原子爆弾の歴史 1946-1960               |前へ次へ資料室Topへ

1946. 1.25
[昭和21年]
【ソ】 原爆開発を協議
[スターリン/ベリヤ/モロトフ/クルチャトフ]
(カピッツァの独自開発案は却下,アメリカのやり方を真似る,クルチャトフに豪華な邸宅を用意)
1946. 2.22 【米】 ジョージ・ケナン ソ連批判電報を国務省に送信
(モスクワ駐在アメリカ大使代理,軍事的優位の必要性)
1946. 2 【米】 エドワード・テラー ロスアラモスを去る
(フェルミと共にシカゴ大へ,テラーは顧問として時々ロスアラモスへ)
1946. 3. 4 【英】 アラン・ナン・メイを逮捕
(王立カナダ騎馬警官隊はアラン・ナン・メイを帰国させイギリス当局に連絡)
1946. 3. 5 【英】 ウィンストン・チャーチル 『鉄のカーテン』演説
(ミズーリ州フルトンのウエストミンスター大学,原爆による戦争抑止効果,冷戦の開始
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1946. 3.17 【米】 国連提出用に「アチソン/リリエンタール報告」をホワイトハウスへ提出
(ロバート・オッペンハイマーが下書き,国際連合による核の国際管理を提案)
1946. 4. 2 【ソ】 ユーリー・ハリトン 爆弾開発研究所用地を視察
(モスクワ東方 400Kmのサロフ,第11設計支所開設,アルザマス16,ソ連のロスアラモス)
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1946. 4.18 【米】 スーパーに関する会議開催
[エドワード・テラー/エミール・コノピンスキー/ジョン・マンリー/フィリップ・モリソン/フォン・ノイマン/スタニスロウ・ウーラム/ノーリス・ブラッドベリー/カーソン・マーク/クラウス・フックス]
(ロスアラモス,『クラシカル・スーパー』,円筒形容器の一端に原爆を配置,容器内に重水素と三重水素の混合物を入れる,原爆の火球で加熱し誘爆する,ベリリウムタンパー,放射線による水素燃料の圧縮,ロバート・サーバーはスーパー開発に反対した)
1946. 6.14 【米】 国連原子力委員会でバルーク案を提出
[バーナード・バルーク]
(核の国際管理の提案,拒否権の停止を要求,ソ連は逆に原爆の製造・使用の禁止を提案)
1946. 6.14 【米】 クラウス・フックス ロスアラモスを去る
(原爆の最新情報はイギリス帰還後に流したと供述しているが,サンタフェで別の連絡員に渡した可能性も残る,6.28 モントリオールから英国空軍の爆撃機で帰還)
1946. 6 【米】 核兵器のストックはファットマン 9発
(イニシエーター数より 7発のみ使用可,プルトニウム生産がネック)
1946. 6 【加】 原爆スパイ事件を公表
1946. 7. 1 【米】 核実験実施
(ビキニ環礁,「クロスロード」作戦,B-29より投下したが目標より 500mずれ標的艦は沈没せず,ポール・ティベツは事前に爆撃照準器をチェックし計算違いを発見したが聞き入れられなかった,1946.7.25 2回目,水面下爆発,3回目の実験をグローヴスの提案で中止,実験後戦艦長門他 21隻海没処分,戦艦長門は開戦当時の連合艦隊旗艦で『ニイタカヤマノボレ』を発信,アメリカの核軍縮案放棄の印象,核爆発の遠距離探知法の確認,ベリヤは 2名のオブザーバーを派遣)
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1946. 7 【ソ】 原子炉の組立開始
[イーゴリ・クルチャトフ/イーゴリ・パナシューク]
(第二研究室,黒鉛生産の遅れ,ウラン精製用カルシューム純度に問題)
1946. 8. 1 【米】 マクマホン法(原子力法)制定
(原子力の国内管理,原子力開発を政府の直事業とし,文民管理とする,軍事連絡委員会を設け軍の影響力は残る)
1946.12.25 【ソ】 原子炉( F-1・出力 100W)運転開始
(黒鉛 400トン,ドイツから押収したウランを 50トン使用,ハンフォード 305試験炉と構造が酷似)
1946 【墺】 熱核爆弾論文発表
[ハンス・ティリング]
1946 【米】 エドワード・テラー 『目覚まし時計』を提案
(同心の核融合物質殻を組込んだ爆縮装置,放射による冷却問題があるが未解決)
1946 【ソ】 『軽い元素の核エネルギーの利用』論文
[イサーイ・グレーヴィチ/ヤコフ・ゼリドーヴィッチ/イサーク・ポメランチェク/ユーリー・ハリトン]
(アメリカのスパイ資料より,フックス案の爆縮起爆装置,熱核研究の開始)
1947. 1. 1
[昭和22年]
【米】 マンハッタン工兵管区より原子力委員会へ引継ぎ
(原子力の国家管理,オッペンハイマーは一般諮問委員会の委員長に選出,ノルズ研究所の軍艦推進用炉とオークリッジ研究所の軽水炉が開発対象となる)
1947. 2 【米】 ヘンリー・スチムソン 『原爆は 100万人の命を救った』と表明
(ハーパーズ・マガジン,「原爆投下の決定」,米国内の道義的批判をかわすためにジェームス・コナントが依頼,100万人の根拠は特になく話の成り行きであった,その後原爆神話に発展,1947.5 リーダーズダイジェスト日本語版に転載)
1947. 3.12 【米】 トルーマンドクトリン発表
(戦争には勝ったものの財政破綻寸前のイギリスがギリシャ・トルコの軍事支援の肩代わりをアメリカに要請したことに反応,実質的な冷戦の宣戦布告)
1947. 5.12 【米】 ケベック協定を議会に公開
(ベルギー領コンゴ産ウランの 1/2 の所有権,原爆使用に関するイギリスの拒否権,広島・長崎の場合も事前に承認を得ている)
1947. 6. 5 【米】 マーシャルプラン提案
(ハーヴァード大卒業式,ヨーロッパへの支援)
1947. 9.28 【ソ】 KGBフェクリソフ少佐 英国でクラウス・フックスに接触
(アメリカで入手できなかったプルトニウムの生産技術情報を渡す,1949 まで 3,4ヶ月毎に接触)
1947.10 【米】 原爆の必要量を 150個と算定
(戦後の原爆生産体制は整っていなかった)
1947.12.15 ロンドンの外相会議決裂
(ドイツの将来案,イギリス外相アーネスト・ベヴィンがジョージ・マーシャルに西ヨーロッパ同盟を提案)
1947 【米】 レオ・シラード 生物学へ転向
1947 【米】 原爆備蓄数は 56個
(プルトニウム中実コア 9個,複合中実コア 36個,浮遊型複合コア 3個,イニシエーター 50個,部品 104個分,アルミニウム推進コア 63個,リトルボーイ 10個,原爆投下用 B-29 35機,爆撃機クルー 30組)
1948. 1. 7
[昭和23年]
【米英】 暫定協定締結
(イギリス備蓄のウラン鉱石の 2/3をアメリカに送り,今後 2年はベルギー領コンゴ産ウランをアメリカが入手)
1948. 1.24 【米】 184インチ・サイクロトロンの所有権をカリフォルニア大へ返却
(戦争中の政府の建設費用を大学が支払う,中間子の発見へ貢献)
1948. 2.29 【米】 グローヴス退役
1948. 3.20 【ソ】 ベルリンへの鉄道輸送妨害を始める
(米軍は核戦争を想定したが,原爆組立チームは核実験準備で不在,ソ連との直接対決を避け空輸作戦を展開,4月半ばまで続く)
1948. 3 【ソ】 プルトニウム生産炉組立開始
(チャリャビンスク 40,強制収容所の囚人を動員,水冷式)
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1948. 4. 3 【米】 マーシャルプラン立法化
1948. 4.15 【米】 核実験実施
(エニウェトック環礁,「サンドストーン」実験,「Xレイ」:浮遊式複合コア,37Kt,1948.5.1 第 2回実験,「ヨーク」:浮遊式複合コア,49Kt,広島の 4倍,1948.5.15 第3回実験,「ゼブラ」:ウランの浮遊式コア,18Kt,中空コアは中実コアの 1/2,リトルボーイの 1/10 の核物質を使用,核兵器数倍増が可能)
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1948. 5.17 【国連】 原子力国際管理案行詰まる
(バルーク案)
1948. 5.24 【米】 西ドイツ政府樹立を決定
(再武装)
1948. 6. 7 【ソ】 プルトニウム生産炉完成
(チャリャビンスク 40,1948.6.22 10万Kw達成,まもなくウラン燃料棒が膨脹して動かなくなる事故発生,燃料導管の再設計,生産炉は年末まで停止)
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1948. 6.24 【ソ】 ベルリン封鎖
(西側通貨改革と同日,西側は大空輸作戦で対応,1948.7末ウィリアム・タナーが司令官に着任し空輸が流れに乗る,平均 5000t/日,1949.5 鉄道輸送再開)
1948. 6 【ソ】 アンドレイ・サハロフ(27才)を水爆研究に抜擢
(セミョーン・ベレニキー,ヴィタリ・ギンスブルグ,ユーリ・ロマノフも参加,1949 サロフのユーリ・ハリトンのもとへ)
1948. 6 【米】 FBI が戦時中のソ連の暗号電報を解読
(1944 フィンランドでソ連の暗号帖が発見されアメリカが購入,暗号帖は同盟国のソ連に返却されたがコピーが存在した,1945.5 ソ連は暗号を変更したが 1944,1945 の電文には有効,スパイ情報の存在が浮び上がる)
1948. 8.25 世界知識人会議開催(ポーランド)
(科学の軍事利用の反対,核戦争の危険性を警告)
1948. 8.25 【ソ】 プラハ占領
1948. 8 【韓】 大韓民国建国
(1948. 9 朝鮮民主主義人民共和国 建国)
1948.10.19 【米】 カーチス・ルメイ将軍 戦略空軍の司令官に着任
(戦略空軍の立て直し,戦争計画を立案し予算確保)
1948.12 【ソ】 再処理工場稼働開始
(チャリャビンスク 40,プルトニウムの小爆発,放射能被ばく事故発生)
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1948 【ソ】 水爆の新たなアイデア提案
[アンドレイ・サハロフ/ヴィタリ・ギンスブルク]
(ウランと重水素化リチウムの交互層を爆縮,スロイカ型水爆,重水素化リチウムはギンスブルクの考案,テラーの「目覚まし時計」と同アイディア)
1949. 2.27
[昭和24年]
【ソ】 最初の硝酸プルトニウム溶液を精製施設に搬入
1949. 5 【ソ】 プルトニウムの備蓄 10kgに達する
1949. 5 【ソ】 クルチャトフ セミパラチンスクへ
1949. 8.29 【ソ】 原爆実験成功
[ユーリー・ハリトン]
(セミパラチンスク,プルトニウム爆縮型,「ジョー1号」・ジョーじいさん=スターリン,スパイ情報を基に製造,30mのタワー上,悪天候により 1時間延期,22Kt)
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1949. 9. 3 【米】 空軍気象偵察機(WB-29)カムチャッカ上空で放射能を感知
(放射能の解析から 8.29 爆発とプルトニウム・コアとウラン・タンパーと推定)
1949. 9.19 【米】 国家安全保障会議 トルーマン大統領にソ連原爆実験の公表を進言
1949. 9.22 【米】 FBI クラウス・フックスに対するスパイ捜査開始
(解読された暗号電文中の論文著者はフックスであった,押収されたゲシュタポ文書にフックスはドイツ共産党員と記載されていた,イーゴリ・グーセンコが暴露したスパイの持つ住所録にフックスが載っていた)
1949. 9.23 【米】 トルーマン大統領 ソ連の原爆実験を公表
1949. 9.29 【米】 熱核兵器の可能性に関する聴聞会開催
(重水素とトリチウムで強化された爆縮式ブースター爆弾を進行中,熱核爆弾へのステップ)
1949. 9 【米】 エドワード・テラー ロスアラモスへ復帰
1949.10. 1 【中】 中華人民共和国建国
1949.10 【米】 ディーン・アチソン長官 ウランとプルトニウムの増産を承認
1949.10 【米】 「スーパー」開発への根回し
[アーネスト・ローレンス/ルイス・アルヴァレ]
(トリチウム生産用重水炉,軍部への働きかけ)
1949.10.30 【米】 一般諮問委員会で水爆開発の反対を勧告
[オッペンハイマー/ジョン・マンリー]
(水爆の突貫生産計画の是非から議論が始る,大量虐殺兵器の認識,ラビ/フェルミは水爆は新しい軍備縮小に役立つと反論,トリチウム生産も勧告)
1949.11.29 【米】 ルイス・ストローズ 水爆開発をトルーマン大統領に勧告
1949 【米】 核兵器備蓄  米:約 200発
1950. 1.24
[昭和25年]
【英】 クラウス・フックス スパイ行為を自白
(非合法証拠のため自白が必要,前日イギリス版刑事コロンボとも言えるウィリアム・スカードンに虚を衝かれる)
1950. 1.31 【米】 トルーマン大統領 水爆開発決定
(トルーマン声明,公開討論もなしに内密に決定される)
1950. 2.13 【米】 B-36 爆撃機 核兵器を投棄
(カナダ沖太平洋上で故障, 3,000m上空から投棄,高性能火薬爆発)
1950. 2.14 【中ソ】  友好同盟相互援助条約締結
(利用できるあらゆる手段を持って援助する,原爆も含まれる)
1950. 3. 1 【英】 クラウス・フックスに禁固14年の判決
(反逆罪は適用されなかった,1959 釈放後は東独原子力究所副所長)
1950. 4. 8 【ソ】 米海軍の長距離哨戒爆撃機 PB4Y-2 撃墜
(電子情報収集,10人死亡)
1950. 4.11 【米】 B-29 爆撃機(核兵器搭載)山に激突
(ニューメキシコ州マンザノ基地,高性能火薬爆発,核物質は搭載されていたが未挿入,乗員 13名死亡)
1950. 4.18 【米】 ソ連の核融合情報がロスアラモスへ届く
(ソ連抑留から開放されたオーストリアの科学者からの情報,自宅軟禁状態のピョートル・カピッツァが強力な磁場で重水素を圧縮する実験を行っている,強力な高周波で高圧の重水素を電離・プラズマ加熱する実験?
1950. 4 【米】 『クラシカル・スーパー』は失敗である事が判明
[スタニスロウ・ウーラム/コルネリアス・エヴァレット]
(原爆の火球の高熱により点火予定,思ったより冷却が速い,新計算機 MANIAC が未完成なので手計算で行う)
1950. 5.22 【米】 ハリー・ゴールド スパイ活動を自供
(当時テラーもスパイと疑われていたがゴールドがグリーングラスを供述)
1950. 6.16 【米】 グリーングラス夫妻逮捕
(1950.7.17 ローゼンバーグ夫妻逮捕)
1950. 6.16 【米】 「スーパー」の再計算も点火に否定的
[スタニスロウ・ウーラム/コルネリアス・エヴァレット]
1950. 6.25 朝鮮戦争勃発
1950. 6.30 【米】 朝鮮戦争参戦
(戦略空軍カーチス・ルメイ将軍は原爆搭載機出動を申し出たが避けられた)
1950. 6 【米】 新計算機 MANIAC の核開発研究への使用開始
(ウーラム/エヴァレットを裏付け)
1950. 7.13 【米】 B-50 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(オハイオ州,高性能火薬爆発,核物質未搭載,乗員 16名死亡)
1950. 8. 1 【米】 核攻撃特殊任務部隊 10機をグアムに派遣すると決定
(1950.9.30 核攻撃は排除され航空機は帰還,原爆はグアムに残る)
1950. 8. 5 【米】 B-29 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(カリフォルニア州フェアフィールド基地を離陸後,高性能火薬爆発,グアム派遣機,12名死亡,この事故のため残り 9個の原爆がグアムに送られた)
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1950.10.19 【中】 朝鮮戦争参戦
(ソ連は上空支援及び後方支援として中国の都市へ進駐)
1950.10.26 【米】 「グリーンハウス」実験の設計仕様決定
(「ブースター」:重水素とトリチウムのガスを封入したコアを爆縮,「シリンダー」:重水素とトリチウムを原爆の外に置き軟X線で加熱)
1950.11.10 【米】 B-50 爆撃機 核兵器を投棄
(米国外の海上で緊急事態,核物質を抜き 3,000m上空から投棄,高性能火薬爆発)
1950.12 【米】 「ハイドロダイナミック・レンジング」構想
[スタニスロウ・ウーラム]
(原爆爆発の中性子流の衝撃波を利用した 2次原爆の効率的圧縮法,多段システム,水爆への応用)
1950 【独】 『乾燥水爆』を提案
[ウルリヒ・イェッター]
(重水素化リチウム 6Li+n → T+ 4He,T+D → 4He+n 三重水素の半減期は 12.3年)
1950 【米】 レッドストーン・ロケット開発開始
[フォン・ブラウン]
(地対地弾道弾,核弾頭運搬用,液体酸素+アルコール)
1950 【米ソ】 原爆備蓄量 ソ連・5発,アメリカ・298発
1951. 2. 4
[昭和26年]
【米】 『テラー/ウーラムのコンフィギュレーション』
[スタニスロウ・ウーラム/エドワード・テラー]
(核分裂火球の初期展開の調査より,X線は衝撃波より速く光速で進む,水素燃料周囲のポリエチレンを瞬時に加熱爆発させて爆縮した重水素やトリチウムに着火,放射線爆縮の着想
1951. 4. 4 【米】 水爆の新概念を着想
[エドワード・テラー]
(水素燃料の中心にプルトニウムコアを設ける,爆縮でプルトニウムにも着火)
1951. 4. 5 【米】 ローゼンバーグ夫妻 死刑判決
(1953.6.18 死刑執行,1951.4.6 ディヴィッド・グリーングラスは 15年,1950.12 ハリー・ゴールドは 30年)
1951. 4. 5 【国連軍】 大々的攻撃を受けた場合原爆反撃を指令
(ソ連爆撃機 200機が満州に展開,1951.4.6 核カプセル 9個は空軍へ移管,1951.4.11 原爆使用に反対するマッカーサーは解任)
1951. 5. 9 【米】 核実験実施
(エニウェトック環礁,「グリーンハウス」 #3実験,「シリンダー」:225Kt,重水素+トリチウムによる反応を検出,1951.5.25 #4実験,「ブースター」:ウランコアと重水素+トリチウムガス,45.5Kt,重水素+トリチウムの効果あり)
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1951. 5 【米】 水爆基本モデル『ニュー・スーパー』決定
[エドワード・テラー/フレデリック・ホフマン]
(1951.4.8 より行われた「グリーンハウス」実験の #4実験で確認,エニウェトック環礁)
1951. 6.16 【米】 一般諮問委員会の兵器小委員開催
(「グリーンハウス」実験報告,H兵器の可能性)
1951. 9.24 【米】 エドワード・テラー ロスアラモスを辞任
(1951.9.17 ノリス・ブラッドベリー所長はマーシャル・ホロウェーを熱核の責任者に任命)
1951. 9.24 【ソ】 核実験実施
(セミパラチンスク,ウラン爆縮型,「ジョー2号」,ジョー1号の半分の半径ながら 2倍の威力,1951.10.18 複合コアの「ジョー3号」を空中投下,独自技術による開発)
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1951.10. 5 【米】 パンダ委員会 熱核燃料に液体重水素を採用
(重水素化リチウム,重水素化アンモニウムも検討された,しかし冷却装置が必要ではあるが単純な材料が選ばれた)
1951.10 【米】 ディーン委員会核兵器の増強計画を決定
1952. 2
[昭和27年]
【米】 ヴィスタ報告を提出
[ロバート・オッペンハイマー]他
(水爆開発より戦術核改良を提案,戦略空軍を否定)
1952. 6 【米】 ローレンス・リバモア研究所認可
[ハーバード・ヨーク(所長代理)/エドワード・テラー]
(2つの研究所による競争効果,ロスアラモスは「マイク」を製造)
1952. 8. 6 【日】 原爆犠牲者慰霊碑序幕式
(広島,『安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから』)
1952. 8 【米】 「マイク」装置をエニウェトック環礁へ発送
1952.10. 3 【英】 原爆実験成功
(モンテベロ島,「ハリケーン」,フリゲート艦「プリム」から海中に釣下げて爆発,フリゲート艦消失,25Kt)
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1952.10 【米】 「マイク」装置のプライマリーコアを交換
(コアの早期爆発が心配され,ウラン比率の高い複合コアに変更)
1952.11. 1 【米】 水爆基礎実験成功
[リチャード・ガーウィン]他
(エニウェトック環礁,「マイク・ショット」,10.4MT,広島原爆の 700倍,液体重水素,大型冷却装置付き,65トン,エルゲラブ島消失,先端にトリチウムを含むプルトニウムの点火コア,液体重水素用ステンレス製デュワー瓶,熱反射のために内面を金箔で張られたウランタンパー,鉛の内張りに銅釘で止められたプラズマ発生源としてのポリエチレン層,92個の起爆装置と爆薬レンズなしのプライマリー原爆,テラーはカリフォルニア大の地震計により実験成功の瞬間を知りロスアラモスへ打電『男子誕生』,新元素発見 99番:アインシュタイニウム,100番:フェルミウム)
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1952.11.16 【米】 スーパー・オラロイ爆弾実験
[オセドア・テーラー]
(エニウェトク環礁,メガトン級原爆,熱核装置実験失敗に備えた大型核分裂爆弾)
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1953. 2
[昭和28年]
【米】 空軍 ICBM 開発計画決定
(アトラス・ロケット,3000ポンドの弾頭,命中率の低さを強大な破壊力でカバー)
1953. 3. 2 【ソ】 ヨゼフ・スターリン死亡(73才)
1953. 4 【米】 アイゼンハワー大統領 赤狩り令発令
(マッカーシズム)
1953. 6.26 【ソ】 ラヴレンチー・ベリヤ逮捕
(1953.12 裁判後銃殺,マレンコフ首相はヴェチェスラフ・マールィシェフを原爆計画の責任者に任命)
1953. 7 【米】 ロバート・オッペンハイマー 『瓶の中の2匹のさそり』論文発表
(フォーリン・アフェアーズ誌,「お互いに自分自身の生命の危険を冒さずに相手を殺すことが出来ない」)
1953. 7 朝鮮戦争 休戦協定
1953. 8. 8 【ソ】 マレンコフ演説
(演説の最後に,アメリカはもはや水爆の生産に関しても独占的な地位にいないと言明)
1953. 8.12 【ソ】 初期型水爆実験成功
(セミパラチンスク実験場,重水素化リチウムとウランのサンドイッチ構造,スロイカ型,400Kt,「ジョー 4号」,ハンス・ベーテは放射性降下物の分析より本当の水爆ではないと結論)
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1953.11 【ソ】 ICBM 開発決定
1954. 1.21
[昭和29年]
【米】 原子力潜水艦進水
(ノーチラス号,加圧水型原子炉,リコーバー大佐)
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1954. 3. 1 【米】 乾燥水爆の実験成功
(ビキニ環礁,「ブラヴォー・ショット」,15MT,重水素化リチウム,予想外の威力,リチウム7の核融合反応を見落していた,爆撃機への水爆搭載が可能となる,第五福竜丸事件,160Km東方,死の灰,久保山愛吉さん被ばく死亡)
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1954. 4.12 【米】 オッペンハイマー事件発生
(1954.6.29 スパイ疑惑によりオッペンハイマーは機密文書閲覧資格を剥奪される,1939年当時の左翼的活動が蒸し返される,水爆開発を遅らせたとのテラーの証言,ルイス・ストーローズと対立)
1954. 5. 8 【米】 B-47 ソ連領空侵犯
(ミグ-17 の迎撃を受け被弾し燃料漏れを起すがイギリスの基地へ帰還,ソ連の防空能力?)
1954.11. 3 【日】 『ゴジラ』上映
(ビキニ水爆により太古の眠りを覚ますという設定)
1955. 8. 6
[昭和30年]
【日】 第1回原水爆禁止世界大会開催
(広島)
1955 【ソ】 ジュネーブ4ヶ国外相会議で核実験禁止を提案
1955.11. 6 【ソ】 スロイカ型水爆実験
(新システムが失敗した場合の予備実験)
1955.11.22 【ソ】 水爆実験に成功
(3000m上空で爆発,Tu-16 爆撃機より投下,1.6MT,放射線爆縮型)
1955 【米】 核兵器備蓄 米: 2,422個
1956. 3.10
[昭和31年]
【米】 B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(地中海上空,空中給油に失敗)
1956. 7.27 【米】 B-47 爆撃機が英国空軍基地の核兵器収納庫に墜落
(サフォーク州レイカンヒース空軍基地,長崎型核爆弾 3発類焼)
1956. 8 【米】 原子力潜水艦「シーウルフ号」ナトリウム漏れ事故発生
(コネティカット州グロトンの造船所,潜水艦用動力源としてナトリウム炉も検討されていたが 1959.4 取外されて大西洋に捨てられた)
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1957. 5.15
[昭和32年]
【英】 水爆実験成功
(クリスマス島)
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1957. 5.22 【米】 B-36 爆撃機 核兵器を誤投下
(ニューメキシコ州カートランド基地近郊,高性能火薬爆発,放射能汚染)
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1957. 6.24 【米】 『きれいな水爆』を提案
[エドワード・テラー/ルイス・ストラウス]
(ベリリウムタンパーを使用,3次爆発用ウラン238 を使用しない,三重水素の使用,小形化による戦術核兵器への発展)
1957. 7.28 【米】 C-124 輸送機 核兵器を投棄
(大西洋上でエンジン故障,核兵器の輸送中,2個,核兵器は発見できず)
1957. 9 【米】 地下核実験実施
(ネバダ実験場,デービッド・グリッグスが核爆発による人工地震を提案したことからテラーが発案)
《衛星写真(Google Earth)
1957. 9 【ソ】 ウラルの核惨事発生
(チャリャビンクス65のキシュチュム軍事核施設,核廃棄物貯蔵タンクの爆発,下流住民40万人が内部被曝)
《衛星写真(Google Earth)
1957.10. 4 【ソ】 スプートニク1号打上げ
( 96分で地球一周,T3・ロケット,液体酸素+液体水素,強制収容所から釈放されたピョートル・カピッツァが水素エンジンを開発)
《衛星写真(Google Earth)
1957.10.10 【英】 メルトダウン事故発生
(ウインズケール原子力工場,軍用プルトニウム生産炉)
《衛星写真(Google Earth)
1957.10.11 【米】 B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(フロリダ州,離陸中にパンクし炎上,高性能火薬爆発)
1957.11. 3 【ソ】 スプートニク2号打上げ
(ライカ犬を搭載,犬は発射時の高熱で死亡,別の犬が発表に使用されたとか)
1957.12. 5 【ソ】 原子力砕氷船進水
(レーニン号,1960年代に炉心溶融事故を含む 4つの放射能事故報告,1989 CIA文書で発表)
1957.12.12 【米】 B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(ワシントン州フェアチャイルド基地,離陸直後)
1957 ライナス・ポーリング 核実験禁止を呼掛け
(『きれいな水爆』は有り得ない,核実験禁止を求める科学者の国際的署名運動,9235名,1954 ノーベル化学賞授賞,1962 ノーベル平和賞授賞)
1957 【米】 ソー・ロケット完成
(空軍の IRBM,液体酸素+ケロシン)
1958. 1.31
[昭和33年]
【米】 エクスプローラ1号打上げ
[フォン・ブラウン]他
(衛星本体 14Kg,ジュピターC・ロケット,液体酸素+ケロシン,ジュピターは陸軍の IRBM,バン・アレン帯発見)
1958. 1.31 【米】 B-47 爆撃機(核兵器搭載)炎上
(海外基地,緊急離陸訓練中滑走路で事故,7時間炎上,高性能火薬爆発せず)
1958. 2. 5 【米】 B-47 爆撃機 核兵器を投棄
(ジョージア州ハンター基地上空で空中接触事故,着陸不能となり 2,400mより海中投棄,核兵器は発見できず)
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1958. 3.11 【米】 B-47 爆撃機 核兵器を誤投下
(サウスカロライナ州フロレンスの民家,高性能火薬爆発,事故後数ヶ月放射能汚染の検査が行われる)
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1958. 3 【ソ】 核実験を一方的に停止
1958. 4 【米】 アイゼンハワー大統領 核実験禁止科学諮問委員会開催
(地下核実験の検証は可能,空洞実験は検証不可)
1958. 5 【米】 『きれいな水爆』核実験
(エニウェトク環礁,起暴原爆の小型効率化,1958.5 からマーシャル諸島で 33回の実験を実施)
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1958. 8 【米】 核実験を停止
1958.11. 4 【米】 B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(テキサス州ダイヤーズ基地,離陸直後に炎上,核兵器 1個,高性能火薬爆発)
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1958.11.26 【米】 B-47 爆撃機(核兵器搭載)炎上
(ルイジアナ州シェノート基地,核兵器 1個炎上)
1958.12 【米】 アトラス・ロケット完成
(ステンレス・スチールの極薄タンク,液体酸素+ケロシン)
1958 【米】 サミュエル・コーエン 中性子爆弾構想発表
(大気圏外での弾道弾迎撃用弾頭として計画)
1958 【米】 ポラリス・ロケット完成
(SLBM,ポリウレタン系固体燃料,1960.7.20 原子力潜水艦「ジョージ・ワシントン号」よりの水中発射実験成功,その後ポセイドン/トライデント/ミニットマンへ発展)
1959. 1.18
[昭和34年]
【米】 F-100 戦闘機(核兵器搭載)炎上
(太平洋上の基地,左翼に核兵器が吊るされていた)
1959. 7. 6 【米】 C-124 輸送機(核兵器搭載)墜落
(ルイジアナ州バークスディール基地,離陸直後墜落炎上,高性能火薬爆発せず)
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1959. 8.15 【米】 原子力潜水艦「ノーチラス号」冷却システム破損
(水深 120mで作戦中,直径 10cmのパイプ,緊急浮上,2時間で修理,1954 の就航以来原子炉周辺で 24回の事故発生)
1959. 9.25 【米】 P-5M 対潜哨戒機(核兵器搭載)不時着
(ワシントン州ピュージェット湾ウイットピー島沖,対潜核爆雷 1個を紛失)
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1959.10.15 【米】 B-52 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(ケンタッキー州ハーディンスバーグ上空,KC-135 空中給油機と衝突,核兵器 2個は回収された)
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1959.10 【米】 原子力潜水艦「トライトン号」の原型炉で爆発火災事故
(ニューヨーク州ウェスト・ミルトンの海軍訓練センター,緊急停止システムのフラスコ)
1959 【米】 ICBM を配備
(アトラス・ロケット)
1959 【米】 ABM 開発
(ナイキ・ジュース,5Mt級核弾頭,自分の頭上での核爆発が宿命)
1959 【ソ】 核兵器備蓄 ソ: 1,050個
1960. 2
[昭和35年]
【米】 アイゼンハワー大統領 部分的核実験禁止条約を提案
(地下核実験は除く)
1960. 2.13 【仏】 原爆実験成功
(サハラ砂漠,Reggan,プルトニウム爆縮型)
1960. 5 【ソ】 U-2 偵察機を撃墜
(ウラル山中,フランシス・ゲリー・パワーズ飛行士,偵察衛星が出来るまで領空侵犯偵察飛行が続き 20機以上が撃墜された)
1960. 6. 7 【米】 戦略ミサイル・ボマーク(核弾頭搭載)炎上
(ニュージャージー州マク・ガイヤー基地,高圧ヘリウムタンクが爆発しミサイルの燃料タンクが爆発,核弾頭は 45分燃え続けたが高性能火薬爆発せず,放射能汚染発生,電磁波による発火装置の誤動作説が有力)
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1960. 7.20 【米】 原子力潜水艦「ジョージ・ワシントン号」 ポラリスミサイルを水中発射
(16本の発射筒,ニュークリアー・ネイビー)
1960. 9.14 【米】 B-47 爆撃機(核兵器搭載)墜落
(アイルランド付近の大西洋上,2機が空中衝突)
1960.11.28 【米】 原子力潜水艦「ノーチラス号」冷却材漏洩
(ニュー・ハンプシャ州ポーツマス造船所,6名被ばく?)
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1960.12. 3 【米】 タイタン(ICBM)地下サイロで爆発
(カリフォルニア州バンデンバーグ基地,液体燃料補給中)
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