死因で区別するな 

   
 9月16日付けのニュースから引用する。

 「作曲家、船村徹さんが、月刊『正論』臨時増刊号『靖国と日本人の心』の発刊を記念 し、靖国神社のおひざ元、東京・千代田区の九段会館で『演歌巡礼コン サート〜日本の心を歌う〜』を開いた。
       (中略)
 船村さんは『ご先祖様を大事にして親、兄弟が仲良くやってい る家は繁栄する。国のために亡くなった英霊に感謝の気持ちを示しませんと、国という形が成り 立たない』などと力強く語った。」


 まあ、例によって例のごとくの発言ではあるが、あえて疑問を呈しておく。

(1)靖国神社は明治時代に設立されたものである。それが「日本人の心のよりどころ」というのであれば、江戸時代までの日本人は日本人とは言えないのだろ うか? 

(2)「ご先祖様を大事にして親、兄弟が仲良くやっている家は繁栄する」そうだが、その説を裏付ける統計データが存在するのだろうか? 

(3)国のために亡くなった人は、何も軍人として戦死した人ばかりではない。非戦闘員として戦死した人がいるし、病死した人もいるし、事故死した人だって いる。何故、ことさら死因によって区別を付けようとするのか?

(4)こういうことを主張するのであれば、1945年8月15日以降、日本国のために亡くなった人は皆無ということになるのだが、船村氏はそう思っている のか。まあ、いずれにしても、船村氏が日本のために死ぬ可能性は、限りなくゼロに近いと思う。


 私の(1)〜(4)のコメントは、船村氏のような人からは、「屁理屈」との批判を受けるであろう。まあ、半分は「からかい」の意図を持っていることは否 定しない。ただし、(3)だけは大真面目である。

 
 
 
 
 
 

  

(2003-9-20)

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