フィオーレ(花の聖母寺)とも言われる,美しく巨大なお堂です。

緑と白の大理石で飾られた側面は見事に尽きます。日光が当っているともっと綺麗に写るのですが。
脇に聳える鐘楼は画家のジョットの設計とか,彼自身は完成を見ずに亡くなったそうですが,立派な美しい塔です。

鐘楼の先がファッサード(正面飾壁)ですが,19世紀に完成したもので,細工が細かくちまちましており少々残念です。ルネッサンス当時のお堂正面は,今のサン・ロレンツォ寺の様に荒壁だったのでしょうか。

このお寺はフィレンツェの歴史の舞台でもあります。メディチ家の当主でルネッサンスの推進者,ロレンツォ・イル・マニフィコとその弟ジュリアーノが「パッツィ家の陰謀」のクーデターで襲われ,ジュリアーノはお堂の中で殺害されています。その現場の床にはピンが打たれていると何かで読んだと思いますので,探してみましたがよくわかりませんでした。
お堂内部は広くガランとしていましたが,行事等に人で溢れかえると壮観だろうと思います。身廊は数本の太い柱で支えられ,北方のゴチック様式とは異なる建て方です。窓も少なく,南国では積極的に太陽を取入れる必要がないのでしょうか。
内壁には,馬に乗る傭兵隊長の大きなフレスコ画があります。身廊背面には当時の大時計がありますが,長針がなく少し様子が異なります。大理石の床模様も綺麗です。

この写真を写したお堂後部の右手少し先に,ドゥオーモ美術館があります。保護のためコピーと置きかえられた彫刻のオリジナルや,洗礼堂の銀の祭壇等があります。


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