原子爆弾の歴史 1944-1945 |前へ|次へ|資料室Topへ|
| 1944. 1 [昭和19年] |
【米】 気体拡散法の新型障壁(Jバリアー)の採用決定 (ユニオン・カーバイト社,N-Aバリアと交換の遅れに対し手作り方式の生産計画を提案,2892ステージ) |
| 1944. 1 | 【米】 ジョージ・キスチャコフスキー( 44才)
ロスアラモスに着任 (ネッダーマイヤーの支援,化学・爆薬部門) |
| 1944. 1 | 【米】 海軍の液体熱拡散プラント建設開始 [フィリップ・アーベルソン] (300本カラムのプラント) |
| 1944. 1 | 【米】 クラウス・フックス ソ連側連絡員ハリー・ゴールドと接触 (マンハッタンのロワー・イーストサイド,イギリスを立つ前に指示を受ける) |
| 1944. 2. 1 | 【米】 クリントンのプルトニウム分離完了 (パイロットプラント,190mg) |
| 1944. 2.20 | 【英】 ノールウェー・リューカンの重水を沈没 [クヌード・ハウケリド/アルフ・ラーセン] (残った重水をドイツへ移送中のハイドロ号を爆破,ドイツ核開発の終焉,1947 クヌート・ハウグランドはハイエルダールと共にバルサ材の筏「コン・ティキ」号でペルーからポリネシアへ太平洋を渡る) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944. 3. 1 | 【米】 最初のプルトニウム239クリントンからロスアラモスへ |
| 1944. 3. 3 | 【米】 B-29原爆投下テスト開始 (シンマン型模擬爆弾の投下は爆弾倉のドアが開く前に落下し失敗,ファットマン型の投下は成功したが飛行方向が安定せず) |
| 1944. 3.27 | 【白耳義】 ベルギー領コンゴのウラン全部の先売権を英米国政府に認める [ジョン・アンダーソン卿/ワイナント駐英大使/トレイナー大佐] (ロンドンにてベルギー政府代表と交渉,3億7500万ドル) |
| 1944. 3.29 | 【日】 「マッチ箱 1個のウランがロンドン市を壊滅できる」と報道 (朝日新聞,マッチ箱 1個のウラン=1Kg=20KT=広島原爆) |
| 1944. 3 | 【日】 ウラン235 分離塔完成 (『二号研究』,気体熱拡散法,6フッ化ウラン) |
| 1944. 3 | 【米】 最初の濃縮ウラン235クリントンからロスアラモスへ (10%濃縮) |
| 1944. 3 | 【米】 ケネス・ベインブリッジ トリニティ実験の責任者に任命 (オッペンハイマーがトリニティ「三位一体」と命名) |
| 1944. 3 | 【米】 ノルマンディ上陸作戦対策用としてポータブル・ガイガーカウンター,X線フィルム等を用意 (ペパーミント作戦,ドイツの放射能攻撃を懸念) |
| 1944. 3 | 【米】 核爆発による火の玉の予想 [ハンス・ベーテ/R・クリスティ] (連鎖反応により軟X線が発生,軟X線により加熱された空気が火の玉となり衝撃波が発生する,モード委員会報告には G・I・テイラーの結論のみ記載) |
| 1944. 3 | 【米】 クラウス・フックス 気体拡散法資料を渡す (マジソン街,自分の論文草稿他,口頭で内輪情報も伝達) |
| 1944. 4.22 | 【日】 気体熱拡散法によるアイソトープ分離予備実験開始 (『二号研究』,アルゴンでは成功) |
| 1944. 4.28 | 【米】 オッペンハイマー 液体熱拡散法の利用をグローヴスに勧告 (フィリップ・アーベルソンがロスアラモスへ出掛ける海軍将校に委託,ウラン235の濃縮の前工程として有効と提案,エドワード・テラーに伝えられる,オッペンハイマーはディーキ・パーソンズがフィラデルフィアを訪問して知ったことにする,「科学的へまをやった」とグローヴスに告白,気体拡散プラントの補足用として有効) |
| 1944. 4 | 【米】 爆薬レンズ提案 [ジェームズ・タック] (装甲貫通弾の成形爆薬の開発担当,燃焼速度の異なる爆薬を組合わせて球面衝撃波を成型する) |
| 1944. 4 | 【米】 IBM計算機到着 [ジョン・フォン・ノイマン/スタニスロウ・ウーラム] (爆縮の流体力学問題,爆縮衝撃波の干渉問題) |
| 1944. 5.16 | チャーチル/ボーア会談 (国際協力を進言,ソ連問題の提言,『ボーアの黙示録』は理解されず) |
| 1944. 5 | 【米】 オッペンハイマー ルドルフ・パイエルスを理論部門へ (エドワード・テラーはスーパー開発担当に退く) |
| 1944. 5 | 【米】 βカルトロン完成 (ウラン235の高濃縮プラント,イオン回転半径 2フィート) |
| 1944. 5 | 【米】 トリニティ実験場としてアラモゴード北方の平地を選定 [オッペンハイマー/ベインブリッジ] (ホルナダ・デル・ムエルト) |
| 1944. 6. 1 | 【米】 フィラデルフィア海軍工廠に建設中の液体熱拡散プラントを見学 [W・K・ルイス/エガー・マーフィー/リチャード・トールマン] 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944. 6. 6 | 【米英】 ノルマンディ上陸作戦 [ドワイト・アイゼンハワー将軍] (1200隻の戦艦,1500台の戦車,1万2000機の航空機,15万6000人の兵士) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944. 6.12 | 【米】 軍事政策委員会開催 (クリントンに液体熱拡散プラントの建設を認可) |
| 1944. 6.13 | 【独】 V-1号ロケット ロンドンを爆撃 (1944.9.4迄に 8070機発射,29%がロンドンへ,ラムジェット推進) |
| 1944. 6.16 | 【米】 B-29による日本初空襲 (成都より発進,北九州八幡地区,47機) |
| 1944. 6.18 | 【米】 グローヴス将軍 クリントンに液体熱拡散法プラント建設をH・K・ファーガソン社に委託 (気体拡散法プラントの遅れをフォロー,2100本のカラム,海軍の特許を 1ドルで借り受ける) |
| 1944. 6 | 【米】 オッペンハイマー ジョージ・キスチャコフスキーを爆薬部門の責任者に任命 (セス・ネッダーマイヤーは技術顧問に退く) |
| 1944. 6 | 【米】 高濃縮ウラン235 クリントンからロスアラモスへ |
| 1944. 7. 7 | 【日】 サイパン島守備隊玉砕 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944. 7.11 | 【米】 プルトニウム爆弾は失敗と判断 (『真夏の危機』,クリントンのプルトニウムにはプルトニウム240が多いことをセグレが確認,シンマン型では完全合体前に早期爆発を起こし所定の爆発力が得られない,オッペンハイマーは辞任を検討,実験物理部門のロバート・バッカーが慰留) |
| 1944. 7.17 | 【米】 オッペンハイマー ロスアラモスの最優先順位は爆縮法に変更 (シンマンの放棄,プルトニウムの場合 10Km/secでの爆縮が必要,複数個の爆弾を得るためにウランの爆縮型も検討) |
| 1944. 7.17 | 【日】 気体熱拡散法によるウラン235 分離実験開始 (『二号研究』,6フッ化ウランでは成功せず) |
| 1944. 7 | 【米】 航空写真よりドイツ・ビジンゲン地区に謎の工場建設を発見 [ボーリス・パッシュ] (ドイツのオークリッジかと疑われたが英軍が頁岩油分溜工場と判断) |
| 1944. 8. 1 | 【米】 テニアン進攻 (日本爆撃用 B-29の基地として必要,後に 6本の滑走路を建設) |
| 1944. 8. 5 | 【米】 ディヴィット・グリーングラス ロスアラモスへ赴任 (陸軍技術兵,爆薬レンズの開発支援,夫婦とも共産党員,フックスとは別ルートのスパイ) |
| 1944. 8. 7 | 【米】 グローヴス将軍 新日程表提出 (爆縮法が成功すれば 1945.3〜6 に数発,失敗すれば 1945.8 に1発) |
| 1844. 8.14 | 【米】 クラウス・フックス ロスアラモスへ赴任 (チャドウィックよりの要請,爆縮法の研究,ソ連側連絡員とは音信不通となる) |
| 1944. 8.25 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) パリへ進駐 [ボーリス・パッシュ/サミュエル・ハウトシュミット] (フランス軍戦車に続く最初のアメリカ軍部隊,ラジウム研究所へ,ジョリオ・キュリーを尋問,ドイツの原爆開発の進展を否定) |
| 1944. 8.26 | ルーズベルト/ボーア会談 (国際協力を進言,ソ連問題の提言,『ボーアの黙示録』は理解されず) |
| 1944. 8 | 【米】 ハンフォードの生産パイル用ウラン燃料の缶詰工程開発 (アルミニウム・シリコン合金で接着,溶融ハンダに浸す) |
| 1944. 8 | 【米】 カーチス・ルメイ将軍 第20爆撃隊指揮官に任命 (中国の前進基地より B-29による日本爆撃を計画,ヒマラヤ越の移送) |
| 1944. 9 | 【米】 ポール・ティベッツ大佐( 29才)第509混成部隊長に任命 (B-29のテストパイロット,ユタ州ウェンドーヴァ飛行場で爆撃訓練) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944. 9. 8 | 【独】 V-2号ロケット ロンドンを爆撃 (1945.3.27 迄に 4320基発射,1050基がイギリスへ落下) |
| 1944. 9.13 | 【米】 ハンフォードの生産パイルに金属ウラン装填開始 (10万本の黒鉛,250トンのウラン,11m□×8.5mH) |
| 1944. 9.18 | 【米英】 ハイドパーク協定 [ルーズベルト/チャーチル] (秘密協定,原爆投下の目標は日本と決定) |
| 1944. 9.19 | 【米】 ブッシュ/コナント 戦後処理についてスチムソン陸軍長官へ覚書 (原爆を秘密にすることは危険と認識,ソ連の協定参加必要,熱核兵器の開発) |
| 1944. 9.19 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) ドイツのウラン鉱石 68トンを押収 [ボーリス・パッシュ] (ブリュッセルのユニオン・ミニエール社の調査よりドイツへ送れないでいる分を発見,1944.10 フランス・ツールーズで 30トンを発見) |
| 1944. 9.26 | 【米】 ハンフォードの生産パイル(Bサイト)臨界 (9Mwで運転,冷却水温度 10°→ 60°,18時間後に停止,6時間後に回復,核分裂生成物のキセノン135が中性子を吸収するためと判明,キセノン135の熱中性子の吸収断面積はカドミウムの 150倍,1944.12:2号炉臨界,1945始:3号炉臨界) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944. 9.29 | 【ソ】 イーゴリ・クルチャトフ 大量のスパイ情報の存在について言及 (ラヴレンチー・ベリヤ宛ての手紙で 3000ページを吟味中,ヤコフ・テルレーツキーは 1万ページの資料が金庫に保管されていると言明,主にアメリカの機密文書,フックス以外のスパイが存在) |
| 1944. 9 | 【米】 αカルトロン本稼働開始 (10%濃縮ウラン,日産 100g) |
| 1944. 9 | 【米】 ロバート・クリスティ プルトニウムの中実コアを提案 (コア圧縮時に中性子を発生させるイニシエーターが必要,中実コアは中空コアより効率が悪いが単純な構造となる) |
| 1944.10.25 | 【日】 神風特攻隊出撃 (レイテ沖海戦) |
| 1944.10.30 | 【米】 海軍の液体熱拡散プラント操業開始 (フィラデルフィア海軍工廠) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944.10 | 【ソ】 プルトニウム生成 [ボーリス・クルチャトフ] (イーゴリ・クルチャトフの弟,レニングラードのサイクロトロンをモスクワに移送,数マイクログラム) |
| 1944.10 | 【米】 テッド・ホール ソ連に接触 (ロスアラモスの爆縮担当者,休暇でニューヨークを訪問し渡す,フックスのスパイ情報の 2重チェックとなった,共産主義者ではないがボーアの「開かれた世界」に感化された「飛込みスパイ」) |
| 1944.11.24 | 【米】 ヘイウッド・ハンセル B-29・日本爆撃開始 (マリアナより,100機,高高度爆撃,上空の高速気流により成功せず,しかしジェット気流の発見となる,第21爆撃隊) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1944.11.28 | 【米】 ハンフォードの生産パイルより照射済スラッグ(8.3トン)取出し |
| 1944.11 | 【米】 βカルトロン本稼働開始 (80%濃縮ウラン,日産 90g) |
| 1944.11 | 【米】 成型爆薬による爆縮実験開始 (爆破テストでの爆縮過程をX線で連続撮影,鉛で内貼りされた戦車を利用した観察棟) |
| 1944.11 | 【ソ】 金属ウラン精錬 (ロバの背で運ばれた中央アジアのウラン鉱より,国立希少金属研究所,黒鉛の生産は始っていない) |
| 1944.12.17 | 【米】 ハンフォードの生産パイル予備導管にウランを追加装填し臨界 (1500本 → 2004本,連続運転が可能となる) |
| 1944.12.26 | 【米】 ハンフォードの照射済スラッグを分離プラントへ搬入開始 |
| 1944 | 【米】 日本の風船爆弾がハンフォードの生産パイルの電源ラインを一時止める |
| 1945. 1. 2 [昭和20年] |
【米】 ディヴィット・グリーングラス ソ連側連絡員ジュリアス・ローゼンバーグ(義兄)と接触 (休暇で帰ったニューヨークの自宅,爆薬レンズの略図と協力可能者リストを渡す,数日後別の男と会見) |
| 1945. 1. 3 | 【米】 ローリス・ノースタッド 高高度焼夷弾爆撃 (B-29 100機,名古屋地区,火災に効果あり) |
| 1945. 1.16 | 【米】 ハンフォードのプルトニウム分離工程開始 |
| 1945. 1.20 | 【米】 気体拡散プラント操業開始 (弱濃縮ウランをαカルトロンへ供給,イギリスの研究所でシール材としてテフロンが開発された) |
| 1945. 1.20 | 【米】 カーチス・ルメイ将軍 B-29部隊指揮官に任命 (日本爆撃,低空焼夷弾爆撃を提案,ハンセルの後任) |
| 1945. 1 | 【米】 ウラン235 の臨界量確認 [オットー・フリッシュ] (ギロチン式の実験装置,水素化ウラン235,リチャード・ファインマンは『ドラゴン実験』と命名) |
| 1945. 1 | 【米】 爆縮用電気信管完成 [ルイス・アルヴァレ( 33才)] (マイクロ・セカンド以内で同時着火,アルヴァレは 1968 素粒子物理学でノーベル賞受賞) |
| 1945. 2. 4 | 【米英ソ】 ヤルタ会談 [ルーズベルト大統領/チャーチル首相/スターリン首相] (日本の無条件降伏,ソ連参戦の合意) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 2. 5 | 【米】 ハンフォードのプルトニウム239 ロスアラモスへ (硝酸プルトニウム溶液) |
| 1945. 2. 7 | 【米】 爆薬レンズ完成 [ジョージ・キスチャコフスキー] (爆薬を鋳型に鋳込む,成分 B+パラトール,爆薬自身の機械加工を望んだが鋳型を機械加工で作成) |
| 1945. 2.13 | 【米英】 ドレスデン大空襲 (初の戦略爆撃,死者 12.5万人,『東の広島,西のドレスデン』) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 2 | 【加】 アラン・ナン・メイ ソ連側連絡員と接触再開 |
| 1945. 2.16 | 【米】 クラウス・フックス ソ連側連絡員に再会 (マサチュセッツ州・ケンブリッジの妹宅,連絡員は連絡先を伝えてあった,妹夫婦も共産党員,爆縮法や爆薬レンズの資料を渡す,中空コア情報,フックスは 1500ドルの現金受領を拒否) |
| 1945. 2.26 | 【日】 硫黄島守備隊玉砕 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 2.28 | 【米】 設計決定会議でプルトニウム爆弾だけを爆縮法で行うと取決める [グローヴス/コナント/ベーテ/キスチャコフスキー/トールマン/オッペンハイマー] (中実コア,電気式点火装置,イニシエーター,「トリニティ」実験の最終スケジュール決定) |
| 1945. 2 | 【米】 液体熱拡散プラント操業開始 (弱濃縮ウランをαカルトロンへ供給,6月以降は気体拡散プラントの濃縮度が改善されたため 液体熱拡散プラント → 気体拡散プラント → βカルトロンの流れとなる) |
| 1945. 2 | 【米】 アッシュワース中佐 グァムよりテニアンの選定を勧告 (原爆搭載 B-29 発進基地,グァムにはスペースなし) |
| 1945. 2 | 【米】 原爆投下機は新型 B-29に変更と決定 (燃料噴射式エンジン,電動可変ピッチプロペラ搭載) |
| 1945. 2 | 【日】 サイクロトロンでのウラン235 分離実験 (『二号研究』,失敗) |
| 1945. 3.10 | 【米】 東京大空襲 (B-29・334機,焼夷弾 1665トン,死者 10万人,3.11 名古屋,3.13 大阪,3.16 神戸,3.18 名古屋 と続く,10日間で 1600回出撃) |
| 1945. 3.15 | 【米】 独のオラニエンブルクの金属精錬工場空爆 (金属ウランの製造,ソ連の占領予定地区内,グローヴス将軍が依頼,B-17 爆撃機 612機) |
| 1945. 3.16 | 【ソ】 イーゴリ・クルチャトフ スパイ資料を分析 (水素化ウラン・水素化プルトニウムコアのアイディア,水素化物は反応速度が遅く爆弾には適さないためロスアラモスでは 1944.8 には研究終了していたがその情報はカナダには伝わっていなかった,クルチャトフは初めて爆縮の可能性を知る,ウランサンプルを要求) |
| 1945. 3 | 【米】 A計画スタート [パーソンズ大佐/ラムゼー/アッシュワース中佐/ブラッドベリー中佐/バーチ中佐/アルヴァレ] (実戦用爆弾の準備) |
| 1945. 3 | 【独】 B-8原子炉実験開始 [ウェルナー・ハイゼンベルグ/クルト・ディープナー/フォン・ワイゼッカー/ワルサー・ガーラック/エリック・バッジ/ハンス・ボーテ/フォン・ラウエ/カール・ウァーツ] (ハイガーロッホ,円筒形重水炉,ウラン・マシーンと呼ばれる,グラファイトを中性子反射材に使用,制御棒なし,重水の量で制御,重水の不足で未臨界のまま) |
| 1945. 3.30 | 【米】 カークパトリック大佐 テニアン基地を原爆搭載機発進基地に整備開始 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 4. 7 | 【ソ】 イーゴリ・クルチャトフ スパイ資料を分析 (プルトニウムの重要性,ウラン235とプルトニウム239の分裂断面積データー,爆薬レンズ) |
| 1945. 4.12 | 【米】 プルトニウム239 の臨界量確認 [オットー・フリッシュ] (ドラゴン実験,1945.2 には溶解事故発生,中性子被ばく者は死亡) |
| 1945. 4.12 | 【米】 ルーズベルト大統領急死( 63才) (ハリー・トルーマン大統領就任,夕方スチムソン長官がマンハッタン計画を説明) |
| 1945. 4.12 | 【米】 B-29 理研を爆撃 (日本 4.13,『ニ号研究』の分離塔焼失,日本の原爆計画の終焉) |
| 1945. 4.17 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) ドイツのウラン鉱石 1100トンを押収 [ジョン・ランズデール中佐] (シュツットガルトの物置小屋,ソ連占領予定地区,樽が壊れていたため 1万枚の紙袋を用意,押収されたウラン鉱石はマンハッタン計画に使用される) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 4.23 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) ハイガーロッホへ進駐 [ボーリス・パッシュ/サミュエル・ハウトシュミット] (重水型原子炉を発見,ハウトシュミットはハイゼンベルクの友人だが両親をナチスのガス室で失っている) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 4.24 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) ヘヒンゲンへ進駐 (ワイゼッカー/ウィルツ逮捕,翌日オットー・ハーン/ラウエ逮捕) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 4.25 | 【米】 トルーマン/スチムソン会談 (マンハッタン計画の詳細説明,スターリンからの通信受領直後) |
| 1945. 4.26 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) 重水と 1トンの金属ウランを発見 |
| 1945. 4.27 | 【米】 第1回標的委員会開催(ワシントン) [グローヴス/ファレル/ノイマン/ウィリアム・ペニー/空軍代表] (7月か 8月,有視界爆撃,B-29の射程は 2400Km以下) |
| 1945. 5. 1 | 【独】 アドルフ・ヒトラー 自殺 |
| 1945. 5. 2 | 【独】 ベルリン陥落 |
| 1945. 5. 3 | 【米】 米軍特種部隊(ALSOS) ウルフェルドへ進駐 (前日 8人でドイツ軍 1個師団の降伏を受ける,ハイゼンベルク逮捕,ハイゼンベルクは鞄を持って出迎え,ハイデルベルクからランスへ連行) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 5. 7 | 【米】 「トリニティー」実験の予備実験を実施 (100t のTNT火薬と微量の放射性物質を爆発,放射性降下物の拡散を調査) |
| 1945. 5. 8 | 【独】 ドイツ降伏 |
| 1945. 5. 9 | 【米】 暫定委員会開催 [ヘンリー・スチムソン/ジョージ・ハリソン/バーンズ/ブッシュ/コンプトン/オッペンハイマー/ローレンス/フェルミ] (原爆の使用問題を検討,文官のみで構成,ソ連の開発期間 7年と予想) |
| 1945. 5.10 | 【米】 第2回標的委員会開催 [オッペンハイマー/パーソンズ/トールマン/ラムゼー/ベーテ/ロバート・ブロード/ノイマン] (ロスアラモス,原爆投下の技術上問題,無傷の都市を4っほど残す,京都/広島/横浜/小倉) |
| 1945. 5.25 | 【米】 九州進攻作戦発令 [マッカーサー/ニミッツ/アーノルド] (オリンピック作戦,目標期日 1945.11.1 と決定,関東上陸作戦はコロネット作戦,目標期日 1946.3.1) |
| 1945. 5.28 | 【米】 ジョセフ・グルー国務次官 天皇制を保証すれば日本は降伏するであろうとトルーマン大統領に進言 (ルーズベルトに起用されていた親日派の元駐日大使,戦争終結要員?,しかしトルーマン大統領の降伏演説は先延ばしされる) |
| 1945. 5.28 | 【米】 シラード/バーンズ会談 (原爆投下反対は受け入れられず) |
| 1945. 5.28 | 【米】 第3回標的委員会開催 (ポール・ティベッツ大佐参加,第509混成部隊のキューバでのテスト結果報告,カーチス・ルメイの日本爆撃は 1946.1 には完了してしまうと表明,投下目標は京都/広島/新潟の 3都市) |
| 1945. 5.30 | 【米】 スチムソン長官 京都を原爆投下目標より外すようグローヴスに指示 (日本降伏後の占領政策を考慮) |
| 1945. 5.31 | 【米】 暫定委員会原爆投下を決定 [バーンズ/スチムソン/マーシャル/グローヴス/ハーベイ・バンディ/コナント/コンンプトン/ローレンス/フェルミ/オッペンハイマー] (オッペンハイマーは「トリニティ」実験へのソ連の立ち会いを提案,日本への事前通告は行わない方針に決定,シラードについて言及される) |
| 1945. 5 | 【米】 ジョセフ・ロートブラッド ドイツ降伏により原爆開発は無用になったとロスアラモスを去る (後のパグウォッシュ会議会長,1995 ノーベル賞授賞) |
| 1945. 5 | 【ソ】 ドイツのウラン 130トンを押収 (ノイシュタットグレーベ,ベルーギーよりの押収品,アメリカの 2週間後,酸化ウラン,ベルリン西部の皮なめし工場に染料として保管されていた,アメリカ占領地域との境界線上,その後カイザー・ウィルヘルム研究所を解体してモスクワに移送) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 6. 2 | 【米】 クラウス・フックス ソ連側連絡員に接触 (サンタフェ,「トリニティ」実験情報,爆薬成分,原爆の略図を含む多くの資料を渡す) |
| 1945. 6. 3 | 【米】 ディヴィッド・グリーングラス ソ連側連絡員に接触 (二次元爆薬レンズの略図,スパイ候補者のリストを渡す,500ドル受領,同一連絡員,2つのスパイ網の交差) |
| 1945. 6. 6 | 【米】 ヘンリー・スチムソン長官 暫定委員会結論をトルーマン大統領に報告 |
| 1945. 6.10 | 【米】 第509混成部隊第1陣テニアン到着 (新型 B-29 3機で到着,全15機) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 6.11 | 【米】 フランク委員会報告をスチムソンに提出 [ジェームズ・フランク/レオ・シラード/ユージン・ラビノウィッチ] (シカゴの科学者が原爆の無警告使用に反対,7名,示威実験の勧告) |
| 1945. 6.18 | 【米】 マーシャル将軍 九州進攻作戦の死傷者数は 6万3000と見積る (最高作戦会議,オリンピック作戦の大枠決定,レーヒ提督の日記より) |
| 1945. 6.27 | 【米】 原爆の太平洋移送計画立案 [グローヴス/オッペンハイマー/パーソンズ] |
| 1945. 6 | 【米】 「トリニティー」実験用プルトニウム爆弾の組立開始 |
| 1945. 7. 2 | 【ソ】 イーゴリ・クルチャトフへスパイ資料を開示 (「トリニティ」実験,ベリリウムとポロニウムのイニシエーター,5Kgのプルトニウム,500ポンドのタンパー,アルミニウム殻,爆薬層,総重量 3トン,威力予想 5Kt,ウラン及びプルトニウムの備蓄量と生産量,7.10 前後に実験予定) |
| 1945. 7. 3 | 【米】 ニコルズ大佐 オッペンハイマーへ書簡 (7.24 までに大量のウラン235 を送付可能) |
| 1945. 7. 3 | 【米】 ウラン235 弾頭を鋳造 |
| 1945. 7.12 | 【米】 プルトニウムコア アラモゴード到着 |
| 1945. 7.13 | 【米】 爆薬集合体 アラモゴード到着 |
| 1945. 7.14 | 【米】 リトルボーイ本体をテニアンへ発送 (ターゲットピース以外,DC-3輸送機,サン・フランシスコへ) |
| 1945. 7.14 | 【米】 事前の予備爆縮実験失敗と判断 (不良品の爆薬を修理して使用,気泡に穴をあけ手作業で埋めたもの) |
| 1945. 7.14 | 【米】 「トリニティー」実験用『ガジェット』完成 [ノーリス・ブラッドベリー]他 (ベリリウムとポロニウムのイニシェータ,プルトニウム・コアは『温かくて生きた兎のようだ』,ウラン・タンパーの最後のプラグが温度差のため組み付かない,小休止後 OKとなる,サッカーボール状配置の 32個の爆薬レンズ,64個の電気信管,30mのショットタワー上) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 7.15 | 【米】 ハンス・ベーテ 予備実験装置の解析 (爆縮に成功しても観測されたオシロスコープ記録となると判定) |
| 1945. 7.16 | 【米】 「トリニティー」実験成功 (豪雨の天気予報が出ていたがポツダム会議に合せて実施,悪天候のため 1時間半延期,5時29分45秒,18.6Kt,観測機飛べず,実験成功後ポツダムのスチムソン長官に伝達 『けさ手術を実施』,ベルリン視察より戻ったトルーマン大統領/バーンズ長官に伝えられる,ポツダム宣言には天皇公約は含めない方針となる,原爆完成まで標的としての日本を降伏させない為?) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 7.16 | 【米】 巡洋艦インディアナポリス出航 (リトルボーイ本体輸送,「トリニティー」実験の 4時間後) |
| 1945. 7.17 | 【米】 シラードの請願 (大統領へ請願書,科学者の署名運動,70名,原爆投下に反対,8.1にグローブス少将を経てスチムソン長官に渡る,大統領に届いたかどうかは不明) |
| 1945. 7.20 | 【米】 アイゼンハワー将軍 日本に対し原爆投下は不必要とトルーマン大統領に進言 |
| 1945. 7.20 | 【米】 第509混成部隊 パンプキン爆弾による日本爆撃開始 (10,000ポンド:5トン爆弾,8.14 の幕切れ攻撃でのトヨタ自動車爆撃まで 16地区・52機・49発,原爆投下後はビラ蒔きも実施) |
| 1945. 7.21 | 【米】 グローヴス将軍の「トリニティー」実験報告書ポツダム着 (トルーマン大統領の態度の変化の原因がわかったとチャーチル首相がスチムソン長官に語る) |
| 1945. 7.21 | 【米】 ハリソン長官 原爆投下目標に京都復活をスチムソン長官に要請 |
| 1945. 7.22 | 【米】 スチムソン長官 京都の代りに長崎の追加を指示 |
| 1945. 7.23 | 【米】 ハリソン長官 原爆投下は 8月1日以降なら可能とポツダムへ打電 |
| 1945. 7.23 | 【米】 第2のプルトニウムコア完成 |
| 1945. 7.24 | 【米】 トルーマン大統領 ポツダム会談の席上新型爆弾の件をスターリン首相に伝達 (スターリン首相はスパイ情報により既に知っていたがそれを語らず) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 7.24 | 【米】 ウラン235 弾頭のターゲットピースを鋳造 (3個のリングより構成) |
| 1945. 7.25 | 【米】 トルーマン大統領 原爆投下指令 (グローヴス将軍が案を作成,スチムソン長官等がポツダムで承認,戦略空軍司令官スパーツ将軍宛て,8月3日ごろ広島/小倉/新潟/長崎の内の1つに投下) |
| 1945. 7.26 | 【米】 巡洋艦インディアナポリス テニアン到着 (リトルボーイ本体陸揚げ) |
| 1945. 7.26 | 【米】 ウラン235弾頭のターゲットピースをテニアンへ発送 (C-54 輸送機) |
| 1945. 7.26 | 【米】 プルトニウムコアとイニシエーターをテニアンへ発送 (C-54 輸送機) |
| 1945. 7.26 | 【米英中】 ポツダム宣言発表 (日本の無条件降伏を要求,日本 7.27 傍受,7.28 鈴木首相は「黙殺する」と記者会見で発表,「拒否」と受け取られる) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 7.28 | 【米】 スマイス報告完成 [ヘンリー・スマイス] (シカゴ冶金研究所準所長,電磁分離法開発推進者,マンハッタン計画の公開論者) |
| 1945. 7.30 | 【米】 巡洋艦インディアナポリス沈没 (イ-58 潜水艦より 6本の魚雷攻撃を受ける,4日の差) |
| 1945. 7.30 | 【米】 グローヴス少将 オリンピック作戦までに 10〜12発の原爆準備が可能と報告 |
| 1945. 7.31 | 【米】 リトルボーイ組立完了 (台風接近のため天候回復を待つ) |
| 1945. 8. 2 | 【米】 ファットマンの部品テニアン到着,組立開始 |
| 1945. 8. 4 | 【米】 第509混成部隊の B-29 乗組員ヘのブリーフィング実施 (パーソンズは「トリニティ」実験の記録映画を上映) |
| 1945. 8. 5 | 【米】 カーチス・ルメイ将軍 特務飛行は 8月6日と決定 (リトルボーイを B-29 に装着) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 8. 6 | 【米】 リトルボーイ広島投下 [ポール・ティベッツ/ロバート・ルイス/トーマス・フィアビー/ウィリアム・パーソンズ/モリス・ジェプソン]他 (8時16分45秒,12.5KT,60Kgのウラン235 ,総重量 4T ,4セットのレーダー高度計付き,『エノラ・ゲイ』はティベッツ機長の母親の名前,前日命名,離陸後ウィリアム・パーソンズはコルダイト爆薬を本体に装填,死者は 1945 末で 14万人,5年間で 20万人,死亡率 54%) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 8. 7 | 【米】 次投下目標は東京と進言 [ファレル准将/パーソンズ大佐/パーネル少将] (心理的効果大,ワシントンからの回答なし) |
| 1945. 8. 7 | 【米】 原爆投下の大統領声明発表 (トルーマン大統領は巡洋艦オーガスタでポツダムより帰国中) |
| 1945. 8. 7 | 【ソ】 スターリン首相 ラヴレンチー・ベリヤを原爆計画の司令官に任命 |
| 1945. 8. 8 | 【ソ】 モロトフ外相 佐藤大使に戦線布告を通告 (日本はソ連の調停を期待,原爆投下がきっかけとなる,ドイツ降伏の 3か月後,ヤルタ会談で約束の期日) |
| 1945. 8. 8 | 【米】 ファットマン組立完了 (前夜ケーブルの逆結合が発見されバーナード・オキーフはハンダごてでコネクターを交換,B-29に装着) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 8. 9 | 【ソ】 満州侵攻 |
| 1945. 8. 9 | 【米】 ファットマン長崎投下 [チャールズ・スウィーニー/フレデリック・アッシュワース/フィリップ・バーンズ]他 (曇りで小倉は見えず長崎に変更,長崎上空で 20秒間視界が得られた,11時 2分,22KT,8Kgのプルトニウム239,総重量 4.5T,『ボックス・カー』,ソ連参戦 2時間後に離陸,目標から 3.4Km外れる,燃料ポンプに欠陥が発見されたが離陸し投下後沖縄へ着陸し給油後テニアンヘ帰着,死者は 1945末で 7万人,5年間で 14万人,死亡率 54%) (1999.7 目視投下命令に反してレーダー投下されたことをフレデリック・アッシュワースが語る,小倉投下に失敗し原爆を海に捨てるよりはと決断,2004.7.15 チャールズ・スウィーニー死去) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945. 8. 9 | 【日】 深夜の御前会議にてポツダム宣言受諾決定 |
| 1945. 8.10 | 【日】 スイスとスウェーデンを通じてポツダム宣言受諾を申し入れ (天皇問題を除くという条件付き,バーンズ長官は条件付を拒否したが降伏条件をきちんと定義付けることでトルーマン大統領は了承,ソ連は条件付に反対) |
| 1945. 8.11 | 【米】 グローヴス将軍 2発目のファットマンについて報告 (プルトニウム・コアとイニシエーターは当初予定より 4日短縮されて 8月12日/13日にテニアンへ輸送可能,8月17日/18日に投下可能,マーシャル将軍はトルーマン大統領の指示により輸送を見合わせるよう指令) |
| 1945. 8.12 | 【日】 ポツダム宣言受諾に関するバーンズ長官の返答を受領 |
| 1945. 8.12 | 【米】 『スマイス報告』公開 [ヘンリー・スマイス/リチャード・トールマン] (原爆の秘密の限界を公表,爆縮方式に触れず,大統領の承諾後発表,1946 出版) |
| 1945. 8.14 | 【日】 皇居の防空壕での御前会議 (ポツダム宣言受諾決定,勅語の用意を指示) |
| 1945. 8.15 | 【日】 無条件降伏 (玉音放送 『耐え難きを耐え忍び難きを忍び』,第 2次世界大戦の終了) |
| 1945. 8.20 | 【ソ】 原子爆弾特別委員会を設置 [ラヴレンチー・ベリヤ/ゲオルギー・マレンコフ/ボーリス・ヴァンニコフ/ウヴラーミ・ザヴェニャーギン/ミハイル・ペルヴーヒン/ピョートル・カピッツァ/イーゴリ・クルチャトフ] |
| 1945. 9. 1 | 【米】 スマイス報告(ハードカバー版)出版 (グローヴスは原子炉のポイズニングに関する条項を削除,ソ連は削除箇所からその重要性に気付く) |
| 1945. 9. 2 | 【日】 降伏文書調印 (東京湾上の戦艦「ミズーリー」号上) |
| 1945. 9. 5 | 【加】 イーゴリ・グーセンコ 亡命 (ソ連大使館から 109通の通信文を持出し,当初マッケンジー・キング首相は受領を拒否,王立カナダ騎馬警官隊からの連絡でイギリス情報部が保護を依頼,9月末キング首相はトルーマン大統領と会見,1946.2 22名のスパイを逮捕) |
| 1945. 9.15 | 【米】 L・ノースタッド少佐 原子爆弾生産報告書をグローヴスへ提出 (ソ連を敵とした場合 204発の原爆が必要と算定) |
| 1945. 9.19 | 【米】 クラウス・フックス ソ連側連絡員に接触 (「トリニティ」実験等最新情報を渡す,プルトニウムの相変化,気体拡散プラント用フィルターは燒結したニッケル,フックスはイギリス使節団のパーティ用酒類買出し途中) |
| 1945. 9.28 | 【米】 科学顧問会議 [コンンプトン/ローレンス/フェルミ/オッペンハイマー] (水爆開発には反対) |
| 1945. 9 | 【米】 ディヴィッド・グリーングラス ソ連側連絡員に接触 (イニシエーターの構造,中空複合コア情報) |
| 1945.10.16 | 【米】 ロバート・オッペンハイマー ロスアラモスを辞任 (ノリス・ブラッドベリー 所長に就任) |
| 1945.10.18 | 【ソ】 ファットマンの構造詳細報告をベリヤに提出 (マンロー効果利用の新型イニシェーターではない,プルトニウム半球は金箔ガスケットで接合) |
| 1945.10.25 | 【米】 ロバート・オッペンハイマー トルーマン大統領に会見 (核兵器の国際管理を求めるが理解されず「私の手は血で汚れているように感じます」と語る,トルーマンは会見後「あの泣き虫科学者にはもう会いたくない」とディーンアチソンに語る) |
| 1945.11. 2 | 【米】 ロバート・オッペンハイマー 『ロスアラモスへのメッセージ』講演 (辞任講演,核時代への認識,「人類がロスアラモスと広島の名を呪う時が来るだろう」) 《衛星写真(Google Earth)》 |
| 1945.11.14 | ボーア/テルレッキー会談 (コペンハーゲン,ソ連スパイ組織の接近,カピッツァの紹介状持参,ボーアはイギリス情報部と連絡を取りスマイス報告を渡す) |
| 1945.11.15 | 【米英加】 トルーマン/アトリー/キング宣言 (新ケベック協定,原子エネルギーに関する基本的知識を保有する3国が主導権を握る,国際連合に原子力委員会設置を勧告) |
| 1945.11.19 | 【チェコ】 ソ連よりウラン鉱石の提供要請 (米国国務省に電報,11.23 ソ連がチェコスロヴァキアのウラン鉱石の独占権を得る秘密協定締結,キューリー夫妻がラジオウムを発見した時のヨハヒムスザール鉱山) |
| 1945.11.24 | 【米】 日本のサイクロトロンを破壊 (理研: 2,阪大: 2,京大: 1,進駐軍内部の情報伝達ミス) |
| 1945.11 | 【ソ】 プルトニウム生産工場の立地調査 (チャリャビンスク40,新しい町の名前はベリヤ) |
| 1945.12 | 【米】 ENIACによる水爆計算テスト実施 (1946.1まで 6週間のテストを行う,50万枚のパンチカード,1945.11 大砲の弾道計算用としてペンシルヴェニア大で完成,1945 始めにフォン・ノイマンが水爆計算用として着目,真空管 18,800本,140KW,30トン) |
| 1945.12.22 | 【米】 ドイツの核科学者をイギリスから西ドイツへ送還 |
| 1945.12.24 | 【ソ】 原爆開発開始をアメリカ大使へ公式に伝達 |