ごあいさつ
雨あがりの森は清々しい―。
快よい水浴びを終えた梢を軽やかに飛びかう
小鳥の群れ。
草の葉のそよぎ、耳もとをかすめる虫の羽音、
そして地中から生まれいずる生命にも
常に新たなる自然の調和。
ひとひらの落葉も、虫の羽もすべて生きるもの達の糧。
何ひとつとして無駄のない自然―共生。
生態系の営みを観察し、ガラスのキャンパスに
永遠の命を彫刻する。
作品の中に自然の息吹とぬくもりを感じて
いただけたら幸せに思います。
ガラス工芸作家 竹内 洪
Takeuchi Ko
竹内 洪 略歴
1942 東京都生まれ・出身地多治見市
1974 神奈川県立鎌倉近代美術館・「ガラスの美」展等出品
1978 世界クラフト会議(W・C・C.J.P.N.)ディレクタ−就任
「現代ガラスの美展」京都高島屋
1980 東京国立近代美術館招待出品・京都国立近代美術館
招待出品
1982 独Frankfurtにて世界初のサンドブラスト精密彫刻
「菖蒲」「松籟」「薊」など十数点を発表
1983 独・仏・伊等のEurope各地作品展・Czechoslovak
| GlassRevlew・国内展「竹内 洪ガラス工芸展(個展)」
| 三越百貨店(大阪)・赤坂 游ギャラリー(東京)「竹内
| 洪師弟展」・阪急百貨店、和光、たち吉他・「協会展グル
| ープ展」各国美術展・各地百貨店・Cannes Palais
| カンヌ国際芸術展大賞受賞・France Serge
| Marjisse賞受賞・ニューヨークSOHO大賞受賞
| N.Y.Gallery MORINA・HELLER Gallery・日本伝
| 統工芸展等出品・英国Middlesbrough美術館(受賞)・
| NAVIO美術館・日本ガラス工芸協会展等出品
1998 大阪府工芸功労者表彰・国内外招待出品及び審査員
2002 I.W.G.ドイツ国際G展招待出品・東京、大阪個展
所 属 日本ガラス工芸協会・日本工芸会・大阪工芸協会
・日本煎茶工芸協会・W.D.C.国際デザイン協会
京都国際工芸センタ−・奈良デザイン協会・茨木
美術協会 ・ アトリエ・大阪茨木市千提寺
作品製作技法の説明と歴史
私の作品のほとんどが、「外被せ(ぎせ、きせ)」という技法で、ガラスを吹製(すいせい)しその外被せガラスを素材に「サンドブラスト」という技法で彫刻をしている。
●「外被せ」
―母体となるガラス表面を、色ガラスで薄く被う、かなり高度な技法である。
竿(鉄のパイプ)の先に母体となる透明なガラスを必要量まきとり、その表面に色ガラスを均等に薄く(0.1〜0.5_)つける方法で、私の場合6層〜10層前後の被せガラスを吹製する。
なぜそのような多層にするかといえば、「侘・寂(わび・さび)」の日本的な叙情感が、より表現ができると思うからである。たとえば緑色を求めるとき、青と黄、或いは橙(だいだい)と黄または菫色と琥珀など、複数の色をかさねることにより、趣のある緑色がかもしだされる。
●「サンドブラスト」
―砂を勢いよく被写体にあてて、その表面を梨地にする技法。
多層の外被せでできたガラス素材に、ビニール膜を貼り全体をカバーする。カバーされた膜に図柄を描き、彫刻したい部分の膜をカッターナイフで切り取る。膜を切り取った所だけガラスの表面が見える。露出したガラス面に圧搾空気の力を利用し、砂を勢いよく吹きつけて梨地状にする。最初はスリガラスのように不透明になり、長時間、砂をあてれば次第に彫れてゆく。目的の深さまで彫れたら、次に彫りたい部分の膜を切りとり前より心もち浅めに彫る。これを繰り返す事により段差が生じ、立体感ができる。
この作業を100回200回と繰り返し、作品は完成する。
●「サンドブラストの歴史」
―1870年アメリカのテイルマンにより装置が発明。
■明治42年ベルギーより旭硝子尼崎工場が装置を輸入。■大正13年ドイツの装置を東京の中島飛行機が輸入。■昭和29年日本国有鉄道が鋼体車外板の塗料及び錆剥離の作業用としてサンドブラスト装置の特許を公告する。■昭和45年頃(株)カメイガラスのデザイナーであった竹内 洪が(株)竹中硝子の久世昭利氏の協力を得て昭和50年頃、世界初のサンドブラストによる細密ガラス彫刻を確立する。■その後、日東電工(株)、アキツ産業(株)の協力を得て更に精度を高め海外で未曾有のグランプリ、大賞受賞を重ね、サンドブラストガラス工芸のジャンルを国際的に確立する。■昭和50年頃、一代で終える事のないよう後継者育成に努め現席門下生を始め、多くの弟子の中から伝統工芸、日展、独立作家が全国に育っている。*サンドブラスト教室入門はメ−ルで。
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