哀しきスポーツ・ライター 

 1月5日の朝、TBSが「リアルタイム新春SP」という番組を放映していた。コメンテーターとして出演していた、スポーツ・ライターの玉木正之という者の発言があまりにも馬鹿げていたので、ここに書きたくなった。なお、発言の引用は多少不正確になるが、意味は断じて変えていない。

 問題発言は、番組の殆ど終わりになった頃に発せられた。「日本を良くするにはどうすればいいか」 という質問に対して、
 新しきを止めて古きに学ぶ
と言ったのである。

 こういった意見がしばしば聞かれるが、あまり有意義だとは思えない。過去に学ぶ点はあるだろうが、それを如何に現代社会に当てはめるかが重要で、かつ難しいのだと思う。

 しかし、ここまではまだ笑って済ませる(何故なら、陳腐な発言だからだ)。続く発言が、あまりにも酷いのである。

 (1)日本は最も歴史がある国だ
 (2)アメリカなんか日本の10分の1くらいしか歴史がない

 まず(1)である。これは前の発言を受けている。すなわち、日本では過去に学べる遺産が沢山あると言いたくて、その根拠を歴史の古さに求めたいのであろう。
 しかし、それは土台無理な話である。日本書紀を元にしたとしても、建国はBC660年であり、中国の殷王朝のBC1600年(頃)に比べると「歴史は浅い」のである。もっとも、今時日本書紀の年代記述を信じているような人は、余程の変わり者か一部の老人だろう。

 事実としては、大和朝廷が成立したのは、どんなに早くてもAD4世紀だから、国としての歴史は1500〜1600年というのが、妥当なところであろう。  要するにこの発言は、事実として間違いである。よくもまあ、こんな初歩的な間違いを犯せるものである。

 次に(2)である。以上に述べた通りであるから、この発言も間違っている。とはいえ、10分の1という値そのものは本質ではない。ここには、「アメリカ合衆国には過去に学べる程の歴史の長さが無い」 という優越感が潜んでいるように思えてならない。

 確かに、アメリカ合衆国には、過去に学ぶべき「正の遺産」は少ないように思う。逆に負の遺産ならば、人種差別を代表としてそれなりにあるだろう。だが、そんなことは日本だって同じではないか。つい最近まで「アイヌ土人法」が残存していたのは、一体何処の国なのか。

 そもそも、過去に学ぶというのならば、何も「自国の過去」だけに縛られる必要など無いのである。外国の過去に学んだって良いし、国家の概念が無かった縄文時代に学んだって良いのである。そんなことすらも分かっていないのであろう、こいつは。

 ところで、問題なのはこの発言だけではない。明らかな妄言に対して、誰も反論しなかったことも問題なのである。反論が無かった要因は幾つか推測できるが、敢えてここには書かない。

 この発言主がもしも政治家であったならば、謝罪を要求されるかもしれない。それが文化人の発言ならば許されてしまう(恐らく、謝罪要求など出ないであろう)。ヘンな世相である。まあ、TVを見る側も、真面目に受け取っていない人が大多数なのかもしれないが。それに、こんな文章を書くと、「戯言で金がもらえるのも才能だ」などと言い出す奴も現れることであろう。

 

 

 

(2002-1-6)

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