シングルA面(1967〜1972)

The Last Time
Dogs
Magic Bus
The Seeker
Let's See Action
Join Together
Ralay

⇒The Who に戻る

 

 本編では、1967年〜1972年に発表された、オリジナル・アルバム未収録のシングルA面曲を取り上げる。ただし、"Pictures Of Lily"は、既に取り上げているので、割愛した。

 丁度この頃は、ザ・フーがトラック・レコードに所属し、アルバムでは最高傑作群を制作していた時期にあたる。ザ・フーは完全なアルバム・バンドへと変貌を遂げたのだが、1967〜1968年には、レコードの売上げが英国では落ちこんでいた。まず、アルバムでは、"The Who Sell Out"はトップ10に入ることが出来ず、続いて1968年に発売された編集盤"Direct Hits"はチャートに入ることすら出来ないでいた(これには、ブランズウィック時代の曲が収められなかったという不幸も作用している)。同時にシングルの方でも、"Pictures Of Lily"を最後にトップ10入りすることも出来なくなっていた。反対にアメリカではライブ活動の成果もあって、売上げを伸ばしていたのだが。

 もっとも、上記の現象は何もザ・フーだけに特徴的なものではない。1963年〜1965年に主役だったバンドの殆どは、この時期に危機を迎えており、活動を停止してしまったバンドも多い。

 

The Last Time

 ザ・ローリング・ストーンズのカバー作品(オリジナルは"Out Of Our Heads"(US盤)に収録)で、B面は"Under My Thumb"(オリジナルは"Aftermath"に収録)である。このレコードの制作動機は、ストーンズのミック・ジャガーとキース・リチャーズが逮捕されたことに抗議・支援するためだっという。こういった社会的動機だが私的憤怒によりレコードを作ることも、ザ・フーならではあろう。レコードはたった1日で制作され、次の日には店頭に並んだというのも、トラック・レコードというインディーズ所属だったから出来たことでもある。ちなみに、当時ジョンは新婚旅行中だったので、ベースはピートが担当している。

 全体的にデモ・テープのような印象を受ける。ザ・フーは比較的完成度の高いレコードを制作するバンドだが、この曲では、1965年頃に彼等がやっていたことと殆ど変わらない。オリジナルが1965年の曲ということにも関連があるのだろうか。それにしては、ロジャーのボーカルが中途半端である。個人的にはB面とA面を逆にすべきだったと思うのだが。

 

Dogs

 1968年初めてのシングルがこれである。ザ・フーのシングルとしては最も地味な存在に属するが、極めて残念なことである。名曲とまでは行かないかも知れないが、佳曲であることは間違いない。また、例えばスモール・ファイセズの「オール・オア・ナッシング」とも共通性を見出せる曲でもある。

 サウンド面は、「ザ・フー・セル・アウト」と「トミー」の中間に位置するような出来あがりである。ピートのコード・カッティングはピアノを意識したようなスタイルで、既に「ザ・フー・セル・アウト」中の幾つかの曲と共通点がある。もう一点はブレークで、これは「トミー」への布石と見るべきだろう。

 一方、真っ先に耳に付く馬の足音のような効果音の必然性や、録音の質の低さ(特にキースのドラムが引っ込んでしまっていること)に対しては、あまり肯定できない。

 ロジャーのインタビューなどから推測するに、このレコードは周囲からの要求もあって、慌てて作ったような面が強いようだ。明確な創作意欲がザ・フーの真骨頂だとすれば、曲そのものは良いのに、何かインパクトの弱さを感じてしまうのは、仕方がないことかもしれない。ただし、コアなファンにとっては、自作編集テープ(今ではディスクか?)に是非入れておきたい曲でもあると思う。

 歌詞は、ドッグレースとビールをこよなく愛する男が主人公なのだが、歌詞の殆どは、犬舎でメイドとして働いていた少女との出会いと結婚を唄っている。しかし、「今までの人生の中でビールより重要なものは無かったが、今では君がいる」とは、極端な価値観である。

 語りの所は、ドッグレース狂の独白であるが、これはイングランドのこの風習に通じていないと分からない内容のようだ。ちなみに、ブラーの「パークライフ」のジャケットは、ドッグレース中の犬が使われている。

 

Magic Bus

 1968年に発売された時はスマッシュ・ヒットだったが、ライブで人気を博したためか、その後も何度となくベスト盤に収めれれている。ザ・フーとしては珍しいボ・ディドリーのリズムを拝借した曲だが、レコードではそれほどボ・ディドリーのビートは印象強くない。アコースティック・ギターをリズム楽器として使ったアレンジは、ピートが最も得意とするところだろう(実際、ピートはこの曲をライブ演奏するが大好きらしい)。一方、ジョンはコード進行があまりに単純だということで、この曲を嫌っているらしい。メロディ楽器担当とリズム楽器担当がこのようにクロスした発言をするあたりが、ザ・フーが特異な存在であることを如実に表していると思う。一方キースは、この曲ではずっとウッド・ブロックを叩いているのだが、キースの天性のリズム感を充分に聞かせてくれる演奏(?)である。

 歌詞は、毎日マジック・バスに乗って彼女の元を訪れるという主人公が、いっそのことマジック・バスを買って自分で運転したいという話である。単にナンセンスな歌詞だと割り切ることも出来なくは無い。リアリズム的見地からすれば、自家用車を買えば済むことではないかとの批判も可能である。しかし、バスと自家用車とでは大きな違いがある。それは、前者と異なり後者は大人数を乗せることが出来、乗客は毎回顔ぶれが異なるという前提があるからだ。それは、歌詞の終盤での、「毎回別の道を通って会いに行くんだ」という下りとも通じている。異なる乗客たちと異なる道筋は、ハプニングをもたらすだろう。主人公はそれを楽しみたいのではないか。そして彼女の家に行って、出来事を話したいのではないか。

 ということは、主人公は、ルーティン・ワークに明け暮れる仕事をしており、話題が豊富でない生活を送っていることが推測できる。平凡な人間が語る夢。それは、キンクスというよりはレイ・デイヴィスがのめり込んでいたテーマでもある。ピートのことだから、ついレイの歌詞を自分なりに書いてみたいと思ったのかもしれない。

 一方、ビートルズの「マジカル・ミステリー・ツアー」も、似たような動機(ハプニング芸術)で制作されたものだったらしい。とするとこの曲は、「マジカル・ミステリー・ツアー」をピートなりになぞってみたものと解釈することも出来ると思う。

 

The Seeker

 最近、映画「アメリカン・ビューティ」の挿入曲となったが、発売は1970年である。トミーとの音楽的な共通点はあまり見られず、むしろ、歌詞を含めて「フーズ・ネクスト」に近いかもしれない。ハードなギター・ロックをベースとしているが(キースのドラムは非常に素晴らしい)、ギターをマンドリンあるいはバンジョー風に使ったりしており、ハードであると同時に軽快である。

 歌詞は、タイトル通り「探求者」と呼ばれる者が、(恐らくは)人生の意味を求める姿を唄ったものである。1stヴァースでは、椅子の下やテーブルの下を鍵を求めて探し回ったとし、続いて2ndヴァースでは、ボブ・ディラン、ビートルズ、ティモシー・リアリーに尋ねて回ったが、答えが得られなかったとしている。ここに登場する固有名詞が60年代のポップ・カルチャーを象徴する人物でありグループであるという点と、このレコードが1970年に制作されたという点が符合している。つまり、一つの時代が終わったという冷静な現状認識であろう。更には、3rdヴァースからは、付和雷同を拒否する姿勢が読み取れる。

 こういった歌詞を読むと、主人公の意思の強さが目立つのだが、4thヴァースになると、主人公の弱さが唄われる。
「物事が上手く行く時は楽しい/悲しい時は泣くんだ/俺には価値があるんだ/でもどうしたら良いか分からないんだ」
 意思の強い主人公と思わせながらも、同時に弱さを吐露する歌詞を書くあたりはピートらしいと思える。例えば「バーゲン」なども同傾向だろう。

 

Let's See Action

 1971年に発表された曲で、邦題が「ワイルド・アクション」というのだが、あまり良いセンスだとは思えない。安っぽい印象が強いからだ。確かにザ・フーのライブは、「ワイルド・アクション」そのものだが。

 歌詞は、ミハー・ババからの影響が強い。実際ピートのソロ、「フー・ケイム・ファースト」にも収められている。そのものズバリ、「Aatar(=ミハー・ババ)が僕の足を暖めてくれた」という一節が登場するし、最後のリフレインでは「何もないことは全てであること/全てであることは何もないこと」という一節が登場する。般若心経の「空即是色、色即是空」のような思想かなとも思うのだが。

 また、「みんな、オーディエンス達、垣根を壊すんだ」という一節からは、バンドとファンとの間に優劣の差や支配・非支配という差は要らないとする、当時のピートの考えが現われている。これは、次の"Join Together"とも共通する思想である。つまり、この曲もライフハウスの一環を成すものであったのだろう。

 

Join Together

 1972年に発表された曲。ビデオも作られているが、そこではザ・フーの(当て振り・口パク)演奏とファンとの交流が描かれている。ハープ(もしくはハープ音を模したシンセ)が耳に残る曲である。

 この曲は、ライフハウスの主題を表すものであることは、容易に推測できる。つまり、音楽を通じた人と人との結び付きである。それも、上記の様に、
「バンドとファンとの間に優劣の差や支配・非支配という差は要らない」
とする思想が根底にあるのである。だからこそ、「みんな一緒にバンドに加わろう」なのだろう。一寸蒼いかなとも思えなくはないが、蒼くてこそピートであり、ロックでもあるのだ(どこか別の所に書いたかもしれない)。

 

Ralay

 1972年に発表された曲。イントロはシンセサイザー(ちょっと「プット・ザ・マネー・ダウン」にも似ている音)で始まるのだが、全体的としては、ザ・フーの曲群の中では最も重たい演奏である。キースのドラムは、いつものようなおかず盛り沢山ではなく、シンプルであるが、これは曲調に合わせて叩いたからそうなったのだろう。ジョンのベースは低音弦ギターと形容すべき演奏だし、ピートは、エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター、シンセイサイザーと大活躍している。シンセサイザーをこういった割とスローで重たい曲で上手く使うのは難しい、と思えるが、ここではアイデア倒れに終わらず、締りの良いサウンドを出している。一方、アコースティック・ギターにおいて、マラカスのような音を出していることも面白い。ロジャーも、彼自身ボーカリストとして最盛期だったこともあって、シャウトの決め方を含め全体的に素晴らしい。とにかく、アイデアをぎっしり詰め込んだようなアレンジであり、もっとチャートでも上位に行くべき曲だったと思うが、既に完全なアルバム・バンドになっていたザ・フーならば、仕方のないことかもしれない。いや、ピートがコンセプトの無いアルバムは発表する価値がないという思想に囚われていなかったら、ピートに商売っ気がもっとあったならば、1972年に何らかのアルバムを発表していたことだろう。

 ところで、この曲における移調の仕方などは、レッド・ツェッペリンを連想させる。ゼップは、ジミー・ペイジがザ・フーやジェフ・ベック・グループを研究して構想されたバンドであることは、もはや明らかだと思うが、この曲はゼップからザ・フーへのフィードバックかな、と思える。

 歌詞は、革命軍に参加した主人公から同士へのメッセージという体裁になっている。やはりこの曲もライフハウスの為に書かれたような気がする。同士は負傷してしまい、戦力外になっており、主人公が同士の意思を継いでいこうとする瞬間を唄っているようだ。
「それぞれの夢をまとめ上げて、リレーで伝えて行こう」
という下りが恐らくこの曲のメインテーマであろう。

 

(2000-5-21)