Face To Face

 

 "Face To Face"は、4枚目のスタジオ録音盤として1966年に発表されている。制作には18トラックのマルチ・トラック・レコーダーが使用されたらしいが、当時、殆どのミュージシャンは4トラック・レコーダーを使用していたはずだから、驚きである。この器材を使った理由は、曲間を効果音で繋ぎたかったからだそうだが、パイ・レコードがクリスマス商戦に合わせた発売を早めることを要請したため、当初のもくろみは中途で終わっている。このアイデアは、ザ・フーが翌年末に "The Who Sell Out"で用いている(ただし、こちらもB面2曲目で終わっている)が、ザ・フーの場合は架空ラジオ曲とCMソングというコンセプトを打ち出したのに対し、キンクスの方はどのようなコンセプトがあったのか、不明である。

 本作に収められたのは、14曲であるが、そのうちM1とM24でデイヴがリード・ボーカルを取っている。デイブのボーカルスタイルというと高いハスキーな声で張り上げるように唄うのが特徴と思われているが、本作ではそれほど高い声で張り上げてはいない。一方、レイの方は、かつてのようにシャウトするよりも、優しく唄い上げるスタイルが目立ってきている。レイのシャウトは、この当時はまだ迫力に欠けているので、この選択は正しかったのだと思う。

 そういったレイのボーカルスタイルの変化と並行するかのように、穏やかな曲が増えてきているし、アコースティックな音色のアレンジも増えている。R&R、R&B色は、まだかなりの部分で残っているものの、フォークやポップスの要素が増している。

  しかし、上記の通り発表を急かされた経緯もあるのだろう、良いアルバムであることは認めるものの、完成度という点では、次のスタジオ・アルバム"Something Else"には及ばないような気がする。まだまだ模索中であったのではないだろうか。

 

1. Party Line

 パーティ・ラインは、電話で知らない人とおしゃべりするシステムで、日本にもあるようだが、筆者は利用したことはない。冒頭のこの曲では、デイヴがリードボーカルを取っている。電話の呼び出し音が冒頭で使われているが、M2以降に効果音が用いられていないので、「無くても構わないんじゃないの」と思えてしまい、損な気がした。

 曲調は、マージ-ビートを思わせるR&Rであって、デイヴのボーカルスタイルもどこかビートルズに似ているような気がする。

 歌詞は、パーティラインへの不満をぼやいたもの。このぼやきというのが、レイ・デイヴィスの特質でもある。前半では、パーティ・ラインでは、相手の女性の容貌が分からないとぼやき、後半では、お気に入りの彼女と話しているといつも邪魔されるとぼやいている。それなら、止めれば良いのに、と突込みを入れたくなる内容だが、当時英国ではビートルズ、ストーンズに次ぐアイドル人気を博していたキンクスにとっては、パーティ・ラインでしか彼女と話すことさえ出来ないとでも主張したかったのかもしれない。もちろん、実話ではないと思う。というのも、既にレイはラサと結婚していたからだ。

 

2. Rosy Won't You Please Come Home

 アコースティック・ギターのイントロに乗せてレイが語りかけるように唄い出す。メロディは本作中でも1、2を争う出来だと思う。サビのパートではハープシコード(ニッキー・ホプキンスが弾いているらしい)とバスドラのみのドラム、という工夫が見られる。なお、ハープシコードは最初のサビ以降終わりまでずっと鳴っている。

 歌詞は、ロージーに家に帰って欲しいとひたすら願う内容である。それが嫌なら手紙でもいい、とまで言っている。ロージーが家を出た動機は、もっと豊かな生活を望んだことらしく、上の階級に仲間入りしたという一節がある。彼女が家を出たことを嘆くが追っかけたりはしない。これはブルースの詞の世界には結構あるようだが、それを英国風に焼き直したものと思える。

 

3. Dandy

 これもアコースティック・ギター一本に乗せてレイが唄い始める。コード進行を確かめたことは無いが、レイらしいコード進行のような気がする。何故か、ボーカルがこもったような声に聞える。意図して出来たものではなく、締切りに追われてそのままレコード化したのではないだろうか。 

 歌詞は、モテモテ男のダンディ氏について唄ったものである。ダンディ氏は最新のものだけに興味があるようで、「君はあまりに速く動きすぎることを自覚しているかい?」だの「君は過去を取り上げる」といった歌詞が途中に出てくる。

 歌詞の後半は、「僕が」ダンディ氏が年老いたときのことを想像する内容になっている。1番目は、
「君が老いて白髪になったら/彼等の言ったことを思い出すだろうか/女の子は二人では多すぎる、三人では混み過ぎる、4人では死んでしまう」
である。この当時のレイの心境(ラサがいればそれで充分だ)が現れたのだろう。2番目は、
「君は(老いても)ずっと自由だろう/君には同情は無用/君は独身のままでいるだろう/でも君は正しいだろう」
である。前節とは180度違う意見のようである。両意見が並存していると言うことは、結局のところ「僕」は、ダンディ氏に対して、「どうなろうとそれは君の人生であり、自業自得だ」と言っていることになる。最新のものばかり追いかけている人に対する、冷ややかな視点であると言える。

 

4. Too Much On My Mind

 アコースティック・ギターのアルペジオに乗せて、レイが切々と唄い上げるスローな曲である。この曲でもハープシコードが使われている。しかし、歌詞の内容(下に記す)とは実にミスマッチである。

 頭の中に抱え切れないほどのものがある。もう限界だ。そういう主張の曲である。音楽出版社とのトラブルのことなのだろうか。それにしても、サバサバとした歌詞である。

 

5. Session Man

 タイトル通りセッション・マンとしてストーンズやザ・フーのレコード制作に参加していたピアニストであるニッキー・ホプキンスに捧げた曲である。イントロもニッキー・ホプキンスの弾くハープシコードである。曲自体は、ミディアム・テンポのごく並のレベルだろう(レイらしいメロディも聞けるが)。即興で作って、そのままレコード化したものと思える。
 

 「彼はセッション・マン、色々な参加要請が彼の元に来る/彼はセッション・マン、彼は考えることなく演奏に没頭する/彼はいつも定刻に終わらせる/決して時間をオーバーしたり熱くなったりしない」
 以上は飛び飛びの意訳だが、誉めているのか、けなしているのか良く分からない歌詞である。

 

6. Rainy Day In June

 雷鳴の効果音をイントロやサビで使ったスローテンポな曲。レイはまるで詩を朗読するようなスタイルで唄っている。このスタイルは、そうそう真似出来る類ではないと思う。アコースティック・ギターとドラムがバックで鳴っているが、単調である。しかし、このボーカルスタイルを考えたら、この方が良いと思う。 

 歌詞は情景描写が殆どであるが、言いたかったことは、
「六月の雨の日、はっきりした理由はないが、希望は何も無かった」
となるだろう。人生の全てが消え失せたとまで言っている。恐らくは、突発的な豪雨とは失恋のメタファーであろう。

 しかし、日本人の多くにとって、6月は雨の季節であるから、失恋と6月の雨を結びつけたこの歌詞には、感情移入しにくいだろう。

 

7. House In The Country

 ファズを効かせたエレクトリック・ギターのイントロがまず耳につく。ただし、かつての「キンキー・サウンド」とは別物で、あれほどヘヴィな感覚はない。タンバリンやピアノが使われ、どちらかと言えば、マージービート風の曲である。ボーカルスタイルはミック・ジャガーを思わせるようなところがあって、本作での他の曲と違って、かなり荒っぽい唄い方である。

 歌詞の方は、タイトルから、田舎の家での暮らしを賛美する曲かと思ってしまうが、そうではない。歌詞の殆どは三人称で書かれているが、作者から彼への当てこすり、皮肉であると思う。主人公の彼は、週末を過ごす田舎の家とスポーツカーを手に入れて浮かれている。つまり、それなりの収入があるのだろう。そんな彼は、「自己満足野郎」と罵倒しているのだが、歌詞全体からはそれほど悪意は感じられない。どちらかといえば、「彼と僕とは別世界の人間、勝手にすれば」と言い放っている印象が強い。

 

8. Holiday In Waikiki

 波の効果音が冒頭と最後の方で使われている。これがハワイの波の音とは思えない。スタジオで作り上げた効果音(よくドラマで使われるような)ではないだろうか。

 曲は、ストーンズの「ザ・ラスト・タイム」に似ているが、あれほど「モロR&B」ではない。アレンジ面では、デイブのファズ・ギターが全面に出ており、時にはボーカルよりも目立っている。ボトルネック奏法が隠し味的に使われているのが、心憎い。また、ファズギターでハワイアンの代表的メロディ(牧神二のウクレレ漫談と言った方が通りは良いかも)を弾いているのには、笑わされる。

 歌詞は、ワイキキで休日を過ごせるという懸賞に当たった主人公が、ワイキキに行ってがっかりするという、ショート・ストーリーである。主人公をがっかりさせたものは、一言では「商業主義」となっている。具体的には、ハワイ製のウクレレには30ギニー払わされ、ニューヨークから来た母がイタリア人で父がギリシア人によるフラダンスを見せられ、コカコーラの商標入りのテーブルばかりが目に付いた、とされている。商業主義によるまがいものの横行を皮肉った曲である。しかし、コカコーラを否定的な意味で使ったのは、アメリカでのライブ活動を禁止されてしまったことへの当て付けかもしれない。

 

9. Most Excluseive Residence For Sale

 特に特徴のない平凡な曲だと思うのだが。途中で入る「Pa Pa Pa」というコーラスも、単に間抜けにしか聞えない。 

 タイトルは、「最高級な住宅、売出し中」となるだろう。主人公の近隣に建っていた豪邸が売りに出されることになったことを唄っている。豪邸の主は、女にうつつを抜かし、宝石を見境無く買い漁ったため、豪邸を差し押さえられてしまうというのが、ストーリーの本筋であり、それは2ndヴァースに書かれている。作者の言い分は、「自業自得」というところであろう。
 一方、1stヴァースでは、作者が彼に対してそれほど突き放した感情を持っていないかのように唄われている。例えば、「彼は知っている人を皆楽しませた」である。しかし、彼の知っている人の中に作者が含まれていたのだろうか。もしも、含まれていないとした場合、労働者階級のひがみ根性の歌、と解釈できなくも無い。 

 

10. Fancy

 ダルシマーが使われているようだが、他の楽器かもしれない。東洋音楽的メロディの曲であり、途中からタブラのような音も使われている。ただし、ビートルズ(というよりはジョージ・ハリスンか)の「ウィズイン・ユー、ウィズアウト・ユー」程極端なメロディではない。

 この曲での"fancy"は、「想像」の意味で使われているようだ。前半では、
「僕が信じていることを君も信じることを想像してごらん、そしたら二人は同じになるだろう」、
「僕の周りを見まわすことを想像してごらん、全ての女の子を思い浮かべら、君にも分かるだろう」
と唄われている。ここでは相手に行動を要求するのではなく、「想像してごらん」と言っているのである。まるで、ジョン・レノンの「イマジン」のようでもあるが、「イマジン」の方は「何を想像するか」については明確である。しかし、この曲ではその「何を」が不明である。すなわち、「僕が信じていること」はどういった思想・信条なのか不明だし、「君にも分かるだろう」が何を分かるのか不明なのである。

 しかし、そのような具体的なことについては、聞き手が自由に判断すれば良いことのようである。この曲で作者が最も主張したかったことは、最後の、
「誰も僕を理解できない/彼等は、自分たちの想像力が及ぶ範囲だけを理解できるのだから」
であろう。

 比較対象として「イマジン」を挙げたが、本作と同年発表である、やはりビートルズの「トゥモロウ・ネバー・ノウズ」を挙げた方が面白かったかもしれない(いずれ気が向いたら、ということで)。

 

11. Little Miss Queen Of Darkness

 この曲の歌詞は短編小説の体裁である。冒頭は一人称の視点で、「僕は小さなディスコで彼女と唐突に出会った」、となっているのだが、その後は「彼女は云々」という三人称形式で綴られているのである。

 そういうことを意識してか、メロディは古めの映画音楽風である。アメリカン・ポップスと言っても良いかもしれない。ただし、そのメロディをアコースティック・ギター(メイン)とエレクトリック・ギター(サブ)をバックにして唄うという試みは、当時のキンクス辺りでないと、まずやらなそうである。 

 ミックによるドラムロールは非常に個性的で、面白い人にとっては面白い。決して上手いとは思えないのだが。

 エンディングのインスト・パートは一寸サイケである。

 歌詞の内容に戻ると、まず「僕は小さなディスコで彼女と唐突に出会った」という冒頭の歌詞から"Lora"を連想してしまうが、こちらは本物の女性である。この若い未婚の女性は、出会った全ての男に対して愛想が良いとされている。しかし、主人公は幸せそうに振舞う彼女が実はそうでもないことに気付く。その理由は、歌詞の最後で触れられているが、去って行った彼氏に未練があるためらしい。もしかして死別かな、とも思うが、断言はされていない。

 ところで、最後のヴァースでは突然第三者格として「君」が登場している。もしかしたら、ここでの「君」とは、前ヴァースまでの主人公なのかもしれない。

 

12. You're Looking Fine

 デイヴがリードボーカルを取るもう2曲目がこれである。ピアノや歪んだギターのフレージングは、まさに50年代辺りのブルースであるが、メロディはあまりブルースっぽくない。これこそキンクス風ブルースと呼べば良いのだろうか。 

 タイトルは「彼女は素敵に見える」である。これだけ書くと単純なラブソングのようだが、実はそうでもない。実は「見える」が重要であって、本当に素敵な女性だと言っているわけでは無さそうなのである。それを端的に表すのが、以下の下りである。
 「初めて彼女を見たとき/完璧に素敵に見えた/2回目に彼女を見たとき/彼女は視界の外にいた/そして僕は言った、『君は素敵に見える』」
 要するに、見た目が綺麗だね、と言っているに過ぎない。

 

13. Sunny Afternoon

 シングルとして大ヒットした曲。本作中一番知名度が高いだけでなく、完成度も高いと思う。特にデイヴとピートによるコーラスは素晴らしい。ボーカルの対旋律を奏でている楽器はピアニカなのだろうか?

 「税務署の人間は、僕から家と午後の日差し以外は全て持ち去って行った」
これは高い相続税のおかげで没落した貴族のことを唄っているらしい。それでも主人公は、
「午後の日差しと伴にダラダラ過ごす今の暮しは贅沢だ」
、と強がっている点が、他人としては笑える。

 ところでこの曲に関し、世の中に出まわっている解説は、何故か1stヴァース止まりである。2ndヴァースでは、ガールフレンドが両親の元に帰ってしまい、自分は冷たいビールを飲みながら、午後の日差しと伴にダラダラ過ごしていることが唄われているが、どうも貴族と「ガールフレンド」という言葉同士が頭の中で結び付きにくい。親の決めた「いいなずけ」なら分かるのだが。

 更に、その後の
「僕がこの場に留まらなければならない2つの理由を与えてくれ」
という下りも、良く分からない箇所である。「午後の日差しが好きだ」という理由の他に、もう1つ主人公は理由を欲しがっているのだ。一体何故なのだろうか。

 推測するに、階級制度というか貴族制度によって、主人公は移住が出来ないのではないだろうか。貴族制度について筆者は全くの無知であるが、上記の様に考えるのである。これが、成金の息子だとしたら、まず相続税として自宅を売り払うだろう。なんともおかしな制度であるが、何せ遠い昔に出来た制度であるから、現代に合わなくて当然である。となると、前記の「2つの理由を与えてくれ」は反語であり、「僕を貴族制度から解放してくれ」が本音ではないかと思う。

 蛇足だが、英国皇室は世界有数の資産家だそうである。エリザベス2世の相続税は、どうなることやら。

 

14. I'll Remember

 前曲が有名なだけに、隠れてしまいそうだが、これも聞いて楽しめる曲である。ちょっと、ジョージ・ハリスン作「イフ・アイ・ニーディド・サムワン」にも似たリフを元に成り立っている曲でり、ファズ・ギターとベース、ピアノ(ニッキー・ホプキンスか?)がバックの楽器として使われており、ライブで人気を博しそうな気がする。もちろん、メロディも良い。

 「僕は全てを忘れないだろう」が、この曲の主題である。彼女との関係において、良かったことも悪かったことも全て忘れないだろうと唄われているが、過去は何であれ意味があるとする、レイらしい歌詞である。後の「デイズ」も同様のモチーフ(こちらはピート脱退に関連した曲だが)が窺える。

 蛇足だが、ホリーズにカバーしてもらいたかった曲である(理由は上記から想像されたい)。

 

(2000-6-21)

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