| アサヒ・コムのBOOK欄に載ったコラムから引用する。今回取り上げるのは、「ライ麦畑いろいろ」と題して、現在アップされているものである。執筆者は、朝日新聞学芸部・文化面デスクの四ノ原 恒憲という人である。 「ライ麦畑云々」がテーマに挙げられたのは、J.Dサリンジャーの"The Catcher In The Rye"が、 (1)最近村上春樹氏の翻訳にて出版され、ベストセラーとなっていること、 (2)旧来の野崎孝氏による翻訳本もロングセラーを続けており、 (3)両翻訳を巡って、マスコミやらネット上で論争が起こっているから であることは間違いない。だが、そのような予備知識的なことは、この際すっ飛ばして、本論に移ろう。私がこのコラムを読んで不愉快になったのは、以下の箇所である。 ◆「書かれた当時の話し言葉の生きの良さが、評判になった小説だけに、訳文が命。などと書きながら、英語なんぞほとんど読めないので原文との比較はできないが、お金の余裕があれば野崎、村上両訳を読むと面白い。それぞれに味がある。◆全く以って呆れた文章である。野崎、村上両氏が出版したものは、あくまでも「翻訳」であり、かつての江戸川乱歩の著作に見られた「翻案」、すなわち、原著中のアイデアを借用しながら、日本の文化的背景に合ったものに書き換えた小説ではないはずだ(乱歩のそういった著作は、注文に追われてだったり、印税目当てだったりした可能性が大だが、そういった裏事情はこの際関係ない)。したがって、重要視すべきは、「原著の雰囲気を如何に上手く伝えているか」である。訳者の動機、出版社の狙いがどうであれ、少なくとも読者にとってはそうである。村上氏のファンの中には、原著をどう村上流に料理するか、そちらの方が楽しみな人もいるだろうが、それはまた別問題だ。 であるからして、英語を殆ど読めないと自覚している者がこんな文章を書いて、さらにアサヒ・コムという公共性の強いサイトにアップすることなど、無価値であるとしか言いようがない。朝日新聞社として、今話題の「ライ麦畑・・・」を扱いたいのであれば、原著を読める人に書かせるべきである。 |
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(2003-5-25)