[活字倶楽部 2000年秋号]
[福井健太の「これだけは読んでいただきたい」第14回]
エンタテインメント文庫の新時代
二〇〇〇年八月、エンタテインメントの文庫が立て続けに創刊された。角川春樹事務所から刊行された〈ハルキ・ホラー文庫〉と、徳間書店から出た〈徳間デュアル文庫〉の二つである。これらが同じ月に始まったのは偶然かもしれないし、なにか別の理由があったのかもしれない――が、いずれにせよ、これで書店の文庫コーナーは面白くなりそうだ。文庫の刊行点数があまりにも増えすぎると、書店で探しにくいという弊害もあるのだが、そのあたりは自力でカバーするしかないということで。
ハルキ・ホラー文庫の第一回配本は、全編書き下ろしでなんと十九作。行数を取りすぎないように、改行なしでタイトルと著者名を並べると――「殺人倶楽部」(森村誠一)、「長人鬼」(高橋克彦)、「うしろのしょうめんだあれ」(鎌田敏夫)、「顔」(栗本薫)、「ナース」(山田正紀)、「綺霊」(井上雅彦)、「魔障」(朝松健)、「ふたたびの加奈子」(新津きよみ)、「木乃伊仏」(和田はつ子)、「ウンディネ」(竹河聖)、「朱」(森真沙子)、「ストーカーズ」(友成純一)、「家康入神伝」(橋本純)、「極楽鳥」(小沢章友)、「ばね足男が夜来る」(松尾未来)、「鬼石」(佐々木禎子)、「聖痕」(島村匠)、「言霊」(中原文夫)、「死者の誘拐」(篠田秀幸)という具合。〈ハルキ・ホラー文庫〉という名称が〈角川ホラー文庫〉に対抗するものかどうかは微妙だが、とりあえず現時点では、こちらのほうがジャンルホラーを強く意識した内容になっているようだ。第二回配本からは点数も抑えられるはずだが、ジャンルホラーの愛読者には絶対に見逃せないシリーズだろう。
一方、徳間デュアル文庫の創刊ラインナップは六冊。「ラビリンス〈迷宮〉」(新井素子/イラスト・入江アリ)、「ぼくらは虚空に夜を視る」(上遠野浩平/イラスト・中澤一登)、「銀河英雄伝説 VOL.1 黎明篇・上」「銀河英雄伝説 VOL.2 黎明篇・下」(田中芳樹/イラスト・道原かつみ)、「野望円舞曲 1」(田中芳樹&荻野目悠樹/イラスト・久織ちまき)、「闇狩り師 1」(夢枕獏/イラスト・寺田克也)という顔ぶれである。折り込みチラシに「キャラクター&ストーリーの二つの側面から、読者を魅了する21世紀にふさわしい新しいカタチの文庫です」とあるように、ここではビジュアル=イラストも重視されている。ちなみに第二回配本は「おもいでエマノン」(梶尾真治/イラスト・鶴田謙二)、「銀河英雄伝説 VOL.3 野望篇・上」「銀河英雄伝説 VOL.4 野望篇・下」(田中芳樹/イラスト・道原かつみ)、「海底密室」(三雲岳斗/イラスト・大本海図)、「イミューン」(青木和/イラスト・緒方剛志)、「KI.DO.U」(杉本蓮/イラスト・森脇真未味)の六冊。根強い人気を誇る〈銀英伝〉を軸として、懐かしの「ラビリンス〈迷宮〉」や「おもいでエマノン」などを復刊し、上遠野浩平、三雲岳斗、青木和(日本SF新人賞佳作)、杉本蓮(日本SF新人賞佳作)などの新作も出すというわけだ。ヤングアダルトの土壌からSFの旧作と新作を刊行することで、SFの読者層を回収&開発するという野望を秘めたシリーズなのである。徳間書店には短命に終わったSFシリーズも多いが、それらを財産&経験として活用し、新たなブームを呼ぶことができれば――そう思っているSF関係者は多いのではないだろうか。
ホラーとSF――それぞれにアプローチは違うものの、廉価な文庫を通じてジャンルに力を与えようとする姿勢には好感が持てる。出版社にはコンスタントに新刊を出す必要があるだけに、新人が出やすいというメリットもありそうだ。ジャンルの発展にとって、新人のデビューが大きな活力になることは改めて言うまでもないだろう。
国産エンタテインメント小説の文庫は、単行本やノベルスの受け皿として作られることが非常に多い。ハルキ・ホラー文庫と徳間デュアル文庫は、ジャンルの活性化を目指した新しいタイプの文庫として――ホラーとSFの読者だけではなく――あらゆる小説読者にとって要チェックの存在なのである。
※要するに「文庫が増えてきたねえ」というだけの話である。同時期に〈学研M文庫〉〈新潮OH!文庫〉なども創刊されているが、ここでは言及していない。
『石ノ目』(乙一/集英社/7月/857円)
衝撃的なデビュー作「夏と花火と私の死体」と第2作「天帝妖狐」で話題をまき、その才能を各所で絶賛された著者の最新刊。4編のホラー&ファンタジーを収録。物語と文章がシンプルだからこそ、透明な天才性が堪能できる1冊に仕上がっている。
乙一は天才である。
物語はさほど突飛なものではなく、むしろ古典童話のような骨太さを備えている。いたずらに文章を飾り立てることもなく、凝った趣向で読者の虚を突くわけでもない。それにも関わらず、乙一の作品には〈小説〉のパワーが横溢しているのだ。思考や技巧だけでは作り出せない、より根源的なエネルギーを備えた作品は、天然の才能にしか生み出せないものだろう。本書はその好例である。
収録されている四作は、石になった人間が林立するホラー、幽霊が登場する青春小説、ぬいぐるみが主人公の童話、皮膚に描かれた〈平面犬〉の物語など。表題作がホラー寄りなのは確かだとしても、本書はむしろファンタジーに分類すべき作品集かもしれない。根源的なパワーを備えた作品の前では、ジャンルに大した意味などないのだけれど。
デビュー作が文庫化され――前二作が〈ジャンプノベル〉だったのとは異なり――初めての一般向け単行本が上梓された二〇〇〇年は、著者が本格的に始動した記念すべき年といえるだろう。未収録の短編には残酷系の寓話やユーモアミステリもあることだし、今後、著者がより広範な読者を獲得していくであろうことは明らかなのだ。
『木製の王子』(麻耶雄嵩/講談社ノベルス/8月/900円)
現在の本格ミステリ界において、最も独創的かつ先鋭的な作品を発表している麻耶雄嵩の最新作。特殊な家系図を持つ一族、分刻みのアリバイトリック、大掛かりで意外な真相などが仕組まれた、巧緻と理知が支配する異色のミステリワールドだ。
比叡山の奥にひっそりと住む白樫家は、家系図が一点に収斂する〈閉じられた一族〉である。舞奈桐璃の出産を控え、結婚を覚悟した如月烏有は、雑誌の取材のために白樫家を訪れた。その屋敷が雪に閉ざされた夜、住人の一人が殺害され、ピアノの上に首を放置される。おまけに関係者には分刻みのアリバイがあり、誰にも犯行は不可能だった……。
一九九七年に刊行された「鴉」以来、実に三年ぶりの新作。他の麻耶作品――とりわけ「痾」と「あいにくの雨で」を読んでいないと、キャラクターの立場を把握しにくいし、平易に読み進められる内容でもない。分刻みのタイムテーブルを使ったアリバイ崩しなど、読者が考えるべき問題はいくつも用意されているのだ。しかし重要なのは、これらが謎の中心ではなく、あくまでも補強材料として示されていることだろう。メインの謎は別の次元に置かれている。異形の論理によって構築された異世界と、その崩壊過程を描く――という麻耶作品の持ち味は健在なのである。ピーター・ディキンスンがジョン・スラデックに傾倒したような話――と聞けば、大体の内容をイメージできる人も多いはずだ(←そんなことはありません)。それもまた優れた本格ミステリの一形態であろう。
『古書店アゼリアの死体』(若竹七海/光文社カッパノベルス/7月/838円)
独自路線のミステリを連打している若竹七海が挑む、日本では珍しい〈コージーミステリ〉シリーズ第2弾。ロマンス小説専門の古書店で働く女性が、身元不明の死体をめぐる事件に巻き込まれていく、骨太のパズル性とブラックユーモアを備えた快作だ。
深遠な思想を語るのではなく、重厚な人間ドラマを描くのでもなく、軽快なノリで謎解きを楽しませる――そんな性質を備えている(はずの)コージーミステリは、読んでいる間の楽しさを優先する作風のためか、正当に評価されることが少ないようだ。〈軽さ〉しか持たないコージーが多いのは事実だとしても、それを理由にジャンル全体を否定するのは不当というものではないだろうか。
コージーの愛読者でもある若竹七海は、そんな現状に対抗する意図もあってか、コージーを標榜したシリーズを発表している。その一作目が昨年刊行された「ヴィラ・マグノリアの殺人」で、それと同じ街――葉崎市を舞台にした第二作が本書。舞台が共通しているとはいえ、キャラクターは重なっておらず、ストーリーに直接の関連はない。立て続けに不運な目に遭った元OLの相澤真琴は、気晴らしのために訪れた海岸で身元不明の死体を発見する。その後、ロマンス小説専門の古書店〈アゼリア〉の店番を任せられた真琴は、またしても死体を発見してしまう……。味付けとして盛られたロマンス小説の薀蓄も楽しく、手軽に読ませることに徹した姿勢が好ましい。死体をめぐるパズルにブラックユーモアをトッピングした快作だ。
『予知夢』(東野圭吾/文藝春秋/6月/1333円)
東野圭吾の〈探偵ガリレオ〉シリーズ第2作。警視庁の刑事・草薙俊介と、大学で物理学を研究する湯川学のコンビが怪事件に挑む科学ミステリ5編を収録。専門知識をベースにした話が多いにも関わらず、素人にも楽しめるように書かれているのは見事である。
一九九八年に刊行された「探偵ガリレオ」は、難事件に遭遇した警視庁刑事・草薙俊介が、帝都大学理工学部で物理学を研究する湯川学に相談を持ちかけ、湯川がその専門知識によって謎を解き明かすという短編集だった。その続編にあたる本書においても、そのパターンはそのまま継承されている。最初から枠組が用意されているシリーズなのだ。
今回、彼らが挑戦する謎は――第一章「夢想る」では前世の記憶、第二章「霊視る」では幽霊、第三章「騒霊ぐ」ではポルターガイスト、第四章「絞殺る」では火の玉、そして第五章「予知る」では未来予知。これらの〈怪奇現象〉が科学によって解明されるというわけだ。専門知識を多用しているにも関わらず、一般読者が楽しめる作品になっているのは、ひとえに作者の力量によるものだろう。謎と解明にまつわる雰囲気は往年の特撮ドラマ「怪奇大作戦」を思わせるものだが、特撮マニアの東野圭吾であれば、そのあたりを意識していた可能性も十分に考えられる。ストーリーの枠組が固定されているシリーズだけに、強烈なインパクトを受けることはないが、この作者らしい職人芸が堪能できるのは確か。渋好みの読者にこそお勧めしたい〈匠〉のシリーズなのである。
『奇術探偵 曾我佳城全集』(泡坂妻夫/講談社/6月/3200円)
泡坂妻夫の〈奇術探偵 曾我佳城〉シリーズがついに完結した。1980年の開始以来、20年にわたって書かれてきた同シリーズを1冊にまとめたのが本書である。奇術ミステリの短編集としても、異色の探偵をめぐる長大なドラマとしても楽しめる決定版だ。
デビュー作を含む〈亜愛一郎〉シリーズ、謎の怪盗が活躍する〈妖盗S79号〉シリーズなど、泡坂妻夫の短編シリーズでは全体が大きなストーリーを持っていることが多い。最終話にオチが用意されていて、そのための伏線が早い段階から張られている――という具合。一つのシリーズが完成するには、それなりの年月も必要になるが、先日完結した〈奇術探偵 曾我佳城〉シリーズの開始は一九八〇年。なんと二十年かけて完成させたことになる。いかにもスケールの大きな話だ。
その間に書かれた同シリーズの短編は二二本。十五話目までは単行本「天井のとらんぷ」と「花火と銃声」にも収められていたが、これらを再収録し、その後に続く七編を加えたのが本書である。伝説的な女性奇術師・曾我佳城が、奇術の知識を生かして難事件を次々に解決する――という内容で、プロの奇術師でもある著者の持ち味が堪能できるシリーズだ。作中でも(ゆっくりと、だが)時間は流れており、登場人物の関係も少しずつ変化していく。そして最終話では、佳城の夢だった奇術記念館〈魔術城〉が落成される。一貫性のあるシリーズを一冊で読ませる本書のスタイルは、著者と読者の双方にとって好ましいものであるに違いない。
『江戸川乱歩賞と日本のミステリー』(関口苑生/マガジンハウス/5月/2500円)
40年以上にわたって多くの新人を発掘し、国産ミステリ界に巨大な功績を残してきた江戸川乱歩賞――その歴史を辿ることで、戦後の国産ミステリ史を概観したのが本書である。ミステリへの愛情を感じさせる視点と痛快な言説が楽しめる快著だ。
一九五五年に創設され、第一回の「探偵小説辞典」(中島河太郎)と第二回の「ハヤカワ・ポケット・ミステリの出版」(早川書房)に対する授与を経て、第三回からは一般公募作に贈られている江戸川乱歩賞。同賞からデビューした作家は多く、さらに――受賞には至らなかったにせよ――最終候補に残ったメンバーにも豪華な顔ぶれが揃っている。そんな江戸川乱歩賞の歴史を辿ることで、国産ミステリの戦後史を総括してみせたのが本書。『鳩よ!』(九六年十一月号〜九九年十月号)
の連載原稿に加筆訂正を加え、満を持して刊行された力作だ。
目次を見れば明らかなように、本書では「猫は知っていた」(仁木悦子)から「八月のマルクス」(新野剛志)まで、すべての受賞作(四七編)が年代順に言及されている。様々な時代性を分析し、それを作品論に絡めることによって、約半世紀にわたるミステリ史を通観しているわけだ。ミステリの名を借りた社会評論などではなく、あくまでもミステリが論の中心になっており、歯に絹を着せない作品評価がきちんと書き込まれているのも好ましいところ。あるいは極めて貴重かもしれない、正面からミステリ小説について論じた力作評論である。
『シビュラの目』(フィリップ・K・ディック/浅倉久志他・訳/ハヤカワSF文庫/6月/740円)
SF界の巨匠フィリップ・K・ディックの作品集。本邦初訳を含む6編を収録。政治諷刺コメディ、アイデアストーリー、神秘体験テーマなど、著者の多彩な作風がまとめて楽しめる1冊だ。とりわけ「ヴァリス」三部作の愛読者は必読だろう。
フィリップ・K・ディックの作品集。ハヤカワSF文庫では四冊の〈ディック傑作集〉が刊行されているが、本書はその後に編まれた〈ディック作品集〉の二冊目にあたる。
今回の収録作は――まず「待機員」「ラグランド・パークをどうする?」「カンタータ百四十番」の三編は未来のアメリカを舞台にした政治コメディ。「宇宙の死者」は宇宙的規模の脅迫と選挙を絡めたサスペンス。「聖なる争い」は最新型コンピュータと人間の対話を中心にしたアイデアストーリー。そして表題作「シビュラの目」では、古代ローマ人の生まれ変わりであるSF作家が描かれている。ディックが神秘体験をした直後の作品として、後の「ヴァリス」三部作にも通じる興
味深い一編である。
作品のアベレージは必ずしも高いとはいえないが、訳者の解説には「日本で刊行されたフィリップ・K・ディックの短篇集はこれで二十二冊目」「重複分を差し引いても十五冊」と書かれている。その拾遺集だと考えれば、興味深い作品がまだ残っていたのを喜ぶべきだろう。とりわけ「聖なる争い」のバカバカしさと「カンタータ百四十番」に詰め込まれたアイデアは必見。もちろん〈傑作集〉を読んだ後で構わないのだけれど。