Pavement "Terror Twilight"
1. Spit On A Stranger
2. Folk Jam
3. You Are A Light
4. Cream OF Gold
5. Major Leagues
6. Platform Blues
7. Ann Don't Cry
8. Billie
9. Speak, See, Remember
10. The Hexx
11. ... And Carrot Rope
ペイブメントは1990年代前半にデビューした米国のバンドであり、本作"Terror Twilight"は彼等の5枚目のアルバムに当たる。発表は1999年である。タイトルを和訳すれば「恐怖の黄昏」であるが、前作が「コーナーを明るくする」というタイトルだっただけに、両者のつながりについて、つい考えてしまう。それは、黄昏時が時間帯としてはコーナーに当たるからだ。普通ならば4枚目が「恐怖で」、5枚目が「明るくする」となるのだろうが、それがペイブメントの中では逆になっている。いや、これはコーナーを曲がり角と解釈した場合のことである。コーナーを隅と解釈すれば、前作では光の当たらない所に光を当てようという意思の現れであり、一方本作は、「光がおぼろげに当たっている所こそが恐い場所なんだ」というメッセージだと解釈することも可能である。
(蛇足ながら、黄昏時に車を運転することは結構危険である)
さて、従来ペイブメントは「ローファイ」一派に属すると考えられてきた。「ローファイ」とは、制作費を極力抑え、ミストーンやハプニングをも積極的に音盤に刻んでしまう制作姿勢から来ており、当然のことながら音質は良くないし、演奏も上手くない。従って、商業的成功とは無縁の人達が出す音であり、「好きな人だけが聞いてくれればいいさ」という姿勢に貫かれている。
だが、ペイブメントは本当にローファイ・バンドなのだろうか。実際、一枚目を聞いた時には、筆者も呆れてしまった。ふざけているというか、何でこんな代物が日本盤として発売され、メディアが大々的に取り上げるのか、とさっぱり理解できなかった記憶がある。しかし、それも昔のことである。確かに、今でもボーカルのスティーヴ・マルクマスの歌唱は、お世辞にも上手いとは言えない。唄というよりは「つぶやき」に近い。だが、それを以ってバツ印を付けてしまったら、あのボブ・ディランはどうだろうか。ペイブメント本人達の意思とは無関係ではあるが、権威主義に対する異議申立てにもなっているのである。いずれにせよ、もうペイブメントを「ローファイ」の一言で片付けるのは無理というものである。
本作の制作過程は、前作までのそれと大きく異なっており、特に外部プロデューサーやミュージシャンの起用が特筆すべき点である。プロデューサーは、90年代後半において最も気鋭といえるナイジェル・ゴドリッチが担当している。ナイジェルの手掛けた作品の特徴として、エレクトリック・ギターのきらびやかな音色があるが、本作でもそれは充分な効果を上げていると思う。そしてナイジェルのつながりとして、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドも参加している(M6にてハーモニカ担当)。その他に、ハイラマズのドミニクがドラマーとして2曲(M5、M11)で叩いている。
上記の制作過程を経たためか、本作の音質は非常に良い。メジャーなCDしか聞かない人にとっても、とっつき易いと思う。かといって装飾過剰というのでも無い。これまでのペイブメントのアルバムと同様に、非常に個人的な手触りのするサウンドに仕上がっている。もちろんサウンドだけでなく、先に挙げたスティーヴのボーカル・スタイルやメロディ・ラインからも、その感覚は得られるはずである。一人で部屋にいる時にピッタリ来るアルバムと言えるだろう。
さて、歌詞について少しばかり言及しておく。ブラーのデーモン・アルバーンは、スティーヴのことを、「現代最高の詩人」と評したことがあるようだが、英文学の素養の無い筆者などが、スティーヴの書いた歌詞を読むと、「何のことやらさっぱり分からない」、というのが正直な感想である。日本盤には対訳が就いているが、それを読んでも分からないし。
では各曲について見て行くことにする。
M1"Spit
On A Stranger"は、先に挙げた「エレクトリック・ギターのきらびやかな音色」が特徴のスローな曲である。スティーヴのボーカルも昔のヨレヨレした唄い方ではないが、やはりペイブメント印の曲と断言して差し支えあるまい。
歌詞は、「君という赤の他人に唾することが出来ることが分かった」ということを唄ったものだが、その一方で「僕等は完璧なカップルだ」とも唄っており、微妙な人間関係を表現したものなのだろうか。もちろん、"stranger"と「他人」ではニュアンスが異なるので、このような意訳が正しいのか、甚だ疑問であるが。
M2"Folk
Jam"はイントロからしてキャッチーなミディアム・テンポ曲である。シングルカットするとなれば、この曲が選ばれると思う。バンジョーの使用は正解だと思う。途中でテンポアップし、ヴォコーダーを通したボーカルのパートが出てくるが、全く不自然ではない。
歌詞はタイトルからすれば、「民族がこんがらがった状況」について唄っているように思えるのだが。つまり、現代的なテーマを扱っているようなのである。
M3"You Are A Light"は、再びスローな曲である。メロディよりも音響に気を配った曲と言えるだろう。ブルースのインプロビゼーションにも通じるところがあると感じるのは、筆者だけであろうか。
M4"Cream
Of Gold"は、本作で初の暗い雰囲気の曲である。イントロのへビーなフレーズがサビメロのバックでも使われている。ドラムもフィル・インを入れたりして、ヘビーな雰囲気を強めている。かつてのペイブメントには無かったような曲である(と思うが)。
歌詞は「運命」のことについて唄っているようであり、何度も「時間は一方通行」という句が登場する。もう1つ何度も登場する句が「僕はベージュ色の夢を見ている」である。ベージュ色には「退屈な」という意味もあるそうで、となるとアメリカン・ドリームとは無縁の人について唄ったものということになるだろうか。確かに80年代〜90年代前半の米国では、このような感覚が蔓延しており、またそれがニルヴァーナやダイナソーJr.などの台頭を促したりもしたのだが、現在の好景気な米国というイメージには当てはまらないような気がする。いや、「好景気な米国」というのがごく一部での出来事であり、貧富の差の拡大という裏の現実を唄っているのではないだろうか。
M5"Major
Leagues"は、一転して穏やかな曲で、ささやくようなボーカルが特徴である。ギターのアルペジオは単純だが、非常に良い。エンディングはまるでTVゲームのようである。
歌詞では、何度も"bring on the major leagues"というフレーズが繰り返される。ここで、"mejor
leagues"という複数形になっている点は重要であろう。つまり、大資本の少数グループによる寡占状態を憂いているようなのである。別に、野球の大りーグが盛んになるとか、そんなことを言っているのではないのだ。
M6"Platform
Blues"は何度もテンポや曲調が変わる曲である。全体としてギターの音色を重視したアレンジになっている。途中、タイトル通りのブルースも挟まれている。また、右チャンネルにはアコースティック・ギターを配し、左チャンネルにエレクトリック・ギターを配するという手法は、インディーズというよりはメジャー的である。
歌詞は、前半は意味不明である。後半になって、「僕にはこの表層を登る権利がある/誰もが僕の顔を、そしてこの素晴らしい旗を見ている」という一節が登場し、タイトルの「壇上の憂鬱」とどうにかつながりを見出せるようになる。ところで、この一節のことを、「(狭い範囲ではあるが)スターとして持ち上げれられているペイブメント」について唄ったのだと解釈することは、深読みだろうか。
M7"Ann
Don't Cry"は、メロディというメロディはない、ラップ調の曲である。ベックに近いものを感じさせる。
この曲の歌詞も現代米国の問題点を扱っているようだ。例えばセブンイレブンというコンビニエンス・ストアを実名で出したり、「アメリカの心を持った少年達が再び銃の照準をロックする」といった下りが登場している。しかし、アンという名の女性をタイトルに使い、あたかもラブソングのように装っている点が何とも心憎い。
M8"Billie"は、フォークっぽいメロディを持った曲で、アコースティック・ギターがメイン楽器として使われている。両者の組み合わせは順当といえば順当であり、それだけでは全く面白みのないアレンジに鳴ってしまうが、途中にまるで騒音のようなパートが挟み込まれているため、単なるフォークから脱している。この辺りから日本の「くるり」は相当影響を受けているようだ。
歌詞は、タイトルのビリーについては冒頭で少し触れているのだが、その後はその名前が全く登場しなくなる。どちらかというと、力点は語り手の「僕」に置かれているようで、占い師の甘言に乗って成功したことを悔いているような内容である(と思えるのだが、当たっているのか、かなり心もとない)。
M9"Speak,
See, Remember"はカントリー・ブルースっぽい曲である。もちろん、1940年代以前の本来のカントリー・ブルースというのではなく、現代版のそれという意味においてであるが。後半はポップなメロディに変わり、最後はノイズの嵐で幕を閉じている。
歌詞は、M8とつながりがあるようで、「恐怖の黄昏/そこから抜け出すのは難しくなって行く」という下りが後半に登場する。アルバムタイトルは、この一節から取られたのだろう。人生のピークを終え、下りに差しかかったと自己認識している人のぼやきと取れなくも無い。その後、終盤では、ヤケクソな歌詞になっており、「開発をどんどんやれ/負債は誰かが埋めることになる」と唄っている。もちろん、スティーヴの思想がこの通りというのではなくて、体制への当て擦りであることは間違い無いと思う。
M10"The
Hexx"は、スローでメロディも起伏が乏しい曲である。ボーカルもつぶやきそのものだ。その一方で、ペイブメントらしからぬギター・ソロが入っており、筆者はこちらの方に魅力を感じる。ギター・ソロといっても早弾きを演っている訳ではないが、とても良いと思う。
歌詞は、言葉一つ一つの選び方としては本作中一番の出来であろう。何ともグロテスクである。しかし、その奥にあるメッセージ性については全くといって良いほど掴めないのである。
M11"...
And Carrot Rope"は、本作中一番明るいイントロで始まる。スティーヴとメンバーの誰かがボーカルの掛け合いをやっていて、ラフであるが、それ故かとても面白いものに感じられる。その上女性コーラスらしきものも聞ける。まるでR.E.Mのようでもある。
タイトルの、「ニンジンをぶら下げたロープ」というのは、歌詞中では語り手のスリルをかき立てるものとして扱われている。元々は馬を騙して走らせるための道具であるのだが、そんなまがい物でも必要悪であるということなのだろうか。でなければ、「これが現実だ」というシニカルかつユーモラスな発想である。例えば、昨今マスコミを騒がせているIT革命も「ニンジンをぶら下げたロープ」の1つであるのだろう。
だが、それよりも本曲中の歌詞でユーモアを感じるのは、最後の方に出てくる、「一寸したキリスト教の嘘/愛しい人の上に爆弾を落とすべきか議論しながら」という下りである。かつての米国だったら、放送禁止は間違い無いだろう。
(2000-8-12)