平日の朝、在京民放TV局では、テレビ東京を例外として、朝刊記事を紹介するコーナーをやっている。視聴者からどのように思われているのか分からないが、もう何年も続いていることからして、概ね好評なのだろう。 最近は、このコーナーを見ることはめっきり減ったが、それでも時たま見てしまうことがある。大抵はがっかりしたり、腹が立つだけなのだが。
「朝刊記事紹介コーナー」の何が嫌かというと、新聞記事をそのまま伝える点である。新聞とTVとは異なるメディアであり、相互に監視する役割があるはずである。ところが実際は、新聞記事の内容自体が正確なのか、殆どチェックせずに放送しているのである。新聞記事には全く誤りがないのならばそれもいいだろうが、決してそんなことはなく、誤りは少なくない。これを、見る側・買う側に責任を転嫁することは許されないであろう(もちろん、見る側・買う側にも責任はあるが)。
その理由は、TV制作側は記事を取捨選択して紹介しているからである。選択をした時点で、伝える側の責任は生じているのである。
この意見に対し異論もあるであろう。
「新聞記事の真偽チェックをする時間など取れないのだ。」
確かに、1〜2時間程度で、取り上げる全ての記事の内容の真偽いついてチェックすることは不可能であろう。しかし、それは言い訳に過ぎず、正当性を認める気にはなれない。チェックする時間が無いのならば、コーナーを廃止すれば良いのである。あるいは、放映後にチェックし、間違いであったならば、翌日に訂正するという妥協点もある。
もう一点、TV側が真偽チェックをしない理由として、TV局が全国紙の系列化していることが挙げられる。スポーツ紙だって、一般紙の系列に入っている。こういう構造下において、TVが新聞記事を批判すれば、プロデューサーの首が危ういかもしれない。これは、系列外の新聞だけ批判すれば済むという問題ではない。実際、そんなことをすれば、槍玉に挙がってしまうではないか。いわく、「○○新聞は系列のTV局を使って、他紙を批判している。批判なら新聞紙上で行えば良いことで、卑怯であり、営業妨害としての姑息な手段である。」
冒頭に述べたように、「朝刊記事紹介」は、テレビ東京以外の在京民放局がこぞってやっている。中でも、テレビ朝日の「やじうまワイド」は老舗であり、数人のゲスト・コメンテーターが出演する(殆どレギュラーだが)という特徴がある。筆者には、あれらコメンテーターの態度も奇異に映る。新聞記事に対して何らかのコメントをする場合、彼(女)らはその記事を信用しているのだろうか。画面に映る態度からは、信用しているように見えるのだが。それとも、新聞記事が誤りである可能性もあると承知の上での「お遊び」なのであろうか。
そもそも、あれほど短時間(数分とかそのオーダーである)で、内容を把握し、かつ適切なコメントなんて出来るのだろうか。事前にリハーサルをしているとは思えない(そんな時間はないはず)。となると、思い付きでコメントしていることになる。
ことによったら、コメンテーターは、正確なコメント、中身のあるコメントなど求められていないのかもしれない。
(2001-11-11)
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