ガンパレード・マーチ
◆ 世はなべてこともなし 〜 part 2 〜

 

 昼過ぎまではなかなか仕事に身が入らなかった。簡単なチェックに何度も失敗して、いらいらした。
 こういうとき、「ブレイン・ハレルヤ」があると助かるけど、あいにく今の僕はいろんな意味で持ち合わせがない。

 ハンガーでは休日も仕事熱心な壬生屋が忙しそうに立ち働いていた。僕の様子には全く無頓着なようで、ときどきたわいない話を振ってくるだけで突っ込んだことを聞いては来ない。今日ばかりは壬生屋の察しの悪さに感謝だ。

 遅い昼食を取ろうとハンガー一階に降りると、遠坂がいつもの淡々とした表情で一番機を整備している。
 確か遠坂はまがまがしい宝石を持っていたはずだ。中途半端にいらいらしているより、思い切って落ち込んだ方がましかもしれない。
 宝石を貸してと遠坂にいうと、怪訝な顔をしたものの快く貸してくれた。正直、この宝石を見るときの何とも言えない不愉快な気持ちは、あまり積極的に味わう気になれないものだが、今日ばかりは救いのように思えた。

 奈落の底ってこんな感じかもしれない。

 一気に鬱々とした気分になって、僕はどんよりと遠坂に宝石を返した。

 こんなでいいんだろうか。
 調理場兼食堂の日の射さない机で、僕は黙々とサンドイッチを食べた。
 窓の外には気持ちのいい五月の風が吹いている。


 それでも荒療治はやった甲斐があった。夕方には自分の中でようやく気持ちの整理もついてきて、仕事の効率も上がってきた。昨日やり残した分の目処もついたし、少なくとも来週は芝村に無理をさせなくてすむ。

 さすがに日曜はみんな、仕事だけで終わるつもりはないらしく、夕方になると校内の人が減る。僕もちょっと早めに上がって芝村の様子でも見に行こうと、差し入れのパンを買って校門を出た。
 人気のない校門は、街灯の電球が切れかかっているのか薄暗かった。
 だから、僕は最初、校門の脇にひっそりと立っている人影に全然気がつかなかったんだ。


 電力を軽減するためか、街灯のほとんどが球状の蛍光灯を採用して久しい。じりじり煮え切らない半端な光が、一瞬だけぱっと明るくなる。
 浮かび上がった人影は、小さくてなんだかはかなげだった。
「芝村…。どうしたの、こんなところで」
 僕は本当にばかだった。真顔でそう言ったんだから。
 唇をかんでうつむいていた芝村は、僕の声に本気で驚いた。まるで警戒した猫のように、二、三歩飛びすざりさえした。
「なななななな、なんで、そなたがこ、こここ、ここに」
「仕事の帰りだけど。芝村こそ…。え。あ。…もしかしたら」
 ようやく僕は気づいた。まじまじと芝村を見た。
 芝村は狼狽しまくっていた。文字通り目をぱちぱちさせたかと思うと、白い肌に朱がさしてきて、顔をふせる。
「聞くなッ。何も聞くなッ」
「まさか、ずっとここにいたの?」
「だから聞くなと言っているッ。私は私の気の済むようにしているだけだ」
「いつから。体調悪いのに、なんで無茶するの」
「厚志!」
 芝村は一喝した。口調はきついのに泣きそうだった。
「私はそなたに甘えてばかりだ。少しは私に無理をさせろ」
 そうして芝村は黙り込んでしまった。わざわざ僕から距離を置いて、身を引くように立ちすくんでいる。
 そんな距離なんかなんの意味もないのに。僕はほんの数歩で芝村をつかまえると、手を引いた。芝村の身体は軽いから、すぐに僕の腕の中に収まってしまう。
「ああああ厚志、なにをするっ、このば、ばかめ。増長するな」
「増長する」
「こんな、こんな人の通るところだぞ」
「気にしない」
 本当に僕は、ひとっかけらも気にならなかった。いったいいつ、芝村がここに来たのかはわからないけど、こんな時間まで一人でじっと立ち続けていた気持ちを思うと、他にどうしていいかわからなかったんだ。
 芝村はしばらく腕の中でじたばたしていたけど、やっとあきらめたのか、肩に頭を預けてきた。強がっていても疲れていたんだろう。身体の重みが気持ちいい。
 こういうときは。こういうときは。…えーっと。
「…舞」
 思い切って呼んだ。怒るかもしれないと思ったけど、芝村はゆるく小首を傾げるように僕を見上げただけだ。
 あ。こういう顔はずるい。街灯で、少し上気した頬にまつげの影がさす。なんだかものすごくきれいな、ものすごく大事なものを見たような気がして。
 キスしてしまった。
 まぬけな話だけど、びっくりしたのは僕の方だったかもしれない。
 芝村はちょっとだけびくっとふるえたけど、そのままじっと抱かれていた。唇を放して、頭を抱えるように抱くと、頬に頬が当たる。やっと体温の戻ってきた肌が暖かくやわらかい。
「やっぱりもう少し、身長が欲しいな」
「…そんなことは厚志の本質には関係ない」
「気になるの。僕には」
 そうして僕は、ようやく芝村の身体を放した。
「何か食べた?」
「あ、…いや」
「じゃあ、帰ろう。夕ご飯、ごちそうするよ。どっちにしろそのつもりだったんだ」
「厚志、今日は…」
「何も言うな。君もそう言った」
 まだなにか言いたげな芝村の言葉を封じると、僕は先に立って歩き始めた。少しためらいがちな芝村の背を、振り返った笑顔で押して。


 この世には目に見えない美しいものがあると芝村は言ったね。
 半分は本当で半分は嘘だ。
 五月で晴天で日曜日。こんなに素晴らしい日は確かになかなかない。
 僕は目に見える美しいものと目に見えない美しいものを、両方知ることができたんだから。

2000/11/24

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  う。うわあああああーーーー。  ご、ごめんなさい、ごめんなさい。こんなかゆい話書いてごめんなさいぃーーーー。<田辺みたいです。
 私も書き慣れないジャンルで、書いてて何度も背中に氷柱が走りました。(特に後半)読む人のことを考えると、まこと申し訳ない気持ちでいっぱいです。


  言い訳をすると、「芝村がデートをすっぽかした後、ずっと校門で待っていた」というのは、本当に速水をやっていた5/2にあったことです。
 このとき私はやきもち状態をなんとかすべくブレイン・ハレルヤを誰か持っていないかと校内を走り回っていて、人捜しにテレパスを使いまくっていました。だから、芝村が午前中からずっと校門前にいたことは、わかっていたのです。
 じゃあ、なんで早く迎えに行ってやんないの。かわいそうじゃん。
 と言われそうだけど。
 不機嫌が直らなかったんですよ。なかなか。芝村に会いに行くなら、やっぱり普通状態になっときたいじゃないですか。<ナリキリパワー炸裂。
 しかも、迎えに行ったところで芝村の気持ちに応えるようなコマンドもなし。それがすごく悔しかったので。
 柄にもなくこういう話を書きましたとさ。芝村になにか、恋人らしいことをしてやりたかったの。それだけす。許してください(泣)。

 

 

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