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last updated 2003/1/6
身の回りの出来事に対して、思ったことや考えたことなどを綴ります。
(最近、読書記録はないんですが……。)
| 051.カゴ入り生首 | 2002/8/20 |
| 052.たくましく生きる木々 | 2002/9/17 |
| 053.両替に手数料 | 2002/9/17 |
| 054.「アフガンからの手紙」 | 2002/9/17 |
| 055.南アルプス市 | 2002/10/10 |
| 056.醤油チュルチュル 68円 | 2002/11/16 |
| 057.もっと光を | 2003/1/6 |
| 058.レジ越しの攻防 | 2003/1/6 |
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|---|---|
CDを買おうとしてレジに並んだ。前の客が何やら手間取っている様子。イライラしながら待っていると、空いているもう一つのレジに店員がやってきて、こちらへどうぞ、と言ってくれた。
5枚で7,938円。一万円札を出すと、店員は釣り札を手にして「まず大きい方から七千……」 と言ったところで間違いに気づいた。CDのラッピングが5枚分もあり、包み終えて一瞬ホッとしたのだろう。苦笑いしながら五千円札をレジにしまい、「……先に二千円をお返しします」と言い直して二千円と残りの六十二円を渡してくれた。
「3,000円のお買いあげごとにスクラッチカードをお渡ししておりますが、こちらで削ってもよろしいでしょうか?」 と聞いてくる。面倒なので、お願いする。2枚ともハズレ。そのカードを受け取り、「ありがとう」 と去ろうとした時に、肝心のCDを忘れたことに気づいた。今度はこちらが苦笑いする番であった。この勝負、互いに1失点で引き分け。
2003/1/6
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042.青い稲妻 で、まぶしすぎるヘッドライトは困る、と書いた。今度は、暗すぎて困る、という話である。
折りたたみ自転車が低価格で出回っている。街でもときどきみかける。その最大の欠陥は、ライトが標準装備されていない(ものが多い)ことだ。なぜ? 普通の自転車には必ずついているのに。ライトがついていたら折りたたむ時に邪魔になるのは分かる。しかし、邪魔だったらつけなくてもいいのか?
スクーターやバイクなどの二輪車は、自動車や歩行者からの視認性を高めるため、ヘッドライトが常時点灯される仕組みになっている。最近では、タクシーやバス、トラックでも、事故率を引き下げるための試みとして昼間でも点灯していることがある。
そんな中、夜間にライトをつけずに走る自転車はまだまだ多い。ライトのない自転車が出回ることで、その悪い習慣がさらに幅をきかすことになる。みなさま、どうぞご安全に。
2003/1/6
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石油ファンヒーターの季節がやってきた。ヒーターを箱から出し、タンクに灯油を補給する。もう何年も使っている手動の灯油ポンプを使う。
ところが、上のつまみをしっかり締めてから赤い部分をいくら握っても、スカスカと音がするだけで一向に灯油が上がってこない。よく見ると、赤い部分に裂け目ができて、そこから空気が漏れているせいで機能しないことが分かった。
ホームセンターに行き、灯油ポンプの品定め。電動のものもあったが、我が家ではポリタンクとポンプを屋外に保管するために、雨に濡れて動かなくなったら困るだろうと思い、最もシンプルなポンプを選んだ。「ホースポンプ 68円」 である。意外に安い。百均で買うと損をすることになる。
このポンプは、日本が世界に誇る?大発明家、ドクター中松が中学2年生の時に発明したもので、正式名称を 「醤油(しょうゆ)チュルチュル」 という。本当の話です!
昭和17年、14歳の冬の日、戦時中燃料が無く寒い台所で手がかじかんで一升瓶のお醤油を卓上差しへ移し変えることに苦労している、尊敬している母の後姿を見かねて一升瓶を立てたまま自動的に移し変える事が出来ないだろうかと考え、発明したのが 「醤油チュルチュル」 、現在 「灯油ポンプ」 として世界中で使われているヒット発明である。
(ドクター中松 公式サイト Dr.NakaMats.Com より)
↑変な文章だけど……ありがとう、ドクター中松。
2002/11/16
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山梨県中巨摩(こま)郡の西部にある6つの町村が来年4月1日に合併して「市」になる。その名前が「南アルプス市」に決まった。カタカナを使った市名としては、1974年に合併して沖縄市となるまでの「コザ市」以来で、現存するカタカナ市名としては日本で唯一となるそうだ。
アルプスとは、ヨーロッパの南西部に横たわる総延長1,200kmに及ぶ大山脈であり、それになぞらえて、明治時代に飛騨山脈を調査したイギリス人が「日本アルプス」と名付けた、とされる。その後、新たに「北アルプス」「中央アルプス」「南アルプス」に分けて命名された。
さて、「南アルプス市」である。この名前をニュースで知ったとき、私はぶったまげた。なぜ、日本の正式な地名に外国の名前を使うのか。そんな名前を海外に向かって堂々と発信できるのか。借り物で恥ずかしくはないのか。
地域住民から寄せられた候補の上位5つは「南アルプス」「こま野」「峡西(きょうさい)」「巨摩野」「こまの」であった(※1)。郡名でもあり、住民が最もよくなじんでいるはずの 巨摩 を、なぜ使わないのだろう。
山梨県には「北巨摩郡」「中巨摩郡」「南巨摩郡」がある。そこから生まれるのだから、堂々と 巨摩市 と名乗ればいい。また、1300年以上の歴史を持つ「巨摩(郡)」の名(※2)を受け継がなければ、ここまで歴史を作ってきた人々に対して申し訳ないというものだ。
この件に関するネット上の掲示板をいくつか見てみると、当の住民の中にもこの名前に強く反対する人が少なからずいることがわかる。「新市名称選定等小委員会」の委員65名の投票で、先ほど書いた候補の上位3つの中から60パーセントの得票で選ばれた「南アルプス市」。今もって、私には悪い冗談としか思えない。
※1 山梨県中巨摩郡白根町ホームページ より。
※2 山梨県と韓国・朝鮮 の 「こま」の由来(ゆらい) に、
『山梨県の地名』(日本歴史地名体系19)平凡社では、(巨摩郡の)「立郡の時期は明らかでないが、高句麗の滅亡(668年)の前後に大挙して亡命してきた人々の一部が移り住んだことは確かで、郡名は高句麗人によって開かれた郡であるためか、高句麗人の集落が郡の中心をなしていたためか、そのいずれかによる命名であろう。」と説明しています。
…と書かれている。
2002/10/10
↑先頭へちょうど1年前、ある人から送られてきたメールを紹介しよう。昨年の9月11日に起こった「アメリカ同時多発テロ」に関するものである。あれから1年が経過したが、この文章の内容は全く色あせておらず、また、現地からの生々しい情報によって説得力を伴っている。
何度もメールで転送されたようで、意味のないスペースや改行がたくさんあったので、読みやすいように最小限の手を加えている。
> > > イスラム圏で青年海外協力隊員として活動していた私の友人から送られてきたアフガニスタンからの手紙を転載します。一人でも多くの方に読んでいただきたいとのことですので、紹介します。
> > >
> > > 国連難民高等弁務官カンダハール事務所で働いていらした方−千田悦子(ちだ・えつこ)さんという方の手記を紹介させてください。千田さんは、国連難民高等弁務官 カンダハール事務所で仕事をしていましたが、オサマ・ビン・ラディン氏をかくまっているとされるタリバンの本拠地へのアメリカの軍事行動などの危険性が出てくる中、一時的に勤務先をパキスタンに移転するという措置で、「避難」をしていますが、その緊急避難の最中にしたためた手記です。
> > 以下、千田さんの手記です。
> > > ***********
> > >
> > > 報道機関の煽る危機感
> > > 9月12日(水)(※2001年)の夜11時、カンダハールの国連のゲストハウスでアフガニスタンの人々と同じく眠れない夜を過ごしている。私のこの拙文を読んで、一人でも多くの人が アフガニスタンの人々が、(ごく普通の一人一人のアフガン人達が)、どんなに不安な気持ちで9月11日(昨日)に起きたアメリカの4件同時の飛行機ハイジャック襲撃事件を受け止めているか少しでも考えていただきたいと思う。
テレビの BBCニュースを見ていて心底感じるのは、今回の事件の報道の仕方自体が政治的駆け引きであるということである。特にBBCやCNNの報道の仕方自体が根拠のない不安を世界中にあおっている。
> > > 事件の発生直後(世界貿易センターに飛行機が2機突っ込んだ時点で)BBCは早くも、未確認の情報源よりパレスチナのテログループが犯行声明を行ったと、テレビで発表した。それ以後事件の全貌が明らかになるにつれてオサマ.ビン.ラデンのグループの犯行を示唆する報道が急増する。その時点でカンダハールにいる我々はアメリカがいつ根拠のない報復襲撃をまた始めるかと不安におびえ、明らかに不必要に捏造された治安の危機にさらされる。
何の捜査もしないうちから、一体何を根拠にこんなにも簡単にパレスチナやオサマ・ビン・ラビンの名前を大々的に報道できるのだろうか。そしてこの軽率な報道がアフガンの国内に生活をを営む大多数のアフガンの普通市民、人道援助に来ているNGO(非政治組織)NPOや国連職員の生命を脅かしていることを全く考慮していない。
> > > 1998年8月にケニヤとタンザニアの米国大使館爆破事件があった時、私は奇しくもケニヤのダダブの難民キャンプで同じくフィールドオフィサーとして働いており、ブッシュネル米国在ケニヤ大使が爆破事件の2日前ダダブのキャンプを訪問していたという奇遇であった。その時も物的確証も無いままオサマ・ビン・ラデンの事件関与の疑いが濃厚という理由だけでアメリカ(クリントン政権)はスーダンとアフガニスタンにミサイルを発射した。
スーダンの場合は、製薬会社、アフガンの場合は遊牧民や通りがかりの人々など大部分のミサイルがもともとのターゲットと離れた場所に落ち、罪の無い人々が生命を落としたのは周知の事実である。まして標的であった軍部訓練所付近に落ちたミサイルも肝心のオサマ・ビン・ラデンに関与するグループの被害はほぼ皆無だった。タリバンやこうした組織的グループのメンバーは発達した情報網を携えているので、いち早く脱出しているからだ。前回のミサイル報復でも結局犠牲者の多くは子供や女性だったと言う。
我々国連職員の大部分は今日緊急避難される筈だったが天候上の理由として国連機 がカンダハールに来なかった。ところがテレビの報道では「国連職員はアフガニスタンから避難した。」と既に報道している。報道のたびに「アメリカはミサイルを既に発射したのではないか。」という不安が募る。アフガニスタンに住む全市民は毎夜この爆撃の不安の中で日々を過ごしていかなくてはいけないのだ。
更に、現ブッシュ大統領の父、前ブッシュ大統領は1993年の6月に同年4月にイラクが同大統領の暗殺計画を企てた、というだけで同国へのミサイル空爆を行っている。世界史上初めて、「計画」(実際には何の行動も伴わなかった?)に対して実際に武力行使の報復を行った大統領である。現ブッシュ大統領も今年(2001年)1月に就任後ほぼ最初に行ったのがイラクへのミサイル攻撃だった。これが単なる偶然でないことは明確だ。
更にCNNやBBCははじめからオサマ・ビン・ラデンの名を引き合いに出しているが、米国内でこれだけ高度に飛行システムを操りテロリスト事件を起こせるというのは大変な技術である。なぜアメリカ国内の勢力や、日本やヨーロッパのテロリストのグループ名は一切あがらないのだろうか。他の団体の策略政策だという可能性は無いのか?
国防長官は早々と戦争宣言をした。アメリカが短絡な行動に走らないことをただ祈るのみである。それでも、逃げる場所があり、明日避難の見通しの立っている我々外国人は良い。今回の移動は正式には避難Evacuation)と呼ばずに暫定的勤務地変更 (TemporaryRelocation)と呼ばれている。ところがアフガンの人々は一体どこに逃げられるというのだろうか?
アメリカは隣国のパキスタンも名指しの上、イランにも矛先を向けるかもしれない。前回のミサイル攻撃の時はオサマ・ビン・ラデンが明確なターゲットであったが今回の報道はオサマ・ビン・ラデンを擁護しているタリバンそのものも槍玉にあげている。タリバンの本拠地カンダハールはもちろん、アフガニスタン全体が標的になることはありえないのか? アフガニスタンの人々もタリバンに多少不満があっても20年来の戦争に比べれば平和だと思って積極的にタリバンを支持できないが 特に反対もしないという中間派が多いのだ。
世界が喪に服している今、思いだしてほしい。世界貿易センターやハイジャック機、ペンタゴンの中で亡くなった人々の家族が心から死を悼み無念の想いをやり場の無い怒りと共に抱いているように、アフガニスタンにもたくさんの一般市民が今回の事件に心を砕きながら住んでいる。アフガンの人々にも嘆き悲しむ家族の人々がいる。
世界中でただテロの“疑惑”があるという理由だけで、嫌疑があるというだけで、ミサイル攻撃を行っているのはアメリカだけだ。世界はなぜこんな横暴を黙認し続けるのか。このままではテロリスト撲滅と言う正当化のもとにアメリカが全世界の“テロリスト”地域と称する国に攻撃を開始することも可能ではないか。
この無差別攻撃やミサイル攻撃後に一体何が残るというのか。又新たな報復、そして第2,第3のオサマ・ビン・ラデンが続出するだけで何の解決にもならないのではないか。オサマ・ビン・ラデンがテロリストだからと言って、無垢な市民まで巻き込む無差別なミサイル攻撃を国際社会は何故過去に黙認しつづけていたのか。これ以上世界が危険な方向に暴走しないように、我々ももう少し声を大にしたほうが良いのではないか。
> > >
> アフガンから脱出できる我々国連職員はラッキーだ。不運続きのアフガンの人々のことを考えると心が本当に痛む。どうかこれ以上災難が続かないように今はただ祈っている。そしてこうして募る不満をただ紙にぶつけている。
> > >
> > > 千田悦子 2001年9月13日 筆
> > >
> > > ************
2002/9/17
↑先頭へ買い物は、できるだけ紙幣のみで行うことにしている。数カ所に立ち寄ると、あっという間に「小銭大王」と化す。帰宅すると、ポケットに少額を残し、他の小銭は全て貯金箱に入れる。
先日、貯金をしすぎたために手持ちの金が底をつき、緊急事態になった。笑うに笑えない。何事もほどほどに……。
数カ月前の話である。貯金箱が一杯になったので、缶切りで蓋を開け、布袋に入れて近くの「みなと銀行」に持っていった。ところが、窓口で両替をお願いすると、「手数料がかかるかもしれませんが、よろしいですか?」と言われた。下を向くと、カウンターにチラシが挟んであり、
■両替手数料
1〜100枚 無料
101〜300枚 105円
301〜500枚 210円
500枚超 315円
と書いてある。え? という顔をする私に、行員は「取らない所(銀行)もありますけどね」と言う。そうそう。過去に同じように三井住友銀行に行ったときは無料だった。
念のために訊いてみた。「両替機は使えますか?」「硬貨から紙幣はダメですねぇ」そうですか。それなら他行で両替します、ということでさっさとみなと銀行を後にした。自宅から歩いて5分とはいえ、大量の硬貨を運ぶのはかなり辛い。頑丈なカバンの底が抜けないかと心配しながら、目的を果たせずに帰宅。三井住友銀行で入金すればいいのだが、重い硬貨を抱えて遠くまで行くのも面倒なのである。
硬貨を紙幣に両替するだけのことで手数料を取る、というのが理解できない。紙幣を硬貨にするのは無料なのに、なぜその逆は無料にできないのか。常人の感覚を超えている。
手数料がイヤなら、みなと銀行に口座を作ればよい。入金してすぐに引き出せばよいのだから。しかし、すでに三つも口座を持つ身としては、これ以上ふやしたくない。
この話をすると、ある人が「小銭が貯まったら、郵便局に行って入金している」と言った。なるほど。家から近いし、郵便貯金に口座を持っているし、平日は午後5時まで開いている。それ以来、小銭はすべて郵便局で処理をすることにした。
……そういえば、なぜ銀行は午後3時で窓口を閉めてしまうのだろう。サボっててもバレないようにするためか? どなたか教えてください。
2002/9/17
↑先頭へ山の斜面で見つけたたくましく生きる木々の姿を、ケータイのカメラで撮影してみた。
A
B
C
写真A は、直径2メートルほどの大きな石に沿って曲がっている木である。重力に逆らって垂直方向に伸びていく途中で石という障害にぶつかり、それでも成長を止めることなく、見事に適応している。幹が石に接する部分は、石にへばりつくかのように幅が広がり、まるで互いに支え合っているかのようだ。
写真B は、通常では考えられないような曲がり方をしている。この場所には家が建っていたらしいが、屋根のひさしなどに邪魔されながら伸びていったのか。大人が登ってもびくともしないこの頑丈な木は、これまでどんな苦難を乗り越えてきたのであろうか。
写真C は、写真A と同じ石の真上に伸びる木である。この木の不思議なところは、写真で見て石の左下と右側から伸びてきた別々の幹が、石の中心付近で一つになっていることである。漢字の「人」のような形である。二本の幹が交わったのか、それとも一本の幹から枝分かれしたのか。いずれにしても、興味深い。
障害を乗り越えて力強く生きる木々。その柔軟な適応力に驚きつつ、私もそのようにありたいと思う。
2002/9/17
↑先頭へ台風の夜、それも深夜2時ごろ、コンビニに出かけた。台風といっても雨はほとんど降っておらず、バイクを使う。日曜日の夜ということもあり、人通りはほとんどなく、閑散としている。激しい風の音が響く。
店の前の歩道でバイクを降り、ふと横に止めてあった自転車のカゴを見ると、毛のようなものが生えた物体が入っている。まさか、人間の頭 !?
ケータイのカメラで撮影
近づいて横からよく見ると、男性の頭部のマネキンであった……。強風にあおられてヘアスタイルが乱れ、そのせいでより真に迫っている。
コンビニの店内には客はいない。ほかに持ち主らしき人影もない。これはおもしろいと思い、ケータイを取り出してシャッターボタンを押した。
いったい誰が、何のためにこんなものを持ち歩き、しかもときおり雨のパラつく台風の夜に屋外に放置するのだろう。
2002/8/20
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