Teenage Fanclub "Grand Prix"
01. About You
02. Sparky's Dream
03. Mellow Doubt
04. Don't Look Back
05. Verisimilitude
06. Neil Jung
07. Tears
08. Discolite
09. Say No
10. Going Places
11. I'll Make It Clear
12. I Gotta Know
13. Hardcore/Ballad
ティーンエイジ・ファンクラブのアルバムからベストを選ぶとしたら。そう自問してみると、迷ってしまう。「バンドワゴネスク」と「グランプリ」の2枚に絞り込むところまでは行くのだが、1枚を選ぶのが難しい。どちらも筆者に衝撃を与えたという点では、甲乙付け難いからである。だが、一寸冷静になってみると、音楽的完成度や楽曲の出来という点から見れば、後者の「グランプリ」の方に分があると思う。そこでここでは「グランプリ」を取り上げるとする。
本作は1995年に発表されている。レコーディングは前年に行われたようだが、その前に、ティーンエイジ・ファンクラブにとって2回目の転機が訪れている(1回目は「バンドワゴネスク」のプロデューサーだったドン・フレミングとの出会いである)。それは、ドラマーの交代である。前のドラマーだったブレンダン・オハレ(その後「モグワイ」にも参加したことがある)は、実質上クビになり、元スープ・ドラゴンズのポール・クィンが新ドラマーとして参加することになったのである。このドラマー交代の話を聞いたときは非常に不安であった。そもそも、ポップ・バンドのドラマーが代わるというのは、大きなリスクを伴うからだ。
だが、本作を聞けば、そんな心配をするだけ無駄であったことが分かる。このドラマー交代は正解であったことは間違い無いだろう。前任者に比べて無茶なところは少なく、安定したプレイをしている。しかも、ダイナミズムが後退したわけでもない。
さて、ティーンエイジ・ファンクラブの特徴といえば、ドラマー以外の3人(ノーマン・ブレイク、レイモンド・マッギンリィ、ジェラルド・ラブ)がそれぞれ曲を書き、リード・ボーカルを取るということだろう。しかも、本作でも、ノーマンが5曲、レイモンドが4曲、ジェラルドが4曲、とほぼ均等に収録されている。普通、こういった平等主義は、バンドにとって何ら利益をもたらさないものだが、このバンドに限っては違うようだ。お互いが厳しい審査員となっているのだろう。ただし、こうまで均等な割り振りを長年に渡って続ける(最新作「ハウディ!」でも均等割り振りは守られている)には、何らかの妥協をしていることも間違い無いだろう。
では、本作の特徴に入ることとする。楽曲の良さは前から定評があったバンドだが、本作では、更に良くなっている。前作までは、お遊びとも言える曲があったのだが、本作には、厳しい目で見ても「駄曲」と呼べるものが無い。
だが、それ以上に唸らされるのは、サウンド面での躍進である。エレクトリック・ギターの音は、確かにノイジーなのだが、ナチュラルなディストーションが殆どであり、耳や脳を破壊するような音色ではない。むしろ、親和力のあるサウンドと言える。恐らく、相当質の良い真空管アンプを使ったのであろう。この指向性は、当時問題になり始めた、「やかましい音ならオルタナティヴ・ロックだ」という倒錯した風潮へのアンチと取れなくはない。
また、アコースティック・ギターに関しても、一音一音がクリアーに分離されているし、パーカッションやピアノの音も同様である。つまり、楽器一つ一つが出すトーンを実に丁寧に録音して行ったということなのだろう。これは、共同プロデュ−サーの功績であることは間違い無い。
もう一点、ボーカルについて述べておく。リード・ボーカルはお世辞にも上手いとは言えないが(逆に、そのアマチュアっぽさが彼らの魅力でもあるのだが)、コーラス・ワークは今まで以上に洗練され、完成度が高い。
結局本作は、前々作の「バンドワゴネスク」の生々しさの上に、完成度の高いポップ・ミュージックを構築しようと試みて、見事成功した作品だと位置付けられると思う。裏を返せば、前作「サーティーン」で試みようとした、成熟したポップ・ミュージックが、結果としては「行き過ぎ」になってしまったことへの反省から、本作は生まれたとも言える(個人的には、「サーティーン」が失敗作だとは思っていないが)。
以上、主としてサウンド面を中心に述べたが、歌詞の方はどうであろうか。「バンドワゴネスク」において、既に「ザ・コンセプト」だの「イズ・ディス・ミュージック?」といった、音楽業界を皮肉ったタイトルの曲を作っていた彼らだが、そういった「アイロニカルなユーモア精神」は、本作でも発揮されている。本当は英語詞を読んだ方が良いのだろうが、惜しいことに、裏ジャケットに印刷された英語詞は非常に読みにくいのである。
それでは、各曲毎に見て行く。
M1は、アルバムの冒頭を飾る曲として、周到に選ばれている。イントロの"Ah, ah, ah"というコーラスから、ドラムが入りこんでくるところなど、まさに計算された作りである。ティーンエイジ・ファンクラブに関し、ナチュラルさが良いと称賛する向きがあるが、この評価は、アティテュードと音楽とを混同しているとしか思えない。彼らのアルバムは、きちっと計算された上で制作されているのである。
M2は、ジェラルドの作品であるせいか、ベースがキーとなったアレンジになっている。ギターの音はいかにも「アナログ」である。ドラムにもたつきが感じられるのが、一寸難かもしれない。
M3は、シングル・カットされた曲であり、男女の別れを歌詞にしたように見せて、実は前年に自殺したカート・コバーンのことを唄っているようだ。ノーマンの作品である。前の2曲が明るい曲調であったのに、これは、一転してフォーク調の静かな曲にである。パーカッションは現代R&Bに近い音作りだが、これは不思議だ。彼らは60年代のソウルは好きらしいが、現代のR&Bを好んでいるとは思えないからだ。とはいえ、アコースティック・ギターと現代R&B風パーカッションの組合せという手法自体は、大変素晴らしい。
M4は、「バンドワゴネスク」を思わせるようなノイジーなギターが特徴の曲である。そういえば、「バンドワゴネスク」は、ジェラルドの曲が一番光っていたアルバムであり、この曲もジェラルド作品だ。
M5は、キーボードとベースを主体としたアレンジの曲。タンバリンも使われている(初期バーズへのオマージュ?)。
タイトルは「本当らしさ」という意味だが、歌詞中でも「アティテュードなんか必要無い/反抗なんて陳腐なもの/ヴァースが格好良いことだけを願っている」というフレーズがある。これが、つまり当時流行りだったポップ・ミュージックに対する彼らの意見表明なのだろう。だが、そもそも、アティテュード無しのミュージシャンというのは、語義矛盾である。つまり、ここでの作者の意図は、「アティチュードが楽曲よりも注目されるような状態は間違いだ」、ということなのだろう。というのは、アティテュードは、表面的には取り繕えるからであり、パブリック・イメージでしかないからだ。
M6は、イントロを聞くだけでノスタルジックな気分になれそうな曲である。これもノーマン作品であって、M3に続いて暗めの曲調だ。
ところで、ノーマンはタイトル曲で遊ぶのがことの他好きなようだ。前作でも、「キャベツ」だの「ノーマン3」といった、おふざけタイトル曲をアルバムに入れていたが、ここでも、「ニール・ユング」というおふざけを披露している。もちろん、ニール・ヤングのことが頭にあったようだが、「ユング」については、精神分析学者のカール・ユングに引っ掛けてあるのだろうか。ライナーノーツとインタビューで違ったことを答えているので、真相は不明だ。
M7もノーマンの曲である。ピアノの独奏で始まるスロー・バラード。後にストリングスやトランペットが加わるが、特にトランペットの使用は、70年代ソウルあたりからの影響かなと思える。 だが、そういったメロウな雰囲気の中で唯一異端と言えるのが、ギターのコード・カッティングの音である。このアンバランスな音を選択した理由は何なのだろうか。
M8は、明るくポップな曲である。シングル・カットするのにもって来いの曲と言ってもいいだろう。特にコーラスワークが素晴らしい。
歌詞は、スターらしき彼女(大スターではなさそうだ)へのプロポーズを唄ったもののようだ。確かに、ラブソングではあるのだが、少しだけ深読みしてみると、ここでの彼女は業界主導の、底の浅いスターに設定されているようだ。つまり、この曲でも「アンチ業界」が唄われているようなのである。
M9は、アコースティック・ギターが主体の曲である。テンポはスローでありながら、ベースがしっかりグルーブ感を維持している。これも、ソウルに通じるところであろう。エンディング近くでのギターの音は一寸妙だ。
M10は、M4と同様に「バンドワゴネスク」を思わせる曲である。やはりジェラルドの作品だ。ただ、コーラスワークはさすがに「バンドワゴネスク」よりも緻密だし、ギターやマンドリンの音も「バンドワゴネスク」よりも緻密である。
歌詞は、売上げと言う面で逆風が吹いていた彼ら自身のことを唄ったもののようだ。「僕には正確なビートも無いし」というのは、打ち込み主導のダンス・ミュージックのことを指しているし、「ぴったりの居場所も無いんだ」というのは、業界での居場所がないことを表している、と考えられる。そういったことに対し、ここでは「この雨は続かない気がする」と反論しているのである。要するに、「流行なんて儚いものだから、気にしても無駄だ」、ということである。
M11は、もしかしたら本作中での最高曲と言えるかもしれない。ただし、サビメロやコーラスがあまりにもビートルズ風であり、これは評価が分かれるであろう。個人的には問題無しだと思うが。
M12は、ギターのカッティングとベースのコンビネーションが良い。ただし、個人的にはボーカル・メロディがダラダラ気味に聞こえなくも無い。その代わりなのか、ギター・ソロでは、ティーンエイジ・ファンクラブらしからぬフレーズが聞けたりする(ピッキング・ハーモニクスなんて、この人達がやるとは思えないんだが)。
最終曲のM13は、タイトル通りハードコアとバラードを合体させて1曲にしている。当時のヒットチャートへのからかいという目的が多分にあるのだろう。だが、そういう面を抜きにしても、楽しめる曲だと思う。
歌詞は友人との関係を唄ったもので、極めて簡潔だ。ただ、「君のものが僕のものであるように/僕のものは君のもの」という歌詞は、ナイーブ過ぎる感があるが。
(2001-7-27)