Peter Gabriel "Up"

 

01. Darkness
02. Growing Up
03. Sky Blue
04. No Way Out
05. I Grieve
06. The Barry Williams Show
07. My Head Sounds Like That
08. More Than This
09. Signal To Noise
10. The Drop

 

  ピーター・ガブリエル 関する筆者の知識はそれほど多くはない。初めてガブリエルを知ったのは、"So"というアルバムからシングルカットされた「スレッジハンマー」のプロモーション・ビデオを見たときだし、ジェネシス時代のアルバムは一枚も持っていないのである。

 さて、ポップ・ミュージック ファンの間(といっても一部に過ぎないが)では、 ピーター・ガブリエルは駄作を作らない というのが定説になっている。私の知る限りにおいては、この説は正しいと思うし、本作もその例に漏れず、素晴らしい作品だと思う。

 ベテラン・ミュージシャンの場合、「○○節」というのが本人だけでなくファンの間にも確立されてしまい、そこからはみ出ることが出来ないことが多い。仮にはみ出すことにトライしても、概して若いころよりも良い作品が出来ることは少ない。そこには、「資質」というものがあるだろうし、やはり「創造性」に「若さ」が必要であることは、逃れようの無い事実であるような気がする。

 ピーター・ガブリエルにしても、前作から10年というブランクがあったわけで、若い頃のように1〜2年間隔で作品を生み出すことは最早不可能になっているのだろう。もちろん、従来の焼き直しであれば、それも可能であっただろうが、ガブリエル本人がそれを潔しとしなかったのであろう。 実際本作では、従来と変わらないピーター・ガブリエル独特のメロディを堅持しながらも(こちらは西欧的)、それに対して非西欧的なリズムを組み合わされた曲(M3、M5,M9などに顕著)や、エレクトロニカなど最新の音楽が取り入れられた曲(M1、M8など)で構成されている。とても、ベテランの仕事とは思えない、意欲的な作品になっている。

 ところで、本作を聴いて一点気になったことがある。元々ピーター・ガブリエルの声はハスキーなのだが、M6やM9はそのしわがれ方があまりに顕著なのである。むしろ、年老いた声といった方が正確かもしれない。他の曲ではそれほどでもないのだが。もしかすると、本作の録音は相当長期間に渡ったのではないだろうか。ただしそれは、1曲の録音に長時間をかけたということではない。延べ時間はそれほどでもなく、断続的に録音されたという意味である。

 次に、発表前から伝えられてきた、 「本作の半数は『死』がモチーフになっている」 という説について述べる。歌詞を読む限りでは、 M4、M5、M8、M9、M10がそれに相当する ように思えた。詳しいことは各曲の解説のところで述べるとする。

 

 それでは、各曲ごとの解説に移る。

 M1 は、エレクトロニカ風のサウンドで幕を明け、続いて、打ち込みによる爆音が入る。歪ませたボーカル(動、混沌のイメージ)と肉声に近い(ただし、これもEQ処理か何かが過度に施されているが)ボーカル(静寂のイメージ)が反復される曲である。

 歌詞は、初めて出会うものへの恐怖が扱われているが、テーマは恐怖をあるがままに受け入れるということだと思う。しかも、主人公は幼少年ではなく、むしろ中高年のような気がするのだ。というのも、幼少年期であれば、恐怖を払拭するためには、保護者に泣きつくというのが普通であろう。しかし、この歌詞では「甘やかされるのが怖い」とも唄われているのである。

 つまり、この歌詞では、 現代テクノロジー文明に対する条件反射的拒絶が前提にあり、それを克服することでしか生きる術はないという決意 が隠されたテーマになっているように思えるのである。ただし、ピーター・ガブリエル自身はハイテク好きであろうから(この作品のサウンドを聴けば明らかだ)、自画像というわけではないが。

 もっとも、主人公が幼児虐待をされた経験を持つ少年という設定であるという仮説も成り立たないわけではないので、上記の解釈は、あくまでも一例に過ぎない。

 

 M2 は、ドラムやパーカッションを使い、一聴したところではリズム志向の曲に思えたのだが、それ以上にメロディ志向の曲だと思う。  歌詞は、M1が恐怖の克服であり、タイトルが「成長する」であることから、M1の続きであることを予感させる。しかし、あにはからんや、この曲の歌詞は 「スレッジハンマー」の系譜につながる「エッチソング」 と考えていいと思う。ただし、メタファーの連続なので、分かりにくいのである。しかも、言葉の選び方が上手いので、あたかも哲学的・精神的なテーマに思えてしまうほどである。例を挙げておこう。

●僕の"ghost"は旅をするのが好きなんだ/君の宇宙の内部を進みながら

  日本盤の対訳では"ghost"が「魂」と訳されているせいで、歌詞が高尚なものに思えてしまう。だが、ここでの"ghost"は「肉体を伴う前の状態」を表し、つまりは「精子」のメタファーではないかと思う。従って、後半の「宇宙」も女性の体内であろう。

 そういったことからして、タイトルの"Growing Up"も精神的な成長ではない。

 

 M3 は、"Sky Blue"というタイトルに全く相応しくないイントロで始まる。その後、静寂なバッキングと静かなメロディラインが奏でられるが、パーカッション・パートはアフリカンであり、全く異なるものの組み合わせが特徴である。  歌詞は、現状に絶望し、旅に出ようとする主人公の心情を唄ったものである。しかし、「スカイ・ブルー」はあくまでも「すこやか」、「澄みきった」というイメージの代表として扱われている。このミスマッチ感覚が何とも不思議である。

 

 M4 は、変なノイズとトレブル・ベース、パーカションで幕を開けるが、ボーカル・メロディが特に印象的な曲である。

 歌詞は、「君」が交通事故か何かに遭遇し、まさに死に行く瞬間の主人公の心情を唄ったものである。恐らく主人公は、事故現場に後から駆けつけたのであろう。

 

 M5 は、前半(5分20秒まで)はアフリカそれもアルジェリアかモロッコの民俗音楽風のパーカションとストリングスの上にボーカルを乗せた曲である。殆ど声を張り上げないボーカルスタイルが特徴である。

 一方後半になると、テンポアップしてキャッチーなメロディの曲になる。スミスかポリスあたりの曲に良く似た雰囲気が感じられる。本作中最もとっつきやすい箇所であろう。

 歌詞は、恋人の死をきっかけに、後追い自殺を考えた主人公が、結局はあきらめ、現状を受け入れることを決意するまでの心情を唄ったものである。M4とのつながりを考えると、M4における「君」とは恋人関係にあったのだろうか。

 

 M6 は、本作からシングル・カットされた曲で、M5の後半の続きで、やはりキャッチーなメロディである。ストリングスとトランペットが目立つアレンジになっている。

 歌詞は視聴率至上主義を揶揄したもので、タイトルはTV番組そのものである(実在するかどうかは不明)。もちろん、番組制作側だけでなく、視聴者側への批判も混じっている。

 

 M7 は、再びスローテンポな曲である。ただし、パーカッション・パートだけは別で、敢えてミスマッチなものを組み合わせている(そして成功している)。

 歌詞は頭の中で鳴っている音について唄ったもので、ある種妄想とも取れなくはないが、言葉としては、実在し、誰でも体験したことがあるような「素材」が選ばれている。

 

 M8 は、前半は、ノイズとダンス・ミュージックのようなリズム・アレンジが特徴の曲。メロディそのものは割合キャッチーである。エンディングのノイズの使い方は、エレクトロニカや音響派からの影響を上手く消化していると思う。

 歌詞はM5の続きかもしれない。「これ以上の何かが、過去にはあったんだ」と、「君」へ呼びかける一節は、死者への鎮魂と取れなくもないからだ。「僕は君のすぐそばにいる」という一節も同様である。と同時に、大切な人の死にいつまでも捉われることなしに、生きていこうとする姿も描かれているような気がする。

 

 M9 は、ストリングスとバスドラのバッキングに、アフリカの歌手のようなボーカルを乗せた曲。後半は、元々は映画のために作られたのではないかと思わせる、壮大なストリングス・アレンジになっている。

 歌詞は、「信号」と「雑音」がメタファーとして使われている。「信号」は世界にとって正しいもの、美しいものであり、「雑音」はその逆で、間違ったもの、邪悪なものを表している(ナショナリズムだとかその類か)。あるいは、信号=生、雑音=死、という見方も可能である。

 ここでは、雑音に対する信号の比率を大きくすることによって(S/N比を向上させるということ)、世界を破滅から救おうという呼びかけである。その際に重要なのが、「受信して送信しろ」という、「草の根の連帯」ということらしい。一寸、楽観主義に走り過ぎているような気がするのは、筆者だけであろうか。

 なお、日本盤では"noise"が「騒音」と訳されているが、タイトルの"Signal to Noise"からすれば、"noise"は「雑音」と訳すべきだろう。

 

 M10 は、アルバム最終曲らしく、最も静かな曲である。しかも、エンディングがあまりにも唐突である。

 歌詞は二人称の視点から書かれている。飛行機が墜落しようとしていて、乗客である「君」が、緊急避難のため、救命衣を着て飛び降りる順番を待っている様子が唄われている。

 

 

(2002-11-10)

 

 

 

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