Green Day "Warning"

 

 1. Warning
 2. Blood Sex And Booze
 3. Church On Sunday
 4. Fashion Victim
 5. Castaway
 6. Misery
 7. Deadbeat Holiday
 8. Hold On
9. Jack Ass
10. Waiting
11. Minority
12. Macy's Day Parade

 

  グリーン・デイは、ここ日本では「メロコア・バンド」として人気を博し、本作ではオリコンで初登場2位を記録するほどの存在になっている。元々彼らは、(初期)ジャムやバズコックス直系の、3コードの良質なメロディと若さ溢れる疾走感を特徴とするロックンロール・バンドであったし、それが日本での人気につながったのであるが、本作に若さ溢れる疾走感を期待すると、肩透かしを食らう。一部のCD店では、疾走感の後退を含めて、「残念だが、これもまた良い」と宣伝していたが、「残念だが」は余計だと思う。今回彼らが選択した道は正しい、と断言したい。

 それから、「メロコア」なるジャンル名は、個人的にはずっと納得が行かなかったことは、この場に敢えて書いておきたい。

 実は、前作「ニムロッド」においても、「キング・フォー・ア・デイ」のような新しい面を見せる曲があったのだが、あのアルバムにおいては、「一寸浮気してみました」程度の存在感しか与えられていなかったように思える。しかし本作では、新生面が積極的に前面に出ており、先に進んだグリーン・デイを印象付けることに成功している。そうは言っても、別に彼らがテクノロジーを駆使するバンドに変化したわけではない。良質のメロディという核は保持したままである。

 では、本作の特質を以下に記す。

(1)更に向上したメロディ・ライン
 従来は3コードの簡潔なメロディが主体であった。本作でも根幹はそれほど変化してはいないが、今まで以上にメロディに対する配慮が行き届いている。また、3コードから脱し、英国ポップバンドが好みそうなコードが使われている。一部に
「ビートルズ化」という評があるようだが、個人的には同時に「キンクス化」していると思う。

 また、メロディにこだわった曲を作る場合、先人達と同様に、テンポを落としたのも当然なのであろう。しかし、この方向性は、「ごまかしをしないで、良いメロディを作る」という姿勢の現れであると思う。そういえば、以前と比べ、ビリー・ジョーのボーカルが丁寧になった感がある。

 

(2)アコースティック・ギターの効果的な使い方
 前作までは、エレクトリック・ギターがメインの楽器であった(ドラムも非常に大きなウェイトを占めていたが)が、本作ではエレクトリック・ギターによるノイジーなサウンドは控えめになり、アコースティック・ギターが多く使われており、しかも実に巧みな使い方をされている。アレンジメントの必要性から使っているとしか思えないのだ。そうは言っても、メインは相変わらずエレクトリック・ギターであるのだが。

 

(3)ギター以外の多種の楽器の活用
 ハーモニカは昔からロックンロールに使われてきたので、さほど驚くことではないが、その他にマンドリン、アコーディオン、サックス、ストリングスといった、およそパンキッシュなロックンロールとは相容れがたい楽器を取り入れている。もちろん、ゲストのミュージシャンの力量に負うところも大きいであろうが、結局は彼ら3人の感性の賜物であろう(本作はセルフ・プロデュースである)。

 

(4)アルバムとしてトータル感のある歌詞
 これは、「だからアルバムが優れているんだ」と判断する根拠にはならない。しかし、パンクバンドとして3分間のロックンロールから出発した彼らが、アルバム1枚としての作品を提示したという点で大いに評価すべきであろう。確かに前例は沢山あるけれども。そうえいば、3人称の視点で書かれた歌詞が幾つかあるが、これも「キンクス化」の一つであろう。

 なお、日本盤の対訳では、"you"に一貫して「君」という訳語を当てているが、これが良いとは思えない。特に後半の曲では、「お前達」の方が合っていると思う。また、M12の「君と僕」というのも「僕とお前(達)」にしないと、文脈上おかしい。確かに短期間での翻訳は難しいので、致し方無いのかもしれないが。

 

 では、各曲毎に見ていく。

 M1は、キンクスの「ピクチャー・ブック」(「ヴィレッジ・グリーン・プリザベーション・ソサエティ」に収録)のリフを引用しているようだ。適度にゆったりとしたテンポとアコースティック感のあるギターは、本作全体の方向性を知らしめるのに充分であろう。タイトル曲を1曲目に持って来たということは、彼らの自信の程がうかがえる。

 歌詞は、近未来SFの体裁になっている。恐らくは、体制による管理社会が背景にあるのだろう。「警告:警告無しで生きろ」という歌詞が、この曲のモチーフなのだろうが、一見しただけでは真意がどこにあるのか分からない。あえてそういう風に書いたのだろうが。強いて推測すれば、「お前達は、反抗せずおとなしくしろ」という意味だと思う。

 

 M2は、どちらかと言えば、今までの路線を踏襲したような曲調である。パンキッシュだが、ただ走るのではなく、メロディに重点を置いた姿勢が聞き取れる。

 歌詞は女の意のままにされる男が主人公になっている。要するにSMの歌であるが、前の曲と関連付けると、体制に軟禁された人間のメタファーだとも考えられる。

 

 M3は、本作の中でも最もキャッチーなフレーズから成り立っている。特にサビのメロディは、一回聞いたら忘れられないくらいである(と、同時にテンポの良さも忘れてはならないだろう)。個人的にはシングル・カットされてもおかしくないと思う。ギターの音は以前にも増してクリアである。またアコースティック・ギターの使い方も非常に上手い。

 歌詞は、「今日は残りの人生の第1日目だ」で始まる。つまり、主人公は解放されたようなのである。それまでは刑務所暮らしだったのかもしれない(政治犯?)。

 最も印象深い歌詞は、これまたサビの所であろう。すなわち、「日曜日に教会に行くと約束したら/金曜日の夜、僕と付きあってくれるかい/僕と暮らしてくれるのなら/君とこの妥協のために死んでもいい」である。「教会に行く」とは、堅気として生きることと取れなくも無いが、体制側に一応屈服することを承認したこととも取れる。

 

 M4は、メジャー・コードでありながマイナーな印象を与える、彼らお得意の曲調である。上で書かなかったが、ビリー・ジョーのボーカルは、哀愁を帯びていると思う。

 歌詞は途中まで3人称形式になっており、ビンテージもので着飾る男や、男を虜にするために(歌詞中では"kill"という単語が使われている)着飾る女について唄われている。そういった類の人間をシニカルな視点で描いている。つまり、タイトル通り、「奴らは流行の犠牲者だ」である。もっとも、こういったテーマの曲には、キンクスの「キザな奴」という先例があるのだが。
 とはいえ、この曲には、「君は人生をオークションにかけてしまった」という歌詞があり、これは最早、「流行に振り回される愚かな人間」という次元ではない。オークション、すなわち、本人の価値を見ず知らずの人間が決定するという、極めて悲観的な様相が語られていることに注目すべきであろう。

 

 M5は、ボ・ディドリーお得意のビート・パターンを用いたアップテンポなリズムの上に、ミディアム・テンポのメロディを乗せた曲である。

 歌詞は、自らを漂流者と決め付ける人の独白である。「僕は特命を受けたんだ」という歌詞とはうらはらに、である。「自分探し」ということなのだろうか。つまり、特命とはいっても、内的なものなのではないかと思う。

 

 M6は、カリオペと呼ばれる楽器(筆者はこの楽器を全く知らない。パイプオルガンの音色に似ているな、と思っただけである)を使ったイントロで幕を開ける曲。この曲もキンクスの要素を感じさせる。ストリングスあるいはアコーディオンの哀愁感も良いし、インストパートにおけるマンドリンも「上手いなあ」と思う。この曲は今までの彼らの曲から最もかけ離れたアレンジになっていると思う。

 歌詞は、M5において漂流者となった主人公が、旅先で目の当たりにした悲劇をつづったものと考えられる。

 M7は、ボーカルがバックの楽器を引っ張る形になっていて、彼らお得意のアレンジである。M4と同様にメジャーコードでありながらマイナー調に聞こえる。インストパートの一部にザ・フーからの影響がうかがえる。

 

 M8は、ハーモニカのフレーズを聞くと、初期ビートルズのある曲を思い出させる(うう、曲名が出てこない)。ミッドテンポの曲で、ボーカル・メロディにもビートルズからの影響が出ている。それと伴に、ギターやドラムの音色にこだわった音作りをしているようにも感じられる。

 歌詞は、ここまでの曲が、M3を除くと不安定な心境や悲劇的な状況が唄われていたのに対して、非常にポジティブである。「夜が明けたら」という一節は、その象徴であり、全てをこれだけで表しているといっても過言ではあるまい。もっとも、「自分をしっかり持つんだ」などという歌詞を読むと、J−Popのお説教的な歌詞と同類のようにも思え、個人的にはあまり好きになれないが。

 

 M9は、キンクスの「ウェル・リスペクテッド・マン」を思い出させる曲。聞きどころは、インストパートにおけるサックスかとも思える。それにしても、エンディングの不協和気味のコードは、一体何なのだろうか。

 歌詞は、M8から一転して、ネガティブになり、ディスコミュニケーションの肯定について唄われているように思える。もっとも、M8の主題は「己がどうあるべきか」であって、他人がどうであるかについては全く言及されていないのだから、両者の内容は相反していない。つまり、いずれにしても、たった一人で立ち向かうという意思が、両者に現れていると受け取るべきなのだろう。
 ところで、タイトルは「馬鹿者」という意味だが、これは自分と他人のどちらを指しているのだろうか。

 

 M10は、初期ティーンエイジ・ファンクラブのようなギター・フレーズとメロディが特徴の曲。コード進行やギター・ソロがビートルズを連想させる。静と動のコントラストが印象的である。

 歌詞は、「僕はこの瞬間を長い間待っていたんだ」で始まる。中盤では「新しい時代の夜明けだ」とも唄われている。具体的に何が訪れたのか、全く触れられていないのだが、敢えて明言する必要は無いように思える。というのも、具体的なことは次の曲で明らかにされるからだ。

 

 M11は、、マーチに似たリズムを持った曲。英国のトラッド・フォークを通過したパンクとでも呼べば良いのだろうか(安直な表現だが)。

 歌詞は、「僕はマイノリティになりたい/お前の権威は要らない」で始まる。ここでのマイノリティは、アンダーグラウンドな世界の人々や、犬のような扱いを受けている人々を指している。主人公は、そういった人々の仲間になり、しかし一人で体制側に立ち向かうと宣言している。つまり、徒党を組むとか連帯するということではないのだ。裏を返せば、仲間というのはあくまでも精神的なレベルでのつながりということである。
 結局、M10において「訪れたもの」とは、外部からやってきたものではなく、主人公の内面にて発生した主観そのものと考えた方が良さそうな気がする。 

 

 M12は、アコースティック・ギターに先導されて曲が始まり、ベースとドラムが加わるという、割と古典的なアレンジになっているのだがが、何よりメロディが素晴らしいので、古いとかそういった話は、どこかに吹き飛んでしまうような気がする。シンセイサイザーの音が薄くかぶさっているようだが、これもまた良い。

 歌詞は、作者が本当に主張したかったことは、後半に置かれている。それは、「僕が本当に欲しかったものは新しい希望だった」、ということである。これだけだと、陳腐な激励ソングにしかならないが、「それが何のことか知らないし/何処へ行くかも知らない/僕はただ一つの道しか考えていない」という歌詞が続くことで、安っぽさから逃れている。夢や希望をすんなり提示出来る方が怪しいのである。

 ところで、タイトルが歌詞に登場するのは、1stヴァースなのだが、このパートは、ストレートに意味の分かる歌詞にはなっていない。下らないことに大金をかけ、本当に必要なものを見失っている人達への「あてこすり」だと考えられる。ここでは、「死後」がモチーフにされており、例えば、エンバーミングの契約をする人があてこすりの対象なのだろう。こういう輩は、今(そして近い将来をも含む)を生きることに必死の人=主人公にとっては、滑稽でしかない。

  ちなみに、"Macy's"とは、米国のチェーン店デパートらしいが、この曲との関連性ついては全く分からない。

 

 

 

 

 

(2001-2-18)

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