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■初っぱなの、ガンダフルがバルログと落下しながら闘うシーンで、いきなり映画館の座席で悶える。落下してくる剣をはっしと掴んでバルログに挑むガン爺の姿はほとんど日本製超能力アニメのノリでした。
■ゴラムのCGは、すごい。たしかに肌の質感なんかは作り物めいているんですが、浮き出た背骨とか、ちゃんと骨格のある生物っぽくできてます。
■そして、ゴラムは某竹●登元首相に似てる、と思ったのはわたしだけだろうか……。 ■地面に横たわるアラゴルンのシーン、予告でも観てましたが、ついニヤリと微笑んでしまうくらい、お姫様チックでした(笑)。 ■野人やオークに襲撃されるローハンの村から馬で逃げ出す、エオサインとフレヤの兄妹は、当初「エオメルとエオウィンの昔の姿か?」と勘違いしていた。 妹フレヤがめっちゃ可愛い。これって、PJの娘? ■エオウィンは可愛い。方向によってはかすかに顎割れしているのが見えるけど、それをさしおいても可愛い。 エオウィンと並んでいるエオメルを観ると、どうしても「カールの方が年下……」と思ってしまってイカン。 ■蛇の舌グリマがね……。すごい達者な演技で、エオウィンを思慕したり、サルマンの軍勢を見て感激の涙をこぼしたりするものだから、どうもそれほど嫌なヤツに見えない。原作では、セオデン王を無気力にするのはグリマの口先三寸だけれど、映画では、サルマンがセオデンを操っていることになっているから、直接悪いことをしていないぶん、余計に「哀れな三下」「ただの腰巾着」っていう印象になる。 ■メリーは、旅の同行者のひと言により、林家ぺーに見えてしかたなかった。それがなくても、今回はなぜかカツラが馴染んでないように見えました。 そして、なぜか今回、ピピンが可憐に見えました。中味30過ぎのおじさんなのに〜(涙)。 木の髭は、もっと太く、短足なイメージだったのでちょっと不満。 旅行途中で、「トールキンが愛して、生前最後の写真をその前で撮った木」というのを見てきたんですが、せめてその木ぐらいの太さはほしかった。
トールキンの木 枝が分かれはじめる高さが1.8mくらい。 (余談ですが、トールキンの墓参りもしてきました。トールキンがC.S.ルイスらと集ったパブ「TheEagle and Child」でお昼もしてきました。/ただの自慢) ■追放されたエオメルの軍勢が、アラ・レゴ・ギムリと会うシーン。 エオメルの号令の声がめちゃくちゃいい声です。あの声で耳元に直に囁かれたら腰に来るだろうな、というくらいいい声。 そして、複数のサイトで同様の感想を見ましたが、メリピピが死んでいるのではないかと言われて絶望に目を伏せる王様へ、なにも言われないのに馬二頭をあげる(原作では貸してるだけなのに)エオメルは、絶対に王様の色気にやられちまったに違いない。 ■あと、超つまんないところを気にするんですが、エオメルの兜のデザイン。 どこかでローハンの首都エドラスは北欧風の建築をイメージした、っていうのを聞いていたので(そしてその雰囲気はよく出ていたので)、だったらローハンの兜もバイキング風とかケルト風とか、ゴンドールとの差別化を図るためにももう少しプリミティブなデザインの方がよかったかな、とか。鼻を被う部分の馬のデザインが、アール・ヌーボー風に洗練されすぎている気がしました。 つーかわたしがそっち系のデザインが好きだから!(笑) ■エオメルたちが築いたオークの死体の山を前に、メリピピを救えなかった悔しさにヘルメットを蹴飛ばす王様は、「ここで足の指の骨を折ったんだよな……」という役者情報が頭に浮かんで感動が薄れてしまった。 エルフ語で追悼をつぶやくレゴラス、やっぱ演技へ……(以下自主規制)。 この後、王様が地面に残った跡からメリピピがファンゴルンの森へ逃げ込んだことを推理するところを、「サイコ・メトラー」という感想を旅の同行者から聞いて以降、苦笑せずには見られません。 ■ファンゴルンの森でアラレゴギムリと再会したガン爺が、飛蔭に乗るときに着ていたエルフのマントがどこから出てきたかは、永遠の、もといSEEが出るまでの謎。 ■死者の沼地で、沼に足を突っ込んだサムの引き上げた足を見て「マジでこんなところに足突っ込みたくないよ(怖)」と思ったくらい生理的嫌悪感を催しました(誉めてる)。でも、死者自体は、TDLのホーンテッド・マンションみたいできれいだった。 ナズグルの乗り物の鳥(?)、羽ばたき方がどうも不自然な気がします。でも、音響がよかったせいか、本当に後の方から「キシャーッ!」という鳴き声が聞こえて驚いた。 ■スメアゴルって、向こうの発音だと「スミーゴー」なのね。いや、それをいったらアラゴルンも「アラゴーン」だけど。 ■黒門まえで行進してきた東夷の兵士は、エキゾチックで格好よかった。 その兵士の目から隠れるために、石に足を挟まれて動けないサムごと、フロドがエルフのマントをかぶると、それが岩のように見えて兵士をやり過ごせるんですが、エルフのマントが自然にとけ込んで姿を見せなくする、という効用って、FotRのSEEでもちゃんと説明はなかったような……。 ■エドラスの宮殿にアラレゴギムリとガン爺が入っていくところ、武器を取り上げられてしまうのに、せめてもの抵抗で、レゴが短刀二本をくるっと回して渡したり、アラも居合い切りできそうな勢いで腰の短刀を抜くのが格好いい。 杖を取り上げられそうになったガン爺が、老人のふりをして持っていくのを許されるところ、ガン爺とアラゴルンの思わせぶりな目配せとか、ガン爺を助けるように腕を支えて歩くレゴとか、可愛い。 そして、ガン爺に襲いかかるグリマの手下を、アラレゴギムリがばったばったとのしていくシーン、「水戸黄門だよね〜」と聞いて以降、水戸黄門にしか見えなくなりました。 ■ガン爺からサルマンの呪縛を解かれ、倒れ込むセオデンを支えに駆けつけるエオウィンが、本当に伯父想いの娘らしく、可憐でした。 グリマを追放した後、息子セオドレドがいないことに気づいたセオデンの驚きと、その後セオドレドの墓の前で悔し涙を堪える姿、最高です。胸に迫りました。 ■宮殿で、アラゴルンたちが食事をしながらセオデンの今後の方針を尋ねる場面、いくら食事しないからって、レゴは立ちっぱですか?(あ、でも、FotRのモリアで休憩しているときも、レゴ同じ格好で立ちっぱなしだったな、そういや) ■追放されて国境付近にいるエオメルの部隊を連れ戻すため、ガン爺が飛蔭で飛び出して行くんですが、なにも馬小屋の中から全力疾走する必要はないだろう、と思ったのはわたしだけではあるまい。レゴを引っかけそうでヒヤッとする。 ■ゴラムのなかで、善意であるスメアゴルと悪意であるゴラムが葛藤する場面、このシリアスなシーンで、なぜイギリス人の観客は笑うのか。 イギリス人にとって、個人の中の二面性の葛藤ってのは、そんなにナンセンスなのかなぁ。キリスト教文化圏の人たちにとって、悪の心は、存在してはいけないもの、つねに克服すべきものだからかな。 ■ゴラムを追い出したスメアゴルが、フロドの歓心を買おうと捕ってきたウサギをサムがシチューにするシーン、ほのぼのしていて可愛いです。 そして、「じゅう」登場。いや、すごい。かっこいい。 ■ファラミア。すごく貴族的というか、品のいい(でも少し神経質そうな)顔立ちをしている。以前、「ボロミアの弟ということで、顔が似ている俳優を選んだ」と聞いていたが、ぜんぜん印象は違う。これで、観客の同情を引く性格だったら人気沸騰していたろうに……。かわいそうなウェナム氏。でも、彼の見せ場は3部だから。 ――原作の3部では、すぐに負傷して療養院に運ばれて寝てるだけだけど。彼が積極的にしたことと言ったらエオウィンを口説くことだけだった気が(暴言)。 ■滝壺で魚を採るスメアゴルが、楽しそうで可愛い。フロドに呼ばれて素直についてくるところも。だからこそ、だまし討ちにして捕まえるファラミア配下がニクイ。フロドに騙されたと思って嘆くゴラムがまた可愛い。 ■「あれだけあの美人なフロドにプリーヅって言われても顔色を変えずにゴンドールへ引っ立てていくファラミアは、鉄の心を持っているに違いない」とは旅の同行者の談。 ■その「鉄の心を持つ男」ファラミアと兄の執政兄弟を深く愛する、別の旅の同行者は、上記発言に対して「あのファラミアは、愛しい兄上の亡骸が流れてきた幻影を見て動揺していて、『ファラミアじゃなくなってる!』んです!!」とのたもうた。 ■アラゴルンの回想で、寝ているアラに音立ててキスするアルウェンを見て「あくまで王様は受けなのね……」と思う。 エオウィンが、眼だけで王様への思慕を可憐に表現しているのと比べると、どうしても、アルウェンが王様に恋しているようには見えないんです。王様も、素直な思慕を向けてくるエオウィンへの思いやり深い眼差しと比べて、アルウェンを見る目は、どうも愛情が感じられない……。 せめてアルウェンが、レゴのように「王様らぶらぶ光線」出しまくりの視線でアラゴルンを見てくれたら、と思ったと同時に、脳内自動変換機能が作動し、アルウェンがレゴにすり替わりました。 ■ワーグ襲撃の場面。あそこで死んだのがハマだとは、2度目に観るまで気づいてませんでした。 ワーグのCGについては不評も目にしましたが、仏映画「ジェヴォーダンの獣」を観た者にとっては、「よくできてるじゃん」と思います。(「ジェヴォーダン……」自体はとってもナイスな映画でした。獣も造形は格好良かったんですが、いかんせん動きが。) レゴが、ハマを殺したオークにとどめを刺して後続へ警告するシーン、すごく荒々しい表情をしています。それはそれでもいいんですが、ここはクールに無表情でとどめを刺して、血飛沫がきれいな顔に飛ぶ、くらいのベタな演出だったらうれしかったかも。 そうそう、エドラス宮殿での助さん格さんの格闘シーンでも、レゴがボクシングのようなポーズで闘っているのが、どうも……。これもベタですがカンフーとかテコンドー系の足技を使うシャープな闘い方のほうがエルフっぽいと思う。レゴの長い脚が引き立っただろうに。 ■王様が、ワーグに飛び移ってオークに頭突きするところ。見ていて自分の額も痛くなりそうでした。だってオークの方が頭固そうで。 そして、王様はワーグから落っこちそうになるけれど馬具(というかワーグ具?)に手首のなにかが引っかかってはずれず、崖から転落するのですが、引っかかったのって篭手? それはもしかしてボロミアの遺品? それはやはり、ゴンドールには行ってくれなかったくせにローハンは助ける王様へのボロミーのあの世からの恨み?(嘘) ■ここはアラレゴ萌えポインツで誰もが指摘することろですが、戦闘が終息し、真っ先にアラがいないことに気づくレゴ。最後まで闘っていたオークに「あいつは落ちた」と言われて憤るレゴ。崖から下の川を見下ろして絶望の表情を浮かべるレゴ。そして、セオデンが肩を叩いて諦めさせるのへ、悲しげな顔を向けるレゴ……。 あああ、なんて可愛いんだオーリ!! なんというかもう、これって役者本人の思慕が溢れかえって零れだしているって感じですよね!(<お約束……) ■中つ国に残るというアルウェンを説得するエルロンドのシーンで、遠い未来、アラゴルンに死に別れたアルウェンの行く末を語るエルロンド。 あらかじめ聞いていたから、この話の挿入にはそれほど驚かなかったんですが、エレスサール王の墓の石像、脚が短いような気がします。 そして、上目遣いのアルウェンが涙を流す。うつくしいんだけど、上目遣いなのに顔の比率が普通の人の正面顔と変わらないってのは……。 気絶して川を漂っているアラゴルンが、アルウェンにキスされる幻想の後に目覚めると、実は彼の乗馬ブレゴが彼を鼻面でつついて起こそうとしていた、っていうのも……。 そして、このシーンで他のイギリス人観客もくすくす笑っていたような……。 リ●馬面は万国共通認識ってことでOK? ■ちょうど映画の真ん中あたりで、ガラドリエル様のモノローグが入るんですが、スミマセン、ここで毎度意識が一瞬途切れました(汗)。 ■アラゴルンがヘルムス・ディープへご到着シーンは、またまたアラレゴ萌えポインツです。アラがオークに引きちぎられたエルフの石を取り返していたレゴが、アラに返すシーンの、手が! 名残惜しげになかなか離れない(<と見える)手が!! ■実は、戦でなかなか煮え切らないセオデン王の描かれ方は、ちょっとセオデン王の魅力減退なんですが、やっぱり、原作と違ってエオメル(=跡継ぎ候補)が一緒にいないので気弱になってるんでしょうか。 ■そして、そんなセオデン王を見てどんどん不安になってくる王様に、追い打ちをかけるレゴ。それへ思わず感情的に言い返して、王様とレゴ、対立しますが、レゴがすぐに折れるあたり、やっぱりアラレゴ度が高い。 ■落ち込んでる王様の前で、不安そうに武器を持たされているハレス少年は、亡くなったハマの息子だったんですね!(聞き取りだけではわからなかった) ハレス少年かわいいよ。と思ったら、脚本のフィリパ・ボウエンの息子らしいです。んで、その近くにいる少年はVさんの息子ヘンリーくんらしい。ハレスが可愛いんで目に入らなかった。ゴメン、Vさん。 モブネタでいえば、PJも壁から石を投げる役で出ているらしい。それから、もう少し後のシーンで、アラン・リーと誰だかも出てるらしい。 ■ヘルムス・ディープの戦闘シーンは、スゴイと言っておこう。前線が後退していくのが映画のなかでも(3度目にして)よくわかった。 実は原作を読んでいても、この辺の戦況の変化はいまいちわかりづらかったのですが、さすがその辺は映画ですね。 ■ハルディアは、おいしいところを攫っていく役でした。援軍を引き連れて駆けつけたところで、王様に抱きつかれて苦笑ぎみの顔とか、ご臨終の際の、なにが自分の身に起こっているのかわからない様子で頽れていくときの表情とか、エルフらしい透明感に溢れていていいです。FOTRでは、あまり表情の変化のない演技だったから「ハンサムじゃない」とか言われちゃったんでしょうか。とくに横顔、端正な輪郭がステキ。 ■そのハルディアは、裂け谷とロスロリアンからの援軍を連れ、エルロンドからの伝言を携えて来たわけですが。 旅の仲間がロスロリアンを出発したのが2/16。角笛城の戦いは3/3〜4。中つ国はひと月30日ですから、実質17日間の間にガラドリエルとエルロンドは連合軍を送ることを決めて、準備して、連合軍は裂け谷からずーっと南下して来たってこと、ですか。 なんか、旅の仲間ご一行様がロスロリアンを出発するより先に出てないと間に合わないんじゃ……。 というか、角笛城でサルマン軍と決戦するとわかっていなきゃエルフ軍はヘルムス・ディープへ向かえないわけですから、ローハンの民がエドラスからヘルムス・ディープまで移動してさらに数日の間に、軍を送らなきゃならないってことか! 全軍徒歩のエルフ軍は、いったい何日で角笛城までたどり着いたんだ?! ちなみに、「中つ国歴史地図」を参考にして、裂け谷から角笛城まで、すごくおおざっぱに150リーグ(≒450マイル)としよう。一般的な徒歩を時速2〜2.5マイル(エルフはもっと早く歩けるかも知れませんが、行軍なので多少余計に時間がかかると考える)、エルフはそれほど休憩がいらないので1日15時間歩き続けたとして、1日の行程は約37.5マイル。すると、およそ12日間で到着できる計算になる。すると、裂け谷を出発したのは2/21ごろ。――まだボロミア生きてたよ、そのころ(汗)。 ■エントは会議で戦争に参加しないと決まり、メリピピを故郷近くまで木の髭が送ってくれることになるんですが、そのときピピンが機転を利かせて「南へ送ってくれ」と言い、木の髭にアイゼンガルドでたくさんの木が倒され、燃やされているところを見せます。ショックを受ける木の髭にいかにも申し訳なさそうに謝るピピンが可愛い!!!(30過ぎのオヤジなのに……) アイゼンガルドに復讐を決意した木の髭の呼びかけに、ファンゴルンの森から大勢のエントが現れますが、ここも、それこそマクベスのように「森が動く」くらいの密度でエントが出てきて欲しかった気が。でも、エント人口はもうそれほど多くないはずなので、あんなものなのでしょうか。 ■そして、崩壊寸前の角笛城は、5日で戻るとガン爺が言った、まさにその朝を迎えようとして、最後に城から出て騎馬で打って出るローハン騎士団――格好良すぎるよ。 朝日とともに現れる白のガンダルフ――。さらに格好よすぎ!! その背後から現れるエオメルの号令がまた。 とはいえ、追放されたエオメルがアラゴルンたちに会ったときは、せいぜい30騎くらいしかいなかったのに、いつの間にあんなにたくさんの騎馬を集めたのかは、おそらくSEEで明らかにされることだろう。 ■オスギリアス描写を見た旅の同行者が、「いままであんまり意識してなかったけど、あそこを見て『たしかにゴンドールって戦争の最前線なんだ』と思った」という意見に納得。あんなに頻繁に岩が飛んできたりナズグルが飛んできたりしたら、ボロミア兄さんは是が非でも指輪をゴンドールへ持っていきたいと思ったことだろう。 そして、ナズグルに吸い寄せられるように指輪に半分乗っ取られたフロドがふらふらと城壁の上へ出てきて、怪鳥の前に現れるシーン。不覚にも、ゾクゾクしてしまいました……。ああもうそのまま攫ってって愛のタンデムお願いしまっす!(乗っ取られ/操られて悪に堕ちる系に弱いワタシ) でも、この後のサムの旦那がえらい男前なんです! 指輪に支配されてサムに襲いかかるフロドに「It'syour Sam.」と呼びかけて正気に戻らせる。そして、自身を失うフロドに、サムの独白が……。 ヘルムズ・ディープでのエオメルたちの一ノ谷の合戦のような絶壁下りや、エントによるアイゼンガルド崩壊のスローモーションにかぶるサムのせりふは、本当に泣かせます。大きな歴史の流れの中で、無力な彼らはときに絶望にかられるけれど、それでも死力を尽くす「小さき人々」。ううっ……。 ■最後のゴラムの思わせぶりなせりふはあきらかに第3作への直接的な「引き」。つづきは1年先ですか、PJ……とだれもに呟かせること必至。 ■ここに挙げられた数々の疑問に対して、旅の同行者たちの合言葉は「SEEがでればわかるよねー!!」。……頼りにしてまっせ、PJ。 ■でもよくよく考えると、実は最初にFotRを見たときは、(あとどれくらい続くんだろう……と)途中で一度時計を見たんですが、TTTではそんな余裕もなく(いや、一瞬意識を失ったけどさ/汗)、あっという間の3時間でした。 ■映画全体への評価としては。 わたしの映画への評価点のひとつに、「2時間という限られた時間のなかで、どれだけ必要十分な要素を上手く盛り込んで脚本をつくるか」ってのがあって、そもそも原作付きの映画は「映画化」ではなく「映像化」でしかないと思います。「映画化」するなら、原作をばっさばっさと切り刻んで、不要な部分は捨てなきゃならない。そういう点で、すでに原作にコアなファンがいるこの映画の場合は、映画として不要だからといって捨ててはならない要素(FotRにおけるトム・ボンバディルのようにね……)があるので、映画として成り立たせるのはどだい無理でしょう。
そういう意味で、「映像化」としては、すばらしいと思う。この映画を観ながら、観客が原作を自分の中で再現させるには、文句ない。
あとは、映画を通して、大画面で一大スペクタクルを再現していっとき別世界を体験する、という意味でも、すばらしい。
ただ、単体の映画として独立して評価できるかどうかは……、第3部までまとめてでないと評価できない、っていう意見は正しいと思う。
でも、「映像化」が映画に劣るとは思ってません。 だって、この映画は、原作ファンが原作ファンのために作った映画だと思うから。
映画って代表的な大衆消費(マスプロダクション)文化ですが、これからの個人消費の時代、原作ファンというターゲットを絞りこんだ商品戦略は、非常に正しい選択だと思います。全世界に数千万単位で原作ファンがいて、その人たちだけをターゲットに商売して十分ペイする商品であれば。
だから、昔ながらの大衆向け映画にすべく下手なラブシーンを入れようとしたスポンサー(だか誰だかは知りませんが)は、営業戦略として間違ってる(と思う)。
……いや、原作ファンだけでペイするかどうかわからなかったからマス向けに原作を改編したのでしょうけれど。
本当だったら、ああいう大河歴史ロマン的な原作は、テレビドラマみたいな感じで、毎週1時間ずつ、1年間かけてゆっくりじっくり見せてくれる、ってほうがあってる気がする。や、でもそうすると放映1回ごとに見せ場を作るのがかえって難しいか。それに、あの広大なうつくしい風景は映画館の大スクリーンで観ないとね。
あいや。なにを語ってるのか自分でも収拾つかなくなってきたのでもう止めます。
(以上)
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