初期シングルA面集

I Can't Explain
Anyway, Anyhow, Anywhere
My Generation
Substitute
I'm A Boy
Happy Jack
Pictures Of Lily

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I Can't Explain

 The Whoとしてのデビュー・シングルは"I Can't Explain"であり、1965年1月に発売された。一聴して分かることだが、リフはキンクスの"You Really Got Me"から借用している。これはピート自身が認めていることである。また、その後もことあるたびに、ピートはキンクスを絶賛している。
 また、この曲の宣伝にあたり、キット・ランバートとクリス・スタンプは、プロモーション・フィルムまで制作しているらしいが、残念ながら見たことがない。
 サウンド面では、ピートのコードカッティングは上品な音であるが(ただ、後にも先にも、珍しいサウンディングである)、ソロになるとディストーションが懸かっていること、そして何よりも、キース・ムーンの破壊的ドラミングが特徴だろう。この頃、殆どのロック・ドラマー達はリズムを刻むだけの役割に過ぎなかったが、キースはリード・ドラムというコンセプトを発明したと言える。

 この曲のテーマは冒頭に現れているが、「確信があるのに説明できない」ということである。ピートは「元々はラブソングのつもりで書いた」と発言しているが、それはそうなのだろう。しかしこの曲は、男の子が女の子に向かって告白するという、メッセージソングあるいはその婉曲表現ではない。最後の方でも、「もう一度機会を与えてくれ」と言っていて、結局上手く告白できぬままに終わっているのである。
 よく欧米は自己主張の社会だと言われる。察するのではなく、言いたいことを言うことが当然の社会と言われる。そんな社会において、「言いたいことが上手く言えない」という歌詞を作ること自体が特異だと思わせる。しかし、このテーマ性がイギリスの若い男性によって熱狂的に受け入られたということは、主流なれない人々にスポットを当てたということで、特筆すべきことなのかもしれない。
 それにしても、60年代半ばまでにデビューしたミュージシャンで、デビュー当時から、ある意味では情けないことを書いた人がいるだろうか。ビートルズは、"Love Me Do","Please Please Me"、キンクスは"You Really Got Me"という風に、ストレートな告白である。ストーンズの"As Tears Go by"は、老成した人物の視点からの歌詞であるが、本人達は最近まで「習作」とみなしていたようだから、持つ意味合いが異なっていると言える。

 

Anyway, Anyhow, Anywhere

 2枚目のシングルが"Anyway, Anyhow, Anywhere"である。この曲は、ピートとロジャーの共作である。デビュー曲がヒットした(全英8位)ため、当時リーダーであったロジャーが、主導権をピートに奪われることを危惧したため、内紛を抑えるためか、こう言う形を採ったらしい。ロジャーとしては、R&Bのカバーをやりたかったらしい。

 この曲のテーマは、「どんな道を選ぼうとも、どんなやり方をしようとも、何処へ行こうが、俺は負けない」、ということになるのだろう。作詞にロジャーが加わっているためか、マッチョな歌詞である。ピートの作る歌詞は、大抵情けない奴の視点になっているため、ザ・フーとしては珍しい部類に入る。 しかし、この曲の一番の特徴は、フィード・バック・ギターであろう。なBBCのライブでは、ハーモニクスをフィードバックさせるという、信じられない技を披露している。なお、フィード・バック奏法の発明者については、ピートに拠れば、「俺とジェフ・ベックとデイヴ・デイヴィスの3人で、誰が創始者か言わない様に協定を結んだ」のだそうだ。半分冗談らしいが。ともかく、誰が創始者かなどという議論は無意味である。殆ど同時期に模索していたのだろうから。

My Generation

 アルバム"My Generation"を参照のこと。

Substitute

 "Substitute"は、4枚目のシングルとして、またリアクション・レーベルから初のシングルとして1966年5月に発売された。また、ピートが初めてプロデュースした曲としても知られている。
 タイトルを直訳すれば「代役」である。ちなみに邦題は「恋のピンチヒッター」であるが、例によってそんな格好の良いものではない。もっとも、当時の日本でこんなすねたタイトルのレコードが売れるとは思えないから、邦題を付けた人の選択は誤っていないと思う。
 さて、この様に書くと、この歌はひねくれラブソングのように捉えられてしまう恐れがあるが、実は、世の中の虚と実についてユーモア溢れるセンスで唄った曲なのだろう。このあたりは、ボブ・ディランの"Like A Rolling Stone"と通じているものがあるような気もする。

君(達)は僕達が似合いだと思っている
君(達)は僕の靴が革で出来ていると思っている
でも僕は他の男の代役で
背が高くて格好良く見えても、ヒールが高いだけのこと
君(達)が簡単だと思っていても、それは複雑なことで
若く見えても、年を食っているんだ

事実の代わりの君の嘘
安物レインコートを通して君が見える
僕はどう見ても白人だが、親父は黒人だ
僕の格好良いスーツは実はボロ布で出来ている

 以上が1stヴァースとコーラスであるが、この後も含めて全編が隠喩である。以前の歌詞に比べて、格段にボキャブラリーが増していると言える。

 サウンド面では、ピートのカッティング・リフが耳に残る。ルート音をDのままにしてD/D/A G/D/Dというコード進行である。恐らくエレクトリック・ギターでアコースティック・ギターのような音を出しているのか、残響音があまり聞えない。

 なお、このシングルは実はB面違いで3バージョン存在するが、単にコレクターを自己満足させるだけでしかない。このあたりはGOLD WAXなる雑誌を参照した方が良かろう(ただし、手に入ればの話)。

 

I'm A Boy

 "I'm A Boy"は5枚目のシングルとして1966年に発売された。歌詞を読んだだけでは分からないが、内容は以下の通りである。
 時代は近未来で、そこでは男女産み分けが可能になっており、(母)親は女の子を望んだが、何らかのミスで男の子が生まれてしまう。母親は男の子に少女趣味の服装や行動を強制させるが、男の子が「僕は男の子だ」と言って、バイクに乗りたいとか、クリケットをやりたいとか主張する。ピート・タウンゼントの予見(現在では、産み分けは一応可能である)が初めて現れた曲である。前作"Substitute"では、この世の虚と実といったアイデンティティの曖昧さを曲にしたピートであるが、この曲では性別というアイデンティティがあやふやな代物になっていくことを唄っているのだ、と解釈することも可能であろう。
 それにしても、主人公の少年に対する壁としての存在が母親とされている点で、ピートはロックの作詞家の中でも特異である。逆に、父親は理解力のある存在として描かれることが多いのだが、それは次々作のシングルで明らかになる。
 また、このように、当時のピートの作る歌詞は、主人公に突飛なキャラクターを設定したものが多かった。これは"Quadrophenia"まで続く。
 

 サウンド面では、ピートのコード・ストロークや、キース・ムーンのシンバル(やたらうるさい)に特徴がある。特にピートはピッキングの速度やアタック感を曲中で変えることにより、個性的な味を出している。この曲だけではないが、ピートは音の響きを重要視するギタリストだとも言える。

 

Happy Jack

 "Happy Jack"は6枚目のシングルとして1966年に発売されている。この曲にはモノクロのプロモーション・フィルムが残っていて、演奏シーンが出て来ないという点では、この時期のものとしては非常に珍しい。映像はThe Whoのメンバーを泥棒4人組に仕立てた喜劇であるが、とかくThe Whoというと堅苦しいイメージを与えがちなだけに、このナンセンスさは、また違った面を見せてくれて楽しい。しかし、ロジャーが見張り役で他の3人が実行役という設定は、当時のメンバーの人間関係を無意識かもしれないが描き出しているようだ。
 歌詞は、マン島に住んでいる奇人のことを唄ったものだが、他愛のないものである。
 サウンド面では、一層キースの活躍が目立っている。このリズム感覚は、たやすく思いつく類のものではないだろうし、キースの天才振りが良く分かる。なお、これが初めて全米トップ40入りした曲でもある。

Pictures Of Lily

 "Pictures Of Lily"は、トラック移籍第1弾シングルとして1967年に発売されている。邦題は「リリーのおもかげ」である。歌詞を全く理解しないで付けたと考えられる。「リリーのピンナップ」だとか、他にましなタイトルがあるだろう。歌詞の内容は、夜眠れない少年が父親にそのことを話すと、リリーの写真(実際はヌード写真)をくれた。少年はそのおかげで、気分良く眠れるようになり、いつしか、リリーに恋するようになる。父親に「リリーに会いたい」というと、父親は「リリーは1929年に死んでしまった。あの時俺はどんなに泣いたことか」と息子に話すというオチがついている。表面的には描かれていないが、マスタベーションを唄った曲である。そのせいか、BBCは放送禁止処分にしたと言われているが、「BBCセッションズ」に収録されたことからすると、放送禁止という話は怪しいものである。それはともかく、"I'm A Boy"の所で触れたとおり、ここでは父親が息子の理解者、先生として設定されている。ロックソングで母親が共感を持って描かれることは多いが、父親は反抗の対象として登場することが多い。まあエディプス・コンプレックスが無意識に出ている(最たる例はザ・ドアーズの"The End"か)のだろうが。それに対して、ピートの場合、父親を理解者として扱うことが実に多いのである。これはピートの年少時の境遇がそのまま形に表れたものと考えられる。
 サウンドは、もっともThe Whoらしい(こういう表現は嫌であるが)。ピートのギター、キースのドラム、ジョンのフレンチ・ホルン、ファルセット・コーラスなどなど、魅力が詰まっている。だが、正規のライブ盤としては、やっと2000年になって「BBCセッションズ」で聞けるようになっただけだ。残念である。
 なお、スタジオ盤としてはリミックス違いで2バージョンが平然と発売されている。せめてクレジットの改訂がないものだろうか。