My Generation

 1stアルバム"My Generation"は1965年12月に英国で発売されている。当時の例に漏れず、他国盤は選曲やジャケットが異なる。現在英国盤は、プロデューサーのシェル・タルミーとの契約問題から唯一CD化、デジタル・リマスター化できないでいる。CDで入手できるのは、米国盤"The Who Sings My Generation"位だろうが、これも生産を打ち切ったという話を聞く。非常に残念なことである。

 このアルバムは、3曲のカバーと9曲のオリジナル(全てピート作詞作曲)から構成されている。1曲はインストである。全体的にR&Bの影響が強いが、そこはザ・フーのこと、アメリカのR&Bサウンドとは似ても似つかない、暴力的サウンドが展開されている。アメリカのR&Bの場合、エンジニアやプロデューサーが職人的だったためか、そのサウンドは結構洗練されている。しかし、このアルバムは、そうではない人達が関わったせいか、荒々しい。

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  1. Out In The Street
  2. I Don't Mind
  3. The Good's Gone
  4. La La La Lies
  5. Much Too Much
  6. My Generation
  7. The Kids Are Alright
  8. Please Please Please
  9. It's Not True
 10. I'm A Man
 11. A Legal Matter
 12. The Ox

米国盤では、"I'm A Man"の代わりに"Instant Party (Circles)"を収録。

 

Out In The Street

 "Out In the Street"は、男が女をナンパする歌である。強い男の印象があるが、これはMaximum R&Bという当時のキャッチコピーそのままである。後のピートの作風とは全く異なる部類に属するものであろう。"Hey Woman, listen"などはその典型である。

 

The Good's Gone

 タイトル通り「いいことは去ってしまった」、すなわち冷えた男女関係を唄ったものである。ピートの作った歌詞としては、わりとストレートな表現に終始している。
 ピートのイントロでのギターとロジャーのボーカルが、この曲の魅力を倍増している。

 

La La La lies

 主人公が「君」が嘘をつきまくっていたことに気付き、告発する場面を唄っている。「僕」と「君」との関係は明らかにされていないが、前の彼女である可能性が高い。二人の関係に「宝石のような目をした女の子」が入ってきて僕の目が覚め、「君」が言ってきたことは全て嘘であり、「僕」を傷付けていたことに気付いた、という設定なのだろう。
 中盤では、「僕に彼女が出来、二人して強くなる」というフレーズが出てくる。ここに登場する「彼女」とは前記の女の子としか考えられない。二人が親密な関係を築くことによって、「君」に対して精神的な絶縁宣言をしているのであろう。
 ところが、すぐ先のフレーズでは、
「君が気を悪くすることを僕は望んでいない君の笑う姿を見たいだけ」、前言を撤回するような言いまわしになる。まるで辻褄が合わないように思えるが、そうではない。更に1行後に、
「君が僕を狂わせるなんて思いもしなかった」
というフレーズが出てくることからして、「君が笑う」という言葉には悪意が込められていると思えるのである。「ひきつった笑い」あるいはその類を想像すればよいだろう。

 

Much too much

 男の方から女への別れ話の曲である。これもブルーズからの影響が窺える。別れたい理由は、自分にとって彼女が重荷と感じるから、と唄っている。また2ndヴァースでは、「また会いたい」などと言ってみたり、最後で「君への関心が薄れた」と唄っている。何だか、相手を傷付けまいとして、結局は傷付けているような歌詞である。

 

My Generation

 あまりにも有名な曲である。もちろんThe Whoの代表曲の一つであることは疑いの余地が無いだろう。60年代のライブでは、好例の楽器破壊パフォーマンスによって締めくくられていたことが多い。もちろん、例外もある。
 この曲ではなんといっても、ジョンのベース奏法が特筆される。普通ならギターのパートであるだろうが、それをベースで弾いているのだ。リード・ベースの走りと言える。ベース音が抜けてしまうと、なんとも閉まりの無いサウンドになってしまうものだが(ドアーズはベースレスだが、あれは例外中の例外ではないか)、ベース音はそれ程はっきり聞える代物ではないのが通常である。しかし、ここでのジョンのベースは目立ちに目立っている。
もしもジョンの指が細かったら、ロック界はどうなっていただろうか?
 ボーカルが入っているパートでは、ピート、ジョン、キースによるアンサンブルは、「音の締め方」が素晴らしい。荒々しい音から急転して残響音もしくは無音に移るのである。このコントラストが縦ノリのグルーブ感を更に際だったものにしている。
 後半はギター、ベース、ドラムによるインストである。ピートのギターはフィードバック奏法であるが、ハウリングをコントロールしている点はいまだに新鮮に響く。

 次に歌詞の方を見てみる。全体として、言葉を極端に削っているためか、具体的な行動については全く描写していない。形式面からはそれほど新しいものとは言えないだろうが、以降の難解な歌詞とは異なり、大まかな意味はすぐに掴めるような気がする。

(1)みんなが俺達を倒そうとする
(2)俺達が目立つからって、ただそれだけの理由からさ
(3)奴等がすることは、恐ろしくて冷たくみえる

 ここでの「みんな」とは、大人達のことである。それに対峙する存在として「俺達」が灰されている。若者達が目立つから、それを大人達は排斥したがる(当然、それは「俺達」にとっては、恐ろしく冷たい態度にみえる)のだが、ここで重要なのは"just"という単語である。「ただそれだけのことなのに」という、意味合いを込めている。

(4)俺は年取る前に死にたいよ

 続くこのフレーズは、「ああいう大人にはなりたくないよ」という宣言である。それを敢えて「年取る前に死にたい」と唄うことによって、インパクトを与えたかったのかもしれない。どうも、ピートには、挑発的な言葉を発することによって物議をかもし出そうとする傾向が強いからだ(もちろん、若気の至りであることも否定できないが)。

(5)これが俺の世代なんだ

 いままで"we"を使ってきたのに、ここで何故、"my"という単数形になるのか。
このことを指摘した文章に、残念ながらお目にかかったことはない。"our"でも
リズムに乗せることは出来るではないか。ただし、音の響きとしては、"
my"の方が
よりアクセントが強いので、こちらを選んだのかもしれない。

(6)何故、あんたらみんな消えないんだ?

 "you"は主人公から見た大人達を指している。このフレーズは「みんな消えちまえ」と訳しても良いが、それでは原文のニュアンスが出しにくい

(7)俺達が言うこと全てを理解しようとするな
(8)別に俺は大きな衝撃を起こそうとしているんじゃないんだ
(9)俺の世代について言っているだけなんだ

 続いて、「俺達が言うこと全てを理解することなんて不可能なんだから」という意味の一節が来る。世代間断絶が存在することへの確たる認識である。そして、「大きな衝撃を起こそうとはしていない/俺の世代について言っているんだ」と自己弁明をしている。大人達の目からすれば、自分達の権威への反逆と映る自分たちの姿。対して、単に自己主張しているだけなのに、まるで反逆者のような扱いを何故するんだ、そういった疑問が投げかけられる。
 3行に渡って、世代間断絶がまぎれもなく存在すること、それに対する疑問や葛藤が唄われる。ここで重要な点は、何も世代間断絶を容認しているのではないことである。
 
 長々と解説を試みたが、結局この歌詞全体を通して見てみれば、大人への反逆宣言ではないと思える。だからといって、大人に妥協する意思表明でもない。世代間の断絶をはっきり認識しつつも、何処かで接点があるのではないかと、もがく姿がそこに見受けられるのである。

 なお、クリス・チャールズワース著の「ザ・フー全曲解説」では、「ビートルズもローリング・ストーンズもこの頃にはラブソングばかり書いていた」という下りは、明らかにひいきの引き倒しだろう。当時、ビートルズは"A Hard days Night"や"Help"、ストーンズは"Satisfaction"や"Get Off Of My Cloud"といったラブソングではない歌詞も書いているのだから。

 

The Kids Are Alright

 アルバム中、最もメロディアスな曲である。コーラスを含め、ビートルズやビーチ・ボーイズからの影響が窺えることからして、キースは相当気に入っていたのではないだろうか。タイトルもThe Whoの精神的基盤とみなされており、これも代表曲と言える。しかし、シングルA面になったことが無いためか、ベスト盤に収められるケースが少ない。残念なことである。同様にライブ・ビデオも公式盤では見たことがない。
 サウンド面ではピートの単音バッキングが秀逸である。これは対位法の一種なのか。筆者には分からないことだが。

 次に歌詞について見てみる。まず、1stヴァースを載せる。

僕の彼女が他の男達と踊っていたって気にしない
あいつらお似合いだって分かっている
でも時々思うんだ、僕もスポットライトを浴びなければとね
彼女を置き去りにすべきなんだ
ガキどもにとっては、それでいいんだ

 主人公は、"Out In The Street"でのそれとはまるで異なるキャラクターの持ち主である。伝統的規範からすれば随分情けない男であるが、これこそがピートらしさであると断言したい。"I Can't Explain"を引き継ぐ歌詞と言えるだろう。
 問題は最後の1行"With The Kids Are Alright"である。以前筆者は、これを「僕にとってはそれでいいんだ」という意味だと思いこんでいた。しかし、"The "Kids"と複数形であることからして、「他の男達にとってはそれでいいんだ」という意味に取るのが正しいのではないか、とも思えてきたのである。いずれにしても、捨てゼリフ調であり、ある種開き直りであるから、どちらの意味にとっても、大差無いような気がする。

僕が去れば、彼女にとって良い方向に向かうだろう
計画を立てたさ、でも彼女の家族が彼女を行かせてくれないだろうな

 調子が変わって出てくるのが、この2行である。ここまでの歌詞を読む限りでは、他の男達と主人公とは単なるライバル同士だろうと推測してしまう。しかしここに至って、彼女の家族はどうも主人公との交際に反対であることが、仄めかされる。階級制度に関係のあることなのだろうか。

 

It's not true

 自分にまつわる様々な悪い噂について、「それらは全て真実ではない」と否定する歌である。噂の具体例は全部で7件挙げられている。「獄中に居たことがある」だの「父親を殺した」といった例は確かに悪い噂であるが、「結婚していたことがある」、「11人の子供をもうけた」だの「バグダットで生まれた」と云った噂はどうなのだろうか。主人公がポップ・スターならば悪い噂にも成り得るが、しかし、どちらであっても、額面通り受け取れば差別的でもある。その一方、差別的な事柄を敢えて唄うことが、逆説的に差別を糾弾することになる、という面もある。もっとも、当時のピートが後者の考えに自覚的だったとは思えないのだが。
 あるいは、この歌はゴシップ新聞(ザ・サンか)そのものへの批判、その記事を安直に信じ込む人への批判という読み方も出来るだろう。

 

A Legal Matter

 これも男から女への別れ話の曲である。「法的問題」とは突き放した言い方であるが、この二人は既に結婚していて、別れるのは「法律上の手続きの問題だけだ」と言いたいのだろう。その別れたい理由であるが、中盤までは、「気が変わった」だの「嫌になった」と唄っている。最後になっても、
「1日中オオフィスで働いて、君の為に金を持って来るだけなんてことは嫌だ」
と唄うだけである。その一方で、「君を泣かせたくはない」とも唄っているが、「法的問題だ」と言っているのだから、相手の女を傷付けていることにならないだろうか。
 これだけ書くと、道徳面からこの歌詞を批評している様に思われてしまうが、真意はそこにはない。むしろ、ブルーズ的な歌詞から脱却を図り、「法的問題」という言葉を選んだこと、つまり離婚をロックソングのテーマとして扱ったことに目新しさを感じるし、そのドライな視点をについても新しく思える。
 もっともこの曲はピート自身を唄ったものではない。一説にはロジャーのプライベートな出来事に触発されて作った曲とも言われているが(だからこそピートがボーカルを担当しているのだとも言われている)、真相はどうなのだろうか。

<訂正>

 上記の解説において、「二人は既に結婚していて」は、「二人は婚約していて」の間違いであろう。理由は、歌詞中に「ウェディング・ドレス」というのがあるからである。よって、「離婚」ではなく婚約破棄または不履行ということになろう。

 

The Ox

 インストゥルメンタル曲。ピート、ジョン、キースにピアノでニッキー・ホプキンスが加わっている。ホプキンスのピアノはちょっとロックンロール調であるが、全体としては暴力的なロックサウンドに仕上がっている。この当時ボーカル無しで聞き手を惹き付けるということが、同世代の他のロックバンドに出来ただろうか?

 


Instant Party(Circles)

 この曲のタイトルの問題については、諸説あるようだ。契約問題説然り、レコード会社の勘違い説しかりである。
 彼女と別れた男が、紆余曲折のあげくに、「彼女の元に戻りたい」と願う気持ちを唄った曲である。"Circles"や"round and round・・・"といった表現に、「色々な経験をしたが、君が1番だ」という意味が込められているように思える。ピートにしては珍しく「胎内回帰願望」が歌詞に入っているような印象がある。