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読売新聞の元旦の社説には、こんな主張が載っている。 【改正すべき教育基本法】
愛国心が是か非かという議論と、それを教育基本法に載せるべきか否かという議論は別次元であろう。論旨をすり替えるな。そんなことを主張するのであれば、具体的に愛国心の醸成を教育基本法(的な法律)に載せている国名を挙げるべきである。第一、教育しないと愛国心が育たないなんて、我が国はロクな国じゃないと公言しているようなものだ。北朝鮮然り。 |
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伝統の尊重の否定=愛国心の否定は、公共心の希薄化につながり、今日の教育の乱れを招いている。 伝統の尊重の否定と愛国心の否定が何故イコールで結べるのか。ここには論理的な説明が全く無い。それに、伝統の尊重って言うけど、「尊重すべき伝統」って、具体的には何なのだろうね。伝統の中には迷信に基いた差別的なものも沢山あるぞ。
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「個」の尊重が、ともすれば児童・生徒の自主性の名のもとに放任へと傾き、規律心の低下、さらには昨今の学力低下にもなっているのではないか。 教育基本法が施行されたのが1947年である。であるから、今自営業以外で働いている人の殆どが、教育基本法に基いた教育を受けていることになる。ということは、読売の主張は、 (1)何十年か前には、教育基本法の精神は機能していなかったが、最近になって機能し始めた。これによって、規律心の低下や学力低下が起こり始めた。 (2)施行当時から子供達の規律心は低下し、学力も低下していたが、大人になって、どちらも向上した。 (3)施行当時から子供達の規律心は低下し、学力も低下しており、戦後の日本人は戦前に比べて、劣っている。 のどれかになる。事実は、そのうちのどれなのだろうか? もしも事実が(1)の通りであれば、機能し始めるまでに、随分と長い年月を要したものである。だとしたら、それには、この法律以外に原因があるのではないか、と疑う必要がある。疑いもせずに決め付けるのは、まともな論の立て方ではない。 次に、(2)の通りであったとすれば、通過儀礼のようなもので、大して心配することではない。 では(3)の通りであったのか。まあ、これでよくも「物づくり世界一、日本」などという時代があったものである。それよりは、読売の社員は、その殆どが戦後教育を受けた世代であろうから、社説によって、「わが社の社員はロクデナシ」と侮辱されているわけだ。 結局、読売の社説は、初めに「何が何でも教育基本法を改定すべし」という主張ありきであって、後のことはコジツケに過ぎないのである。で、この社説を書いた人は、論の進め方から考えると、相当お粗末な教育しか受けられなかったとみえる。
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(2005-1-4)