どこを読んでいるんだ? 

   

 つい先日、訳の分からない社説を掲げた読売新聞が 、引き続いて、これまた訳の分からないことを主張している。

 【基本法改正こそ今必要】

 (1)「ゆとり」に代わる新しい教育観を、どう創造すればよいのか。

 その答えを、今行われている教育基本法の改正作業の中に求めたい。

(2)自民・公明の両党は、改正案に、これまでの基本法になかった「教育の目標」を掲げることで一致している。そこには「真理の探究、豊かな情操と道徳心の涵養(かんよう)、健全な身体の育成」や「正義と責任、公共の精神の重視」、「生命を尊び、自然に親しみ、良き習慣を身に付ける」などが列挙されている。

(3)「愛国心」についても、「伝統文化を尊重し、郷土と国を」の後に、「愛し」か「大切にし」の言葉が入るはずだ。

(4)どれも日本人として持つべき当然の特質なのに、今では意識しないと出てこなくなってしまったものだ。

 (3)では「入るはずだ」となっているが、これは正しくなく、「入れるべきだ」が本音だろう。  

 さて、(2)に挙げられた「真理の探究」や「生命を尊び」と(3)に挙げられた「伝統文化を尊重し」は、必ずしも両立するものではない。伝統文化には、迷信に基いたものが少なからず存在するし、差別的なものもある。であるからして、一般論とするには無理があると言わざるを得ない。

 さらに(4)では、あたかもかつての日本人が、(2)、(3)に挙げられた事柄を目標としていた者達であったような書き方をしているが、これにも首を傾げたくなる。それほどかつての日本人は高邁だったのか? いや、別に日本人だけでなく、人間なんて、大して高邁でもないだろう、今も昔も。

 
 

 ところで、これほどまでに読売が忌み嫌う「教育基本法」とは、本当に「個」ばかり重視して、公共性など無視している法律なんだろうか。読んでみると、何処にも「公共性よりも自分を尊重せよ」などとは書かれていないではないか。


 
 
 
 
 

  

(2005-1-5)

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