Jefferson Airplane "Surrealistic Pillow"
ジェファソン・エアプレインは、1960年代後半から1970年代前半にかけて活躍したサンフランシスコのバンドであり、サイケデリックあるいはヒッピー・カルチャーと伴に語られることが多い。しかし、何故だろうか、最近ネット上で話題になることも少ないようである。
本作は、1967年に発表された2枚目のアルバムである。と伴に、元グレイト・ソサエティのシンガーだったグレース・スリックが参加して制作された初のアルバムでもある。グレース・スリックという類稀なボーカリスト(ルックスも含む)が加わったことによって、本作がヒット作となったと言っても、過言ではあるまい。もちろん、売上げを抜きにしても名作である。
それにしても、タイトルの「超現実的枕」とは如何なる意味なのだろうか。恐らく、本作は、「超現実主義」ではなく、「現実から離れた夢を見ることが出来る枕」、という程度の意味なのだろう。多くの曲では、主人公が見た幻想や夢、あるいは未来社会について唄われているが、決して思想面を突出させたアルバムではない。むしろ、「現実を脇においてみようよ」程度なのである。
本作の魅力を要約すると以下の2点になるであろう。
(1)ボーカルの対比
マーティ・ベイリン、ポール・カントナー、グレース・スリックがボーカルを取っているのだが、ソロのボーカル・パートよりも、コーラス・パートの方が圧倒的に個性的であり、魅力的である。コーラスといえば、ビーチ・ボーイズやバーズが有名だが、彼らはどちらかといえば、調和を重視したコーラス・ワーク(字義通りのハーモニー)である。それに対し、エアプレインのコーラス・ワークは不調和である。特にグレース・スリックにその傾向が強い。しかし、だからと言って曲が駄目になるということは全く無くて、却って魅力的になっている。こういうタイプは、他にはストーンズあたりしか見当たらない。
(2)ヨーマ・コーコネンのギター・プレイ
何故か、ロック史上重要なギタリストに名前を連ねていないことが多いのだが、ヨーマ・コーコネンのギターは非常に良いと思う。フォークやブルースをバック・グラウンドに持つ人であることは明らかだが、まず何よりも「音色」が独特である。更に、ギターソロにおける粘っこいプレイ、コード・ワークにおける個性的なカッティングも個性的である。
その一方、リズム隊の方はどうであろうか。ジャック・キャサディのベースは中々ファンキーだし、スペンサー・ドライデンのドラムにもパワーを感じる。しかし、本作を聞く限りでは、圧倒的というほどではないだろう。このあたりが、例えばザ・ドアーズと比べて、現在における評価がどうしても低くなってしまう理由かもしれない。
1. She Has Funny Cars
ヨーマ・コーコネンとマーティ・ベイリンの共作曲。左右両チャンネルから聞こえる打楽器で幕を明ける。ヨーマ・コーコネンのギターの粘っこさが耳に残る。グレース・スリックはバッキング・ボーカルを取っているのだが、リードのマーティ・ベイリンより存在感がある。
歌詞は、タイトルと全く関係がない。まず、どこにも「彼女」は出てこないし、車もやはり出てこない。最後のヴァースを除けば、「僕」から「君」への(届かない)メッセージである。いや、最後のヴァースでさえも結局は「君」へのメッセージなのである。仮タイトルをそのまま正式のものとしてしまったとしか思えない。
2. Somebody To Love
グレース・スリックの義弟であるダービー・スリックが書いた曲。今聞いてもそのパワフルさは一向に変わらない曲である。リズム・パターンは、恐らくモータウンから影響されたのであろう。今で言う「四つ打ち」に近いようでいて、グルーブ感に溢れている。しかし、それ以上に、グレース・スリックのリード・ボーカルとポール・カントナー(?)による破壊的なリズム・ギターが素晴らしい。特に前者の、フレージングの個性的なことと言ったら。
歌詞の大意は、サビに登場する「あなたは愛する誰かを見つけるべきなのよ」という一節に集約されると考えていいのだろう。だが、その前提になっているのは、例えば冒頭に唄われるような、「真実だと思っていたことが嘘だと分かったとき」だとか、「全ての喜びが死に至るとき」、といった絶望の淵にある人に対して向けられている。エアプレインはヒッピー・カルチャーを代表するバンドだと言われる。ヒッピー・カルチャーの本質について、筆者が分かるはずもないのだが、「ドラッグに酔う方が殺し合うよりマシ」という雰囲気があったことは確かだと思う。しかし、この曲の歌詞に込められた主張は、そのような「幻想」とは距離を置いているような印象がある。
ところで、この曲の邦題は「あなただけを」なのだが、原題とも歌詞の内容とも全く合っていない。
3. My Best Friend
サンフランシスコそして60年代をリアル・タイムで経験していない筆者にとっては、いかにも当時を思わせるような曲調である。マーティ・ベイリン、ポール・カントナー、グレース・スリックの3人がボーカルを取っているが、上記のような少し不調和なコーラス・ワークが魅力であろう。何故だが、サビのところだけテンポが速くなっている。
歌詞は、一応は、「一番の親友に向け」てとなっているが、ここに登場する二人は、友人というよりは、恋愛関係にあるように思える。つまり、普通ならば"You're my lover"と綴られるはずなのだ。それを敢えて「親友」と唄ったのは、二人は閉じた関係ではなく、開かれた関係だと言うことを仄めかしているのではなかろうか。歌詞中の「君を自由にしてあげる」というのは、この曲のモチーフだと考えられるが、それはすなわち複数のパートナーを持つことを許容するという意味でもあるのだろう。更に言えば、セクシャルな意味とのダブル・ミーニングと解釈すべきであろう。
4. Today
マーティ・ベイリンが書いた曲。アコースティック・ギターをベースにした、フォーク調のアレンジである。マーティ・ベイリンのボーカルは中性的で、知らない人が聞いたら、女性が歌っているのかと思うかもしれない。M2とは対照的に穏やかであり、それ故にどこか幻想的にも聞こえる。
歌詞は、あまりにも単刀直入なラブソングである。今の日本では、アイドル向けの曲でも、ここまでは行かないだろう。しかし、タイトルでもある"today"という単語を重要視すると、この曲を甘ったるいラブソングと捉えることが間違いであるような気がしてくる。この歌詞は未来についての言及が全く無いのだ。つまり、私と貴方とは翌日には離れ離れになってしまう、と考えられるのである。例えば、どちらかが徴兵に取られるだとかである。
5. Comin' Back To Me
これもマーティ・ベイリンが書いた曲で、やはりアコースティック・ギターをベースにしている。語りかけるようなベイリンのボーカルがメロディを引き立てている。こういうのを「リリカルなメロディ」と言うのだろう。
タイトルだけ見ると、「私のもとに帰ってきて」という哀願のように思えてしまうが、歌詞はそうではなく、「私は貴方が帰ってくるのを見た」である。ずっと離れ離れになっていた二人が再開するのかと思いきや、主人公は姿を見ただけである。いや、こんな書き方をされては、主人公はその姿を見たということ自体が本当なのだろうか、と勘ぐりたくなる。幻覚や夢の中の出来事を事実のように唄っているだけなのではないか。
6. 3/5 Miles In 10 Minutes
オリジナルでは、ここからがB面となる。これもマーティ・ベイリンが書いたのだが、前曲とは打って変り、ロックンロール調、モータウン調の激しい曲である。2本のリズム・ギター・アンサンブルが素晴らしいが、どうしても右チャンネルの方が強烈に聞こえてしまう。恐らく、右チャンネルのパートは、ヨーマ・コーコネンが弾いているのだろう。
歌詞は、「あの人達を追いやって」、が主題になっているように思える。"I love you, baby"というフレーズが何度か出てくることからして、二人だけになりたいと願う歌のように取れるのだが、それに続く歌詞は、まるで妄想に取りつかれた人が発しているような言葉である。もしかしたら、ラブソングなどではなく、有名人の叫び(幾分妄想気味だが)なのかもしれない。しかし、当時の作者は、まだ知る人ぞ知る程度の存在だったはずだが。もちろん、私小説ではないのだから、別キャラクターを造出して悪いことはないのだが。
7. D.C.B.A. -25
ちょっと初期ザ・バーズを思わせる曲で、アルバム中唯一のポール・カントナー作品である。ポール・カントナーとグレース・スリックがボーカルを取っている。また、本作中最もリズム隊の演奏が素晴らしいと思う。
歌詞はドラッグによる覚醒を宣言したもののようで、当時は放送禁止になったのではないかと思える。それにしても、時代を感じさせる内容である。
8. How Do You Feel
フォーク調の曲だが、ボーカル特にコーラス・アレンジが「まさしくJ.A」と言える。アコースティック・ギターの達者なプレイに耳を奪われる。これも恐らくヨーマ・コーコネンが弾いているのだろう。
この曲の邦題が「素敵なあの娘」なのだが、確かにここで語られている少女は、素敵なようであり、まるで女神かあるいは超能力を持った少女のようである。
9. Embryonic Journey
ヨーマ・コーコネンの作品で、インストゥルメンタル曲である。彼のアコースティック・ギターのプレイはM8以上に素晴らしい。
10. White Rabbit
グレース・スリックの作品であり、本作中最も妖艶な魅力に秀でた曲である。とっつきやすさで言ったらM2が上だが、聞きこむたびにハマるような感がある。
本作の歌詞は、「不思議の国のアリス」を元に書かれたとされているが、それは間違いではないものの、「不思議の国」だけでなく「鏡の国のアリス」からも引用されている。
ところで、日本人の場合、この歌詞を読んで想像するのは、「アリス」ではなくて「メルモちゃん」なのかもしれない。
11. Plastic Fantastic Lover
最後の曲はマーティ・ベイリンの作品である。マーティ・ベイリンがラップのようなボーカルを披露していることが特徴である。もしかしたら、ボブ・ディランを真似ているうちにこうなったのかもしれない。
歌詞は、私の「プラスチック・ファンタスティック・ラバー」について唄ったものなのだが、1stヴァースで言及されているのは、「彼女」である。しかも主人公にとっても、その恋人にとっても、とても魅力的な存在ということだ。しかし、彼女は実在の人間ではなく、看板の類なのである。
それに対する私の恋人というのも、これまた人間そのものではない。プラチナにアルミ仕上げをしたという代物である(科学的な観点からすれば、アルミを蒸着したのかもしれない)。だからこそ、プラスチック=安物、なのであろう。もしかしたらロボットなのではないか。
結局、この歌詞は未来社会を描いたSFなのかもしれない。
(2001-3-10)