(2000/02/06書き始め、2000/02/14UP)
去年の6月Kanonが発売された頃、私のネットワークの使い方は、web情報収集と、友人とのメール交換だけでした。
友人とのメール交換は楽しいものでしたが、自分が好きな作品について深く語ると言う意味において、物足りなさを感じてもいました。
そんな頃、KEYのオフィシャルホームページ(以下OHP)に出会いました。
そこのネタバレ掲示板を覗いたとき、生まれて初めて、掲示板で発言したい、と思いました。
そこでは、Kanonから何かしらを受けた人間が、本気で、深く語り合っていたのです。
Kanonというとても私が好きな作品について語り合ってるその輪に加わりたい、考察について意見を交わしあいたい、そう思いました。
しかし、私は考察の輪には加われませんでした。
というのも、ネタバレ掲示板では殆どチャットのような速さで長文考察が次々アップされていたからです。
自分の考察を述べるにも、人の考察に意見するにも、既に投稿されている考察は熟読しておく必要があります。そして、その上で自分の考えをまとめなければなりません。
過去の発言をよく読まないで、自分の言いたいことだけを発言することは、私の望むところではありませんでした。
私がやりたかったのは、自分の思うことを他人に公表することではなく、同じKanonという作品に思いを持った人々と語り合うことでしたから。
そして、OHPのネタバレ掲示板で発言されていた発言の量は、私の許容量を超えていました。ざっと目を通すのが精一杯で、とても熟読して自分の考えをまとめることは無理だったのです。
そうして、私はOHPでの発言をあきらめました。
「学生のように時間があったらなあ」
そんな風に思ったりもしました。今にして思うと、ただの逃げに過ぎないのですが。
その後、OHPのネタバレ掲示板は、荒らし問題や、ネタバレのあり/なしでもめたりして、初期のネタバレ掲示板と雰囲気が変わりました。少なくとも、私はそう感じました。
OHPの現状を憂えた人々によって、KEYの掲示板を考える掲示板(以下i.am/keyfan)もできました。
i.am/keyfanでは色々なことが論じられてきました。
OHPで発言する必然性、ネタバレ有無の是非、果てはネチケットの話題まで。
そして、今も論じられ続けています。
当初のOHPが大好きだった私は、i.am/keyfanでも言いたいことは山ほどありました。
しかし、私はネタバレ掲示板で殆どROMだったこともあり、口を挟むべきではないと自分に言い訳して、議論には加わりませんでした。
ただし、ここでの議論されたことは、発言の際、私にとって常に意識することになりました。
個人レスよりは話題レスを返す方が望ましいこと、削除キーの明記は発言に責任を持ってないと受け取られる場合があること、そしてそういったことに関する意識を一人一人が書き込みの際持つようになること自体が大事であること、等々。
見ていて不快な場面もたくさんありましたが、こうした意識を持てるようになったことを、i.am/keyfanで発言されていた全員に感謝したいと思います。
もめたOHPが一段落着いた去年の9月頃、思い切ってネタバレ掲示板にKanonにおける疑問点を投稿してみました。
その質問にはレスはもらえたけれど、以前、私が参加したかったような考察スレッドにはなりませんでした。
理由は幾つかあったと思います。
まず、私のネタ振りが未熟だったこと。
それから、Kanonをやりこんでいる人には既に論じるまでも無い疑問だっただろうこと。
……そして、初期からいた考察系の方々がKEYのOHPに書き込むことをやめていたこと。
最後の理由は、当時の私にはとても淋しいものでした。
あの私の好きだった雰囲気のKEYのOHPはもう無いんだ。もう戻ってこないんだ。
あの雰囲気に、私が加わることはもうできないんだ。
そんな風に感じました。
この当時の私は、なぜかは分かりませんがKEYのOHPに固執していて、個人運営の掲示板で同じことを実現する可能性に全く思いは至りませんでした。
兎にも角にも、初考察系スレッドの立ち上げに失敗した私は、くじけてまたROMに戻りました。
そんなとき、目を引く発言がありました。詳しい内容はもう忘れてしまいましたが、
「もっと詳しく聞きたい方は、私のHPを見に来て下さい」
のような内容だったと思います。私は、その投稿からリンクされていたHPに寄ってみました。
そのHPは考察系のページでした。考察の内容も然ることながら、それ以上に一番目に付いたのが、雑記に書かれたハイパーべるーヴ(ハイべる。現ハイパーみらーヴ)のCDについてでした。
その考察系のページと言うのが雪駄さんのページで、一番目を引いた雑記と言うのはこれなのですが、その雑記で触れられている同人CD『Real
Season』が無性に欲しくなりました。もともとゲームミュージックは大好きでしたし、音楽にも惚れたONEとKanonのアレンジと言うものに興味があったからです。
雪駄さんのページのリンクからハイべるのHPを覗いてみると、ちょうど通販をやっていたこともあって、すぐ申し込みました。去年の10月頃のことです。
『Real Season』が来て、そのレベルの高さに痛く感動した私は感想をハイべるに送りました。
考察はできなくても、作品をよく味わえば感想は書けます。
OHPで掲示板での議論参加に挫折した私は、感想メールを作品の制作者に送ることで、新たな交流を切り開こうとしたのかもしれません。
それはさておき、11月に、ハイべるはみらーヴに変わり、しばらくしてアンケートの集計結果がアップされました。
私がハイべるに送った感想か、ハイべるで公開されている集計結果を見ると分かりますが、私の書いたアンケートには、CDを手に入れるまでの経緯が正直に書かれており、その内容には雪駄さんの名前が入っています。
ハイべるで公開されている集計結果では、どの回答を誰が答えたかは分からないようになっていましたが、自分の名前が入ってるのを見た雪駄さんが、みらーヴの掲示板でその件について発言されました。
それを見た私が、その回答が自分であることをみらーヴの掲示板で名乗り出たのが、雪駄さんと知り合ったきっかけです。
その後、改めて雪駄さんのページをよく見てみると、特に雑記が読みやすく、非常に興味深い内容が書かれていました。
雪駄さんの雑記から張られていたリンク先のページもまた然りでした。
どこのページも、自分が書きたいこと、伝えたいこと、そして、人を惹きつける内容で溢れているように思えました。
「自分のHPか……」
昔からHPを作ってみたいと思っていましたが、立ち上げに要する労力、維持にかかる手間を思うと、果たしてそんな時間はあるのか、気力は続くのか、と、これまではなかなか踏ん切りがつきませんでした。
書きたいことは色々ありました。日々の出来事・思うことを日記として書き留めること、好きな作品とそれに対する想いを書き留めること、そしてその想いの形の1つである自分のコレクションを書き留めること。
以前はそういった内容をメールで友人に送っていましたが、みんな社会人になって忙しくなったせいか、それとも独り善がりの内容のメールに愛想が尽きたのか、レスをくれることは殆どなくなっていました。
私は、先のような内容のメールを友人たちに送ることで、自分の記録を残すと共に、自分の世界を伝えることで、それに共有する部分を友人たちが見出して、それに関して彼らと語ることを望んでいました。しかし、それはもはや、叶わなくなったのです。
彼らは今でも面と向かって本音で語れる私の数少ない大切な友人に違いありません。ただ、メールでのやり取りというものが、彼らが望む形態ではなかったということです。
いずれにせよ、相手に望まれないメールを送り続けるということは、私にとっては不本意で、苦痛なことでした。
しかし、メールを送るのをやめると言うことは、自分の内面の1つを吐露する機会を失うことでもあり、それも私にとっては耐えがたいことでした。
そうして目をつけたのが、HPでの日記というものです。
自分の記録を書きとめるにはもってこいだし、メールと違って、望まれないものを人に送りつけてるのではないかと気にすることもありません。さらに、友人たちに近況を伝える役割も果たしてくれます。
私はHPを立ち上げました。去年の11月下旬のことです。
HPで日記やコレクションを書き留めたいというのは上に書いた通りです。
しかし、好きな作品に対する想いをどういう手段で書き留めるかは、まだ考えがまとまっていませんでした。
OHPを見てた当初は考察ページを作りたいと思っていたのですが、雪駄さんを初めとした考察系の方々のHPの内容の深さに脱帽して、このとき私は自分が考察ページを作ることを半ばあきらめていました。
そこで、好きな『ONE』『Kanon』について気軽に語るページにしよう、自分が買ったコレクションについて軽く感想を書くページにしよう、そう思っていたとき、雪駄さんのぺーじからリンクで飛んだkojimaさんのページに衝撃を受けました。
自分が作りたいと思ってたページの理想に近いものがそこにある、と。
折りしも、kojimaさんのページでは『ONE〜輝く季節へ〜
FAQ』が行われており、ONEの質問に対する回答を募集していました。(今も募集しています。)
さらに、そこで、雪駄さんと、こちらもまたOHPのネタバレ掲示板で名前をよく拝見していた11番目の猫さんが回答しているのを見て、以前果たせなかった考察系スレッドへの参加をそこへの回答に重ね合わせて、拙い回答ながらも投稿しました。
こうして、kojimaさんと知り合いました。
自分のHPと言う自己表現手段を新たに手に入れた私は、さらに自分のHPからリンクを張らせて貰うことで、雪駄さんとkojimaさんに、感想を伝えました。
このときは全く予想していなかったのですが、嬉しいことに2人から相互リンクもしていただきました。
ここで、ようやく私はHPがもう1つの役割を果たしてくれる可能性に気付きました。
その役割とは、世界(この場合、ONEとKanon)を少なからず共有できるweb上の人たちへの、自己紹介です。
好きなHPがあって、そのページから得られたことに対して、そのHPの作者に気持ちを伝えたいと思ったとき、これまで私は感想メールを送っていました。でも、メールだけでは、自分がどんな人間で、何を感じてその感想を書いたのか伝わりにくい場合があります。
しかし、自分のHPがあれば、その好きなHPにリンクを張ることで、リンクを張りたいと思った自分の気持ちを伝えることができます。
さらに、「リンクを張らせていただきました」と報告すれば、大抵の人は一応どんなページからリンクを張ったのか見に来てくれます。私が作ってるHPを見ていただくことは、私がどんな人間か知る一助になります。
また、逆に感想をもらったり、相互リンクをしていただくことで、さらに交流が深まる訳です。
今思うと、当たり前なのかもしれませんが、当時の私には衝撃的なことでした。
HPを作ると同時に、OHPやi.am/keyfanに出入りする頻度はめっきり減りました。
自分の手に入れたかった交流を手に入れつつあったからです。
その後、kojimaさんのFAQに寄せられた回答の回答者が、これもまたOHPのネタバレ掲示板でよく名前を拝見していたtatuyaさんとやまさんであるのを見て、私が当時望んでいたOHPの雰囲気をそこに垣間見たような気がして嬉しくなったりもしました。
彼らの回答の内容の深さも相まって、1人だけ場違いだったのではないか、と同時に恥ずかしく思ったりもしましたが。
この後、同人音楽CDにハマるのですが、それは冬コミのレポートに譲ります。
新年になって、kojimaさんのところでやまさんのSSがアップされました。
やまさんは、OHPのネタバレ掲示板でROMしていたとき、私が初めに名前を覚えた方で、Kanon発売当初、OHPでは一番よくその考察を読ませていただきました。内容が分かりやすく、自分の感性に一番合っていたからです。
kojimaさんからのメールで、やまさんのSSを読んでみてと勧められて、読んでみました。上に書いた通り、やまさんは私の最も好きな考察者だったことと、名雪シナリオの冒頭の解釈として、もっとも好きな久弥さんの小説に、やまさんの名雪SSが似ているという話に興味を受けたことも理由です。
やまさんの名雪SSは、確かに久弥さんの話と似ていました。やまさんのSSを先に読んでいれば、そちらを私の中での名雪シナリオの冒頭の最も好きな解釈としたでしょう。
後からOHPのログを調べて衝撃だったのですが、やまさんは、このSSの根底となるような考えを、去年の6月の時点で既にネタバレ掲示板に書き込んでいました(発言No.1495)。そのことは、やまさんのSSが久弥さんの話のパクリでない証拠となるのは言うに及ばず、Kanonの発売日が6月4日だったから、発売後10日あまりでやまさんがその解釈に思い至ったことを示している訳で、私は驚きを禁じ得ませんでした。
その他のSSもとてもよかったので、私はやまさんにSSの感想を送りました。
基本的に、私は自分が気に入った作品にしか感想を書きません。
感想を書くということは、労力を要します。作品を鑑賞する時間、感想を文章化する時間と気力、等々。私にとって何よりも大事である自分の時間を代償にしてでも、
「その作品から受けた感動・お礼の気持ちを作者に伝えたい」
と思った場合のみ、感想を書きます。
傲慢な言い方をすれば、
「私が感想を送る価値を見出した作品にのみ、その作者に感想メールを送る」
と言うことになるでしょう。どちらにせよ、言いたいことは同じです。
自分の時間に見合う、いや、それ以上の価値があることに時間を使うことこそ、私にとって最も有意義なことですから。
その後、やまさんからの感想メールからのレスで誘われて、SilentBellsさんのUrban
Druid Patio(私の通称パティオ)に顔を出すようになりました。
パティオの顔ぶれは、そうそうたるものでした。
初期のOHPで活躍をさんざん目にしてきた、やまさん、Whiteさん、tatuyaさん、雪駄さん、OHPでの活躍は私の記憶には残っていなかったけれどi.am/keyfanでよく拝見していたSilentBellsさん、同じくi.am/keyfanでお名前を知っていた九郎太さん、雪駄さんのHPで存じ上げていたjesさん、そして、後程名雪イラストを載せる許可をいただくことになったLyreさん。
パティオと、そこのメンバーからなるメールグループは、私が感嘆してやまなかった人々により繰り広げられる、去年加わりたいと願ってやまなかった世界そのものだったのです。
こうして、OHPから8ヶ月を経て、ようやく、私は自分の望む世界を1つ手に入れることができました。
次は、その世界でやりたかったことを実現していくだけです。
私の大好きな作品の大好きな言葉たち、今の私の心境を表す最も適切な言葉たちで、この文を締めくくらせていただきます。
「出会ったんですよ、わたしが頑張れる目標と」
「佐祐理はまだ…まだまだこれからなんです」
「がんばってる最中なんです」
「願わくば、明日の自分が今日の自分より優れた人間でありますように」
※斜体部分は、それぞれ、Kanon(c)KEY、加奈(c)D.O.より引用。 #加奈のはちょっと怪しい。(汗)