Radiohead "Hail To The Thief"

 

01. 2+2=5 (The Lukewarm.)
02. Sit Down. Stand Up.  (Snakes & Ladders.)
03. Sail To The Moon.   (Brush the Cobwebs out of the Sky.)
04. Backdrifts.   (Honeymoon is Over.)
05. Go to Sleep.   (Little Man being  Erased.)
06. Where I End and You Begin.  (The Sky is Falling in.)
07. We suck Young Blood.   (Your Time is up.)
08. The Gloaming.    (Softely OPen our Months in the Gold.)
09. There there   (THe Boney King of Nowhere.)
10. I Will.    (No man's Land.)
11. A Punchup at a Wedding. (No no no no no no no no.)
12. Myxomatosis.   (Judge, Jury & Executioner.)
13. Scatterbrain.   (As Dead as Leaves.)
14. A Wolf at the door.  (It Girl. Rag Doll.)

 

  レディオヘッドは、「キッドA」、そして「キッドA」"と双子のようなアルバム「アムジーニアック」を発表した後、一体どのような方向に向かうのか、レディオヘッドに関心を持つ者の多くは気がかりであったに違いない。あの2作は、プログラミングやコンピュータ上での編集を駆使して作り上げたアルバムであり、この路線を進む限りは、アイデア発信源であるトム・ヨークとジョニー・グリーンウッド2人のユニットと化してもおかしくはなかったのである。

 しかし、"Amnesiac"発表後の彼らはライブツアーに出たことにより、バンドとしての価値を再認識したのかもしれない。彼らの6作目のアルバムである本作「ヘイル・トゥ・ザ・シーフ」は、バンドメンバー同士の有機的なつながりが見出せる作品になっている。このこと(前2作との差異)は、曲そのものだけでなく、ジャケットに記載されたクレジットにおいても顕著である。前2作のジャケットには、何故だかメンバーの名前が載っていないのである。特に"Kid A"においてはそれが徹底しており、"Written by"といった表記すらない。それに対し、本作のクレジットにはメンバーの名前だけでなく担当した楽器も載っている。むしろ、こちらの方がバンドが制作したCDに付けるクレジットとして普通である。なお、プロデューサーは引き続きナイジェル・ゴドリッチが担当している。

 ところで、断っておかなければならないのは、彼らは過去に回帰したのではないということだ。本作はあくまでも、前2作を作ったバンドであるからこそ、生み出すことが出来たものなのである。それはリズム・セクションやバックの音を聴けば分かることだとは思うが。むしろ、今までのキャリアの集大成というのが最も的確な表現なのだろう

 本作は全14曲から構成されている。奇妙なのは、全ての曲に副題が付いていることだ。しかも英詞掲載部には副題しか付いていない。ところが、歌詞の一部が主題になっている曲は多いのに対して、副題と歌詞とが直接つながっている曲はないのである。副題は歌詞が出来上がる前の「仮タイトル」だったのだろうか。だとして も、あえて掲載する必然性が見当たらない。
 更に、各タイトルの終わりに、ピリオドが打たれているのも妙である。例外はM1の主題だけで、副題の終わりにもピリオドが打たれているのである。「まるで『モーニング娘。』じゃないか」、と突っ込みを入れたくもなる。

 これら14曲は、前半8曲と後半6曲とでは、聴いた印象が若干異なるように思える。前半は、プログラミングなしでは不可能と思われるリズム、細切れのメロディの反復、戦前のジャズやブルースに影響されたような曲などといった、これまでの作品の延長線上の作品として受け止められる。レディオヘッドに批判的な人に言わせれば、「観念だけで作っている音楽」とでも呼べばいいだろうか。一方後半は、観念よりも肉体性や直感性を優先させたような音楽である。M9やM12はR&B、ダンスといった音楽からの影響を受けているし、M10やM13は、一聴しただけで入り込めるような曲に仕上がっている。

 次に歌詞について述べる。"OK Computer"の解説でも書いたことだが、トム・ヨークの書く歌詞は、名詞多用形で脈絡がないという特徴があった。つまりは、頭に浮かんだ言葉をそのまま歌詞にしてしまうという「形式」である。それは"Kid A"で極値に達した。だが本作では、名詞だけでフレーズを構成している箇所は極めて少なく、動詞主体の歌詞が殆どである。むしろ、こちらの方が通常のポップ・ミュージックの歌詞である。したがって、観念が主なのではなく、感情や行動が主に置かれているように思えるのである。

 それにしても、「泥棒に万歳」なんてタイトル、これまでのレディオヘッドからすれば考えられないものである(多分にアイロニーなんだろうが)。


 それでは、各曲ごとの解説に入る。

 M1は、一瞬「OKコンピューター」を思い起こさせるようなイントロで始まる。メロディも復活している。ただし、打楽器はプログラミングによるもので、この点により、本作が「アムジーニアック以降」であることを納得させられる。次のM2もそうなのだが、エンディングは非常に唐突である。ファルセットで叫び続けるボーカルが聴けるが、これは決してハードロックでのそれとは異質であることは言うまでもなかろう。

 M2は、M1とは逆にメロディらしきメロディがなく、フレーズ反復中心の曲である。これも打楽器はプログラミング主体なのだが、途中からベースと生ドラムが入ってくる。前2作に入っていてもおかしくない曲だ。

 
 M3は、ピアノ主体の、最早レディオヘッド節と呼んでもおかしくないような、レクイエム調の曲である。ただし、前2作と比べると、肉体的感覚が増しているような気がする。


 M4は、逆回転テープのようなサウンドで幕を開ける。心臓の鼓動のようなリズムが聴けるが、これはエレクトロニカあるいはドラムンベースから影響されたのであろう。この曲の聴きどころは、良いメロディとそれに無関係に刻まれるリズムだと思う。この二つがおおきなうねりを生み出しているのである。


 M5は、2本のアコースティック・ギターをバックに、ボーカルが主旋律を唄い、ベースが対旋律を奏でる形になっており、一寸戦前ブルースっぽさを感じさせる。ギターの音色はいかにもナイジェル・ゴドリッチ好みに仕上がっている。
 トム・ヨークのボーカルは、ボブ・ディランやルー・リードを思わせるスタイルで、これは初めてのことではないか。


 M6は、ストーン・ローゼズの「フールズ・ゴ−ルド」や「僕の復活」を連想させるようなリズム・アレンジの曲である。アフリカの民俗音楽に源流があるパーカッション・スタイルという言い方も可能であろう。ローリング・ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」と聴き比べてみるのも面白いと思う。
 途中からリズム(特にドラム)は極端に複雑化している。


 M7は、ピアノをバックに唄うスタイルになっていて、寂しげなジャズ・バーでの演奏という雰囲気がピッタリである。複数の手によるハンド・久ラップは、観客によるものという設定なのだろう。イギリスのパブではそれが自然なスタイルなのだろうか?
 途中にテンポアップしたフレーズが挟み込まれているが、これは彼らの「業」としか思えない(そういう曲にしないではいられないということ)。


 M8は、エレクトロニカ風に始まる曲で、ポリリズムが基調となっている。ボーカル・メロディはポップだが、同じフレーズを反復を多用している。

 M9は、ドラムとベースによるストーンズのようなリズムと歪んだエレクトリック・ギターが加わっており、本作中では最も「ロック」的な曲である。逆に、レディオヘッドとしては、こういうスタイルは珍しい。

 
 M10
はギターをバックにしたバラード調の曲で、ファルセットのコーラスが印象深い。実にシンプルなアレンジだ。

 
 M11
は、ブルース・ロックっぽく始まる曲で、メロディも簡潔である。だが、ピアノがボーカルとは全くの不協和音を奏でているパートがあって、こういう一筋縄で行かない点が、レディオヘッドがレディオヘッドたる所以であろう。

 
 M12
は、人工的なリズムの曲で、近年のダンス・ミュージックに最も近いと言える。

 
 M13
は、M12に引き続き人工的なリズムの曲だが、メロディは「レディオヘッドお得意のもの」と言えるだろう。これも、ギターの音色はナイジェル・ゴドリッチ好みだと思う。

 
 M14
は、中期ビートルズっぽいギター・サウンドを特徴とする曲。トム・ヨークが低音だけで唄っているのは、非常に珍しい(記憶にない)。

 


 

 

 

(2003-7-26)

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