The Who Sell Out
"The Who Sell Out"は1967年12月に英国で発売されている。レーベルはマネージャー二人が設立したトラックである。曲間にレディオ・ロンドンのジングルを挟むという、仮想ラジオ局仕立てのアルバムである。ただし、8曲目でこの試みが終わっており、何故最後まで続けなかったのか、残念である。また、CMソング仕立ての曲がいくつかある。つまり、「ラジオ局とCM」という、コンセプト・アルバムである。
このコンセプトはジャケットにも表れていて、The Whoの4人を使った商品広告という体裁である。ちなみに、ピートはワキガ消臭スプレー「オドロノ」、ロジャーは缶詰食品「ハインツ・ベイクド・ビーンズ」、キースはにきび用の薬「メダック」、ジョンはボディ・ビル「チャールズ・アトラス・コース」をそれぞれ宣伝している。つまるところは、「ポップ・ミュージックは産業構造から逃れられない」という事実への皮肉なのだろうか。
アルバムは全13曲で、カバーが1曲、ピートの作詞作曲によるものが9曲、ジョンによるものが3曲ある。キース在籍中では、最もポップなアルバムといえる。また、当時盛んだった、サイケデリック・ロックを採り入れたアレンジを幾つかの曲で採用している。明らかにCMソングというのもあるが(ジョンの2曲)、それ以外は全て高水準の楽曲である。
歌詞も今までのアルバムで多かった、ブルーズ世界的な男女関係を唄ったものが殆ど消えうせている。
Aremenia City In The Sky
Heinz Baked Beans
Mary Anne With The Shaky Hands
Odorono
Tatoo
Our Love Was
I Can See For Miles
I Can't Reach You
Medac
Relax
Silas Stingy
Sunrise
Rael 1&2
"Monday, Tuesday..."というジングルに続いて曲が始まる。作者はジョン・スピーディー・キーンというピートの友人である。イントロは逆回転テープを使っていると思えるが、曲の途中でも効果音(エレクトリック・ギターをテープに録音して、使ったのではないか)がふんだんに使われ、アルバムの中で最もサイケデリックな曲と言えるだろう。歌詞中でも
「もしも部屋が君の頭の方に迫ってきたり、全てが速く回り出したら」
というフレーズが出てくる。ドラッグをキメている時の描写そのもののようだ。
レディオ・ロンドンのジングルに続いて、ジョンがトランペットでマーチのようなフレーズを演奏する。その後、「晩御飯(*)は何?」という台詞になる。次からはバンジョー、そしてドラム、と楽器が加わってマーチが演奏され、また同様の台詞(台詞を言う人物が交替して行く)、という風に繰り返した挙句、「ハインツの煮豆だよ」という決めのフレーズで締めくくられる。CMそのものであって、曲というレベルで考えない方が良いだろう。
しかし、キースのマーチのドラミングには感心させられる。小休止を作ってスティック同士を叩き合わせるという小技もさることながら、これを聴くと、鼓笛隊が実際に行進しているかのようなイメージが浮かんでくるのだ。
(*)"tea"とは、辞書によれば、ディナーほどではない夕食(17時位に摂る)らしい。
3. Mary Anne With The Shaky Hands
カリプソ風の曲である。ピートのアコースティック・ギターが良い雰囲気を出している。また、キースのフィルインもちょっと変わっていて、聴いていると楽しい曲である。
しかし、歌詞は曲の雰囲気とは異なる。冒頭では女の子の名前が3人挙げられているので、目移りし易い少年のことでも唄っているのかな、と思わせる。ところが、続いて出てくる歌詞は、「メアリィはとても可愛い/この国で一番可愛い/男達はあらゆる街からやってくる/あの娘のか細い手(Shaky Hands)を握るために」なのである。 "shaky" と言う単語は、当然のことながら、"shake"つまり、握る、振るという単語の派生語である。してみると、メアリィは今で言う風俗嬢ということになるのだろうか。
蛇足だが、ディープ・パープルの "Strange Kind Of Woman"も似た題材を扱っている。
キースのドラム・ソロに続いて短いジングル、そして曲が始まる。イントロでのキースのドラム(バスドラか?)は、いつものマシンガン・ドラムとは全く違うのだが、これも面白いアイデアアである。
これもオドロノという消臭スプレーのCMソングなのだが、商品に関連したエピソードは最後まで出てこない。デヴィットソン氏と女性歌手の物語が唄われる(ボーカルはピート)だけである。
だからといって曲がテキトーに作られているかというと、そんなことは無く、メロディやその展開は良いし、バッキングのギターは一寸妙なコードを弾いたりしており、興味深い曲である。
レディオ・ロンドンのジングルに続いて曲が始まる。アルバム中1,2を争う名曲であろう。ライブでも良く演奏されたらしい。アルペジオで奏でられるギターややロジャーの歌唱法も手伝ってか、美しい曲に聞える。コーラスも素晴らしい。
歌詞は、ある少年が主人公である。兄弟で(主人公は文脈から言って弟)、「何が男を男にするのか」と話し合い、何故だか刺青を彫ることを決心する。この兄弟は子供扱いされるのを嫌い、周囲にいる年長者を真似て刺青を彫ったのかもしれない。
刺青を彫ってもらった主人公は、「俺はお前を忘れてしまうだろうが/皮膚はお前を忘れない/たとえ俺が死んでも/刺青よ」と唄う。英国での葬儀はどうなっているのだろう。日本のように、殆どが火葬の場合は、この歌詞が成り立たないのだが。例えばアメリカだったら、エンバーミングという技法によって、死体を保存する人がいるが(当時はどうだったか不明)。
キースのドラムが良い。特にピートによるギターソロ(当時としては不思議な音を出している)との絡みのところは必聴ではないか。その他ジョンのベースもグルーブ感が感じられる。
歌詞は、大まかに言ってしまうと、
「二人の愛は偽物だったが、今本物になる(ところだった)」
「突然、僕等の愛は空に舞い上がり、夏の朝の光の様に輝いた」
「愛よ永遠に」
である。言葉を削っているためか、前後関係が良く分からないのだが、無理に推測してみると、彼女の方は死んでしまったと思える。それを「愛が空に舞い上がった」と表現しているのではないか。失ってこそ相手の良さが身にしみて分かったということか。
曲の前に短いCMが入る。「ロトサウンド・ストリング」とはジョン御用達のベース弦メーカらしいが。
さて、この曲はピート自身「傑作」と太鼓判を押し、シングルカットされアメリカではトップ10入りした唯一のものである。まとまりのある演奏だが、もうちょっと破綻寸前まで行っても良かったのではないかという気もする。ただし、ピートのギターは実に鋭い感触がある。
主人公のことを欺いている彼女に対して、「僕が気付かないと思っているのだろうが、全てお見通しだ。僕は何マイルもの先が見透せるんだ」とやり返す曲で、1stアルバムの内容に近いような気がするのだが、単語の選び方などに成長の跡が窺える。ところが、ピート自身は、「この曲は千里眼を持つ者の不安を曲にしたかったんだ」とインタビューで語っているのである。不思議だ。
曲の前に短いCMが入る。チャールズ・アトラスのボディ・ビル・ジムの宣伝である。低音しわがれ声は、もちろんジョンだろう。
前曲から一転して軽めのイントロで始まるポップな曲。ピアノ、ベース、ギターをメイン楽器に配しているのだが(特にピアノが良い)、ジョンのベースとキースのシンバル中心のドラムがやかましいので、The Whoらしく感じる。リード・ボーカルはピートだが、この選択は正しいと思う。たとえ、当時のロジャーのボーカルスタイルが割りとソフトタッチであったとしてもである。
The Who Netに載っている情報によると、ピートが初めてピアノで作った曲であり、ミハー・ババのことを知った直後に書いたのだという。
歌詞の出だしは、「僕は君より10億年も年をとっていて/君より100万年遅れている/1000マイルも上空にいて/1兆回も君を見てきた」である。個々の数値が重要なのではなく、「多くの」という意味でいいのだろう。天国の僕と地上の君という対比だろうと思うと、次のパートではもっと不可思議な歌詞が登場する。
「君の髪は金色だが僕のは灰色/君が草の上を歩くと干草に変わる/君の血は青くて目は赤い/僕の肉体は緊張しているけど神経は死んでいる」
ここでは、「君」は異星人か未来人であるかのような描写がなされている。筆者は未来人であるような気がするのだが。いずれにしても、こういったSF的歌詞というのは、"Who's
Next"で開花したのだろう。
「君に近づきたいのにそれが出来ない」という意味のコーラス・パートを挟んで、2ndヴァースが始まる。ここでは、君が僕を翻弄するまたは悩ましていることが唄われているのだが、例えば「君は僕の頭上に飛行機を飛ばす」という表現は、上記の「未来人の君」を受けているのだろう。
再びコーラス・パート(歌詞は変えてある)を挟んで、メロディがメジャー調からマイナー調に変わる。ここでは、「かつて一瞬、君の無防備な心に触れた/指と指とが触れ合って/僕の心は二人を引き裂いた」と唄われるのだが、ピートにしては珍しくセンチメンタルな表現である。
ジョンの作品で、Medacというニキビ治療薬のCMソングである。ヘンリーという少年が「黄色ジジイ」と呼ばれてからかわれ、医者の治療も無駄に終わったある日、Medacを見付け、縫ってみたら赤ん坊の尻のような顔になったというストーリーなのだが、弱い毒のあるユーモアや流麗とは言いがたいメロディはジョンらしい。もちろん、CMソングとしては非常に面白いし良い出来だと思う。
何と言ってもオルガンの音が耳に残る。これもM1と同様サイケデリック色が強い曲である。リード・ボーカルはロジャーとピートが分け合っている。
歌詞の大意は「問題なんか脇に置いてリラックスしようよ」なのだが、実に意外だ。ピートはリラックスとは最も縁の遠いミュージシャンではなかったか。ミハー・ババの弟子あたりから諭されたのだろうか(ミハー・ババ自身は何も語らないのが信条である)。
ジョンの作品で、これまでの2曲とは違いCMソングという体裁ではない。歌詞はケチなサイラス(守銭奴というよりは度の過ぎた倹約家)という男に関する昔話であるが、メロディも何となくだが昔を思わせるものがある。そして、話のオチも昔話風である。サイラスはいつも錠付きの箱に金を入れて持ち歩いていたのだが、誰かに言われて(人間とは唄われていないので、神かもしれないし悪魔かもしれない)、家の防犯設備を完全に整えたため、有り金を全て失ってしまったというのである。
アコースティック・ギターに乗せてピートが抑え気味に繊細に唄い上げる曲。間奏部では"Pinball Wizard", "I'm Free"などに似たコード進行(sus4とメジャーの繰り返し)が聞える他、とにかくピートのアコースティック・ギターは絶品である。メジャー調だが、歌詞の内容はどちらかといえば陰鬱である。朝日が昇ることは、一般に希望などのメタファーとして使われるが、この曲では彼女に素直になれないで絶望している様子が描かれている。
組曲形式で、一部は次作の"Tommy"でも使われている。曲間の繋ぎ方はスムーズである。イントロはファルセットによるコーラスで、そのまま1曲目へと入る。歌詞は、ラエルlへの愛国心旺盛らしき者が主人である。彼は、何百万人もの中国人が国境を超えてラエルに押し寄せ、その結果国が無茶苦茶にされることを憂い、船で帰国しようとする。文化大革命に対する嫌悪感があったのかもしれないが、この曲を今ラジオで流したら国際問題になってしまうだろう。
2曲目と3曲目は、主人公が船長に指示する場面である。ということは主人公は船長よりも格上ということになる。2曲目で主人公は、「私の合図によって、貴方は岸を目指してくれ」と言う。合図の具体的内容が3曲目にあるのだが、それは黄色い旗と赤い旗である。すなわち、黄色い旗ならば、主人公の敗北宣言であり、赤い旗ならば勝利宣言である。しかし、赤い旗は中国の国旗の色でもあるし、さっぱり分からない指示である。
4曲目(正確には5曲目か?)はコーダとでも呼ぶべきもので、
"He's crazy if he thinks we're coming back again"
というフレーズが繰り返される。これも"he"が誰を指しているのか分からない。ピートもある時、「言葉を削りすぎたから、この曲の歌詞は誰にも分からないんだ」と語っていたそうだが。