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天保元年10月10日、出羽荘内清川村に生まれる。 18歳江戸に出て、経学を東條一堂塾・安積良斎塾・湯島の聖堂など
、当時の最高学府に学び、剣は千葉周作の玄武館に学び、
北辰一刀流兵法免許を得、弱冠25歳を以って江戸神田三河町に清河塾を開いた文武兼備の英士であった。 明治維新は主として薩摩・長州・土佐など関西雄藩の志士によって推進されたものであるが、清河八郎は東北の一僻地清川村に生まれ、これら雄藩の志士に互して、
常に主導的に風雲を起こした活躍は、明治維新史上特筆すべきものである。
「近世日本国民史」の薯者徳富蘇峰は、清河八郎をもって「維新回天偉業の魁」と称している |
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