ついこの前、新聞のテレビ欄を見たら、「怪傑熟女!」という番組が最終回となっていた。誠に喜ばしい限りである。結論から述べると、私は「人生相談番組」が大嫌いであり、滅亡することを望んでいる。もっともそのために何か具体的行動を起こすわけではないが。とにかく、普段はこの手の番組は絶対見ないのだが、帰省すると親が大抵見ているので、どうにもならないことがあり、その時は本当に嫌な気分にさせられる。
どうにも理解できないのである、「人生相談番組」という奴は。以下に四つの疑問点を挙げてみる。
第1の疑問は、そもそも何故相談者が存在するのかである。
相談者は、TVというマス・メディア上でプライバシーをさらさねばならない。一部芸能人のように、プライバシーで飯を食っているのならともかく、一般人が何故そのようなことをするのだろうか。第一、あの程度の時間で本当に問題解決の糸口が掴めるとでも思っているのだろうか。
第2の疑問は、アドバイザーが不適格ではないかである。
アドバイザーというのが、弁護士や医師といった専門家ではなく、一介の芸能人である点が、「人生相談番組」の売りでもあるようだが、芸能界という特殊世界の住人が、他の社会に生きている人達に対して適格なアドバイスができるとは到底思えない。いや、同じ社会とて、例えば営業と技術との間には理解し得ない深い溝が存在しているというのに。一介の芸能人がアドバイスするなど僭越極まりないだろう。
ちなみに、先に挙げた番組は、「熟女」なる奴らがアドバイザーであるが、これは人生経験豊かだからという理由のみでアドバイザーの椅子に納まっているのだろう。しかし、「年の功頼り」は、或る一面では認められても、全面的に肯定してはならないと思う。
第3の疑問は、本当に役に立っているのかである。
相談者に対するその後のフォローが行なわれているのだろうか。見ないので分からないのだが、全てフォローすることなどTV局側にとって不可能であることは間違い無いだろう。こういうことを述べると、「人生相談番組からのフォローは不要」と反論する人がいるかもしれないが、フォローをする気も無く相談に応じるのは、単なる野次馬であって、アドバイザーの資格は無いのである。
第4の疑問は、何故視聴者が存在するのかである。
私は、視聴者は、他人の不幸を見て喜んでいるのだと思っていたが、或る人が言うには、「喜ぶのではなく安心する」のだそうだ。「自分はあれほどまでには悲惨ではない」ということなのだろう。
ひょっとしたら、このような疑問点は全て織込み済みで番組が制作・放映されているのかもしれない。つまり、相談する側も受ける側も「遊び」だし、見る側も「遊び」であり、「いちいち目くじらを立てるな」ということなのだろう。なるほど、そうかもね。だが、「遊び」ならばもっと楽しいことをやった方が良いと思うけど。
(2000-9-23)
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