ザ・スピンドルス 「スピンドルスのすべて」

 

01. コーヒー
02. コール・ミー
03. 青い鳥
04. ホールド・オン・・・!
05. デビル
06. クローバー
07. オレンジ
08. K
09. 忘れないで、ベイビー
10. 涙はいらない
11. ストーミー
(M2だけカバー作品、他はオリジナルである)

 

 ザ・スピンドルスは、関西を中心に活動している3ピースバンドであり、今年(2002年)発表された本作「スピンドルスのすべて」がデビュー・アルバムになる。

 筆者が彼らを知ったのは、TVKの「ミュートマ・ジャパン」で紹介されたのがきっかけである。そこでは、シングル「クローバー」のプロモーション・ビデオと伴に、「関西GSシーン」という紹介テロップが流れた。なるほど、ビデオの映像、そして登場するメンバーのルックスも1970年代初期をなぞったものであった。

 曲や演奏が気に入った筆者は、アルバムにまで手を伸ばした次第である。作を通して聴いてみると、確かに1960年代のブリティッシュR&Bや日本のGS、そして、これはあまり語られていないことだが、黒人ファンクをベースとした音楽であることが再確認できた。

 例えば、M1で聴けるような、あまりリバーブをかけていないギター・サウンドは、デッカ時代のキース・リチャーズを連想させる。M9のギターソロに至っては、癖までキースに似ている。また、全編に渡って聴けるトレブル・サウンド中心のベースやフィル・イン多用のドラミングは、ザ・フーのリズム隊を連想させる。他にも、ニッキー・ホプキンスもしくはジャック・ニッチェ風のピアノ、あるいはオルガン、ホーンの使い方にしても、60年代のブリティッシュR&Bの薫りが強い。一方、M5で聴けるボーカルは、明かに日本のフォークやGSの影響下にあるし、M1、M2、M4ではファンクの要素が強い。

 では、彼らは「60年代〜70年代初頭への憧れだけで本作を制作したのであろうか。」 これに答えることは難しい。その例を二つ挙げよう。

 1つ目はM5である。この曲のイントロはサイケ調のギター・サウンドなのだが、曲そのものは60年代後期のサイケデリック・ロックとは程遠い感触がある。60年代のサイケデリック・ロックは、ドラッグによる意識拡大が重要テーマであったが、M5はどちらかと言うと、ポップでありパーティ音楽風である(敢えて例を挙げれば、ライドの2ndが思い浮かぶが)。

 2つ目はM10である。この曲は、目の前の観客に向かって演奏しているという感覚が特に強い。70年代以降のスタジアム・ロックとは趣が相当異なるのである。70年代以降の肥大化したロックへの批判と取れなくも無い。一方で、本作のサウンドはインディーズ・ロックやロー・ファイとも異なっている。サウンド自体はクリーンだし、立体的だ。

 つまり、本作を批評的に聴いた場合、明解な解答を出せないのである。ブリティッシュR&Bやファンク、そしてGSへの憧れは強そうだが、単なる模倣ではないからだ。

 だが、そういった評論家的な物言いこそ、間違っているのかもしれない。実際、本作の魅力は、何よりも聴いていて楽しい点にある。音や歌詞に遊びの要素が結構入っているのだが、これはメッセージ性や攻撃性よりも、まずは楽しめる音楽を目指した結果なのだろう(音での遊びという点では、M9のエンディングがまるでJBという例が挙げられる。

 とはいえ、深読みをすれば、何かを伝えない歌詞というのは、他人に言葉の意味が伝わることへの懐疑心から来ているのかもしれない。この点は判断を留保するしかないのだが。

 また、アルバム・タイトルと曲名を日本語と英語で併記するというのも、洒落っ気なのか、本気なのか判断つきかねる点である。かつて、洋楽には相当な割合で独自の邦題が付けられていたが、その時代への憧れにも取れるし、そういう風に考えた人を「引っ掛かった」といって面白がるためかもしれない。

 どうにも取り留めの無い文章になってしまった。見方によっては、意地悪な作品である。

 

(2002-3-20)

 

 

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