実効性乏しき構想 

 7/12付けの朝日新聞夕刊に、以下の見出しが載った。
英語の先生 英語力特訓

 この記事は、文部科学省が発表した英語教育改革構想に基づいているのだが、本文を読むと首を傾げざるを得ない内容になっている。まずは、記事を以下に引用する(番号は私が振った)。

(1)(公立中学校、高校の)英語教員は英検準1級、TOEFL550点、TOEIC730点以上が目標

(2)全国の公立中学校、高校の英語教員6万人に能力別の研修を実施。年100人程度が海外の大学院で長期研修を受けられるようにする。

(3)TOEICなどの点数を採用条件や評価項目に使うよう教育委員会に求める。

(4)英語を母国語にするネイティブスピーカーの活用を広げ、正規教員として3年間で中学校に300人、将来的には中学・高校で計1000人を配置。週1回以上は外国人が教えるようにする。

(5)小学校の総合学習で英会話を扱う場合は、授業の3分の1は外国人が指導できるよう支援する。

(6)生徒側では、中学卒業時で英検3級、高校卒業時で英検準2級か2級の力をつける。大学卒業時には「仕事で使える」程度の英語力を身につけることを目指す。

(7)06年度から大学入試センター試験に、英語を聞き取るリスニングテストを導入。各大学の入試でTOEFL、TOEICなどを活用する。本場の英語に触れるため、現在は年間4400人程度の高校生の留学を1万人にまで増やすことなどを計画している。

(8)英語と合わせ、表現力の基礎になる国語力の向上も重視している。

 

 では、私の意見を述べよう。
 先ず第一にこの記事は、現在の公立中学校、高校の英語教員に中には、例えばTOEIC730点を取る実力が無い者が少なからず存在することを前提としている。何故なら、そうでなければ、先生を特訓する必要は無いからだ。

 だが、この前提自体、何らかの統計データに基づいているわけでもないので、真偽は不明である(もしもデータがあるならば、公開すべきである)。間違いかもしれない。従って以下の文章は、この前提を正しいものと仮定して書いている。読む場合は、注意していただきたい。

(1)今になって「目標」としているということは、現在の公立学校の英語教員の中には、ここに挙げた級やスコアを獲得していない者がいるということだ。しかも、大勢であることは容易に推測できる。そんなレベルの人達が、日本では英語を教えているということか。 
 だが、公立の学校教員になるには「教員採用試験」に合格しなければならないわけで、つまるところ、文科省は、「教員採用試験」中の英語の試験の存在価値を否定したことになる。
 しかし、そういった過去の経緯を大目に見るとしてもだ。 「目標」というからには、必ずしも達成しなくてもいいのだろう。
 更に、この「目標」とやらには、「いつまでにどれだけ」が書き込まれていない。まともな民間企業であれば、書き直しさせられるような「目標」である((2)以下についても同様)。

(2)6万人いる中から、年に100人を海外研修させる。つまり、600人に1人の割合である。20年間でも2000人である。どう考えても、焼け石に水だと思うが。それと、大学院で研修っていうけど、修士論文とか書くのだろうか。海外の方が、学位に関しては日本よりシビアではないのかな。

(3)これは(1)と同じ。「求める」すなわち「必須」ではない。

(4)これは(2)と同様で、絶対量が少な過ぎる。確かに難題であることは私も認めるけど。

(5) (2)、(4)に比べると、異様に数が多い。しかし、現実問題として考えてみれば、これは、英語教育をする小学校としない小学校を区分けし、そして格差を広げることに他ならないのではないか。

(6)これも結局は「目指す」なのだろう。第一、英検○級取得が義務になったら、それによる落第も有り得るわけだし。

(7)今まで何を目指してきたのだろうか? 

(8)昨今の日本語ブームに追従するかのように、とって付けたような「方針」である。

 以上見てきたように、今回の「構想」とやらは、題目そのものは比較的「マトモ」ではあるが、数値自体が焼け石に水であったり、時間軸がなかったりで、実効性に乏しいことは明らかだろう。お役所とはそういうものかもしれないが。

 

 ところで、例えば英検準1級を一度でも取った英語教員は、それ以降再び英検を受ける必要はないのだろうか。
 
 

 

 
 

(2002-7-13)

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