Muddy Waters His Best, 1947-1955
1. I Can't Be Satisfied
2. I Feel Like Going Home
3. Train Fare Blues
4. Rollin' And Tamblin', Part 1
5. Rollin' Stone
6. Louisiana Blues
7. Long Distance Call
8. Honey Bee
9. She Moves Me
10. Still A Fool
11. Standing Around Crying
12. Baby Please Don't Go
13. I Want You To Love Me
14. I'm Your Hoochie Coochie man
15. I Just Want To Make Love To You
16. I'm Ready
17. Young Fashioned Ways
18. Mannish Boy
19. Sugar Sweet
20. Trouble No More
多くのポップ・ミュージック・ファンにとって、ブルースという音楽はどの様なイメージを持たれているのだろうか。例えば、「古臭い」というイメージを持っている人も多いことだろう。あるいは、単調だとか、どれもこれも似たようなもの、といったイメージを持っている人も多いと思う。そのような主張には、理解できないこともない。実際、多くのブルース・ソングは、12小節で3コード(7thコードを含むが)という形式であり、そこから生み出される曲には、似たようなものが多くあることも否定できないと思う。その形式の単純さは、「聴いていて飽きる」ことにもつながって行くであろう。
また、「とっつきにくい」という印象を持っている人も多そうだ。これは、一つには、テレビやラジオで気軽に接することが出来ないこともその理由の1つであるが、同時に、熱狂的ブルース・ファンの勇み足のせいでもある。彼等は、本人にその気が無くても、「ブルースはそう簡単に理解できる音楽では無い」という印象を撒き散らしていることは否定できないと思う。だが、そんなことに囚われる必要はないであろう。誰だって最初は初心者なのだから。
しかし、今回取り上げるマディ・ウォーターズの場合、先に挙げた問題は殆ど無いと思う。筆者も全曲制覇したわけではないので、断言は出来ないのだが、ベスト盤やシングル集を聴く限り、「単調」だの「どれもこれも似たり寄ったり」ということは無いと思う(なお、マディ・ウォーターズが積極的にレコードを作っていた時代は1940年代後半から50年代半ばにかけてであり、当時はシングルが主体であったことは明記しておかねばならない。つまり、アルバムという概念が確立する前の時代の人だということである)。また、音楽的には、BBキングなどと比べて泥臭いのだが、とっつき易いことも特徴である。実際、R&Bチャートにも結構曲を送り込んだことからしても、これは筆者の偏見ではないと思う。
さて、マディ・ウォーターズというと、
(1)バンドとしてのブルースを成立させた、
(2)シカゴ・ブルースのスタイルを確立した、ということがよく言われてきた。(1)については、異論はない。元々ブルースはギター弾き語りというスタイルが圧倒的に多い。また、バックの演奏があったとしても、多くはメインのブルース・マンの引き立て役に徹していることが多い(BBキングとて、その要素が強い)。そこから脱却して、アンサンブルを重視したスタイルが可能であることを示した点は、マディ・ウォーターズの功績として一番に挙げるべきであろう。そこには、個人的なエゴを超えるとか、新しいことにトライするという姿勢が見られる。もちろん、「そんなことよりも、曲自体が素晴らしいのだ」という意見が出て当然ではあるが。
に、(2)についてはどうかというと、素直には肯定できないのである。シカゴ・ブルースを「バンドとしてのブルース」という意味に取るのならばいい。しかし、50年代のマディは、様々なアレンジにトライしているし、決して「スタイルを確立した」とは言えないと思う。
実は鍵を握る人物がいる。それはウィリー・ディクソンである。彼は、作曲者としてマディに曲を提供したり、恐らくはアレンジにも関わったりしていた人物である。「シカゴ・ブルース」と言った場合、むしろ、ウィリー・ディクソンの色が濃く出たものを指した方がベターではないかと思うのである。ところで、興味深いことに、ウィリー・ディクソンが関わったハウリン・ウルフのレコードを聞いてみると、明らかにハウリン・ウルフがウィリー・ディクソンに仕切られているのだが、マディの場合は相乗効果となって現れている。
もちろん、英国のロック・ミュージシャンに与えた影響については言うまでもないことだろう。両者に関連性が無ければ、そもそもこんな解説文を書いているはずがないのだ。
なお、断っておくことがある。筆者は音楽としてブルースは結構好きであるが、ブルースの歌詞についてはあまり好んでいない。「酒と女と」だとか、「男の中の男」という世界はどうしても好きになれないのだ。とはいえ、ブルースに描かれる男は、虚勢を張ったものが多く、本質的には脆くて情けないのだが。
では、CDについての解説に入る。ここで取り上げるのは、1997年に米国MCAで発売になったベスト盤である。これを取り上げた理由は、デジタル・リマスタリングされているからである。筆者は、以前から「ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ」というチェス・レーベルのオリジナル・アルバムを聴いていたが、いかんせん音質が悪かった。しかし、本作はデジタル・リマスタリングすることによって音質が格段に良くなっている。特に、ギターの音色の生々しさやバスドラの迫力は、聴いていて驚くほどだ。
また、本作では年代を追って曲が並べられており、マディの音楽的変遷をたどるのに好都合である。
1. I Can't Be Satisfied
タイトルから、ローリング・ストーンズの"(I Can't Get No) Satisfaction"を連想してしまうのは筆者だけであろうか。それはともかく、エレクトリック・ギター仕立てのカントリー・ブルースといった趣の曲である。楽器はギターとウッド・ベースだけのようだ。やはり、当時(1948年)は、まだまだマディが少年の頃から親しんできたブルースの影響下にあるようだ。とはいえ、リズムなどは明らかに農村向けではなく米国北部の都市の人々に聞かせることを意識した、洗練されたものになっていると思うし、うがった見方かもしれないが、ヒットを狙っているようでもある。それにしても、マディのボーカルは迫力があり生々しい。
なお、今回初めて気付いたのだが、バックに人の話し声らしき音が紛れこんでいる。これは何なのだろうか。
歌詞は、タイトル通り満たされない自分を唄ったものである。シカゴに移り住んだマディが直面した不条理が、この歌詞を作らせたのだろう。例えば、「南に帰りたい」とか「逮捕されたような気分だ」というのは、黒人に対する社会的抑圧がそのバックにあるのだろう(当時、黒人には公民権が与えられていなかった)。
また、この曲においては、歌詞の形式がカントリー・ブルースとは異なることを指摘しておきたい。カントリー・ブルースでは、最初の8小節で同じ歌詞を2度繰り返すパターンが多いが、この曲には繰り返しの歌詞がない。カントリー・ブルースの場合、目の前の客に歌詞を覚えてもらうために、2度繰り返し唄う形式になったと推測しているが、それを踏襲しなかったということは、明らかにレコード化を前提として作られたということであろう。
2. I Feel Like Going Home
M1とは異なりスローテンポの曲である。この曲も、エレクトリック・ギター仕立てのカントリー・ブル−スと言って良いだろう。
タイトルは「家に帰りたい」であるが、「家」とは生まれ育った米国南部のことと考えて間違い無いだろう。
3. Train Fare Blues
M2以上にカントリー・ブルース色が強い曲。ロバート・ジョンソンを思わせるところがある。
4. Rollin' And Tamblin', Part 1
パーカッションを導入したせいか、カントリー・ブルースから脱却しようとする試みが感じられ、それはまあまあ成功していると言えるだろう。M1〜M3とはギター・カッティングの音色が違っている。
歌詞は、M1と異なり、2度繰り返す形式になっており、もしかしたら、以前に南部で唄われていた曲にマディが歌詞を付けたのかもしれない。内容は、自分がアルコール依存症であることを間接的に告白しているもののようだ。しかも、そのことを悔いているようなフシがある。
5. Rollin' Stone
この曲のタイトルから、ブライアン・ジョーンズが自身のバンド名を付けたことは、有名な話である。M1に近い雰囲気の曲なのだが、2台のギターを使っており、早くもアンサンブル主体のブルースの萌芽が感じられる。低音のパートはコード主体、高音のパートは裏メロ(?)を主に弾いている。ロバート・ジョンソンなら、1台のギターで演奏してしまうところだろうが、それだとどうしても限界がある(ジョンソンを批判しているのではないので、念のため)。もっとも、本当はマディもジョンソンのようにギターを弾きたかったのかもしれないが。
歌詞は、思い付くままに綴ったようなところがある。「俺はナマズになって、深く青い海を泳ぎ回りたい」だの、不倫のことだの、自分の母親が妊娠中から、「この子は根無し草になる」と言った、といったことが次々と出てくる。ただし、全く一貫性がない。
6. Louisiana Blues
この曲から、ソロではなくバンド形態での演奏になって行く。ハーモニカ(リトル・ウォルター)とドラムが演奏に加わっている。ただし、ドラムはまだまだ「添え物」程度でしかない。バンド形態になると伴に伴に、マディのボーカルに多少の変化がみられる。激しく唄うというよりは、じっくりと聴かせるようなスタイルになっているのだ。また、ギターも一歩引っ込んでおり、バンドとしてのまとまりを重視していることが分かる。
歌詞の大意は、ルイジアナ州のニュー・オーリンズに行って、「モジョ・ハンド」を手に入れたいということである。「モジョ・ハンド」とは、ヴードゥー教に関連した魔術のことらしく、その目的はモテるためのようだ。
7. Long Distance Call
一転して、ボーカルは以前のスタイルである。しかし、ギターはバンド内の一楽器に徹しており、マディのエゴ満開というのとは全く異なる。
この曲の歌詞も、2度繰り返す形式になっている。タイトル通り遠距離恋愛の歌だが、「お前の声を聞くと癒される」という下りは、ポップソングみたいだ。
8. Honey Bee
これは逆にギターの自己主張が激しいアンサンブルになっている。恐らく、試行錯誤を繰り返していたのだろう。自己主張が激しいとはいえ、2台のギターのアンサンブルが聴きどころであるし、特に片方のギターはピアノの代わりを務めているように思える。なお、クレジットによれば、片方のギターはリトル・ウォルターが弾いていたらしい。
9. She Moves Me
チェス・レーベルのオーナーであったレナード・チェスがドラムで加わっているが、バスドラの音がやたらとデカい。もしかしたら、オーナーの特権でこんなバランスになったのかもしれない。リトル・ウォルターのハーモニカのテクニックには感嘆するしかない。
10. Still A Fool
ヘヴィなバスドラとラウドなギターが特徴で、今までとは一寸毛色が違う。途中で若干のテンポのズレがあるが、意識的なのか、テンポが崩れているのか真相は不明である。私見としては、意識的なズレのような気がする。エンディングに至っては、明らかにテンポを変えようとしているのだろう。
この曲の歌詞も、大半が「満たされない自分」や「社会の不条理」について唄われている。後者は、2台の列車というメタファーを使って表現しており、黒人の社会的地位を向上させない体制が暗に批判されているような気もする。
ところで、こういった傾向の歌詞の場合、最後まで不満を唄うのが通常なのだが、この曲の最後では、「奴らは俺の彼女を良くないと言うけど、俺にとってはOKなんだ」という歌詞があり、たった1つとはいえ、自分を満足させてくれる存在があることが仄めかされている。ここで唄われている「彼女」とは、実在の女性と考えることも出来るが、それだけでなく、彼女=ブルース、であるとも解釈できると思う。要するに、レース・ミュージックとして白人からは蔑まれてきたブルースに、マディは誇りを持っているとの主張である。
11. Standing Around Crying
ジミー・ロジャースがギタリストとして参加しているが、比較的おとなしい。その一方でハーモニカは相変わらずド派手だが。ボーカル・スタイルに変化が見られ、ダミ声でシャウトするのではなく、粘っこく唄っている。
歌詞は恋愛感情が失せてしまった女性に対する恨み節だろうか。
12. Baby Please Don't Go
アイルランドのバンド、ゼム(ヴァン・モリソン在籍)がカバーしたことでも知られている曲。ゼムの方は若さに任せた荒々しさが魅力だが、マディのバージョンでは、余裕たっぷりの雰囲気が伝わってくる。それよりも重要な点は、リズムが平準な4拍子でなく、ビート感覚が備わった演奏になっていることだと思う。ブルースからリズム・アンド・ブルースへと黒人音楽の主流が変わって行く先駆けの曲なのではないか、と推測する。
歌詞は、タイトル通り、「ベイビー、行かないでくれよ」との哀願である。しかし、こんな歌詞を余裕たっぷりなスタイルで唄うって、ミスマッチのように思えるが。
13. I Want You To Love Me
オーティス・スパンがピアノで参加した曲。この後オーティス・スパンのピアノはマディのバンドにとって要となって行っている(と思う)。ただし、M15にべれば、まだ試行段階のアレンジだと言えよう。
14. I'm Your Hoochie Coochie man
マディの代名詞「フーチー・クーチー・マン」をタイトルにした、ウィリー・ディクソン名義の曲。ウィリー・ディクソンが関わったためか、演奏にまとまりがある。やはり、ウィリー・ディクソンは、良くも悪くもポップ・ミュージックの先駆者なのだろう。それはともかく、マディのシャウトの声量には、ただ感嘆してしまう。
「フーチー・クーチー」はスラングであり幾つかの意味を持っているそうだ。第一義としては「酒と女」を表し、1stヴァースではその意味で使われている。つまり、「俺は酒と女に溺れる男」ということである。しかも、それは運命だそうだ。第2義としては、「ヴードゥー教の伝道者または呪術師」だそうだが、2ndヴァースではその意味で使われている。他にも性を表す隠語の意味があるそうだが、ここでは、あからさまにその意味で使われてはいない。
15. I Just Want To Make Love To You
ローリング・ストーンズがカバーしたことで知られているが、こちらの方がずっと良いと思う。オーティス・スパンのピアノのイントロで幕を開けるこの曲は、完成度と言う点において、マディの残したレコードの中でも文句無くトップランクに位置するものだろう。「ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ」では1曲目に配されているが、それも至極当然である。おまけに、途中で転調するパートもあって、ブルース=単調という一般的認識を覆す例として格好の曲だ。
もちろん、ブルースは未完なところが魅力なんだ、という意見にも頷けなくは無いけど。なお、この曲もウィリー・ディクソン名義である。
歌詞は、ダイレクトかつ性急な求愛を唄ったものである。1stヴァースの「お前に奴隷になって欲しいわけじゃない」とか、2ndヴァースの「服を洗ってくれなくて良い/一緒に住んでくれなくて良い/お前の金が目当てじゃない」といった表現は、不器用さを感じさせる。こういった表現は、後のポップスやロックンロールの歌詞に受け継がれていると思うが、どうだろうか。
16. I'm Ready
これもウィリー・ディクソン名義の曲。これもアレンジの完成度は高いが、M15に比べると、洗練され過ぎかなとも思える。難しいところだ。なお、元々はマディ・ウォーターズのために書かれた曲では無いようである。
17. Young Fashioned Ways
そして更に洗練されたアレンジになったものがこれである。今までには感じられなかったスィング感がここにはある。ドラマーの交替が関連しているのかもしれない。ロックンロールの元祖として扱ってもおかしくない曲である。
18. Mannish Boy
ボ・ディドリーの「アイム・ア・マン」のメロディに別の歌詞を乗せたもの。再び平準な4拍子に戻っているが、ボ・ディドリー関連としては、意外である。声質のせいなのだろうが、ボ・ディドリーよりも迫力があり、「黒っぽい」。逆にいえば、ボ・ディドリーが英国ビートバンドに支持されたのは、チャック・ベリーと同じく、それほど黒くないからなのだろう。
歌詞は、「今朝は全てが順調だ」で始まる。「朝起きるとブルースが降って来た」で始まる、ブルースの決り文句とは正反対だ。確かに、タイトルからして、「少年だが中身は大人の男」なのだから、「全てが順調」と宣言してもおかしくはない。といっても、これが恵まれた白人ならば、わざわざこんなことを歌にする必要もないわけで、それをあえて歌詞にしたということが、黒人の悲惨な状況を物語っているとも言える。ただし、朝起きると云々
ほどの絶望感は無い。それは、この頃のマディの活動が順調だったことに関係しているのではないかと思う。
19. Sugar Sweet
M18と同年に制作された曲なのだが、雰囲気は全く違う。ピアノはロックンロール調だし。旧来のファンからはあまり歓迎されなかったと推測するが、これも時代の流れなのだろう。
20. Trouble No More
これは、ある意味で最もウィリー・ディクソン色の濃いアレンジかもしれない。M19もそうかもしれないが、マディのボーカルは円熟に達していると思う。特に、歌詞の発音が何故か格好良く聞こえる。
歌詞は、「女なんてもう要らない」と、恋愛に疲れた心境を唄ったもの。今までの歌詞とは正反対である。
(2000-12-24)