[活字倶楽部 2001年夏号]
[福井健太の「これだけは読んでいただきたい」第17回]
怪奇な探偵小説
ミステリが持つ大きな魅力の一つに、怪奇趣味というものがある。謎が示される段階で怪奇性を持つミステリは極めて多く、たとえば〈降霊会を扱ったミステリ作家〉と限定したところで、アガサ・クリスティ、クレイトン・ロースン、ジョン・スラデック、ディクスン・カー、ヘイク・タルボットなど、いくらでも名前を挙げることができる。そもそもエドガー・アラン・ポーの時代から、ミステリは怪奇としか認識できない事態に対して、合理性による解決を与えてきた文芸ジャンルなのである。
提示された不可解事は――基本的には――合理的に解明されてしまうが、それでも謎が解かれる前の〈怪〉が無価値になるわけではないし、あえて〈怪〉の要素を残すことで成立しているミステリも少なくはない。すべての要素を合理性で割り切るべきか、謎を残すことで別の味わいを残すべきか、このあたりは書き手と読み手の趣味の問題。いずれにせよ、ミステリと怪奇性は極めて近しい関係にあるものなのだ。
怪奇小説の要素が強いミステリを列記するときりがないので、対象を〈怪奇探偵小説〉と題されたアンソロジーに絞ってみると――一九五六年には〈怪奇探偵小説選集〉が東西文明社から出ており、一九七五年から七六年にかけては広論社から〈怪奇探偵小説選集〉が刊行されている(全二八巻が予定されていたが、刊行されたのは七巻のみ)。一九七六年には鮎川哲也編「怪奇探偵小説集 幻の傑作ミステリー」「怪奇探偵小説集・続 幻の傑作ミステリー」「怪奇探偵小説集・続々 幻の傑作ミステリー」(双葉社)が発行されているが、この三冊は(内容の異動はあるものの)双葉文庫とハルキ文庫にも収録された。
そして二〇〇一年、筑摩書房から〈怪奇探偵小説傑作選〉シリーズ(全五巻)が上梓された。各巻に一作家の代表作を集めるというコンセプトは、前述した〈怪奇探偵小説選集〉(↑両方)に近いものといえそうだ。
内容をざっと見ていくと、第一巻「岡本綺堂集 青蛙堂鬼談」は、日本初の捕物帳「半七捕物帳」の著者・岡本綺堂の怪談を集めたもの。代表作〈青蛙堂綺談〉シリーズ十二編とノンシリーズ十三編が収録されており、天才による〈語り〉の魔力を味わえる内容になっている。正統派の怪談という意味では、本シリーズ中の白眉ともいうべき一冊である。
第二巻「横溝正史集 面影草子」には、名作「鬼火」「蔵の中」「かいやぐら物語」を含む十五編が収められている。金田一耕助シリーズなどのミステリで知られる横溝正史も、あの「本陣殺人事件」を上梓する以前――戦前においては、もっぱら怪奇小説やユーモア小説を書いていた。そんな時代の作品を対象にしたベストセレクションとして、本書は横溝ファンには極めて興味深い存在なのである。
第三巻「久生十蘭集 ハムレット」は、本格ミステリとしても世評の高い「顎十郎捕物帳」をはじめ、ユーモア小説、秘境冒険小説、時代小説などの分野でも大活躍を見せた久生十蘭の傑作選。本格ミステリや怪奇小説など、広義のミステリ十四編が楽しめる〈久生十蘭ベストアルバム〉だ。
第四巻「城昌幸集 みすてりい」の著者・城昌幸は、ショートショートの先駆者としても広く知られている。怪奇掌編を得意としており、江戸川乱歩には「人生の怪奇を宝石のように拾い歩く詩人」と絶賛された。本書には著者の自選傑作集「みすてりい」(全二八編)+二六編がまとめられている。
第五巻「海野十三集 三人の双生児」では、名探偵・帆村荘六シリーズを中心に、日本SF界の始祖・海野十三の〈科学ミステリ〉十六編が堪能できる。卓越したイマジネーション、怪しげな科学的説明、とんでもない――時として笑いが止まらないほどの――真相を兼ね備えた海野ミステリは、エンタテインメントとしてのミステリの極地にほかならない。あくまでも私見だけれど「五冊のうちのどれか一冊」と言われれば、迷わずこの第五巻を挙げたいところだ。アンソロジー・シリーズの末尾を飾るに相応しい傑作集なのである。
※過去のシリーズには現物を確認できなかったものもあるので、情報を貰えると嬉しかったりする。まあそんな感じで。
『Hyper Hybrid Organization 01-01 運命の日』(高畑京一郎/電撃文庫/5月/510円)
ハイレベルな作品を連打している高畑京一郎の最新作は、著者初の長編シリーズ第1作。黒い覆面を付けた〈悪の組織〉と〈正義の味方〉の闘いに巻き込まれ、デート中の恋人を失った男が〈正義の味方〉への復讐を誓う――というユニークな物語だ。
本書の著者・高畑京一郎は、第一回電撃ゲーム大賞の金賞に選ばれた「クリス・クロス」でデビューした後、昨年までに「タイム・リープ」「ダブル・キャスト」の二作を発表していた。第二回の受賞者である上遠野浩平、第四回の受賞者である三雲岳斗などに比べれば、寡作という印象は否めない――が、高畑京一郎の著作は一作あたりの分量が多く、その作り込みも徹底されている。どちらが良いという問題ではないにせよ、個々の高畑作品に〈重み〉があることは間違いないだろう。
タイムスリップを題材にした「タイム・リープ」や人格の憑依を扱った「ダブル・キャスト」とは趣を変えて、本作では〈正義の味方と悪の組織〉というネタが使われている。そう書くと「安っぽい話だなあ」だと思われるかもしれないが、この著者はそれほど単純ではない。主人公は正義の味方ではなく、正義の味方(とされている人物)のミスによって恋人を失った男。著者自身があとがきで述べている通り、これは「普通の世界の中に、何か一つ普通とは違うものがある。そこから派生する現象に、普通の人間が立ち向かっていく」という高畑節の一環なのだ。井上夢人や東野圭吾が好きな人には、とりわけ強くお勧めしておきたい作家なのである。
『ふわふわの泉』(野尻抱介/ファミ通文庫/5月/640円)
浜松西高校化学部部長・浅倉泉は、文化祭の展示物質(フラーレン)の生成実験中、ダイヤモンドよりも硬く空気よりも軽い奇妙な粒子を発見する。泉はこの物質を「ふわふわ」と名づけ、専売企業を作って大儲けしようと企むのだった……。
二〇〇〇年に「太陽の纂奪者」で第三九回星雲賞(日本短編部門)を受賞したSF作家・野尻抱介の最新作。普通の(?)女子高生が発見した新種の化学物質から、宇宙を舞台にした大騒動が発生する――と書くだけでは、本書の密度を伝えたことにはならないだろう。本職のハードSF作家が書いているだけに、一つの新物質から広がる事件は多岐に渡っており、それらがハイスピードかつ高密度に描かれていく。この内容をコンパクトにまとめた手腕はまさに絶賛モノ。難解な単語もいくつか出てくるが、理解できなくても支障のない書き方がされているし、理解できる人は一層楽しめるはず。間口の広さと深さを兼ね備えた快作なのである。
取っ付きやすい設定とハードSFのネタが溶け合った本書は、双方の読者にとっての架け橋になり得るものだ。コアなハードSF作家としての属性と、ヤングアダルト系の感性(軽快な文章、おたく受け、キャラ萌え……)を兼ね備えた存在として、野尻抱介に期待されるものは極めて大きいのである。ちなみに本書が気に入った読者には、元ネタであるアーサー・C・クラークの長編「楽園の泉」がお勧め。……まさか軌道エレベーターがこんなネタに化けるとは。
『片想い』(東野圭吾/文藝春秋/3月/1714円)
東野圭吾の最新長編。帝都大学アメフト部OBの西脇哲朗は、在学時の女子マネージャー・日浦美月に再会し、彼女が性同一性障害の持ち主だと知らされる。西脇とかつての仲間たちは「人を殺した」という日浦を守るために奔走するのだが……。
帝都大学アメフト部OBの西脇哲朗は、在学時のマネージャー・日浦美月に再会し、自分は性同一性障害の持ち主であり、昨晩「はずみで人を殺してしまった」――という告白を聞かされる。西脇とかつての仲間たちは、日浦を守るために事件の調査を開始し、性同一性障害にまつわる諸問題に直面していく。やがて美月が行方不明になり、新たな事件が発生した……。
大人気作家・東野圭吾の最新長編。日浦美月の出現によって日常が歪むのは「秘密」にも通じる趣向だし、西脇が抱えていた秘密は初期作品に多いタイプのもので、特定のテーマ(今回は「性別」)に対する執拗な考察ぶりもこの著者らしい。女性に対する距離感、青春時代への郷愁などを強調している点も含めて、東野ミステリが持つ多彩な要素が凝集された作品――それが本書「片想い」というわけだ。
性同一性障害の扱いには異論のある人もいそうだが、著者がそれを優れたエンタテインメントに昇華したことは間違いないし、読者に考える機会を与えているのも事実だろう。驚異的なテクニックによって社会問題とミステリが融合された、今年度ベストクラスの傑作なのである。
『煙か土か食い物』(舞城王太郎/講談社ノベルス/3月/1000円)
第19回メフィスト賞に選ばれた異色の長編ミステリ。暗黒小説めいた世界観と文体を使いながらも、本格ミステリのガジェットを多用し、さらに家族の壮絶なドラマを描ききったクレバーな傑作だ。「密室?暗号?名探偵?くだらん、くたばれ!」
第19回メフィスト賞受賞作。サンディエゴのERに勤める〈おれ〉こと奈津川四郎のもとに、母親が生き埋めにされたという知らせが届く。故郷の福井県に帰った〈おれ〉は、奈津川家の兄弟とともに〈連続主婦殴打生き埋め事件〉の犯人を突き止めようとする。奈津川家が辿ってきた凄絶な歴史と、それに並行して描かれていく謎解き――情動的な文体と知的な構成を兼ね備えた異色作家のデビュー作である。
ジェイムズ・エルロイを思わせるブロークンな文体が使われているものの、本書はノワールというよりも〈ノワール風の雰囲気を備えた本格ミステリ〉と見なしたほうが(まだしも)妥当だろう。ミッシングリンク、物理的密室、アナグラム、暗号などの〈いかにもな小道具〉のチープさを露悪的に描き、退廃的な世界を舞台にすることで、著者は本格ミステリに新鮮な匂いを付加してみせた。終盤で明かされる思いがけない真相、ラストで示される平凡ながらも深遠なカタルシスなどを含め、崩壊した家族のドラマと意外性を高いレベルで結合させた傑作。本格ミステリの世界だけではなく、より広範なエンタテインメント界にとって、今後が楽しみな大型新人が誕生したといえそうだ。
『わたしはスポック』(レナード・ニモイ/訳・富永和子/扶桑社ノンフィクション/4月/838円)
TVドラマ「スター・トレック」のミスター・スポックを演じた俳優にして、近年は映画監督としても活躍中のレナード・ニモイの自伝。彼の半生とドラマにまつわるエピソードが収録されており、ファンには絶対に見逃せない1冊となっている。
一九六六年から三年間にわたって放送されたTVドラマ「スター・トレック」は、現在でも多くのカルト的なファンを持つ名作である。その登場人物の中でも、とりわけ強い個性を発揮していたのが、尖った耳を持つ宇宙人のミスター・スポック。本書はスポックを演じた俳優レナード・ニモイの二冊目の自伝で、彼の半生と「スター・トレック」の裏話を楽しめる内容になっている。
一九九五年に発表された本書は、七〇年代に書かれた自伝「わたしはスポックではない」に対する反省のうえで書かれている。ニモイが前著において「わたしはスポック(だけの役者)ではない」と述べた際、熱狂的なトレッキーたちが激しい批判を浴びせたのだ。その後、ニモイは「スター・トレック」「故郷への長い道」「スリーメン&ベビー」「情熱の代償」などの監督を務めているので、精神的な余裕が本書を生んだのかもしれない。
スポックとニモイの対話が挿入されるなど、遊び心がふんだんに盛り込まれた本書は、読み物としても十分に興味深い。未公開写真を含む四八ページのアルバムが付されているので、資料的価値もそれなりに高いはずだ。ドラマやニモイのファンはもちろん、そうでない人にもお勧めしたい好著である。
『斧』(ドナルド・E・ウェストレイク/訳・木村二郎/文春文庫/3月/667円)
製紙会社を解雇されたバーク・デヴォアは、再就職のライバルと
なる6人の元同業者を突き止め、彼らを皆殺しにすることにした。
面識もない人々を殺していく男の姿を通じて、社会と人間のダーク
サイドを切り取ってみせた異色のブラック・コメディである。
サスペンス、ハートボイルド、本格ミステリ、ユーモア小説、SFなどの分野で大活躍を見せている巨匠・ウェストレイクが一九九七年に発表したブラック・コメディ。コメディといっても声に出して笑えるようなものではなく、ノワール寄りの深いユーモア――社会や人間の本質に対する〈悟り〉や〈諦め〉を経由した、なんとも物悲しいユーモアが込められている。製紙会社を解雇されたバーク・デヴォアは、再就職のライバルを皆殺しにしようとする。彼はそれまで人を殺したことなどなかったが、殺人を繰り返していくうちに、自分の内部にいる〈殺人者〉を覚醒させてしまう。人間のダークサイドを活写した恐るべき傑作なのだ。
バークが狙うのは単なる〈再就職のライバル〉であり、恨みがあるわけでもなければ、そもそも面識すらない。そんな人々を殺すという〈労働〉は、チープなヒューマニズムを遥かに超越したレベルに存在している。「最高経営責任者たちや彼らを雇った株主たちは敵ではあるが、問題ではない。連中は社会的な問題だが、わたし個人にとって問題ではないのだ」――敵の正体は分かっているが、殺すのは彼らではない。これはまさしく天才の文章にほかならないだろう。
『シンシナティ・キッド』(リチャード・ジェサップ/訳・真崎義博/扶桑社ミステリー/3月/620円)
シンシナティ・キッドと呼ばれる若きギャンブラーが、ポーカー界に君臨してきた〈帝王〉に戦いを挑んでいく物語。シンプルなストーリーが小説本来の面白さを感じさせる逸品で、スティーヴ・マックィーン主演映画の原作としても広く知られている。
リチャード・ジェサップは名作サスペンス「摩天楼の身代金」の作者であり、スパイ小説〈モンティ・ナッシュ〉シリーズの著者でもある(リチャード・テルフェア名義)。ハーレムでのディーラー経験をもとに書かれた本書は、一九六五年にアメリカで上映された「シンシナティ・キッド」(スティーヴ・マックィーン主演)の原作。内容は『ミステリマガジン』(一九八二年四月号〜五月号)の掲載作に訂正を加えたもので、ファンにとっては待望の単行本化というわけだ。
シンシナティ・キッドと呼ばれる若きギャンブラーのもとに、長年ポーカー界に君臨してきた〈帝王〉ランシーが街へ来たという知らせが届き、キッドはスタッド・ポーカーで〈帝王〉に挑戦する――というストーリーは極めてシンプルなもので、分量的にもコンパクトだし(文庫本では二〇〇ページ足らず)、余計なエピソードは一切含まれていない。近年ではほとんど見られなくなった、むしろ新鮮に感じられるほどのストレートな作品だ。この徹底的にクールな世界は、野暮なものを介入させないことで成立している。得がたい緊張感を壊されないためにも、絶対に邪魔の入らない環境で一気に読みたい〈男の物語〉なのである。
『魔の淵』(ヘイク・タルボット/訳・小倉多加志/早川ポケットミステリ/4月/1000円)
密室ミステリの〈幻の名作〉として知られる「魔の淵」が、ついに単行本として刊行された。降霊会が行われた山荘に亡霊と悪霊が出現し、密室状態の部屋では未亡人の他殺体が発見される……不可能興味と怪奇趣味が横溢する本格ミステリの傑作である。
ヘイク・タルボットの「魔の淵」は、密室マニアの間では〈幻の名作〉として語り継がれてきた作品である。エドワード・D・ホック編「密室大集合」の〈密室もの長編〉アンケートにおいて、ディクスン・カーの「三つの棺」に次ぐ第二位を獲得したのが、日本における「魔の淵」伝説の始まりだった。正確にいえば『ミステリマガジン』(八三年一月号〜三月号)に訳載されているのだが、さすがに読み逃した人も多かったらしく……そして約十八年を経た今年、ようやく単行本化されたというわけだ。
本書には〈山荘で行われる降霊術〉〈不可解な足跡〉〈密室殺人〉などの小道具が詰め込まれているが、真相はさほど派手なものではない。大掛かりなトリックを炸裂させるのではなく、小技の連結によって不可能犯罪を演出し、解決編でさらに技巧を凝らしてみせる――本書はそんなタイプの作品なのだ。とりわけ解決編に仕掛けられた罠には、ほとんどの読者があっと言わされるはず。トリックしか見えない読者にはピンと来なくても、趣向や技巧を解する読者には興味深い「魔の淵」のような作品が(前述のアンケートで)第二位に選ばれていたのは、本格ミステリのためにも大いに好ましいことである。
『ピーター郷の事件簿II 顔のない男』(ドロシー・L・セイヤーズ/訳・宮脇孝雄/創元推理文庫/4月/780円)
アガサ・クリスティと並び称される〈英国ミステリの女王〉ドロシー・L・セイヤーズの作品集。貴族探偵ピーター卿が活躍する7編に加えて、著者が実在の殺人事件を推理する「ジュリア・ウォレス殺し」と名評論「探偵小説論」を収録した興味深い1冊だ。
英国のミステリ黄金時代を支えた〈ミステリの女王〉ドロシー・L・セイヤーズは、貴族探偵ピーター卿の活躍するミステリだけではなく、犯罪実話やミステリ評論、ダンテ研究なども手がけている。ピーター卿が活躍する七編、実在の殺人事件を扱った中編、ミステリ評論などを併録した本書は、そんなセイヤーズの多彩な魅力を楽しめる一冊になっているのだ。
話をミステリ作品に絞っていえば、シリーズ前巻「ピーター卿の事件簿」が本格ミステリ中心だったのに対して、本書の収録作はバラエティに富んでいるのが特徴。クロスワードの解読を小説にした「因業じじいの遺言」、意外なオチが用意された「趣味の問題」などは、エンタテインメント作家としての器用さが存分に発揮された作品といえるだろう。
セイヤーズのミステリは様々な形で刊行されているが、まとめて読みたいという人には、九冊の長編と二冊の短編集を擁する創元推理文庫版がお勧め。今年の夏には――最も入手困難だった――「大学祭の夜」も出るし、続けて「忙しい蜜月旅行」(早川ポケットミステリ版が入手可能)が出れば、セイヤーズが単独名義で発表した長編ミステリ全十一作を網羅することになるのだから。