キセル 「近未来」

 

01. 近未来
02. 渚の国
03. 百年カレンダー
04. 春
05. ギンヤンマ
06. おに
07. 雪の降る頃  
08. ベガ
09. 風とくらげ
10. ピクニック
11. ハワイアン
12. ハッカ

 

 本作「近未来」は、キセルにとって2枚目のアルバムになる。キセルは、京都出身の辻村豪文、智晴の兄弟からなるユニットであり、本作では、殆どの曲において作詞作曲を辻村豪文が担当している(例外はM7の作曲だけ)。そればかりでなく、ボーカル、ギター、ドラムからシンセサイザー、プログラミングといった殆どの演奏を豪文が担当しており、智晴の方はあたかも「補い手」であるかのような印象がある。

 本作の収録の曲を、例えばTV備え付けのスピーカーのような安物オーディオ装置で聴くと、キセルのことをフォーク・グループの類と思ってしまうかもしれない。確かに、歌詞は外来語でさえも極端に少ない日本語で書かれているし、メロディはどこか懐かしく、テンポもスロー〜ミディアムなものばかりだ。

 だが、もう少し本格的なオーディオ装置で聴いてみると、上に挙げたことの他に、音響への気配りが非常に強いことが分かると思う。そして、キセルの真骨頂は、両者を融合した点にあるのだと、個人的には確信している。つまり、単なる70年代の焼き直しではなく、21世紀型の和風なポップ・ミュージックを創るユニットということである。

 このように書くと、ポストロックや音響派のバンドが連想されるのだが、それらとはまた少し方向性が違うような気がする。従来のメロディ志向の音楽を聴き慣れた者としては、ポストロックや音響派のバンドの音楽は、非常に敷居の高いものという印象がしてしまう。馴染むのに時間がかかるのだ(何故か、「キッドA」にはすぐに馴染めたけど)。

 それに対して、本作には比較的すんなりと馴染むことが出来た。これはひとえに、メロディが明解でキャッチーであることが大きいと思う。


 正直に告白すると、私の中では、キセルは「多くの若手音楽グループの一つでくるりの岸田繁がプロデュースで関わったことがある・・・」程度の認識でしかなかった。そんな筆者がアルバムまで買ったのは、先行シングルになったM5「ギンヤンマ」を、TVを通して何回か聴いたからであった。そうやって何回か聴くうちに、病み付きになって、CDにまで手を伸ばしたのである。

 そしてCDを聴いてみると、メロディあるいはボーカルの浮遊感よりは、トータルとしての音作りの面白さに興味が移った。非常に緻密に一音一音が創られていることが分かってきたのである。とはいえ、やはり本作の魅力は(くどいのだが)、今挙げた両者が見事に融合されている点にあると思う。

 次に、歌詞について述べる。ポップ・ミュージックの歌詞と言うと、その殆どは人間関係を扱ったものか、社会的な矛盾を扱ったものである(自己アイデンティティをテーマに据えた歌詞は、結局は、「人間は社会的動物」とも言われるように、対人関係や社会が裏に隠れている)。だが、本作における歌詞は、そういったものから少し外れているようだ。確かに、本作でも、「僕」、「君」という人称代名詞は何度も登場しているのだが、これらに重きが置かれているようには、全く思えない。むしろ、人間以外の名詞(句)から映像が浮かび上がってくるような歌詞になっている。しかも、その映像とは現代的な動画ではなく、動きの極端に少ない動画もしくは静止画のようである。このセンスは、あまたのポップ・ミュージックよりは、児童文学に比すべきものだと思う。先に筆者は、「メロディはどこか懐かしく」と書いたが、歌詞に対しても、どこか懐かしい感覚をおぼえるのである。そういえば、タイトルにしても同様だ。「ギンヤンマ」、「春」、「おに」、「雪の降る頃」、「風とくらげ」、「ピクニック」などは、そのまま童謡のタイトルにも使えそうだ。ただし、断っておかねばならないのは、歌詞中の言葉そのものは、児童文学的ではなく、大人向けではあることだが。

 
  それでは、印象の強かった曲を幾つか取り上げて解説する。

 M1は、アルバムタイトル曲。ここで唄われているのは、「近未来は循環した過去のよう」というおぼろげな感覚だと思う。そしてそれは、以降の曲にも連鎖しているのである。

 M5は、アルバム中一番の出来だと思う。アルバム発表直前にシングルカットしたのは、本人たちの自身の表れであろう。キャッチーなメロディももちろん良いが、イントロの不規則ドラム、間奏パートの音響はそれを上回る素晴らしさである。

 M6は、3拍子の曲。本作には、この他にもM11、M12と3拍子の曲が3曲も収められている。

 M7は、M1〜M6とは毛色が異なる曲。70年代の歌謡曲のようなギタ-・フレーズが使われたり、和製ブルース風のメロディを持っている。しかし、和製ブルース風のメロディの後には、強引と言えなくもないメロディ展開を見せたりしており、単なる懐古作品ではない。


 M8は、合唱隊のような女性コーラスが印象的である。その中の一人が倉橋ヨエコだとは・・・。 M7とのつながりを少し感じさせるゲストだ。それと、クレジットには「和太鼓プログラミング」と書かれているが、和太鼓の音色には近くないと思った。

 M9は、「くるり」のような曲と言ってしまえば、それまでだが。ボーカル・スタイルも岸田繁に似ている。エンディングに「フー・アー・ユー」のギター・トーンを見出してしまうのは、筆者の悪い癖であろうか。

 


 

 

(2003-1-13)

 

 

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